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25話:告白

 

 アルラを捜し、街から伸びる馬車の跡をいくつもいくつも辿った果て、97箇所目。


「――――ッ!?」


 宙を飛ぶ――――というより『吹っ飛ぶ』と称した方が適当に思えるほどの超音速、一直線の軌道の中。唐突に視界に現れた光景に志無崎詩音は息を呑んだ。


 地平線から顔を覗かせたのは、朽ちた古城跡。

 王都のものと比べても遜色ない規模の外観を持ち、辺りの広大な城下町も合わせ、荒廃していても以前の栄華を察するに余りある佇まいを見せている。


 それが、とんでもなく()()

 今も東南から降りかかっている目が眩みそうになるほど眩しい日光が、古城を中心にすっぽり欠け落ちているのだ。

 城下町は中心に近づくほど徐々に暗く。古城は光の無い夜よりも暗く、一切の様子を窺えないほどに暗く。雄大な黒色の球体に包まれているようであり、その空間だけをすっぱり切り取ってしまったようにも見え、稚拙な合成写真のように不自然で、いっそ幻想的ともいえるほど理解の及ばない光景。


 そして最も重要なのは、この現実とは思えない光景は、おそらく古城に根付いた魔物に創られたものということ。


「……どんなバケモンだよ」


 高度を落とし地に足を擦って、靴裏の焼ける嫌な匂いが漂うけれど、無視してそのまま全速力で地面を蹴った。


 闇の中はよく()えない。照準を合わせながらも一切の効能は抑える『視る』ための微細な『叡智』の操作が、古城内の中だけ何故か乱されている。大体の外観は先に述べた通りだが、細部になるとピンボケした写真でも見ているようにはっきりと像を結ぶことができない。

 けれど、闇の輪郭から離れたところにギルドの馬車が1つ駐まっていて、そこから古城に向かい見覚えのある足跡が微かに続いているのだけはよく視えて、


 ――当たりだ……!


 アルラはきっとこの中にいる。


 そう結論づけ、躊躇なしに踏ん切り、勢いよく闇の中へ身を投げた。

 瞬間、どぷ、とぬるい感覚が肌を撫でる――――意外にもその暗闇自体に害はないようで、侵入から数歩程進んでもなんの支障もなく走り続けられていた。


「――――――!!」


 悪い夢でも見ているようだった。


 予想通りではあったけど、中は外から見るより一層に真っ暗だった。雲1つ無い快晴から一瞬で身を包んだ暗闇はあまりに異質で、頭上から入り込んだ陽光が青白く霞んで星のようで、そんなか細い光に頼らなければ歩けない程暗然極まった辺りの景色はそっくりそのまま暗夜のそれだ。


 そして、視界の中心、足を運ぶ先、厳かに聳える古城の最上部に、黒い竜がとまっている。一匹だけでは無い。何匹も何匹も、無数の黒竜がずらりと並んでこちらを静かに窺っている。

 気品のある佇まいにすらりとした体躯。個々に見るなら迷い無く"美しい"と形容づけられるはずの竜の群れは美しいというにはあまりに甚大で、その暴力的なまでの数に気味の悪さを覚えずにはいられない。


 そんな些細な情動はどうでもいい。脇目も振らずにただ走る。


 黒竜(かれら)は態々やってくる詩音(えさ)を歓迎しているようで、なんの妨害も受けずに古城の門を潜った。

 寂れた城のひび割れた床を蹴る。その度に高い音が響き、その度に嫌な気配が四方からちらつく。きっと古城(ここ)が黒竜の巣となっているからなのだろう。位置は掴めないが相当数が辺りに潜んでいると見て間違い無い。瞬き一つした瞬間足を囓り取られているのも十分にあり得る。


