44話:帰路、血混じりの友愛は虚
少しの相談の後、ここから離れて時間を置いて、その後に飛んで帰ることになった。
遠く離れて待機している、ニーナ達が乗ってきた馬車の御者に飛んでるところを見られたくないというのがコトノが語った理由。あと、やっぱり彼は『叡智』で飛べるらしい。絵面が全く想像できないけど、以前の予想は当たっていた。
そんなわけで自分はアルラを、コトノはミアを背負って、コトノの作った更地の中、肩を並べて二人で歩く。
始めはくらくらしていた日差しにも1分経てばすっかり慣れて、歩を進めながら少年と駄弁った。
「うわぁぁお腹すいた……!ね、帰った後のご飯どうする?街があんな状態じゃどこの店も閉まってるだろうし、買い置きも今日の朝ご飯が最後だよね」
「……えぇ……お前食欲あんの……?あれだけ血見た後に……?」
「そりゃああるよ。何見ても生きてればお腹は空くって。逆にコトノは食欲ないの?」
「あるわけないだろ頭おかしいのか……!?って言うか何よりまず心配すべきなのは病院の方だろ、ほっといたらその火傷後が怖いぞ……!?」
「それは別に心配しなくてもいいんじゃない?帰るところが病院なんだし」
「…………確かに!……いやでもあの『医者』ぼったくりだから、どうだかなぁ」
少年のいつも通りの様子にこっそり笑った。
5分前、黒塊に数百数千と叩きのめされてた彼の姿が幻だったみたいな平静だった。
一時は叩き潰されていびつに歪んだ輪郭も気づいた時には直っていて、まるでニーナの記憶のほうがおかしくなってしまったのか疑ってしまう光景だったけど、一色に染まった彼の袖から滴る血潮は、惨劇の起きた確かな証拠を今も地面に刻みつけている。
だとすると、彼の『叡智』は自身限定の治癒にも使えるということなのだろうか。
『きっとそうだ、普通なら死んでる怪我だったし』と結論づけ、ほっと心で息を吐く。
「うーん……まあ諸々を考えると一番安全だよなぁ、アルラの脚のこともあるし相談してみるか」
「よし、じゃあ病院の話はそれで決まり!終わり!昼食の話に戻ろっか!!」
「……何か扱い軽いけどお前それで良いのか!?ニーナの火傷の話だぞ!?」
「良いのです!!どうにかこうにか生きてきた魔人が享受できる娯楽は九割が食事だったので執着が凄いのです!!あと友達と一緒に食事とか行ってみたい!!」
「――――あぁ……うん……動機が重くて笑えねえんだけど……」
「同情するなら高いとこに行こう!えっと、コトノは甘いもの嫌いって話だったし……小っちゃいお肉が大皿に盛られて出てくる店とか!!」
それでも、これまでの様子からして過程で痛みは感じていたはずだし、あんなぐちゃぐちゃにされて感じる激痛は自分の想像できるものではない。
その上、話し相手は一度彼を捨てた裏切り者。
客観的に見て、楽しく談笑できる要素など一つもないはずだ。
なのに、コトノは今でも変わらずに、いつもの通りに自分に接してくれている。
「………………えっと」
「あぁ、『そんな店はガードが固そう。ニーナが魔人ってばれたら危ないだろ』って話ならさっきの使えば解決じゃない?ばれた瞬間指を弾いて地平線まで更地にすれば目撃者はゼロって具合に」
「…………気軽な提案が邪悪すぎる……!!俺の『叡智』は隠さなきゃいけないって1回言ったし、そもそもワンミスで死人の山ができる方法使えるわけないだろ!?」
「えー……?」
「えーじゃねえよ!?」
思った通りの焦った返答が心地良い。眼前の少年がイカレてるのを再確認することができるから。
コトノは魔人を受け入れ、ゴミクズを愛し、裏切り者に手を差し伸べてしまうクレイジーな博愛主義者。
前項全ての条件を満たす自分でも、味方でいてくれると確信できる唯一の人だ。
誰かの側で心からの安心を感じるのは十年ぶりで、何気ない会話の一言一言が楽しかった。
「それと、今みたいに『叡智』について言及するのも無しだ。ここはひとけが無いから問題ないけど、誰かに聞かれる可能性は可能な限り無くしていきたい」
