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4話:裏切り者とのおままごと


 足元、ひび一つない石畳を目を丸くして眺めているコトノ。


「……なあアルラ、()()()が暴れてたのって昨日のことだよな?今朝も地平線一面が瓦礫だったの見た気がするんだけど」

「あぁ……この街は申し出を出してから大体3時間で家を建て直してもらえるって噂だから、優秀な建築家でもいるんじゃないかしら。私もあんまり詳しくないんだけど」

「……優秀って、そういう問題か?」


 そう言って少年は辺りを見回す。

 一日もたたず元通りに直っている街の端々に、疑わしげに目を向けていた。


 ……いや、元通りというのは正確な表現では無い。

 建て直された建造物全ては白色。以前の通りに戻った街は綺麗に色だけを失っている、雪で積もったような真っ白な世界が視界いっぱいに広がっている。

 唯一の例外である立ち並ぶ街灯が街道行き交う人の波を染め上げ、無色の街から浮き上がる暖色。


「……住民も受け入れてるみたいだし俺がおかしいの……?どう考えても異常にしか思えないんだけど……」

「……むぅ」


 ……色々街の現況を語り、コトノもそればかりに気をとられているが、そんなことなどどうでもいいのだ。


「……もしかしてあの草が一晩で全滅したのと関係が」


 コトノがうだうだしゃべり続けるその途中。

 一歩近づき、ぎゅっ、と、少年の手を取って包む。


「――!?」


 唐突に握られた手に彼の体が跳ねた。


「……!?…………!??」

「……コトノ、今はデートの最中でしょ」


 動揺隠せぬ少年の姿がおもしろくて、思わずうっすらとした笑みが漏れる。


「デートってのはそんなの気にしないで、こうやって手を繋いで、景色でも見ながら歩くものだと思うの」

「――――!????――そっかぁ!」


 ヤケクソじみた少年の返答。てのひらから伝わってくる高鳴る鼓動。


 彼から余裕が消えているのがはっきりとわかる高揚感の中、「……じゃっ、じゃあ行きましょうか」と歩き出す。

 月の綺麗な暮夜のなか、熱を帯びた手を引いて歩く街のざわめきは、いつもより少し静かなような気がした。




 ******




 無論、少年のそんな反応を見て思うのはひとつ。


 ――できるだけ手早く進めたいとは思ってたけど……あははっ、面白いほどに好感触ね……!


 想定外の順調さに笑うしか無かった。


 このデートでの目的は単純明快。コトノの残り僅かな判断能力を削ぎ落とし懐柔することである。


 これまでの積み重ねで既に堕ちかかっているコトノが相手だ、失敗する可能性はほとんどゼロ。最終的に成功(かけおち)に終わるデートであることは目に見えていたが、一応アルラ(じぶん)は裏切った身。『殺そうとしたの謝れよ』とか小言を言われるくらいは覚悟していた。


 違った。めちゃくちゃちょろい。


「はい、あーん」

「――――!??」


 例えば、今現在彼の目の前に突き出した銀色の匙、それに対する反応である。


「ここね、チーズケーキもおいしい(とこ)なの。試してみて」


 天使のような微笑みと一緒ではあるけれど、実際やっているのは小さく切り分けた甘味を差し出しているだけだ。


「――――!――!??」


 しかしそれだけで、少年の動揺は目に見えるほどに激しいものになっている。


 揺れる瞳、不自然な硬直と沈黙が場に流れ、軽く彼の体が震える。

 肢体の動作全てが指し示しているのは明らかに『気恥ずかしさ』。

 これはもう、アルラ(じぶん)を意識するあまりの静止とみて間違いないだろう。『うっ、うわぁぁあぁああっかわいいっっ!!アルラ好き好き♡』みたいな。


 まあ、事実としてかわいいのだから、無理もない話なのだけれど。


「ほら、食べてみてよ」

「――――!?」


 少年の視線が、アルラ(じぶん)とスプーンの先を慌ただしく往復する。

 ぐるぐるぐると回る瞳、訪れる沈黙。――だが、


「……甘いもの嫌い?」

「――――!!」


 恐る恐るといった感じに、スプーンの先に食いついた少年。

 おいしい?と問うと返ってくる頷き。

 恥ずかしそうに視線を逸らす様子に、またも「えへへ」と笑いが漏れる。


 ()()()既視感のある展開だったけど、そんなことは気にすることができないくらい、愉快で愉快でたまらなかった。


 ――かっ、勝てる……!!いやもう勝ったわね負けるわけないでしょこんなの!!


 デートが開始してから十数分。

 戦況は気の毒なくらいに一方的だった。


 ちょっとずつ気を引いていくつもりが、アルラ(じぶん)の一挙手一投足にどぎまぎし、少年は既に限界に近いご様子。それどころか、一瞬交わった視線が逸れ、誤魔化すように紅茶を口に含むところを見ると、はっきり『恋慕』と呼べる感情まで自覚している可能性だってある。


 まったくもう、コトノにも困ったものである。あくまで今のアルラ(じぶん)の態度は演技。ミアの拷問から逃げきるためだけの打算的なデートに過ぎないというのに。コトノに個人的な興味は一切ありはしないのに、一方的に好意を寄せられても迷惑なだけなのに。


「……ぇへへ、おいしいでしょ」


 だけどもまあ、強いて言うならそれほど悪い気がするわけでもないわけで、赴くままに二口目を差し出した。


「――――そうだな!!」


 コトノが寄越すヤケクソな返答、抱く確信。

 負けるわけがない。


 ******


 2件目。


「アイスクリーム」


 差し出す銀の匙、咥える少年。

 冷気が染みるのか一瞬細くなるコトノの目。

 けれどもすぐさま「うまい」と呟いて、やっぱり彼も満足そうである。


 ――勝てる……!絶対に勝てる……っ!


