2話:我欲を断ずる正論の矛
「……っ、……っ!!」
詩音の背後、部屋のすみっこで縮こまって、アルラはカタカタ震えている。
「……よーし落ち着け。落ち着いて話し合おう、話し合えばきっとわかり合える。な?」
対峙するは、後ろのアルラを睨む二人の魔人。
ニーナの薄い金の瞳が妖しく綺麗に光を弾き、裏切り者の猫の尻尾はゆらりゆらりと宙に揺れる。
「拷問しよう。流石にここでアルラを放っておくってのは無しだよコトノ。ボクらだけでやっておくから、そこどいて欲しいなぁ」
「拷問しましょう。眼を抉るのでも爪剥がしでもなんでもいいです。彼女の情報が無いと何も始まりません」
「……だから拷問拷問繰り返すのをやめろ!捕虜への拷問は国際法違反だぞ、戦争にも最低限のルールはあるんだからな!?」
「こくさいほーが何かは知らないけど、話し合いには互いの譲歩が大切だよね。コトノのほうも『うーん、拷問は駄目だと思ってたけど先入観はよくないよな!試しにアルラの前歯へし折ってみるか!!』くらいには受け入れないとね」
「……!?何だその理屈!?」
「拷問しましょう」
「ちょっと黙ってろお前!!」
陽に赤みがかってきた夕方、寂れた廃病院の一室。
倫理観ギリギリのラインに全力疾走をかける二人の攻勢に、詩音は必死に抗っていた。
あの後、ニーナと少し話をして、詩音の事情と前世のあれこれを時間が無かったのでちょっとだけ話した。ニーナは真面目に、時折頷きながら詩音の話を聞いていて、彼女のほうからも話を聞いて、ゆったり時間は流れていった。
大雑把な報告会が終わると、一瞬悩む素振りを見せたニーナに勧められるがまま、シャワーを浴びて血を落とす。
適当に見繕った服に着替え終わった時、遠くからほんの微かにアルラの悲鳴が聞こえ、なんだろうと様子を見に行って、そんな感じで現在に至るわけである。
アルラを拷問しようとしているミアとニーナのタッグを見つけたときの志無崎詩音の困惑を想像していただきたい。
意味不明な光景に一瞬本気で己の正気を疑った。あまりに異質な視覚情報は脳細胞を殺すのだ。IQが高くなかったら脳味噌がぶっ壊れていたと思う。
――なんでミアがここにいるかって話は、まあ大体は想像がつく。多分ニーナが起こしたんだろ、アルラの拷問を手早く終わらせる為に。
しかし、今も澄ました顔で立ち、「拷問しましょう」とのたまう彼女の態度だけはどうしても納得がいかないのだ。
一度は殺し合ったニーナと普通に喋ってるのはまあわかる。契約を結んだときにその辺の話はつけていたのだろう。
前世の詩音を殺したのを素知らぬ顔をしてるのは逆に喜ぶべきことだ。『詩音』を『コトノ』と認識してくれていて、前世の正体には気付けていない可能性が高いのだから。
少なくとも今のところは。
しかし、しかしだ。
「とりあえずミアはコトノを殺そうとしたのを謝れよ……!!どの面下げて偉そうに意見してるんだ……!?」
そう、『志無崎詩音』を殺した半年前には眼を瞑ったとしても、『コトノ』として殺そうとした五日前を無視する道理は無い。
心配するフリして油断させ背中を刺して殺そうとした相手が眼の前にいるのだ。
なのにこうも平然と言葉を吐けるとは、全くもって信じられない神経。きっと半年前も同じ感じで詩音を殺したのだろう。
いやはや、流石は裏切り者といったところ――――
「そうですね、申し訳ありませんでした」
「……!?」
「ヴェートの命令とはいえ、許されないことをしてしまった自覚はあります。貴方が望むだけのことをします。手始めに腕を落とします。許してください」
積み上げられた武器の山から、ミアはのこぎりを引っ張り出した。
「ッッ!?……っ!?……ああ、いやいんだけどっ、そこまでしなくても別にっ、」
「……ああ、大丈夫ですよ。私の『叡智』による再生には材料が必要で、自由に動かせる腕を作るにはそれだけ自身の肉が必要になります。脳随に合致する神経を一から創造するのも無理がありますし、落とした腕を燃やせば完璧な修復は生涯不可能です。これからはずっと片腕です。不正の余地は残しません」
