22話:3日目の朝だ
薄明。明けの陽光が散らばって薄く白ばむ地平線。
地平線が見えるほどまっさらに均された街の景色は、昨日魔草がもたらした被害の甚大さを、これ以上無く精彩に物語っている。
「うわぁ……酷いありさま…………」
隣を歩くニーナは、そんな光景を目だけで追って眺めていた。
あの『医者』から奪ったサイズの合っていない服を着て、フードを深く被って歩いているその姿は、既に初日の姫衣装よりもしっくりきているような気がする。
「――っていうか、一晩でどうにかなるものなんだね魔草」
「……だよなぁ。あんなデカいのがあんな数いたのに塵一つ残さずってのは流石に……」
残された街の残骸の中、半壊しながらもなんとか形を保っていたいつもの街道を、いつも通りにのんびり歩く。ここ数日の慣習となっている朝っぱらからのギルド訪問。その道中に詩音達はいる。
詩音達が横切っていく隣、崩れた建造物の前には大抵どこでも3、4人が集って話し込んでいた。
耳を傾けてみると話題はどうやら瓦礫の撤去について。どうやら彼らはこんな早朝から街の復旧作業に精を出しているようだった。
昨日まで住んでた街が跡形も無くなってしまったというのに、悲壮感をほとんど漂わせずに前向きに対応を考えている。
そんな様子を横目に窺って、感心するというか、感服するというか。
「……まぁ結果平和になってんだから、どうでもいいっていえばどうでもいいんだけどさ」
「コトノがこっそりどうにかしたんじゃないの?」
「……お前俺をなんだと思ってんの?できないしやらねえよ。ほっといても死人が出るわけじゃないんだし」
崩れた街に魔草の影は無い。
十数分前、詩音達が街に辿り付いたときには既にこういう状況だった。
勿論、前述のとおり破壊の跡は街じゅうに刻み込まれているし、根っこがあったとおぼしき大穴があちこちに空けられてはいるが、それだけだ。
ちょっとした高層ビルくらいはあった化物が、あれほど隙間なくひしめいて暴れていた化物が、死体すら残さずにすっかり消え去ってしまっている。
本来喜ばしいことではあるのだが、それでも少しばかり異様な状況と評価せざるを得ない、そんな光景。
喜ばしいことではあるのだが。
「……多分この街にはとんでもなく強いのが1人いて、そいつが全部どうにかしたんだと思うんだけどな」
「――うっそだあ!1人であの数どうにかできるわけないじゃん!!途中で抜け出したから正確な数は知らないけど、あれからもどんどん生えてたみたいだし最終的に200はいたよね!?」
「地中の幼体も合わせたら458な。どっかにそれ全部を1人で殺しきった奴がいる。被害者ゼロもそいつのおかげだろ、まあ化物だな」
少女は「はぁー……!」と嘆息する。
「うーん……とんでもなく強い化物……」
「……失礼かな人のこと化物って言うの。……超人?」
「……コトノとくらべてどのくらい強い?半分くらい?」
「――本日2度目ぇ!!お前は俺をなんだと思ってんの!?地震とか台風とか自然災害類の類なの俺!?」
「あの草くらいなら、こう、ステゴロで……時間さえかければなんとか全滅させられるくらいの……」
「……過大評価!!人間の限界はどうがんばってもツキノワグマだバーカ!!体重差考えろ馬ァ鹿!!」
相手は魔草。幼児向けのロボットアニメにでも出てきそうなサイズなのである。詩音との体格差を例えるなら人間とネズミが殴り合うのと似たようなものであり、加えて志無崎詩音はクソ雑魚ナメクジ。
故にニーナにぶつけたのは一部の隙もない正論のはずなのだが、少女はふふんとご機嫌に鼻をならして人差し指を振っている。
「と、言いつつも実はぁー?」
「……いや無理だからな?」
なんだこいつ。
「そう思わせておいてぇー?」
「……何度聞いても無理なもんは無理だぞ?常識的に考えろ?」
なんだこいつ。
「――だけどそこで『叡智』を使うと!??」
「………………」
「………………使うと?」
「…………内緒って言ったろ?話題に出すのもできるだけやめてくれ」
「――はーい」
ニーナは舌をぺろりと出して悪戯に笑った。
昨日、馬車であった会話など忘れてしまったかのような笑顔だった。
昨晩、あれからすっかり静かになってしまったアルラと2、3言会話を交わした後、病院に帰ってきたときも、これまでも、ニーナはずっと何もなかったように振る舞ってくれている。
彼女なりに気を遣ってくれているのか、そもそも気に留めてもいないのか。
