18話:2日目⑤
「止まってくださいって――ちょっと!!ストップストップ聞いてんの!?もう十分射程外だってストップ!!」
「――――!!――――ッ!!!」
操縦席と客席との仕切りをばんばん叩いて訴えること3回目。
ようやく要望を受け入れてくれたらしく、馬車の御者が声も出さずにブレーキをかける。
ずっと後ろで暴れる巨大な怪草から逃げていた馬が静止し、遠のく馬車をずっと追いかけていたアルラがようやく距離を縮め始める。
急いで窓から顔を出して振り向くと、ちょうどその『普通』な少女が息を切らして詩音の眼前へと辿り付りつくところだった。
――――あ。
瞬間思い出す。
今朝散々頭を悩ませてきた『詩音はアルラに嫌われているのではないか疑惑』。なんとなくで流していたものの、解決した訳でも割り切ったわけでもないそれは当然ながらいまも継続中の疑惑である。
――――あーーー……。
結果、浮かび上がってくるのは『果たしてこの場は何を言うのが正しいのだろうか』という酷く情けない命題。
「――――――昨日ぶりだけど、元気してた?」
悩みに悩んだ末、あまりに雑な言葉しか出てこなかった。
「………………………………はぁっ、はっ……はっ……」
アルラは詩音の質問に答えない。
というか答える余裕がないといった様子といった方が正しいか。
はぁ、はぁっ、と荒く息を吐いて立ち尽くし、膝に手を置いて黙っている。
「……大丈夫?」
「――――遠くで魔物が生えだして、咥えてた馬車に、コトノが乗ってるのが、見えたからっ……」
「……え」
「周りの人は一目散に逃げてて、助けも呼べる状況でもなくて、とりあえず近づくことしか思いつかなくて……」
「え」
肩で息をしながらも途切れ途切れに話をするアルラは詩音を覗きこんだ。
「すっごく高いところから落ちてたけど、平気なの……?――痛むところとかない?」
「………………!!」
戦慄。
何度目になるかわからないが戦慄。
想像だにしなかった言葉の羅列に詩音に電流走る。
――あっ好き……!!心配してくれてる好き……!!
予想とはるかに上ブレした好対応に刹那で脳細胞の98%が死滅する。
一気に脊椎動物の最下層まで落ちた知能指数。概算IQ30が有している語彙数にバリエーションなどあるはずもなく、
「――――――――あ、うん、平気ぃ…………」
「――服に血!?大丈夫なの!?」
「や、これは返り血。魔物の」
「…………良かったぁ」
脳死の詩音の単調な言葉を聞いて、なおも安堵の溜息を漏らし表情を緩ませるアルラ。
かわいい。
可能な限り客観的な事実を述べることをここに誓うが客観的事実としてかわいい。
――うっわぁ……こんな天使との会話が合法だって嘘だぁ……!罰当たりだったりしない!?