 それら全てがどうでもいい。余所に思考を向けてる余裕は一切無い。


「――クソッ!!!どこだ……!?」


 馬車を降り、古城に入った後のアルラの足取りがわからないのだ。

 魔物の討伐を目的としているはずの彼女が魔物の巣の何処に向かうか見当つけられる訳がなく、微かな足跡さえも残っていない。

 こうしている間にも、アルラが黒竜に襲われているかもしれないのに。


「くっ、そっ……!!」


 考える。アルラは何を思って古城(ここ)を訪れ、一体何処に向かったのか。そして、そもそも魔物狩りに踏み切った理由。彼女の心情を1ミリでも正確に掴もうと、焼き切れそうに痛む頭を回す。


 ――アルラが魔物を狩ろうとしてるのは、俺があいつを突き放したからだ。


 『黒樹』の討伐は自分にしか成せないことで、しくじれば世界中全員が死ぬ。

 それは凄く危険なことで、アルラを巻き込める訳がなくて。そんな正論を盾にとって、アルラに一方的に別れを告げた。


 ――だからあいつは魔物を狩って、荒事への自分の有用性を示そうとしている。こんな化物を選ぶくらいになりふり構わず、だ。


 アルラは子猫を助ける為に命を賭けられるのだ。自分の身の安全を後回しにしてしまう悪癖が、彼女にはある。

 こうなることくらい、想像できたはずだった。


 ――アルラが選ぶのは最短ルート。黒竜が確実にいるとわかってる場所。古城(ここ)に入る前にどうやっても目に映る最上階……!



 本当に?



 どうして自分は彼女の気持ちを汲めているなんて言えるのだろう。

 仲間に裏切られてばかりの節穴(じぶん)の見立てに信用できる要素は欠片も無いだろう。

 わかるというなら、そもそもアルラが自分との別れを惜しんで悲しんで嫌がってくれる理由はなんだ。出会って3日しか経っていないというのに。


 わからない。他人の気持ちなんてわかるわけがない。


 ――考えるな……!考えるな!!


 そして、わかっていてもわからなくても、どちらでも構わず事態は進む。

 アルラが魔物の巣(ここ)に来てること自体は足跡からして確実なのだ。


 『叡智(チート)』の目を封じられた今、アルラの居場所を掴む手段は存在しない。

 大声を出して呼びかけるという手もないことはないが、それでアルラの返答があったとして、自分が彼女の元に辿り付くのとその場の黒竜が反応するの、どちらが早いか考えるまでも無い。


 節穴が導き出した穴だらけの結論にアルラの命を賭ける他、道は残っていないのだ。

 吐き気がする。


「…………ぐ、う゛うっ!!」


 目についた階段を片っ端から上って上がる。

 古城の作りは複雑で、階段の位置もまばらに作られており、一つ上の階に上がる度、次の階段を探してフロアを必死にうろついて回る。


 階段を上がる。手が震えた。


 階段を探す。心臓が痛くて死んでしまいそうだった。


 階段を上がる。呼吸は正しくできているのだろうか。


 階段を探す。ぐにゃりと視界が歪んでいた。


 階段を上がった。頭がおかしくなりそうだった。





 そんな、やけにゆっくりと流れたいた、ひりついた時間の隙間のこと。


 「や」と遠く、掠れた声がした。


 声のほうに目を向ける――――ずっととおく、手が届かないくらいとおくにアルラがいて、彼女はしりもちをついていた。

 彼女はこちらをみてはいなくて、みているほうには倍くらい大きい黒竜がいて、その竜はアルラをみつめている。竜はどことなく上品さを感じさせる様子で、大口をあけていた。


 一瞬、アルラがこちらをちらりと見て目があった。

 泣きそうだけど、すこしだけうれしそうな瞳に思えたのが、なんともふしぎなことである。


「――――コト」


 おおきく頭にかぶりついた。

 ずっと遠くだったけれど、近づくことすらできなかったけれど、少女の頭に食らいつく一部始終を、はっきりと、ゆっくりと、スローモーションで流れていったのでした。








 そんな光景を見届けながら、なんだかもう、ほっとして、泣いてしまいそうだった。


 ――間に合った……!