アルラの四肢を縛っていた紐を手に取って、彼女自身の腕をきつく縛り始める。
「……!?……!??」
これは、止血か。
己の腕を切り落とした後、出血多量で死なない為の。
「いやっ、ちょっ、待っ……!」
「痛覚も残しています。醜態を晒すと思いますが、ご容赦ください」
腕を固定して刃を当てる。
深く息を吸って、吐いて、そのままの勢いで腕に当てたのこぎりを――――
「ゆるっ、許すッッ!!許すからそれやめろ今すぐやめろ馬鹿が頭おかしいのかお前!!」
「…………そうですか。ご配慮に感謝します」
猫の少女の、意外そうな顔でのこぎりを戻す姿をドン引きで見送る。
なんだこいつ。
「ニーナ、貴方も私を殺そうとしましたよね?謝ってください」
「あぁうん、ごめんねミア。体中滅多刺しにして痛かったでしょ。ボクも心から謝意を述べる」
「いいですよ、許します」
「……よし!これでみんな謝った!!色々あったけどボクらに残った遺恨はゼロだ、気持ちよくアルラを拷問できるね!!」
「拷問しましょう」
「……ああもう!拷問拷問拷問馬鹿の一つ覚えか!?」
「……だってさあ、言ったでしょ?アルラの所属は死体を集めてるんだよ?コトノの死体を回収させようとしたヴェートと同じように」
「……っ」
息を飲む詩音と対称的に、少女2人の口は滑らかに回る。
「それも魔力が強い奴は高値で買い取るときた。ミア、死体の使い方に心当たりは?」
「見当もつきません」
「ボクも同じく。一般常識では使いようがないよね、死体なんて。で、ミアが王室でやってた仕事は?」
「『治療』と『研究』。後者は魔物と魔力についてですね。以前から王室内で行われていたらしい研究に後乗りする形ですが、それ故に頭に入れた知識だけなら第一線にいる自信があります。魔力が一般に広まったのはごく最近のことですし」
「つまり、魔力についてミアの想定外に至る奴が出てきたなら……」
「同じ知識を手にしている王室関係者と考えるのが自然ですね。九割方、王族そのものでしょう」
「コトノの件と合わせて考えると、黒幕は殆ど確定するね。時期も大体半年前、黒樹が一度討伐されて、王女様の手が空きはじめた時期に合致してる」
「ヴェートが裏で手を引いているというのはまず間違い無いですね」
「ここで重要なのが、こんな真っ黒な案件を一般兵士に関わらせるかってこと。ミアはヴェートに直接頼まれて、ボクは童女を通したけれど、依頼人がヴェートだとはっきりわかる形で交渉されたんだよ?迫害対象なら情報を漏らす相手がいないって打算もあるかもだけど、下僕がいるなら普通そっちに任せるよね」
「汚れ仕事を押しつけられる手駒は、ヴェートは殆ど持ってないんだよ。高貴なご身分に似合わないことに。その上でヴェートが使っている人間は、彼女にかなり近しい立場にあるだろうとも言える」
「アルラの組織さえ押さえれば、ヴェートまで直通のルートを作れるということです。『叡智』の探査網がある以上、王女にノーマークで近づく方法は他にありません」
「……そんなわけでコトノ、ヴェートを倒すぞ!!」
「アルラを拷問しましょう」
それはもう見事なまでに、ペラペラペラととよく回る舌である。
「…………!!…………な……!」
ちなみに、今ここで積み上げられた理論に間違いがあるかというと答えは否で、ヴェートを捕らえるのに例の組織を狙うのはまあ正着手で、アルラの拷問が最短ルートなのだけは理解できないわけではなく、つまるところ彼女達の話は一部の隙も無いド正論なのであった。
しかし、『よしそれじゃあ拷問するか!』が正しいか問われるとそうはならない。
何を隠そう、志無崎詩音は頭脳派転生者。なんとなく発した一言でそこらのモブ軍師がざわざわ言い出す感じの発想勝負系なのである。
それはつまり、この場、詩音だけが辿り付けた『拷問を避けるべき論理的理由』が存在するということ!!