痴呆な情動に煽られ呆けていると、アルラが、あ、と突然その表情を変えた。
かわいいことに変わりはないのだが、安心の弛緩が消え失せた緊張感に思わず身構える。
アルラは小さく口を開いた。
「――確認だけど、コトノは今まで魔物狩りにでてて、ちょうどこの街に帰ってきたところなのよね?」
「……あってるけど」
それが一体……と続けようとした瞬間。
ドッッッッ!!と爆音が爆ぜる。
「――!?」
耳をつんざくような感覚に思わず目を奪われる。
爆心地は百メートル近く離れた裏路地だろうか。
ずっと遠方で巻き上げられているはずなのにはっきりと目視できるほどに濃く高い土煙の柱。
「なんっ――!!」
そこから出てきたのは見覚えのある影。
あのツタを振り回した破壊の結果か、またも爆音が鳴り響き瓦礫が巻き上げられている。天辺についた食虫植物のような『口』の形状までそっくり一緒だ。
今も後方で暴れているものと全く同じ2体目。
ビル程もあるあの怪草が、前方はるか遠くで急速に伸び出していた。
「――――嘘だろ!?ポンポンポンポンどうなってんだタケノコかよ!?」
「あんな魔草が街じゅうで生えだしてるの。分かってるだけでも18体。今も増え続けてて、もう殆どの人は街の外まで避難してる」
「――じゅうはっ……!?タケノコかよ!?」
「10分くらい前に街全体にギルドの避難指示が出されてたんだけど……鐘の音聞かなかった?」
「俺達その時ちょうど街の外……!!……いやでもそんな逃げてる人とすれ違った覚えないぞ!?」
いや、密閉空間で駄弁ってた詩音達は気づかないだろうが、馬を操縦する御者が気づかないのはどう考えても不自然。
「――――それは……バラバラに逃げる人がすごく少なかったからかも。大体は辺りの人達を集めてひとまとまりになって、ギルドの実力者をつけて避難していたみたいだから」
「えぇぇ…………」
つまり詩音達は、その集団の避難経路に偶々出会わず、バラバラに逃げていた少数ともすれ違わず、ちょうど避難中の人を見かけた瞬間真下から魔草が生えて食われてああいう状況になったということか。
運が悪かったなんてレベルじゃない。呪いでもかけられてる方がむしろ自然に感じるくらい最悪な巡り合わせ。ヤケクソに拍手でもしてやりたい気分だ。
しかし。
――いや待てよ……?…………いや待て待て待てよおい……!!
気づいた。
――違う!!本当にヤバいのはあの化物が暴れてんのがここだけじゃないってことだ!!
そこまで考えが至った瞬間、背筋が凍る。
被害者がゼロだったのはあくまであの場に限った話。
極論言うなら今この瞬間に死体が1ダースできててもなんら不思議ではないのだ。
――クソッ!!1体でも死人が出ないってのが奇跡なのに18ってのはどう考えても――!
もはや躊躇っている場合ではない。意識を空に向ける。
使用するのは転生特典の『叡智』。その前段階の照準器。
――頼む…………ッ!!
一瞬の内に、その場から一歩も動くことなく、全ての座標の全てのモノを、可能な限り短時間で、可能な限り大雑把に、、しかし人は見逃さない程の粗さで『視た』。
……結果。
死者0、重傷者0、軽傷者3である。
――うっっわ!!なんだこれめっっっっっっちゃ平和!!!!!!!
拍子が抜けて死ぬかと思った。
視た情報をそのまま述べよう。あの草系のデカブツは実際のところ全部で21体。好き勝手に生えまわり触手を目一杯に振り回すそれらは街中で破壊の限りを尽くしている。文字通り街は半壊、今朝まで人が暮らしていたとは信じられない光景が広がっている。だからアルラの言ってることにはなんの誤りもない。が、それで出ているのはあくまで物的被害。肝心の人的被害は限りなくゼロに近い。
もっと言えばコトノ達を除いた全ての人間が既に街の外への避難を済ませており、点呼を取って逃げ遅れの確認をしている。アナウンスが10分前という話だったのに、恐ろしさすら感じる手際の良さである。
都合が良すぎる異常な結果に流石の詩音も困惑を隠せない。
――えぇ……?なにがどうなってんだ…!?――――いや良いことなんだけどさぁ、あんなゴジラ暴れてて犠牲者ゼロってありえんの……!?
にわかには信じがたい結果であるが、何度視直しても現実は変わらない。
数万数億と使い古した己の『叡智』は、無人の街とその外周、全く無傷の避難済9万人が不安気に話し合う様子をこれ以上なくはっきりと映し出している。
――まぁここは魔物狩りが多く集まった街って話だし、少しぐらい対応が早くても不自然じゃないのか……?いやどう考えても『少しぐらい』の範疇じゃねえよな……?
