12話:1日目②
まず大前提として、志無崎詩音の目的は黒樹の討伐。
なんだか少し脇道に逸れていってしまっていたような気がしないでもないが、『裏切り者達の目をかいくぐって黒樹を討伐→めちゃくちゃ平和!!』が今世のメインテーマなのは変わらない。
そして、その前段階として必要となってくるのが、『活動資金』『魔法の修得』『裏切り者達への内通者』。この3つをどうにかするというのが一昨日決めた当面の目標であった。
が、ここで問題となってくるのが3つ目。後回しにしていた『裏切り者達への内通者』だ。
これ、よくよく考えるまでもなく、非常に危険な役割である。
『横流しされた情報から魔物の出現位置に常に先回りする』という戦略をとる以上、どれだけ上手くやっても内通者の存在自体は隠せない。
『こいつスパイだ!』と指を指されるところまでは防げても、『絶対この中に内通者混じってるだろ……』と疑われるのは避けようがないのである。
内通者役は容疑者の一人として黒樹討伐後もマークされ続けるだろうし、万一バレた時のリスクは計り知れない。
何しろ潜入先は国家権力であり裏切り者。前世の詩音を問答無用でぶっ殺したサイコパス達なのだから、『君は人知れず世界を救った一人なんだね!!とっても偉いねお金をあげよう!!』なんて展開望むべくもない。『まあよくわかんねえけどぶっ殺しておこうか』が大本命。九割五分で殺される。
そんなところに現れたのが『魔人』の少女。『擬態』の『叡智』を持つアルラである。
彼女は、出会った人に素顔を晒す必要が無い。
つまり、どれだけ色濃くスパイの疑いをかけられたとしても姿を戻しておしまいにできる人間だ。容疑者の一人が行方不明というのは中々に怪しさに溢れているが、消えた相手にできることは何もない。
加えて言うに黒樹討伐の前に手を打たれることもないだろう。勝手に情報を盗み勝手に魔物を狩って去る存在は向こうからしても都合がいいはずだ。不気味だろうが事態が収まるまでは放置する他無い。
おわかりだろうか。
アルラなら死の危険がある内通者役も全くのノーリスクでこなすことが可能!!これ以上無い適性を持った人材なのである!!
あとは、アルラの信頼を勝ち取り首を縦に振って貰えれば、それだけで内通者問題は解決だ!!
――いや無理……!!信用ってどこで買えんの教えてくれ誰か……!!
大蜘蛛帰りの馬車の中、志無崎詩音は心中うなだれていた。
理由は勿論、二重にかかった地獄のような筋肉痛に超高難易度課題が上乗せされたからである。
①志無崎詩音はチートを持ってるだけの由緒正しきクソ雑魚一般人。
②一般的な青少年には女の子を口先八丁で手玉に取るスキルは備わってない。備考として前の世界で同年代の女子と喋った経験はゼロ。
③無理。
単純明快な三段論法により、行き着く先がどん詰まりなのは当然の帰結といえよう。
――もうだめだぁ……おしまいだよなにもかも……
というわけで、とんでもない絶望感に包まれながらうなだれる、そんな現在なのだった。
と、そんな中、
「ね、ね、」
と、体が揺らされた。
「少し気になったことがあるんだけど聞いてもいい?」
「んー……?」
隣に座っている件の少女、アルラが詩音の肩をくいくい引っ張ってきた。
ちなみに姿は『叡智』による調整後。見るもの全てに限りなく普遍的な印象を与える安全なものだ。
「さっきの黒い霧ってなんだったの?挙動が少しおかしかったし『叡智』じゃないと思ったんだけど……」
「あー……魔法だよ魔法。下手クソが魔法を使ったらあんな風になるんだってさ」
「……!!やっぱりそうなんだ……!!噂にしか聞いたことなかったから使える人初めてみた……!!」
「……いや失敗したんだけどな?」
自嘲的に呟く詩音にアルラは「失敗って……中途半端にでも誰にも使えないんだって!どうやったの!?」と尋ねてくる。
これはあれか。無様に失敗を晒した詩音を慰めてようとしてくれているのだろうか。
優しい。好きになりそう。
しかし、その優しさは今回ばかりはマイナスだ。
『この国の女王様は実はとんでもないサイコだったんだ!世界を救う為にスパイになってくれ!』に対する返答は、まともな常識と倫理観を持っているほど
『うわっ……!!ヤベー奴じゃん警察警察!!』になるだろう。どうあがいても絶望である。
……まさか、ちょっとおてて繋いだだけで『好き好き♡コトノくんの言うことなんでも聞いちゃう♡♡』となってましたーなんて頭の悪い展開がやってくることは未来永劫ないだろうし。
懸念事項はもう一つあった。
アルラと「魔石を持ったら光が出るだろ?その光を変えてマナを組み替えるんだよ」「……??変える??魔石の光を??」なんて話を続けながら、こっそり斜め前方を窺い見る。
「………………………………チッ」
そこに座っているのは、外の景色を眺めながら近寄りがたい雰囲気を発して黙りこくるニーナ。
いや、正確に言うなら彼女は完全に沈黙しているわけではない。よくよく耳を澄ませば口の中で小さい舌打ちが繰り返し、時々こちらの会話を冷めた横目で窺い舌打ちのピッチがあがったりしている。
――なんだこいつこっわぁ……!
