41話:こわれかけ
こんにちは。
志無崎詩音である。
現在黒塊と交戦中、迫る触手を捌きつつもニーナとアルラが逃げる時間を稼いでいる中、ふと一種の疑問が鎌首をもたげてきた。本日はそれに関する論説と考証を行っていきたい次第である。
――あれ……?面倒くさくなってきた帰りてぇ……!!
ダルいのである。
――そもそも世界を救う為に戦ってたんだよな俺。世界云々とは全く関係ないよな今……?
どうしてこうなった。
この一文に尽きる倦怠感が、己の両肩に重たくのしかかっているというわけなのである。
びゅん!
「う゛ぁっ」
べちゃ!!
いやもうほんとにどうしてこうなったのだろうか。
ニーナに伸びた黒塊の攻撃は避けるわけにもいかず、受け流しきれずに変な声が肺から押し出され、吹き飛ばされ、叩きつけられた壁を突き抜けて民家の中に突っ込み埃を被った食器棚にめり込んで止まり、皿の破片が皮膚を裂き、僅かに生活感の残った室内が己の血で真っ赤に染まる。
そんな光景を眺めながら考える。
お察しの通り滅茶苦茶に痛い。まんべんなく痛い。痛みが数値化できるものならまず間違い無くギネスを狙える激痛である。
故に議題は、『この痛みの責任の所在』。これなのだ。
一体自分は誰の所為でこんな目に遭っているのかを拙速に曝き上げ、犯人の前で一部の隙も無い論理を紡ぎ上げ完全論破、泣いて謝る罪人を満面のドヤ顔で見下し観衆から巻き起こる拍手喝采。始まる脳内凱旋パレード。幸福指数は800上昇。
これこそまさに現代日本における高度な自己実現!社会的勝利なのである!
ここ異世界だけど。
――なんてことだ……なんてことだ……完璧な作戦だぁ……!!
流石は頭脳派転生者だ。己の知性に恐ろしささえ感じる。こんな天才存在していいのだろうか。
いいのだ。異世界を訪問する者とは得てしてそう言うものなのである。
そうと決まれば話は早い。壊れた食器棚を蹴り加速、ニーナを追おうとする黒塊に一歩で追いつき、先程拝借した黒竜の牙を黒塊の体表に突き立て、向けられる『腕』のカウンターを流し、同時に繰り出されたニーナ狙いの一発は逸らせたものの吹き飛ばされ、地面にべちゃ!!と叩きつけられた後、血濡れる体がふわりと覚える浮遊感と一緒に考える。
この痛みを生み出している、後ろ指を指されるべき『元凶』を。
――まずはミア。黒塊を操る張本人様だ……!!
直接的な因果関係から言えば文句の付けようが無いぶっちぎりNO.1。その身に宿したぶっ壊れスキルで今も自分を叩きつける前世の裏切り者がエントリーだ。
なんだよやっぱり裏切り者の所為かよ最低だな裏切り者がよぉ後日謝罪と賠償を請求する震えて眠れという感じだが、パーフェクトな論破を達成するには『彼女はニーナの命令に忠実に従っているだけ』という点がネックとなる。
ニーナとミアがどのような契約を交わしたのか、そもそもナイフでめった刺しにして殺そうとした間柄でどうやって穏便に話し合えたのか詩音には一切知る由も無いが、ニーナの要求は『詩音を殺そうとしているアルラを止めろ』だろう。
『止める』のに『殺す』を迷い無く選ぶ辺りは相当ヤバいし、本当はチートがあったので助けの必要は微塵も無かったのだが、今回ばかりは詩音に敵意は無いのもまた確かだ。
裏切り者であっても偏った判断を下してはならないのである。司法は常に公正であるべきなのだ。
――じゃあニーナか?そりゃあ原因になった契約を持ちかけたのはあいつだろうけど……
黒竜の振るった腕をまた逸らし、勢いを殺せず頭部が地面でバウンドする瞬間、眼孔奥から溢れる血で赤く染まった視界の中、アルラを担いで真っ直ぐ逃げてるニーナの姿が窺えた。こいつはどうだろう。アピールポイントとしては見ているだけで頭が痛くなってくるハイレベルな狂人。人を楽しんで刺し殺せる倫理観は驚異的の一言なのだが。
論外だ。敵意の無さで言うならニーナこそゼロだろう。ミアの招集だけは裏目を引いたが、詩音の『叡智』もミアの『叡智』も一切知らなかったのだから致し方ない。
むしろアルラから助けてもらったし、詩音を助けようとミアを呼び、アルラを助けようと詩音を脅し、この場に限った話で言えば彼女の行動は全て救命目的。下手に論破ば道徳的敗北を喫し現代日本の底辺を這いずることになること間違い無し。
それと、曲がりなりにも友人である。
――えっと…………アルラ……?