見当もつかないまま歩を進めた。
足下の石畳のところどころに亀裂が走り若干の歩きにくさを感じながらも、いつも通りギルドの方へ。
「……でもさぁ、こんな状況でギルド行っても意味がないんじゃない?依頼を受けられるかって話の前に建物の残骸が散らばってておしまいだと思うよ?」
「……だと思うよな」
「――――??」
首をかしげるニーナに、「ほら」と指差しで答える。
ニーナの視線が詩音から人差し指に移り、指先が指す先、詩音達のずっと前方へと流れ――――
「――――なんで?」
呆然とする気持ちも分かる。
指差す先、ずっと前方に、ギルドが無傷で立っている。
ここ数日ですっかり見慣れた背の高い建造物。
周りの建物は例に漏れずぼろぼろに破壊されているというのに、円を描くようにギルドから十数メートルの範囲だけが、すっぽりと、1日前の風景を綺麗に残している。
「な?この街で無傷で残ってる建物はあそこだけ」
「……なんでぇ??」
「意味わかんないから『1人』って公算が立つんだって。魔草発生の瞬間に化物がいたのがギルドで、そっから対応が始まったんなら色々筋が通るからさ」
困惑するニーナを尻目にギルドに向かい、足を踏み入れる。
すると、そっと耳を障るのは薄くて小さな人混みの気配。軽く一階の様子を見回してみると、壁の依頼を見回している人がまばらに散らばっていて、全部でおおよそ20人か。
当たり前かもしれないが、昨日の魔草の騒ぎがあって、なお朝っぱらから魔物狩りに出ようという人達は相当に珍しいらしく、昨日よりだいぶ人数は減っていた。
が、それでも人がいるいることに違いは無い。
つまり、今日も変わらず依頼は受付中であるようである。
そんな思わぬ幸運を伝えようとその場で振り返り、後ろからギルドに近づいてくるニーナへ声を――――
「少年、少年。少しこちらを向いてもらえませんか?」
不意に真横から飛んできた声。
反射的にその方向に振り向くと、一つの椅子が不自然にぽつんと置いてあった。
「――――はい?」
思わず口をついて出る困惑――――――そこに、妊婦が座っていた。
「そう、そうです。そのままでお願いしますよぉ…………」
腹部の大きく膨れた女性が、詩音の頭からつま先までじろじろと見つめ回して、「う~ん……」と悩ましげに唸っている。
魔物と戦う者達が集まっているはずのギルドにおいて、あまりに不自然な存在。
見た感じあの『医者』と同年代くらいなのだろうが、纏う空気は180°真逆。気を張っていないというかつかみ所がないというか、どこかふわふわとした雰囲気と共に、詩音をじっと眺めている。
無論、詩音に彼女との面識は一切無い。初対面である。
「……あの、どうしたんですか?」
「わたくし、格好良い少年を捜しているのです」
「…………はぁ?」
「格好良い少年を捜しているのです」
堂々とした宣言であった。意味の理解を脳が拒む。
言ってること自体も十分ヤバいが、それを公衆の面前で発言できるのも、そもそものそれをここで発言する意図も一切分からない。
詩音にそれを言ってなにをどうしろというのかこいつは。
「……そうなんですか」
「そうなんです」
妊婦はじっとこちらを見つめている。
いつの間にか彼女の視線は、詩音の全身から目で留まり、じっと真っ直ぐに見据えてきていた。
「…………?」
「…………う~ん」
理解は数秒遅れてやってきた。
「…………あっ俺!??――――えっ俺!??」
「はい、あなたです」
「……!???はぁっ!???格好いいって嘘でしょ馬鹿ですかナンパですか!???」
「いえ、そこまで暇ではないので。君自信には一切興味はありませんし」
「えっ」
五秒ともたたずに裏切られる高揚感。
詩音の中で一切の思考がフリーズしたその隙に、妊婦は自分の上着の中に下から手を突っ込んで、中身を強引に引きずり出し、詩音の眼の前に突き出してきた。
「どうぞ。君にしばらく預かっていてほしいとのことです」
「――――あ?」
妊婦の、というか、詩音が妊婦だと思っていた彼女が取り出したそれが、みゃあと鳴いた。
「……あぁよかった。見覚えがあるということは人違いではありませんね。彼女、名前を伝え忘れていたようで不安でした。今どき君みたいな歳の少年は珍しいとはいえ、あまり美的感覚には自信がないというのに」
妊婦の腹を膨らませていたのは、服の中に隠していた子猫。
「少年のご友人でしょうか、名も知らぬお嬢さんから預かった猫ちゃんです。わたくし、猫に触るのはじめてです」