理解不能。故に恐ろしい。ニーナが一体何を思ってそんな行動を取っているのか想像すらできない。
強いて言えばなんとなく苛立っているような気がしないでもないが、そうでない気もする微妙な態度。
許容容量ぎりぎりのところにさらなる問題を付け加えないでほしい。出来の悪い脳味噌がショートしそうである。
そんなショートしそうな頭の中で、詩音はなんとかかんとか思考を紡ぐ。
――……まずはアルラの方からだな。正直どっちも手の付け方が全くわかんないんだけど……
わからなくともやるしかない。モタモタしてたら世界が滅ぶ。
アルラの信頼を勝ち取る。
これを目的にした今、詩音に欠けているのは話術をもって女子の心理を揺り動かす力。
つまるところ、チャラ男特有のナンパ力である。
成るのだ。テニサーの先輩に。
「……ふぅ」
IQ500をフル活動させ、脳内世界で組み立てる精密かつ徹底的な仮想現実。
無論、志無崎詩音はテニサー副部長。恋愛経験2桁に到達しようとしているナウでヤングなパリピである。
「……もしかして魔法って結構マイナーな感じなの?」
「マナってのは聞いたことあるんだけど……」
「マジか……?なんなんだあの『医者』……?」
話しながらも頭を回せ。今の詩音は髪を染めてピアスを空け、5分に一度は携帯が鳴り、SNSが自撮りで埋まっている類の人間だ。
――『うぃーっす〇〇ちゃん』『あっ……〇〇先輩。どうも』
場所は居酒屋。
鮮明な、繊細な、リアリティのあるヴィジョンを作り出せ。
集中しろ。
「…………ね、コトノ」
「ん?」
「……コトノって、このあとも忙しかったりするのかしら」
「いや別に。本当ならもうひと依頼こなせたらよかったんだけど、移動時間を考えたら無理が出てくるしなぁ……」
話しながらも思考を絶やすな。
――『どう?サークルにはもう馴染めた?』『はい。入学前からの知り合いもいないし、初めは不安だったんですけど皆さん親切で』
集中しろ。
「……じゃあ……コトノにこの辺りを案内したいな……なんて、思ったり……」
「………………??……なんで?」
「……ごめんなさい。迷惑だったわよね」
「あーいや、提案自体は凄いありがたいんだけど、少し意外だったからさ、そんだけ」
――『そりゃよかった……ってあれ?○○ちゃん飲まないの?』『あー……未成年なんで』『えー!?そりゃないって折角の新歓なのに!』
「……ほんと?嫌じゃない?」
「この申し出で誰が嫌がるんだよ滅茶苦茶案内されるわ。土地勘無いのも結構不便だったしさ」
「……!……そっか……!」
――『じゃあ一杯!一杯だけ!!今日の主役がシラフってのはあんまりだって、な?』『……一杯だけですよぉ』
「…………あ、着いたみたいね」
「じゃあ今から?」
「えっと、少し準備したいから……18時にギルドの近くの噴水で待ってて欲しいんだけど」
「へえ?……了解、楽しみにしてる」
「……うん!じゃあまた!」
「おー、またな」
――『んー……んぅ……』『…………よっし、潰れたな。クククッ』
「……………………チッ」
「……………………」
――『おーい!!○○ちゃん寝ちゃったみたいだから俺家まで送ってくわ!!二次会パスで!!』『んー……んん……』
「…………デートじゃんよかったね」
「……あーそうだなデー――!?」
――『――デッ!?』『へえっデート!?』
思考が止まった。
「――!??……!?」
「デートじゃん」
ニーナはやはりこちらを見ないまま、抑揚なしに繰り返していた。