正直こいつのことをあまり考えたくない。怖い。何考えてるのか分からない。
金銭目的で詩音を殺せる小悪魔系。死にかけた状況下で訪れた救援を罵倒するとち狂ったミステリアスがチャームポイント。
ニーナに背負われ逃げている現在でも何かぎゃあぎゃあ騒いでいるところがもうヤバい。さっき頭をぶつけて若干耳が聞こえないので喋った内容ははっきりしないが、怖いので聞けても聞きたくない。
しかしながら、こいつは黒塊の出現に一切関与していない。というか命を狙われてる方。
『元凶』と呼ぶのはあまりに苦しい。怖いけど。
――それじゃあ一体誰なんだ……!?誰の所為で俺はこんな目に…………ッ!?
迫る『腕』の牙を躱した。竜の眼球を掴んで抉るが0.02秒で即座に再生、反撃。ずるい。
――クッソ絶対許さねぇ!!考えてたらイライラしてきた!!決めた、『元凶』は地の果てまで追い詰めて衆目の前で土下座させてやる!!
腹元で止めた『腕』から新たな『腕』が生え、初速から不可視の速度で横っ腹を叩いてくる。
直前で体を捻って逆方向に跳び威力を減衰、民家にぶつかって全身の隙間から血が噴き出した。
――そうだ、もはやこれは個人的な鬱憤では無く天誅だ!!まんまと罪を逃れた狡猾な邪悪を俺が裁く!!ついでに俺が『普段は温厚だが切れるとヤバい系転生者』だってことを骨の髄まで思い知ら…………ッッ!???
間髪入れず立ち上がり地面を蹴る。
黒塊の攻撃を掻い潜りニーナに振られた『腕』の根元へ。
――…………………………え。………………え゛?
巨大な『腕』を掴み動かし無理矢理軌道を上方に逸らす。
限界を超えた己の左腕がおかしな方向に曲がった。
どうでもいい。
それどころではない重大事項に志無崎詩音は気が付いてしまった。
――…………あ、あれぇ……?もしかして俺が前もってミアの『叡智』をニーナに伝えとけばこんなことにはならなかったんじゃ……
…………よし。
――そうかわかったぞ!!『元凶』なんて始めからいなかったんだッッ!!
黒塊との戦闘で研ぎ澄まされた詩音の頭は、輝かしくも美しい、絶対的な『真理』へと辿り付いていた。
なんてことは無い。悲劇が起きた原因は一つ一つは些細なすれ違いの積み重ね。互いが腹を割って話し合ってさえいれば簡単に解決していた問題である。それがこうまで複雑怪奇にこじれてしまっているとなると、誰が悪いなどと言えるはずがないのは自明の理。
つまり俺達に必要だったのは、『隣の仲間を信じる心』だったのだ。
――ッッッ!!!ははっ、こんな簡単なことを今の今まで忘れてしまってたなんてな……!!
そう、あえて『元凶』を上げるとすれば、それは『仲間を疑う邪』。猜疑心である。
『元凶』が誰だとか、決して考えてはいけないことだったのだ。
だってよく考えたら『元凶』はおr…………悪者なんてどこにもいないのだから。
そもそも悪者を1人に絞るなんて、『仲間を信じる』のとは正反対のこと。きっとさっきの気の迷いは、悪魔が仕向けた甘美な落とし穴だったのである。
危ないところだった本当に。もうこの話はやめておこう。
誰が悪いとかそういうのとは全く関係無しに、どの道やることは決まっているのだ。
非力な自分には黒塊の歩みを完璧に止めることはできないが、少しくらい遅らせることはできる。
こうしている間もニーナは徐々に黒塊から離れられている。
このままのペースなら彼女らが『腕』の射程を抜けるまで、残りは1分と40秒!
――時間さえ稼げばゲームセットだ……!!
なんだか楽しくなってきた。
ニーナはこの先裏切らないのか、仲間が裏切らないとかあり得るのか、そもそも俺に仲間がいたことは一度でもあるのかという話は置いておくとして、全身が信じられないくらい痛くて、今すぐ死んでしまいたくなるくらいに苦痛で、それが結構心地よかった。
願わくば、仲間じゃなかった魔人様と、仲間かわからない魔人様が、揃ってここから逃げきれますように。




