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19.5話:⑦⑧⑨の舞台袖にて

 

 細かく揺れる馬車の中、我らが姫様、かっこかわいいニーナちゃんは小さく一つ身じろぎをする。


 特にすることもないので、ずっとぼうっと眺めていた窓から見える外の景色。

 ちょうど今、見覚えのある門を通り抜けたのが見えた――つまりは乗っている馬車が安全圏(まちのそと)に辿り付いたことを確認して、そっと可憐に腰を上げたのだ。

 客席と操縦席の仕切りを二度ノックし、馬車を運転する御者に呼びかける。


「ボクここで降りますね」

「――――えっ…………えっ、えっ!?」


 戸惑いの声への対応は無視していいものとする。面倒なので。


 扉を開け、走行中の馬車の中から後ろ後ろに流れていく地面を一瞥して、躊躇うことなく飛び降りた。

 ザザザザザザザザ!!と地に着けた足が唸りをあげ、五メートルほど滑ったところで完全に静止するう。着地の姿もかっこいい。


 巻き上げられた砂埃に軽く咳をして、さて、あの御者はどういう反応を見せているだろうと振り返ってみると、一切スピードを落とさず直進する馬車が徐々に遠ざかっていくのが見えた。

 唐突に自殺めいた飛び降りをしたニーナ(ボク)の様子を確認しないのは彼女の職務上どうなんだろうかと小さな疑問が浮かび、『……まあいっか!』と合理的に切り捨てる。

 馬車が十分に小さくなったことを見届けた後、あの『病院』の方に向かって歩き出した。


 街の反対側、橙に染まった地平線。珍しくもなんともないないいつもの光景が、なんだか妙に郷愁を煽ってくる気がした。


「う~っ、暗くなってきたなぁ」


 ほんの少しの肌寒さを感じつつ歩を進めながら空を仰ぐ。

 ほとんど地平線に隠れてしまった日輪とは逆側の空、昂然と佇む月輪が黄金色の光を降ろしていた。


「――月が綺麗ですね…………なんて」


 ひとりっきりの荒野だからだろうか、思いつきで口にしただけの冗談も想像以上によく響く。

 人気(ひとけ)が無いのは嫌いじゃないのだけれど、思ったよりずっと虚しいことをしているような気がしてきたので、黙って歩くことに決めた。


 街の外縁故人の手の加わった建物がほとんど見当たらない、そんな薄闇の荒野を歩く。

 規則的に一人(じぶん)の足音が鳴って、響いて、耳に残って。


「んーっ」


 胸中の違和感を打ち消そうと、歩きながら一つ、大きく伸びをした。

 小さな体躯を目一杯に使った可憐ながらも可愛らしい伸び。愛玩動物顔負けの愛おしさである。


「…………んー」


 が、駄目だ。

 一度見つけてしまったモヤモヤは既に無視ができない程にふくれあがってしまっている。


 意識するまでもなくなんとなくわかった。

 きっとこのモヤモヤが消えないのは、ここ数日間わけがわからないことばかりが起こって、頭が混乱してしまっているからだ。


「なんなんだろうなぁ……もう」


 わからない。

 どうして優しくしてくれたかわからないし、どうして敵を殺しちゃダメなのかもわからない。どうして()()()怒っていたのかもわからないし、わざわざ怒りを隠す理由もわからない。苛ついた彼よりずっと弱いボクを殴らない理由がわからない。演技の理由がわからない。わからないわからないわからない。


 そして何よりも、自身の気持ちがわからなかった。

 正直、あの時自分がどうしてコトノの腕を掴んでしまったのか、今になってもさっぱり理解できていないのである。


「――――うーわ、やだやだかっこわるい……かわいくはあるけどさぁ……」


 自分の気持ちさえ制御できないのは幼稚で迷惑で恥ずかしい奴だ。

 これまで培ってきた価値観が自分を責めて、思わず小石を蹴り飛ばして、思いのほか遠くに飛んでしまって、やることなすこと全部が皮肉めいていた。


「…………………()になってくるなぁ」


 そんな『わからない』があふれかえる中、たった二つだけわかることがある。


 コトノは強い。雑に強い。理不尽に強い。隠している『叡智』をどれだけ甘く見積もったとしても、おそらく不意さえ突かれなければ無敵だ。

 あの草の化物が暴れ回っている街中でも、どんなハプニングが起こったとしても、用事を一つ済ませて二人無事で街を出るのはそう難しいことではないだろう。


 だからわかる。


 あの時、あのいたいけな少女が言いかけていたのは、くだらないけれど切実な、彼女にとって命を掛けれる程の願い事。それを真面目に真摯に受け止めた少年は、己の意志で死地へと踏み込み、矜持か思い出か宝物か、とにかくアルラの大切な何かをその身をもって守り通す。

 そしてあの『魔人』は、初めて自分を受け入れてくれた少年が自分の為に戦って、多少の擦り傷と一緒に笑って戻ってくるのを見て、嬉しいやら悲しいやら申し訳無いやらが混ざりに混ざり、感極まって泣いてしまうのだ。


 そんな、白々しくて馬鹿らしい、吐き気がするほど甘ったるい茶番劇が今も無人の街角で繰り広げられていることだろう。……細かいことは想像だけど、大雑把に言えば間違っていないというのが、自分に分かる一つめである。


「………………………………うん」


 そんな展開に自分がどういう感情を抱いているのかは分からない。

 でも、どちらかといわれると、すごく不快に思ってる気がした。


 二つ目。


 今も自分の左手にはっきり残っている、あの少年の腕の感触。

 意外にも筋肉質とは言い難く、どちらかというと細身だったことに驚いて、けれどもやっぱり自分の(それ)とは違ったコツコツしたあの感触がまるで一瞬前のことのように思い出せてしまう。


「――――男の子だなぁ……」


 滲み出た寂寥感ははっきりとした輪郭をもっていて、艶麗な柔肌をそっと撫でている。


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