そして、己の知性に宿った真理を、小娘2人に教え諭すことなど容易いの極み!!知的な論理展開により朝飯前なのだ!!
「…………っ、…………ッ…………あのっ、さ」
「…………コトノ?どうしたの口ぱくぱくさせて」
「…………っ!……!?……拷問は、ほらっ、駄目だろ……!?」
「……真面目に考えてさ、ここで拘っててもコトノが辛いだけだと思うよ……?」
優しく教え諭された。
ニーナの表情は困ったような困惑である。
「…………ッ」
「…………ね?わかるでしょ?」
前述のとおり、ニーナには詩音の現状を大雑把にだが話してある。前世は黒樹討伐チームの一員だったこと、黒樹を倒す必要があること、前世を隠さなくてはならないこと等をざっくりとだが知っているのだ。
ならば、言いたいことは『シオンにとっても大事なことでしょ……?』なのだろう。
ミアの復讐を無視しても、ヴェートを捕獲できたなら黒樹討伐に王手がかかるのだから。
そもそも詩音が『叡智』を隠してる理由は、ひとえにヴェートの『叡智』を利用する為。
彼女を捕らえられるなら、これ以上に望ましい展開は無いというわけである。
その後の処遇でミアとはもめるかもしれないが、人命を優先するならヴェートの身を押さえるのを第一に考えるべきなのではないか。
……なんてことを言外に主張しているのだ、ニーナは。
「…………ぅ……ぅぅ」
ド正論である。
「…………だとしてもお前はそれでいいのか……!?妹を拷問するのに良心の呵責が一切無いというのか……!?アルラを命がけで助けようとしたあの瞬間を思い出せ!!」
「そりゃあどちらかというと嫌だけどさぁ、アルラが喋んないんだから仕方ないじゃん」
「……っ、そうだそうだよそうじゃねえか、そもそもアルラが喋れば全部解決だ!!」
振り返ると、アルラは未だ部屋の角で小さくなっている。
「……っ、……ぁ…………」
向けた視線に気が付いた彼女はもにょもにょ小さく口を動かす。
目に見えた躊躇いを数秒経て、少女はゆっくり口を開く。
「……情報を漏らしたのがばれたら、殺されるかも」
「……はぁ……?」
「ほーら、これだ。素顔は隠してるんだから結構な安全圏にいるはずだし、ボクらが上手く事を運べば組織は取り壊しで全て解決。ここまで好条件が揃ってるのに首を縦に振らないんだよ?」
耳打ちしてくるニーナ。
「…………!」
駄目だった。
反論が一切思い浮かばない。
「怯えてるように見えてまだ現実見えてないんだって、なんだかんだで何もしなくてもボクらは見逃してくれるんじゃないかって舐めてるの。というかもう逃避かな。拷問するしかないじゃんこんな馬鹿」
「ぐぅ……っ!」
「そもそも、殺されるのが嫌なら最初から危ない組織に関わるなって話だよね」
「う゛ぅぅ……!!」
「……そんなわけで!!拷問賛成のひとは挙手を!はいはいまずはボク賛成!!」
「賛成です」
「はい賛成多数で拷問決定!!ほらコトノ、我が儘言ってちゃ駄目だよ拷問しよう!!」
なだれ込んでくる正論の雨。
「………………う゛う゛う゛う゛う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!!」
にっちもさっちもいかなくなって、出てくる苦悶のうめき声。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
崩壊を始める自我の最中――――
「……あっ」
小さな呟きが、意識の間に割り込んできた。
「……デート!!コトノがデートしてくれたら喋ってあげる!!!」
「はぁ?」
「え?」
「…………?……????????」
完璧にぶっ壊れた脳味噌が機能を停止した瞬間であった。