「えぇ……?わかったけど、流石にそれは心配症が過ぎない?」
「過ぎない。経験から言わせてもらうに、不測の事態は思ったより簡単に起こるぞ。何がどうなるか分かったもんじゃねえよもう」
「おお……コトノが言うと説得力が違う……」
背負った妹の頭が肩に寄りかかって揺れる。
静かな吐息が耳元にかかってくすぐったくて、あの時確かに死んだと思ったアルラが生きているのが実感できて、それにも妙なむず痒さを覚える。
馬鹿で幼稚でゴミクズで大っ嫌いだけど、まあ、生きていたのは素直に喜ばしいことである。
「でもね、コトノ。見られたくないならもっと手っ取り早い方法があるんだけど、何だと思う?」
「……そんなのあんの?……うーん……ヒントは?」
「一言で言うと発想の転換。一度『隠す』ってところから離れてみるのが大事かも」
「……んん?んんんん??」
アルラの鼓動を感じながら頭を捻るコトノを横目に歩くのが、気楽で、安らかで、この先も心配することなんてこの先も起こらないような気がした。
有り体にいうと、幸せだった。
そんな感情を揺すって歩く。
「…………駄目だ、降参。想像もつかねえよ答えは?」
「ふふん、簡単な話だよ。国中の人間を消してしまえば、どれだけ杜撰に振る舞っても目撃者は出ない」
「……馬鹿が!!何が発想の転換だよ滅茶苦茶じゃねえかああもう真面目に考えて損した!!」
「でも実際のところどうなの?コトノの全部を知ってるわけじゃないけど、ちょっとは現実味がある話に思えてきたんだけど」
「いやできるかできないか以前の話だろ……?あの時の倫理観はどこ行った……?」
二組の足音がまばらに鳴っている。
全ての建造物が消し飛んだ更地は、草木を揺らすしかできないそよ風もよく通す。
強い日差しが不愉快で、冷たい風が気持ちいい。
「……だってさ、コトノ以外の人間全部は揃って魔人を殺したがってるでしょ?」
見上げた空は真っ青だ。
雲一つないのが、逆に少しだけ寂しかったりした。
「ボクとしてはそこらを歩いてる一人一人が危ないわけだし、大事にならない内に、愛する友人が人類皆殺しにしてくれたら安心なんだけどなぁ……」
ひひひと笑って横を見た。
「……コトノ?」
隣を歩いていたはずの少年がいなかった。
それに気が付いて辺りを見回してみると、彼の姿は後ろに見えた。
「…………」
数歩前に立ち止まっていたらしい彼は、その場で黙って立ち尽くしていた。
静かにこちらを見つめる視線が、時々不規則に揺れている。
「…………あー、いや、冗談だよ、冗談……」
明らかに異常な彼の様相。昨日の馬車での出来事を思い出す。
自分はまた彼の地雷を踏んでしまったということなのだろうか。本気ではないにせよ、人殺しを催促する言葉は流石に浅薄だったか。
緊張感に急速に体が冷えていくのを感じる。
少年はじっとこちらを見ていて、肩が小さく震えていた。
「――――う゛あ゛ア゛ッ」
「――――!??」
べちゃちゃ、と突然コトノが血を吐いた。
どばどばと血を流す自身の口に手を当てる彼の体が、がくりとその場で崩れ落ちる。
「―――コトノッ!?」
予想外の意味が全く分からない現象に思わず駆ける。
膝で地に立つ彼は、手の平で必死に吐血をせき止めようとしているようだが、無情にも隙間から赤色がだらだら流れ出している。
「コトノ!??コトノ、どうしたの!?」
隣で同じく膝をつき少年の肩を揺する。
何度も咳き込み、う゛、とか、あ゛、とか、くぐもった音だけが彼の手の中でくぐもっている。
「黒塊にやられた傷が開いたの!?血を止めてた『叡智』が乱れたとか!?ねえ、教えて、ボクは、ボクはどうすればいい!??」
叫びに答えは返ってこない。
少年の吐血は勢いを落とさず、瞳孔が揺れる。
あっという間に更地に真っ赤な水たまりが広がっていく――
――そうしてしばらく時間が経って、徐々に勢いを落としていた血が完全に止まった。
「…………………………あ゛、あっ」
「…………コトノ」