訝しみつつ『叡智』をoffに。
視ていた時間はおよそ0.23秒。今朝より少し伸びてしまった時間に反省を覚えようとしたタイミングで、会話の途中にあったアルラが「とにかく」と口を挟んでくる。
「とにかく、コトノ達は早く逃げて。街の中央から遠ざかるほど魔草は少ないって言われてたら、あっちの道を真っ直ぐに行くのがいいと思う」
「……そうだな」
途中で怪草が立ち塞がっているということもないし、地中に成長途中の怪草が埋まっているということもない。
後者は『叡智』で『視』れる詩音以外に手に入れようもない情報のため偶然だろうが、とにかくアルラが指した方向こそが『叡智』のお墨付きの最も安全なルート。適当に馬車を進めるだけで街の外へと辿り着けるだろう。
余計なことを考える必要は無い。今回暴れてる魔物は神出鬼没とはいえ、あくまでも根っこに縛られた草木の類であり、不自然だろうとなんだろうと詩音達を除く全員が街の外への避難を済ませていることに変わりはないのだから。
後は詩音達がこの道を真っ直ぐ行けば、それでこの件は円満解決ということに……
「――――ん?」
違和感。
本当に些細な事であるが、アルラの直前の発言に僅かな引っかかりを感じて、何の気なしに少女に尋ねる。
「コトノ達はって……アルラはどうすんの?」
「――――――えっと、私は」
しかし、予想外にアルラの言葉が詰まった。
現在最も安全に街を出る手段はこの馬車であり、それを一番よく分かっているのは提案したアルラ自身だろう。
だから当然一緒に外まで逃げることになると思っていたのだが。
たどたどしく口を動かす少女の歯切れの悪い言葉が続く。
「私は、まだ、やらなきゃいけないことがあるから……」
「……なんかあった?」
うぅ……と少し唸って、視線を詩音から外し、合わせたりして、また外す。
数秒間に渡った目に見えるほど色濃い逡巡の後。
「………………たすけてほしい、かもしれない」
呟く様な言葉。
数瞬後すぐに首を振る。
「――ごめんなさい、いまのは忘」
「わかった」
少女が口走ろうとしていた訂正の言葉を遮り、詩音は窓から顔を引っ込める。
ここまでくれば詩音でも分かる。
他の全員の避難が済んでいるにもかかわらずアルラがまだ街の中に残っていたのは、そうしなければならない事情があったから。
今もなお高層ビル程の怪草が暴れ回る街中で命を危機に晒し続ける程の事情があったからだ。
そしてそれをギリギリまで隠していた理由はきっと、そんな危機に詩音を巻き込まないためなのだろう。
やさしいやさしい。超かわいい。
そして、そういう事情なら詩音のすべきことは決まっている。
客席隣に座っているニーナに目を向けた。
「聞いてたよな?俺はここで降りるから、ニーナはこのまま街の外まで出ててほしい」
「…………」
少女は沈黙を貫き、不機嫌そうに逆側の窓から外を見ている。
アルラとの会話中も一言も言葉を発さなかったところを見るに、彼女がアルラのことを苦手に思っているのは確かなようだ。
「……あ~、避難先でゴタゴタあったらそっちの裁量でどうにか。万一があったら、合図は空に向かって炎魔法で。OK?」
「………………うん」
ようやく口にしたのはたった2文字といった具合である。
つい数分前まで回りに回っていた舌を思うと思わず「なんだこいつ……」と言ってしまいそうになる変貌ぶり。
が、まあ、今はそれに思慮を向けている時間はない。
「じゃ、またあの病院で」
「………………」
やはり少女は喋らない。窓から視線を動かしもしない。
仕方ないのでニーナから視線を外し、勢いよく馬車から飛び出した。
……飛び出そうとしたのだが、それは叶わない。
「――――――!?」
ニーナに腕を掴まれ、無理矢理に引き留められたからだ。
「…………」
ニーナは一言も発さないまま、固く握った自身の左手をじっと見ていた。
なんとなくではあるけれど、その無表情の中、少しだけ驚きの感情が混ざっているような気がした。




