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43話:外面だけならハッピーエンドを


「まぁぁあ」「ぁああ」「あぁぃぁぁあああ……!」


 アルラを食べた黒塊の『腕』。伸ばされた1匹の黒竜の頭がぐいと持ち上がっている。

 その頸を上空高く掲げた竜は、こちらに誇示するように、どことなく嬉しそうに、口の中のアルラをぐちゃぐちゃ幾度となく咀嚼している。


 中の様子を直接見ることはできないが、水っぽい音、固い物が割れる音、二つが混ざって鮮明に響く。口の間から鮮血が飛び散り、辺りに再び血が降った。


「……………………あははっ」


 そんな光景を見上げながら、志無崎詩音は思わず笑う。


 あの瞬間、アルラの接近に気が付いた黒塊は『腕』を伸ばし、気づかぬ間に二手に分かれていたアルラとニーナを()()()襲った。

 無論、突然二ヶ所に別れて繰り出された攻撃に同時に対応できるだけの身体能力(フィジカル)クソ雑魚ナメクジ(じぶん)にあるわけもなく、ニーナへの攻撃を逸らしたところで限界だ。まんまと黒塊の狙い通りの展開をなぞった末、こういう結末に至ったわけである。


 というか、もうすぐ安全圏まで逃げきれるはずだったアルラがちょっと目を離した隙に全力疾走で引き返してくるとか想像できない。

 こんなのもうどうしようもない。仕方ない仕方ない、切り替えていこう。


「ははは」


 アルラのほうから飛んできた血が頰を伝うのを感じ、けらけら陽気に笑っていると、眼前の黒塊に変化が起こった。

 黒塊の表面でゆっくりと開閉する瞳――――どうやら制御下に置かれていた黒竜が徐々に意識を取り戻しているらしい。

 黒竜は絡まっていた胴を自覚し、先程とはうって変わった上品な様子で身を揺すると、一体ずつ離れては飛び去っていく。


 ゆっくりと解けていく黒塊の中心、最後に残ったのは、ぽつんと立っている一つの人影…………猫の少女(ミア)だ。

 ミアは意識のはっきりしないぼんやりした様で未だ血の降る()を眺め、2、3歩前へふらふら歩いた。


「………………ころした」


 同時、電池の切れたようにミアの体から力が抜け、その場でぐらりと崩れ落ちる。

 ちょうど詩音(じぶん)の側だったので、倒れゆく彼女の体を支え様子を見てみると、どうやら気を失っているようである。


 ……これは『生体操作』を自分に使った場合、()()した目的を果たした後は気を失ってしまうということなのだろうか。

 不便というか不自然というか、なんとも不思議なものである。

 気絶した裏切り者を抱えながらも、極めて冷静に思いを馳せた。


 依然として()()黒竜だけは動きを止めない。

 もぐもぐむしゃむしゃ咀嚼を続け、血の雨はまだまだ勢いを落とさない模様。


「ははっ、あはは」


 と、己の笑い声の中、地面をこする足音が割り込んでくる。

 目を向けてみると、ニーナが静かにこちらに近づいてきている。

 ぼーっと上を見上げているのはミアと同じだが、ニーナのほうがよりおぼつかない感じがする足取り。

 当然か。ひっきりなしに動く口内に今も()()アルラはニーナの妹。肉親が魔物の口内で掻き回される光景が愉快なものではないのは、想像するまでもなく察しがついた。


「………………」