コトノの手が口から離れ、荒い呼吸が吐き出され、吸い込まれる。
ひゅうひゅうと変な音がする。
自分は一部始終何もできず、ただその姿を傍観していた。
今現在も同じ。苦しそうに呼吸を繰り返す彼のことを、じっと見つめているだけだ。
そうして視界の中、彼の顎から血が垂れて、血の水たまりに波紋を作ったとき、ぽつりと小さく呟く声。
「…………なんて?」
ごめん、と彼は、もう一度。
ニーナも、アルラも酷い目にあってたのに、俺はそんなひとがいるを知ってたのに、それで、俺は、俺が、どうにかしないといけないのに、できるのに。
俺は何人も見捨てて、見殺しにして。この手で殺したのだって数え切れないのに、まだ俺は。
それに俺は、ほんとはシオンって名前で、ずっとお前に嘘ついてて、お前は何度も俺を助けてくれたのに。
ごめん。
ごめん、ごめんなさい。
ごめん、ごめん。
そういうことを言っていた。
虚な瞳で地を見ながら、血混じりの涙が血に落として、うわごとのように枯れた言葉を繰り返していた。
「……………………そっか」
一つわかったことがある。
『頭がおかしい』と結論づけ、そこで思考を止めていた彼の人格に対する評価だったが、その子細についての話である。
この様子を見るに、きっと彼のこれまでの行動は『いいこと』としてやっているわけではなくて、彼の中の常識に従ったものなのだろう。彼にとって『ぐちゃぐちゃに潰されるから裏切り者を助けない』という選択はあり得ないことで、それをしないのは耐え難いことなのだろう。
簡単に評するならば、彼はおそらく、とても優しい。
ふざけるな。
――最悪だ……
優しい人が好きだ。
けれどそれは、自分に優しくしてくれる人が好きなだけで、ボクにだけ優しくしてくれれば優しくなくても構わない。知らないところで何千人殺していてもどうでもいい。
そしてこいつは優しくて、とても優しくて、極めて愚かだ。
成長過程で学んでいくはずの分別が一切身についてない。仕方ないことを仕方ないと切り捨てる能力が致命的に欠如している。
推し量るに、魔人を憎むこの世界の常識を彼はどこかで知り、とても恐ろしく思ったのだろう。どうにかしたいと思ったのだろう。
絶対どうにもできないことだけど、彼は凄く強いからどうにか手が届きそうで、けれどどうにもできないだけの事情があるのだろう。
だから仕方ないと言い聞かせ、切り離せずに中に残って、切り離せたと誤魔化して、必死に目を逸らしていたものをニーナに見せつけられた結果がこれなのだ。
であるならば、どれだけ強くても関係ない。
彼には彼にも難しい目的があるという前提の元、黒塊との闘いを思い出せば未来は明らかだ。
この馬鹿はきっと、多くを望んで、すぐに死ぬ。
「…………ッ」
寒気が走った。
けれど、走った寒気にどう対処すればいいのかがボクには一切わからなかった。
こんな風に迷った時はいつも、彼女ならどうするのだろうかと考えるのだが、彼女は一体、この頭のイカレた自殺志願者をどう引き留めるのだろうか。
混乱で頭がおかしくなりそうで、けれど血の海にひざまずく眼前の少年は、今にも消えてしまいそうな苦悶を見せている。
「………………コトノ……じゃなくて、シオンだったよね……?」
だから、とりあえず今は彼の自己肯定感を少しでも培っておこうと、冷えた頭で結論を出し、そっと血に沈む手を取った。
「…………友達になってくれてありがとう」
それくらいしか思いつかなかった。
「アルラを助けてくれてありがとう」
頬にそっと手を這わせ、彼の吐血を拭って言った。
「…………ボクはシオンが大好きだから、絶対、長生きしてね」
本心だ。
けれど、こんなことをわざわざ口にするのは恥ずかしくて、むず痒くて、そんな羞恥がどうでもよくなるくらい、こんな言葉に心底驚き救われたように見上げる彼の表情が、ボクは何より心配で、恐ろしかった。
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