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16話:2日目③

 

 不規則に細かく揺れる馬車の中、既に習慣と化しつつある座席の硬さ。

 昨日と違うのはアルラがいないところと、もう一人……現在向かいに座っている同乗者(ニーナ)が、なぜだか妙に上機嫌なところだろうか。


「えーと、じゃあ初めに……さっきの何?」

「っと、さっきのってのは……」

「青と黒が混じった火のこと。コトノは下手クソな炎魔法って言ってたけど、どんな初心者でもあんなの出したのは見たことがない。だからまずはその詳細が知りたいかな」

「……あ~」

「生徒の進捗を把握するのは教育において非常に重要なことなのです」


 芝居がかった言い回しの後、さ、はやく。とニーナはジェスチャーを交えてまで説明を催促してくる。

 良かった。この様子だとあの黒炎が『魔法』に『叡智(チート)』が混ざった結果の産物だというのは、彼女の知識の外のことであるらしい。


「……よく知らないけど、マナに混ざった不純物が正常な魔法の発現を阻害してるらしい。かなりのレアケースだってさ」

「――うん?……それは……単なる技量不足って考えていいの?」

「……傷つくぅ……言い方に配慮を求めたい」

「…………センスが欠片もないのかもしれない」

「悪化してるからな?わざとやってるだろもう」


 ぃひひ、と悪戯に笑って答え、魔石持ってない?と要求してくるニーナ。

 おー壊すなよ、と手渡すと、ありがと、と言って詩音の対面から隣へと座り直してきた。


「ん~、ちょっと待っててね……」


 ニーナは小さく唸って、隣で手の中の魔石をのぞき込む。


 快活としたその横顔は、やはり昨日の馬車でのものとは全く違う。

 昨日はもっと不機嫌で無愛想で、話しかけづらい……というか話しかけるなと言外に絶叫しているような、人でも殺しかねないほどの"圧"を醸し出していたというのに。


 まさに180度真逆の理解不能な変貌ぶりに流石の詩音も動揺する。IQ1000でも動揺する。


 だからなのだろうか。

 ニーナを待っている間、特にすることもなく手持ち無沙汰だったからか。

 特にこれといった明確な動機があるわけでもないのだが、自然と詩音はその変貌の理由について思いを巡らせていた。


 ――頻度から考えて、今のが平常であのキレてる時のほうが異常ってことで合ってんだよな……?


 ニーナと会ってまだ数日しか経っていないし、平静時もヤバめな前科を何個も残しているのでこんな根本的なことでさえ断言はできない。

 が、単純な時間比だけでいえば、あんなブチ切れてる状態は二度しか見たことがないというのは確かな事実なのである。


 ――あー……どっちもアルラといた時ってのは共通してるな。偶然かもしれないけど。


 しかし出会ったばかりのアルラを一切の会話すら拒むほどに苦手に思う理由とはなんだろうか。


 説①、人見知り。

 説②、女性恐怖症。

 説③、『魔人』が嫌い。


 ――う~ん……?


 雑多な可能性なら色々挙げられるが、一通り考えて辿り着いた結論としては『――どれもなさそうだよなぁ……あーもう皆目見当もつきませんお手上げでーす!!』である。

 丸投げである。

 他人の気持ちなんて分かったものではないのである。


 悲しみ溢れた結論に辿り付き、陰鬱と馬車の天井を仰いだところで、「よし、準備完了!」と少女の声が耳に触れた。

 ニーナが魔石から目を離し、元気よく詩音(こちら)に向き直る。


「さて問題です。魔法における『技量』とは一体何でしょうか?」

「……目標とするマナへの変換精度」

「そ。入切(オンオフ)強弱(ハイロー)をつければ動作する『叡智』と違って、魔法は無限の"色"の中から必要なマナを正確に再現しなくちゃいけない。『叡智』でさえ万全なコンディションじゃないと失敗するのに、魔法の難易度はそこからさらに跳ね上がったものになる」


