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14話:2日目①

 

 早朝。ギルド。最上階。

 二人並んで壁に貼り付けられた依頼書の数々を物色し、閑談する。


 これ以上ないほど穏やかに2日目は始まった。


「昨日の大蜘蛛の手応えはどうだった?」

「キツいけど割とどうにでもなるって塩梅だな。今日はもう少し無理して報酬いいの選ぼうと思う」

「ふんふんなるほど……えーっと、ナイフが刺さって空を飛ばなくて……?」

「広範囲に爆撃してこない魔物(ヤツ)


 「あーそうだったそうだった」と頷きながら紙片の海を眺め回すニーナ。機嫌が悪そうだった昨日の様子が嘘のような快活な様相である。

 詩音も同じように壁に眼を向けながら「じゃないと死ぬからな」と返答する。


 が、そんなあっけない態度はあくまで表層に限ったもの。

 志無崎詩音の思考の中核は現在目の前にある依頼書とは全く別のところに置かれている。

 思慮深き頭脳派転生者たるもの、安易に感情を表に出したりはしないのである。


 ――うっわ死にたいぃぃ……!!……よし死ぬか!!!死のう!!


 つまるところ、朝から瀕死のメンタルだった。



 ******



 状況を整理しよう。


 今詩音はニーナと共にギルドに訪れ、二人並んで受ける依頼を吟味するという半ば日課と化した作業に没頭している。

 しかし、ここにアルラはいない。


 昨日はギルドの手前で詩音を待っていて

『おはよ、コトノ』

『うん……ここにいれば、コトノに会えるんじゃないかって思って』

『ここに来たってことは今から依頼を受けに来たってことよね』

『えっとね……それって、私がついていっても、迷惑じゃなかったりするかしら』

『……ダメ?』

 なんてシームレスな流れで同行が決まったというのに、そんな彼女が今朝は全く姿を見せないのである。

 別れ際『また明日』と言っていたのに、ギルドに来ても影ひとつとして見えないのだ。


 まあこれだけなら『そんなこともあるよな』で済ませられる些末事なのだが、今回は事情が少し特殊。

 彼女は『魔人』だ。

 事故で『叡智(スキル)』の皮が一枚剥がれてしまい、それを誰かに見られてしまったのだと仮定するならば、この状況になんの疑問も浮かばない。



 その可能性が頭をよぎった瞬間、軽率に、反射的に、勢いで、依頼書を覗きながらも街全体を()ていた。


 『見た』ではなく『視た』。詩音の『叡智』を行使する為の、その前段階の照準部分。謂わばチートの副産物をレーダーとして使ったのだ。主とする用法から外れているにも関わらず120点の効能を発揮するあたり、流石は異世界召喚特典のぶっ壊れチートといったところか。ヴェートより範囲は狭いが。


 ……それはともかくとして、街にいる人間、動物、建造物、生物無生物関係なしに、全ての座標の全てのモノを一度に『視た』。


 結論から言うと、コンマ一秒とかからずアルラは見つかった。

 北北西の方向900メートルほどのところで、彼女の『叡智』で『普通』に改竄した姿で、何か用があるのか小走りで街道を歩いていた。

 が、傷を負ってはいないし、誰かに追われている訳でも無い。表情を見ても深刻な事態は起こっていないようだ。


 その平和極まりない光景に、


 ――ああなんだ俺の杞憂だったのかよかったよかった、うっわ焦ったのが馬鹿みたいだな……


 と胸をなで下ろし、『視る』のを止めて。

 そこで、重大なことに気がついてしまった。


 ――……あれ?もしかして嫌われた?



 ******



 と、そんなこんなで現在に至る。

 死にそうなのである。


 ――ああぁあ゛ぁ……!!うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!!


 なんて心中で断末魔を垂れ流しながらも


「うーん、やっぱりそこまで条件を絞ると頭数が多くなってくるね。群れの討伐依頼ばっかり」

「まあ仕方ないだろ、無理して死ぬほど馬鹿なことないだろうし」


 なんて完璧な平静を装ってニーナと話し合う。


 IQ800という高尚な知性が公私を使い分ける器用な絶望を可能にするのだが、なにをどう取り繕ったとして絶望は絶望だ。


 だってここは異世界。スマホもなければネットもない、一切の電子機器と隔絶された秘境なのである。

 誰でも使える連絡手段といえば手紙に限られるだろうし、アルラが詩音の住所を知っているはずもない。そもそも今の詩音は『医者』の住居を借してもらっているだけのホームレス。

 彼女が詩音に会おうとするならばその手段は限られていて、昨日のように朝にギルド前を張るのが最もてっとりばやくて自然だろう。


 つまり、アルラが今ここにいないということは

『また明日って言ったよな?あれ嘘。ギャハハテメエとつるむなんて罰ゲーム2日続けてやる訳がねえだろうが馬鹿がよぉ!!!!』

 という意思表明に他ならない!!