 沈黙する彼女の足は口の真下で止まる。

 血のシャワーを気に留めることもせず、上をじっと眺めている――――そんな視線が、ゆっくり詩音(じぶん)のほうに動いた。


「はなしちゃった」


 ニーナは両手を胸の前で握りしめていた。

 時折妙にうわずりが混ざる、主観を交えれば泣きそうな声と、ぎこちない表情。


「……ぼく、アルラが馬鹿みたいに暴れたから、ちゃんと離れないようにって、手、掴んでたのに」


「…………はなしちゃった」


 らしくもないことに、彼女は己の失敗を悔いているようである。

 『自分が背負うアルラを放さないでおけば、彼女は今頃逃げ切れていただろうに』と、妹の末路に責任感を覚えてしまっているらしい。

 考えすぎというか、背負いすぎというか。


「…………、……。」


 慰めようと口を動かしてみるが言葉がでない。

 『違』とか、『俺が』とか、発しようとしたまとまりの無い言葉の断片は、口に出す前に掠れて融けて、結局ただの吐息となって、外気に触れては消えていく。


 やってきた沈黙が耳鳴りを起こす。


 しっとりとした雨音と黒竜の羽音が静かに静かに耳を打つ中、嫌みに広がる頭上の星々は、綺麗だけれどまがい物。

 アルラに右往左往させられた数日間も、そんな感じで幕引きを迎える。


「…………そっか」


 小さく一言呟いて、血をやるせなく拭う詩音は、百近い咀嚼を経て音も出なくなってきた上方を、ただ無気力に眺めているのでした。

 おしまいだ。









「…………それじゃあ、()は頑張れよ」


 ずるり、と。

 黒竜の口から真っ赤な何かが滑り落ちる。


「――――!」


 丁度落下地点(ました)にいたニーナは、唐突な落下物に面食らいながらも抱き止めた。


「……え」なんて、自身の受け止めていた血まみれの()()を見て、ニーナが小さくつぶやいた。


 咀嚼を繰り返していた黒竜の口からの落下物……肉塊の正体は、言うまでもなくアルラの身体。

 それも鋭い牙で何百回もシェイクされた結果、原形(もと)の面影ひとつ無く、もはやひとつにまとまっているのが不思議なくらいに滅茶苦茶な挽肉。


「なんで」


 ……そうでなくてはおかしいのに、血まみれなのに、その肉塊には何故か傷一つついていなかったものだから、ニーナは呆けて呟いていた。

 アルラの身体に触れて感じる、体温、脈拍、あるはずもない鼓動。

 少女はわけがわからなくて、酷く困惑しているようだった。


「…………いきてる」


 そうして、血まみれだけど()()()()()()と理解したらしいニーナは、妹の体を強く抱きしめ、依然呆然とした表情のまま、声だけに若干の揺らぎが混ざっていた。

 うっすらとだけど瞳に涙が浮かんでいて、ああ、こいつはちゃんとひとのことを慮れる奴だったんだな、と詩音はようやく気が付いた。


「…………そっか、良かったな」


 ()()()()()()()()


 お察しの通りだ。

 アルラが黒竜に喰われることが確定した瞬間、志無崎詩音は己の『叡智』を行使した。

 詩音の『叡智』は異世界召喚特有のぶっ壊れスキル。その場に突っ立ったままであっても、噛み砕かれるアルラの身体を保護するなんて容易いにも程がある課題。コンビニでアイス買ってくるくらいの難易度である。