 ニーナは魔石を手の内に握り込みながら言葉を紡ぐ。


 『叡智』の供述に関しては若干の疑問があるものの、魔法と『叡智』の難度の差に関してはなんの異論も挟めない100点満点の説明台詞である。

 しかしだ。


「――だから魔石でマナの質を見て調整するって話だろ?そんなわかりきったこと今更言われても……」


 しかし、それは詩音にとって既知のものなのだ。

 それを重々理解した上で魔法を扱えないというのが悲壮な現状であるが故、既知の情報をただ繰り返されても反応に困るのだが――


「そこに一つ問題があってね。実は全く同じマナを通したとしても、反応は魔石ごとに微妙に違うの」

「――――へぇ!?」


 降って湧いた新情報に変な声が出た。


「物差しが狂っていれば切り取る長さにも誤差が出てくる。注意して見れば魔石の概形から狂い方の見当はつけられるけど、結局不正確なのには変わりがないよね?」

「おぉ!?おぉ!!」

「だから、『正解』を流し込んだ時との差異を見る」


 ニーナが手の平を開くと、紅く輝く魔石が顔を出す。


「既に魔法を扱える人間が炎魔法のマナを流し込む。その状態を保ったまま他の人間がマナを流し込んだ時、光に変化が一切なかったなら……?」

「――そのマナは炎魔法のマナと完全に一致してる……!!」


 打ち震える詩音の声に、ニーナはふっ、と自慢気な溜息をついた。


「いやぁ……これを見つけた時のみんなの慌て振りは凄かったなぁ……」

「――――!??嘘だろ!?」

「やっぱり魔石の個体差の発見が一番の要因だったよね。ほんとに小さな誤差だから普通ならミスだと思って見逃しちゃう。でも、ボクには前々から確信にも似た違和感があってさ、蓋を開けてみれば案の定だったってわけ」

「マジで!?見つけたの!?お前が!?天才か!?」

「………………他の候補生達がなんか騒ぎ合ってて、どうしたのかな~って聞き耳立ててたら」

「――――いかにも自分が見つけましたみたいな言い方すんな盗人猛々しいわ!!」


 半ば詐欺のような言い回しをとっていたニーナは「いや……前からちょっとおかしいなって思ってて………」と軽く拗ねながら呟く。

 なんだこいつ。


 しかし、そうなってくるとおかしいのは討伐チーム(あそこ)の候補生達だ。


 どれだけの報酬が約束されているのかは知らないが、国のためにその身を捧げることを厭わず、なおかつ互いの研鑽のため創意工夫を共有し合う精神性。

 新人の詩音の不躾な頼みも二言目には受け入れてくれたし、ニーナへの対応も信じられないほどに()()()()()だったし、この世界に不釣り合いな聖人ぶりである。どんなもの食べて育ったらそうなるのだろうか。


 ……そんな彼らを従えるのがあのヴェートとラヴェル(うらぎりものたち)だというのが、本当にタチの悪い冗談なのだが。


「……だってボクそんなの無しですぐできるようになったしさぁ……凄くない?」

「…………それは凄い。素直に凄い。俺何度やっても全然だし」

「――でしょ!そしてそんな天才のマナがこちらになります!!」


 哀から楽に、コロコロと表情を変えながらも突き出された魔石。

 携えている光は血のように鮮やかな炎魔法のそれだ。


「ほら、触って」


 視線と言葉で催促してくるニーナに背を押されるように、真紅に輝く水晶体に手を伸ばす。

 詩音に放てる炎魔法の限界……あの蒼黒炎を吐き出すマナをイメージしながら、そっと魔石の表面を撫でた。


 ぽぅ、と影が揺らぐ。


 なるほど、光の赤色がほんの僅かに深いものへと変わった。

 これが詩音とニーナのマナの差……不完全な炎魔法の原因となっている差異というわけだ。


 つまり、マナの操作によって接触前の魔石と同じ光を発するように調整できれば、それがそのまま炎魔法への実現に……


「――――けど」


 思考の途中、不明瞭な一言が挟まってきた。

 声の元、ニーナの方を見てみると、手の内の魔石を自失とした瞳で眺めて固まっている。


「どうした?」

「――どう見てもボクよりずっと上手いんだけど」

「…………は?」

「……なんでこれで魔法使えないの?」


 お化けでも見るかのような目で尋ねてくる。


 こっちが聞きたい。

 いや、詩音の『叡智(チート)』の足枷(ハンデ)という仮説があるにはあるのだが、そう仮定すると色々と無理が生まれてくる。

 故にこっちが聞きたい。


「ねぇもぅ……なんでぇ……?あれだけ自慢してたのが馬鹿みたいじゃん……」


 萎びた青菜のように壁へともたれかかるニーナ。


 足枷(ハンデ)説では数ヶ月マナの操作を訓練した彼女より2日漬けの詩音の方が素で上手いということになる。

 どう考えても現実的でないし、合っていたとしてもそれは『叡智』の悪影響が途方もなく甚大であることと同義。


 ――つまり物理一辺倒でいけと……!?中学男児のクソ雑魚筋力で……!?死ねと……!?