 ――うううう゛う゛う゛ぁぅ……!!もうだめだぁなにもかもおしまいだぁ……!!


 死にそうである。

 アルラからの信用を失うのは世界の滅亡と同義であるということもあるし、それを抜いても普通に人としてつらい。

 胃が痛くなってきた。吐きそう。帰って寝たい。


 しかし、チート持ちの詩音(じぶん)がメンヘラしているのは客観的にみて非常に危険。愚痴って仕事が減るわけでもないし、なにより時間は有限だ。

 では、この胸の内に燻るやるせない灰色は果たしてどうやって処理すればいいのか。


 答えが出せないままニーナと話す。


「んー……ならこれかな?」

「なになに……『地を飛ぶように跳ね回る大黒熊の群れ』……その心は?」

「魔物狩りは普通複数で囲んで近づかせずに殺るって昨日言ったでしょ?逆にいうと包囲しにくい魔物(ヤツ)は本来の危険度に比べて報酬が高くなる傾向があって、元々一人のコトノには都合がいいのが多く揃ってる。速さを売りにしてるのはその典型例だね」


 理路整然極まりない言葉に「へぇー」と馬鹿みたいな相槌を打ち、指された依頼書の方に視線を移す。

 依頼書には、牙と爪が異常なまでに肥大化した大熊の肖像画が描かれている。


「………………………………」

「どう?」


 しばらくじっと黙って、大熊の狂気に包まれたその表情を見た。

 アルラ関連で疲弊した心理状態を隠したまま、じっとその魔物の顔を見つめていた。


 ――…………。


 絵の魔物(くま)と眼を合わせ続け、五秒ほど経った時のことである。


 ――……お前のせいか?


 真理に辿り着いた。


 ――……お前のせいだな。お前のせいでアルラに嫌われたじゃねえかどう責任とってくれるんだクソがッッッ!!!


 真理(こたえ)とは、八つ当たりだった。

 

 『何をとち狂ってるんだ』『頭おかしいんじゃねえのか』『アホなのかな?』などなど、様々な罵倒が飛んできそうな気がする思考回路だが、その実は違う。


 『魔人』の少女に嫌悪された責任を自身から逸らし、精神安定を図る守りの一手。

 魔物狩りへのモチベーションを高く保つ為、強大な憎しみを魔物に向ける攻めの一手。

 攻防を一手で担う、自身のメンタル管理の観点からいって一部の隙も無い、超合理的な責任転換なのである!!


 弱点(ネック)があるとすれば、なんの関係もない魔物にアルラとの不和の原因があると本気で信じこむ馬鹿がいるのかという一点に尽きるが、そこはIQ900という脅威の知能でカバー。

 完璧だ。完璧すぎて怖くなってきた。もしかすると天才なのかもしれない。


 ――ゆっ、許せねえ……!!この熊野郎だけは生かしておいちゃいけない!!


 腹の内側から湧き上がってくる『憤怒』。

 今の詩音(じぶん)は復讐に捕らわれ、魔物を殺すことだけしか考えられない殺戮人形。阿修羅をも凌駕する存在だ。

 どれくらいヤバいかというと、ナイフがあったら舐めてたくらいにはヤバい。


「……よし!じゃあ行くか!!」

「おお!?いきなり凄いやる気出すね!?」


 当然である。

 志無崎詩音は復讐に捕らわれたバーサーカーだし、それに加えてもう一つ要因がある。


 昨日、アルラと別れてからの時間、詩音はただずっと呆けていた訳ではない。

 使えない『魔法』を使えないままに放っておくほど愚かではないということだ。


 ――"蒼"の黒炎で焼き尽くしてやる……!


 だから詩音は、怒りのままに拳を強く握りしめ、復讐を誓う。


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