 つまりは端的に言うと、『絶体絶命の状況をチートを使って楽々解決!アルラ救出もお茶の子さいさい!!うおおおおぉやったぁああああ!!』というわけなのだ。


「……あはっ」


 そうだ。

 使ってしまった。

 前世の裏切り者(ミア)の前で前世の力(チート)を使ってしまった。


 おしまいだ。


「ははは」


 可能な限りの隠蔽を行って『アルラを殺した』という誤認の後、ミアが自主的に気絶してくれたのは運が良かった。


 けど駄目だ、ミアは詩音(じぶん)よりずっと頭がいい。

 彼女の『叡智』の細かいところはわからないし、不足の事態は十分に起こりうる。例えば黒竜の知覚が共有できていたなら、咀嚼時の違和感に気がついているかもしれない。

 今己の腕の中で眠るミアが、何がきっかけで『コトノ』の正体に辿りついたとしてもおかしくない。

 世界は滅ぶ。


「はは、ははっ、あはははっ……」

「……っっ、コトノ……?」


 この場だけは絶対に、自分の力一つで解決しなくてはならなかった。

 つまり詩音(じぶん)は、どうにもならなくなって、アルラを死なせないために、世界を滅びの方向へ大きく傾けた。


「ふふふっ、はははっ!ひぃーっ……!」


 両方どうにかしようと頑張ったはずだった。骨が砕けても黒塊と戦った。死ぬほど痛くて苦しかったけど能無しの出せる全力を尽くした。


 結果はどうだ。

 元々死人は100%出ない戦いだ、アルラが死ななかったことを喜べるほど馬鹿にはなれない。

 つまりこれは、世界を危機に陥れただけの、考えられる中でもほぼ最悪の結末。


「ひひひひっ!あはは、ははっ、ははは、はは…………」


 いっつも最後はチート頼り。状況はますます悪化する。この後もきっと同じことだ。自分の無能が積み重なって世界は滅ぶ。

 大量殺人鬼にふさわしい末路といえよう。

 夜空がきれいだ。


 ……いや、ああ、そうか。

 こんな、自力じゃ何一つ成し遂げられないゴミクズだから、きっと、あのとき、あんなこと――


「……ねぇ、なんで笑っ…………ッッ!??コトノッ!!!」

「…………ぁあ」


 ニーナの叫びに思考を乱され、視線を戻す。

 切迫した彼女の態度の原因は明白だ。


 上空高く羽ばたき遠巻きに取り囲む黒竜38体、全個体の射貫くような視線が、さっきから詩音(じぶん)達に集まって離れないのである。


 ミアから解放され自由になった黒竜が、お次は魔物の本能に従い行動を始めたということだろう。

 気絶2人+怪我人1人+ニーナだなんて、これ以上に食い殺しやすい相手はないだろうし。


「……あぁうん、大丈夫」

「ほんとに!?こいつらどう見ても"A"はあるよね、ボク多分完璧に役立たずだよ!?この数でその怪我でこの足手まといは流石に……!!」

「へーきへーき。滅茶苦茶平気」

「真面目に言ってるんだよね!?なんか軽くない!?」


 黒竜は吠える。

 さっきまでとはまるで違う、厳かで澄んだ、ある種の上品ささえ感じられる叫びは数十纏めて共鳴し、廃街に心地よい響きを奏でた。


 それと一緒に起こる変化。

 上空、飛び交う黒竜の間、何も無い虚空からどろりと黒色が融け出した。

 黒色は、重力に引かれて地に落下するまでの間に胴を頭を脚を生やし、最後に生えた翼で飛び出し、荘厳な合唱へと加わっていく。

 黒竜はその数を加速度的に増やし、辺りの風景を真っ黒に染め上げていく。


「――――っっ、なにこれ……!?」

「……この空間も纏めて一つの魔物だったってことなのかもな。街を覆ってる暗闇自体が胴体、黒竜が手足、一度制御下におかれたのを警戒してるから今は手足を増やしてる最中――みたいな感じで。どっちが脳かは判断に困るとこだけど」

「…………!?……!??」


 アルラを抱くニーナの腕が強ばった。

 ミアは身じろぎ一つせず眠っていた。


 空の星が見えなくなるくらいに、具体的には丁度千と八百に増えた時点で黒竜達は吠えるのをやめ、こちらに静かな視線を寄越した。


 ――あれ……?


 なんとなくだけど、中心に寄せられる魔物達の視線が詩音ではなくニーナの方に寄っている気がした。若干の違和感に『ニーナ(こいつ)色々とついてないな……』と同情に似た嘆息を覚えた、直後の一瞬が臨界点。


 ヴァッと小さな唸りを皮切りに、360°全ての黒竜が一斉に翼を動かした。

 空気の弾ける音が鳴る……それがこちらに届くよりも速く、初速から人間の動体視力を倍ほど越え、真っ直ぐ詩音達のところに突っ込んでくる――――!!


「――――ッッ!!」


 ニーナが縮こまる。

 それだけの動作が永遠にさえ感じられる時の中、迫り来る黒竜の影をのんびりと見ながら詩音(じぶん)はゆっくり指を立てた。


 そんな最中にふと思う。

 『さて、自分は一体この先どうすればいいのだろう』と。


 いや、次に取るべき動作それ自体は決まっている。『叡智(チート)』を使うのだ。

 絶対に見られてはいけない状況は今も全く変わってないけど、ミアとアルラは寝ているし、唯一の目撃者となるニーナは今のところ協力的でいてくれてるし、そもそもチート抜きの能無しがこの状況をどうにかするのは無理があるしで、簡潔に言えばチート以外どうしようもないから仕方がない。


 だから、いまから詩音(じぶん)は天から授かりしチートを振りかざし、迫り来る黒竜を余裕綽々と全滅させるわけなのだが、直前になって『じゃあ俺はそれをどんな顔してやればいいんだよ』という根本的な問が浮かび、出来の悪い頭は一瞬でショートしてしまったわけなのである。