 総括。

 劇萎えである。


「う゛ぅう……」


 しかし、今問題なのは詩音の100倍憂鬱そうな唸り声。

 全身を弛緩させ壁に寄りかかっているニーナ。眼には絶望が漂っている。


「…………生きてっか?」

「ん゛ん……………」

「…………まあ結局魔法は使えないんだから……候補生の中でも一番上手かったんだろ?その事実は変わんないって」

「ぁあぁ…………」

「……そりゃ多少は馬鹿っぽいけど」

「――ッッッ!!!」


 キレた。


「あーもう怒った!!もう二度と口利いてあげない!!」

「…………へぇ」

「そうやって冷静なフリしてもムダだよ泣いて謝ってもぜっっったいに許さないから!」

「へぇ……」

「取り返しのつかない失言を悔やみながら隅っこでガタガタ震えてればいいよバーカ!!!」


 そっぽを向くニーナ。


「へぇ」


 諦めの入ったやる気のない返事。


 カタカタと音を立てながら、詩音達を乗せた馬車は街に向かってまっすぐ進んでいく。



 ******



 馬車が街の中に入ったことがよく響く石畳を蹴る馬の足音で分かった。窓から道行く通行人たちが談笑しているのが見える。

 終着点のギルドまでもう少しである。


「――って訳で、お菓子は自作が最強なの」


 かれこれ十数分ほどの弁舌を経て、ニーナは胸を張って真っ直ぐこちらを見据えていた。


「…………………なるほど……!!」


 二度と利かないって言ってた割によく回る口だなぁ……というのが一つ目。

 ひょっとしてここ異世界には糖分摂らないと死ぬ病気でも流行っているのでは?がというのが二つ目。


 二つのツッコミ所を飲み込みながら深く頷いて肯定を返す。

 いとも容易く思考を放棄する『流され力』こそがIQ1200たる所以である。


 カタカタと馬車は揺れている。


「――そこでなんだけど、折角だからレパートリーを増やしたい。コトノがいた世界にはどういうお菓子があったの?」

「……聞いて驚け」

「――――うん?」


 ニーナの頭上に浮かぶクエスチョンマーク。

 カタカタと馬車が揺れる。


「クレープ、ガトーショコラ、ティラミス」

「……え」

「あんまりそういうの食べたことないから詳しくはないけど、まあ大体こんなもんだ」


 信じられないといった目を向けられるが、詩音にもその気持ちはよくわかる。

 ニーナのように悲壮感を覚えることはないが、湧き上がる違和感を無くすことはできない。


 カタカタと馬車が揺れる。


「そんなのこの世界にも普通にあるよ……!?言語が違うのにお菓子は一緒なの……!?」

「――だよなぁ」


 いや、()()を言うなら、ヒトがヒトとして暮らしているところとか、文化が大雑把にでも中世ヨーロッパ……ざっくり『異世界風』といえるように整えられていたりだとか、そういう根っこの部分が共通してること自体が異常なのかもしれない。

 だからそういうどうしようもない部分を『異世界だから』『そういうものだから』で流すことにしよう。

 それでも見逃せない部分が一つある。


『クレープ』が『クレープ』だった。


 異世界の言語は異世界語。

 だからさっきの「だよなぁ」はあくまでも()()であり、実際はこの世界で「だよなぁ」を意味する、全く異なる音節を組み合わせて「だよなぁ」と言っている。


 しかし、『クレープ』の発音だけが『クレープ』のままだった。

 これは、一体。


「………………」

「………………」


 カタカタと馬車が揺れる。

 …………数秒の沈黙の後、訪れる答え。


「――まあいっか!」

「――!?」

「絶対意味ねえよこんなの考えたって無駄無駄しりとりしようぜ!!」

「いや良くないよ!?知ってる甘味の名前を一つずつ……!」







 馬車が止まった。


「「――――ッ!?」」


 否、止まっただけでは無い。

 詩音とニーナは今、外の馬車ごと上空へと持ち上げられていた。

 強くなった自重によって床に押しつけられるような感覚――――背筋が凍るほど凄まじい速度、凄まじい高度であることが自然とわかってしまう。


「――ぇ!?」

「――な、んだこれ!?」


 徐々に傾いていく床に目を白黒させてしがみつくニーナ。

 それを余所に、詩音は窓から顔を出して外の様子を――


「――――わぁ、おマジか……!!」

「――え!?え!?」


 現状はよくわかった。ずっと下から聞こえてくる通行人達の悲鳴。


 街中、現れるはずもない魔物――食虫植物をそのまま凄まじく巨大化させたような魔物が地中から生えだし、詩音達の馬車を咥え上げ、空高くへと引っ張り上げていた。


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