 不格好だけど、ギリギリだったけれど、なんとかこの場に居合わせることができた。

 声を出す暇さえ無かったけれど、確かに貰った猶予の0.2秒間。念入りに、丁寧に、細心の注意を払って手の平のマナを調整していく。

 調整先は『医者』から倣った炎の魔力(マナ)。これまでの3日間幾度と失敗を繰り返してきた、今朝にようやく使い物になった付け焼き刃だけど、失敗する予感は欠片も無かった。


 ……結局、自分の思考は正しかったのか、正確なところはわからない。

 結果的にアルラを見つけることはできたものの、あんな適当な予想、実は全く見当外れでしたと言われても驚かない。事実、今際の際に詩音(コトノ)の名を呼ぼうとした彼女の心情など、推して計れないものだったのだから。


 そして、全部が全部どうでもいい。

 自分が頑張るだけでどうにかできる状況が、アルラが生きていられる状況が、たまらなくありがたくて、愛おしくて。

 アルラの頭に食いかかる黒竜に、そっと狙いを定める。


「――杜若(かきつばた)




 半身が消し飛び、残った竜の上体がぐらりと傾く。

 既に絶命した黒竜の死骸が重力に引かれて崩れ落ちるのも待てず、アルラの元に駆け寄った。

 残った唯一の気がかりは『詩音(じぶん)がアルラを見つけた時、彼女は既に尻餅をついていた』ということだ。ぱっと見たところ外傷はないが、自分が居合わせる前に負傷していた可能性は十分にある。


「アルラっ、怪我は!?」


 少女は「……え」と呟いて、詩音の放った炎魔法の痕を呆けた様子で見つめている。

 壁面に空いた大穴から吹き込んでくる風にアルラの前髪が揺れるが、彼女に意に介する様子は一切無い。


「――怪我は!?」


 アルラがこちらに向き直る。

 その目はやはり呆然としたもので、現状を正しく認識できているとはとても思えない表情だった。


「……頭でも打ったか!?なぁ、意識あるなら返事してくれ今すぐに――」


 言葉の途中、返答も無しに、少女はふらりと身体を近づけてきた。

 というか、有り体に言うと、抱きつかれた。


「……!??――!?????――――よぅしOK!OK!!!よくわかった!!元気みたいで何より、なによりなんだけどさぁ、それはそうと淑女としてこういうのは少し大胆なん、じゃ……」


 混乱の最中、小さく呻くような嗚咽が耳に触れ、言葉がとまる。

 自分の胸に顔を埋める『魔人』の少女は、小さくすすり泣いていた。


「――――アルラ」

「……こわかった」

「……そっか、ごめん」

「………違うの。私が、またっ、迷惑ばっかり……」


 少女の声に、身体に、細かい震えが走っている。


「……落ち着いてからでいい」


 当たり前だ。

 例え自身が選んだことだとしても、いきなり人を喰う化物の前に放り出され平然としてられる人間がいるわけがない。ましてやアルラは少し泣き虫なだけの普通な女の子で、つい先程喰い殺される寸前だったのだ。


 縋りついて泣きじゃくる少女に、一体どんな言葉をかければいいのかわからない。

 ただ、肌に触れるアルラの体温が、彼女が生きているというのを実感できて、泣いてるアルラの前でほっとしてしまうのが申し訳無くて。

 沈黙があまり重苦しく感じなかったのは、漂う暗闇のおかげなのだろうか。


 壁の穴から朧気な光が差し込んでいる。


 アルラがそっと口を開いた。


「……私、あなたのことが好き」

「――――え」

「大好き。……コトノがいなくなるって考えただけで、いつかそうなるって想像しただけで、怖くて、怖くてっ、おかしくなりそうでっ」


 やっぱり自分には、他人の気持ちなんて少しもわかっていなかったようで。


「お願いだからっ、1人に、しないで……」


 きゅう、と少女の腕に力がこもり、強く、強く、抱きしめられた。


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