 考えてみよう。


 『ニーナとアルラ、ミアを守るんだ……ッ!!俺の前では誰も死なせないッッ!!』だろうか。

 『人を苦しめて悦に浸る怪物め……ッ!!命をなんだと思っているんだ!!』だろうか。

 『悪いがこれも生存競争。黒竜(おまえら)より俺の方が強かった、それだけだ』だろうか。


 どれも違う。詩音(じぶん)の胸中には現在決意も正義も哲学もなく、ただどろどろとした自己嫌悪が渦巻くのみである。


 何度でも言うが詩音(じぶん)はついさっき負けた身だ。肝心なところでしくじって、己の無能に世界を巻き込み、なおものうのうと息をしている恥知らずだ。

 そんなゴミクズが、黒塊よりはるかに劣る緩慢極まりない黒竜を、自分の物ではない圧倒的な力をもって、自らの意志で押し潰すのである。


 そんな行為は果たして何と称されるべきだろうか。


 虐殺、迫害、虐待差別虐め殺戮環境破壊――――

 原稿用紙何百枚もの言葉の渦をぐるぐる回り、考え、考え、考えた後、


 ――ああ、そっか。


 答えは凄く簡単だった。


 ――ため込んできたストレスの、八つ当たりだ。


 気の遠くなるような時間を経て見つけた結論が、なんだかこじんまりとした薄汚さで可笑しくて、もういいやどうにでもなーれと気を取り直す。

 意識を現世に戻すと、ようやく手を伸ばせば届きそうなところにまでやってきた黒竜――四方に合わせて千八百。

 あと000.1秒程で()()し、詩音達をミンチにするであろうそいつらに、半ばヤケクソに狙いを定め。


 ぴん、と軽やかに指を弾いた。


「『ぜーんぶ、ぶっ壊れちまえ』!!」






 ぱちゅ、と湿った音だった。

 現象は刹那で、過程は目には映らない。


 次の瞬間には、黒竜も暗闇も廃街も全て纏めて消え去った更地の真ん中、柔らかな風が詩音達の間を通り過ぎている。


「……え?」

「……………………はぁ」


 あっけが無いにもほどがあるが、世界を救えるチートスキルを雑魚に向けたのだから、まあ大体こんなものである。

 後味の悪さだけが残った、毛ほども楽しくない八つ当たりだった。


 差し込んできた太陽の光は己の心情と裏腹に澄み切っていて、闇に慣れた目が眩む。


「……よし!勝った……」


 疲労感を誤魔化すように振り返ると、ニーナはぽかんと口を開けて放心している。


「………………、…………。」

「ニーナ……?」


 疑問符を浮かべたが、本当はなんとなく分かっている。


 だって、強大な力という物はいつだって恐れられるものだから、眼の前で行われた殺戮に、それを行った詩音(じぶん)にじわじわ恐怖がこみ上げてきているのだろう。

 そういうものだ。

 もしかすると、危ないから殺しておこうとか算段を立ててることだってあり得るかも――


「――ッッッ!!こんなのできるなら最初からやれッッ!!心臓に悪いでしょ何考えてるの!?」


 違った。

 そっちかよ。


「……でもって、耳が痛いこと言うなよお前……」

「こんなの隠してるならさっさと使ってよ馬鹿なの!!なんで今までそんな怪我してまで素手で戦ってたの頭がおかしいの!??そっか聞いたことあるマゾヒストってやつだねバーカバーカ!!!あぁもうその怪我大丈夫!??止血とかどうにか……死んだりしない!??病院遠いよ!??」

「耳が痛いこと言――ッ!?うわっびっくりした、一応心配はしてくれるんだなやさしい……!!」

「『やさしい……!』じゃないんだよ真面目に言ってるんだよ馬鹿が!!ボク応急処置の仕方とかわかんないんだよ!?」


 ぎゃあぎゃあ響くニーナの叫び声の中、ミアとアルラは眠っている。

 死んでいるのかと勘違いするほどに静かで、しかし、小さく呼吸をしている。


 怪我人はちらほらいるものの、とりあえず死人は出なかった。

 『ニーナとアルラ、ミアを守るんだ……ッ!!』的な方面だけを見ることが許されるなら、100点満点の結果なのになぁ、とちょっとだけ思ったり思わなかったり。


「…………あのな、ニーナ」


 だから、罪悪感に耐えきれないゴミクズは、そんな唯一前向きな事実によかったよかったと縋り逃げる他になく、なんでもないようにニーナに相槌を打つのであった。


「人間は頑丈だから、そんな簡単には死なない」

「……そうなの!?」


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