いやデートな訳がないだろ何言ってんだこいつ頭おかしいんじゃねえのと、数秒前までの脳死で流していた会話を反芻し、振り返り、かみ砕き、冷静に正当な評価を下す。
デートだこれ。
「――??――!???」
「……ボクから何度か目を離してるんだから、どうせ逃げてもどうにかして見つける"手"を隠してるんでしょ?」
「!?!?!?!?!????????」
「逃げやしないからボクの監視なんか忘れて楽しんでくれば?」
ニーナはふんっとそっぽを向いた。
******
「……え?なんでデート?」
約束の場所、約束の1時間前。志無崎詩音は立ち呆けていた。
呆然とした詩音の心境を一言で言い表すなら『やったーデートだぁぁぁ!!ひゃっほおおおおう!!』が最もふさわしい。
なんでデートなのかは全くわからないし冷静ぶってもいるのだが、そんなのもうどうでもいい。
デートなのだ。
もう飛んで喜びたい気分を抑えるのに必死だった。
これは生物学の観点から見ても思春期の青少年が取る正常な反応といえる。何も恥ずかしいことではないのだ。
……嘘である。
自分が世界の滅亡を止められる唯一の存在であることを自覚している以上、色恋沙汰などに興じる暇などあるわけがない。
だからこれっぽっちも嬉しいと思っていないし、これっぽっちも興奮していない。本当だ。本当に本当だ天下の異世界系チーター様がデート程度でまごつくわけがないだろう。下衆の勘繰りはやめて頂きたいこれ以上は名誉棄損とみなし法的措置を検討する。
そう、アルラの信用を得るという課題をクリアするため、彼女との距離感は縮めておいたほうがいいというか、デートとチートは字面が似ているというか、世界滅亡が、とにかくなにかそういった感じである。
「えっ、もう来てたの!?」
「――ッッ!!」
アルラの声が背後から聞こえて、反射的に、跳ねるように振り返る。
「ごっ、ごめんなさい待たせちゃって……!!まさかこんなに早く着てるなんて思わなくて……!!」
「――!!!」
彼女は勿論『普通』な姿のままであったが、しかし、さっきまでとは違った雰囲気を発していた。
ギルドの人々がよくきていた動きやすいものから、小さく刺繍の入った簡素で清楚な白い服に変わっているのだ。
かわいい。
「かわいい!」
かわいいかわいい。
「……!?……そっ、そうかしら?……ぇへへ」
思わず漏れてしまったといったような小さな小さな笑い方をするアルラは、頬をうっすら紅潮させ、視線を揺らして戸惑う。
そんなかわいらしい仕草の後、アルラは若干の恥じらいを残して口を開く。
「そ、それじゃあいきましょう」
「うん!」
と、詩音は意気揚々と一歩目を踏み出して。
――あ。
そこでようやく、致命的なミスを犯していることに気がついた。
――ッッ!!しまったッッ!!!!!
一転、さっと血の気が引いていく。
そう、志無崎詩音はクソ雑魚ナメクジ。
そしてその弱さは身体能力に限るものではなく、むしろ精神にこそ真価があるといえる。先程の脳の萎縮したような醜態を見れば一目瞭然だ。
何がいいたいかというと、自身の自制心を全くもって信用できない。
意志薄弱な思春期のクソガキであるが故、『アルラ好き好き♡ずっと一緒にいたいよ♡世界なんてどうでもいい♡アルラさえいれば♡』なんて風に全部放り出して現実逃避に走りかねないのだ。
――ひっ……!!ヤバいこれは負けるッッ!!絶対負ける!!すぐにでも負ける!!
だからこれは、アルラを『敵』とした心理戦なのだ。
アルラを堕とす前に堕とされれば、世界が滅ぶ。