 ******


 3件目。


「ショートケーキ」


 差し出す銀の匙、咥える少年。

 唇の端についたクリームを拭ってやる。


 ――勝てる……ッ!


 ******


 4件目。


「モンブラン」


 差し出す匙、咥える少年。


 ――勝てるッっ!!


 ******


 5件目。

 志無崎詩音は戦慄していた。


「ガトーショコラ」


 ――ワンパターンって問題じゃねえぞ!?何考えてんだアルラ(こいつ)ッッ!??


 差し出された銀のフォークを咥えるとやってくる甘味と視線――またアルラがじっとこちらを見つめてくる。

 無論、それに『わぁいデートだ!』と興じられるほどの精神障害は有していない。彼女の意図が一切分からない。脳味噌がぶっ壊れそうである。


 なので、ひとまず一度深呼吸し、落ち着いて状況を整理してみよう。

 理不尽に挑む際、必要なのは運ではなく観察力。一見意味不明な問の前でも冷静に思考を紡げる理性にこそ真理は宿るのである。


 まず大前提として、アルラは詩音(コトノ)のことが大嫌いだ。殺意を向け背中を焼いて彼女本人の自己申告でも嫌いだと告げられたのだからこれはもう疑いようがない事実だ。彼女にとって詩音(じぶん)は殺せば金に換えられる薄汚い引換券。今この場で脳梗塞で死ねば手を叩いて喜んでくれるであろう不快害虫こそが志無崎詩音である。


 つまるところ、アルラの狙いは詩音(コトノ)の殺害。それをなんとか回避して彼女を諦めさせ、大人しく情報を吐かせるというのが詩音(じぶん)の当面の絶対の目標であり、『死んだら駄目だ死んだら駄目だ死んだら駄目だ』と唱えながら決死の思いでデートに臨んだわけである。


 何が起こったか。

 アルラ(こいつ)は、2日前と全く同じデートコースを回り始めた。

 ついさっき殺そうとしたのなんか無かったように、2日前と全く同じように『あーん』し始めたのである。


 ――なんだこいつ!??……なんだこいつ!???


 意味不明である。考えてどうにかなるわけないだろうこんなもの。何が理性だ舐めやがって。


 ――もうわけがわかんねえよ何がしたいんだよこいつ!??


 差し出された匙の甘味は全て『叡智(チート)』の『照準器』で確認済み。そもそも同じものをアルラも口にしているし、中に毒物が仕込まれているわけではない。


 わけがわからない。


 わけがわからないということは、どうやって殺しに来るかわからないということであり、予想外な方法で殺されるということである。


 ――あ゛ああ゛あああ゛ああっ……!助けて……!!


 アルラは相も変わらずにこにこ匙を差し出している。

 一口食べても間髪入れず突き出してくる。味が全く分からない。


 怖い。

 次の瞬間自分の頭が吹っ飛んで脳味噌をまき散らしてもいてもおかしくない。

 何度でも言うが、詩音(じぶん)が死ねば世界は滅ぶ。

 自分の所為で世界が滅ぶ。


 ――誰か助けて!!






 心中叫んだ、発狂秒読みの精神状態の中。






「おーおーおー、なに寛いでんのやこんなとこで」

「「――――ッッ!?」」


 詩音(じぶん)とアルラ、両者の身体がびくりと跳ねた。

 原因は明白。背後からかけられた訛りのある一言。


 ――来たっ!??助けが!??


 『訛り』とはいっても、関西チックな語群はあくまで()()

 実際には軽い違和感のある異世界語なわけなのだが、それでも確かにこちらに向けられた声に、すがるように素早く振り返る――――!







「…………って、え?」


 振り向いた先、目に映る影はひどく小さかった。


「…………子供?」


 そこに立っているのはまさしく子供。

 現代日本なら小学生やっていてもおかしくないほどの年端もいかない小さな男であった。


 小さく一つ舌打ちが鳴って、甲高く響く。


 彼の立つ背景、この場所、人気(ひとけ)の無いカフェテリアは、街の大部分に例外無く色を失っていて、意志でも持っているように揺れる長い長い茶の頭髪を、より一層と際立たせている。

 変な雰囲気を漂わせているというか、率直に所感を口述するなら、妙な色気を漂わせる子供であった。


 特徴を挙げるならもう一つ。ゆっくりこちらに歩きだす、彼の左手が引きずっているのは……


「……俺が子供ならテメエはバケモンか?人間のフリしてまで情事に勤しんでご苦労なことや、気色悪ぃ」

「――――っっ!???」


 思考を遮るような発言にアルラが大きく息を詰まらせている。

 ……が、よくよく観察してみれば、話す子供の敵意の先は彼女では無い。

 むしろ、刺々しく睨み付ける彼の視線は真っ直ぐ詩音(じぶん)に向けられて、いる、ような……


「……えっ俺?」

「バケモンはバケモンらしく、人間様に狩られとけ」


 有無も言わさず。

 身体の倍もある大斧を握りしめた子供が、真っ直ぐこちらに駆けだしていた。


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