アルラの飼い猫、シーナが、妊婦に抱かれて鳴いていた。
「…………な」
情報を処理できずに固まっている詩音を余所に、妊婦ではなかった彼女は、微笑みながら子猫を撫でている。
「わたくし、これでも結構忙しい身なのですが、突然見知らぬお嬢さんに声をかけられて『すぐ来るはずだからお願いします』なんて強く言われ、思わず押し切られてしまいました」
「……いつの話ですか?」
「う~ん……2時間ほど前のことでしょうか」
2時間。
それを聞いた瞬間、なぜだろう、どうしようもなく嫌な悪寒が腹の内側から滲み出してきた。
妊婦から子猫を受け取った両手が、指先が、だんたんと冷たくなっていくような。
それが何故かは、わからないのだけれど。
「…………ありがとうございます。迷惑かけてすいません」
「はい。良い一日を」
柔和に振られる手の平。
それに対する返答も出せないまま、迷わず踵を返しギルドを出た。――と、入口の横に背中をつけ、会話の終わりを待っていたらしいニーナがこちらを覗きこんでくる。
「あ、終わった?一体何の話…………猫?うわっ猫じゃん!!」
「わぁぁ触っていい??」なんて尋ねてくるニーナ。
興奮を隠しきれずに目を輝かせる彼女の姿が、なぜだかとても不気味なものに見えた。
「…………ああ、うん、あぁ、いいと思うぞ」
「……コトノ?どうしたの?」
ニーナの不審がる声。
「……いや、別に」
……いや、何も大したことは起こっていないはずなのだ。
詩音の前にアルラがギルドを訪れていて、彼女が子猫を預けていった。今の会話でわかったのはたったそれだけだ。その情報に何一つとしておかしいところはない。
おおよそアルラに急に用ができてしまって、しばらく子猫の面倒を見切れなくなったといったところだろう。
――昨日の今日で?
何の確認もとらず、事情も知らせず、人づてにペットを預けるという行為は一見不躾なものに見えるが、状況を考えればそれも仕方ないことかもしれない。
詩音が放った一言から昨夜の別れ際はちょっと気まずい感じになってしまっていたし、少し顔を合わせづらく思ってしまっても当然だろう。
ひょっとしたら、若干の不和から詩音に苛立ちを覚え、ちょっとばかり困らせてやろうという悪戯心が働いたのかも。
――アルラがそれをするか?
違和感。
街を視た。
詩音の『叡智』の照準器は、瞬時に街にいる全ての人間を知覚する。
「………………」
アルラはいない。
どれだけ広く、どれだけ詳細に視てみても見つからない。
「………………」
臓腑が冷えて腐っていくような悪寒が、考えるほどに広がっていく。
「……ニーナ、子猫預かって病院まで戻っててくれ」
「……えー?」
「今から街の外まで出るから何が起こっても視えないし対処もできない。だから騒ぎは起こすな。ないとは思ってるけど絶対だ」
「えぇー……いいけどさぁ、まさかまたあの子絡みの」
「絶対だ、頼む」
「……りょーかい」
承諾の言葉を受け取って、地面を蹴った。
方向は街の外を視て確認した馬車の跡。比較的新しい跡の1つ目の方。
心臓が鈍い痛みを発する程に激しく脈打っている。
昨晩詩音がアルラに言った言葉は『危ないから一緒にいれない』で。
それは、露悪的に受け取ってしまえば、『お前は弱いから要らない』と吐き捨てたのと同じようなもので。
魔物の討伐依頼が集まるこのギルドを、アルラは2時間前に訪れている。
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抱いてる子猫が顔を舐めてきた。ちょっとざらついた感触がくすぐったい。
カッコかわいいニーナがかわいい生き物とじゃれている様子は、きっと想像をはるか超えてかわいくなっているに違いない。
「――――」
コトノはシーナを自分に預け、おそらくはアルラを追って行ってしまった。街の外まで出るというのに徒歩なところを考えると、王都からこの街までと同じ移動手段を使うのだろうか。
なにはともあれ、コトノはいない。
ひとりきりである。
「――――うーん」
1つ小さく唸ってみて、シーナの毛が気持ちよくて、色々と考えて、考えて、考えてみた。
「――――」
シーナがゴロゴロ喉奥を鳴らして、冷たい風が肌を撫でている。
「――うん。」
決めた。
ちょっと遅れてしまった感じはあるけれど、それならそれでやりようはある。
ずっと自分を監視していた存在は、この街の外に出てしまっているだろうから。




