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11話:1日目①

 

「うわぁ……」


 あの王都近くの森林よりは幾分明るい林の中でのこと。

 眼前迫り来る()()を前にして、志無崎詩音は声を失って立ち尽くす。


「でっか……このサイズになると見慣れた虫でもかなりグロいのな……」


 ビビッビイイイイイイィイイイ!!!と、音とも鳴き声ともつかない不快な高音を発しているのは、全長8メートルにも及ぶであろう大蜘蛛。

 人の何倍ものサイズとなった蜘蛛は遠目からでも体表を覆う薄毛がはっきり目視できて、規制のかかっていないグロ映画にでも出てきそうなおぞましさを携えながらこちらに近づいてくる。


「……いや、偉そうに語れるほどグロ映画に詳しいわけじゃないんだけどさぁ」


 というか見たこと一回もないんだけどさぁ……と呟いて、詩音は視線を()()大蜘蛛から移す。


 ()()と同じような、とてつもなく巨大な蜘蛛が全部で38体。


 木々の影になって見えない個体もいれば、目視できないほど遠くに控えている個体も数体いる。

 が、それを除く大蜘蛛全て……中には15メートルにも及ぶだろう個体までもが、こちらに向かって全速力で迫り来る光景はかなり刺激的で、アクション混じったホラー映画にでもありそうな光景だなぁといった印象を詩音に与えた。


「いや、ホラー映画も見たことないんだけどな」


 まともな神経をもっていれば卒倒必至な光景を前にして、どこまでものんきに詩音はつぶやく。


 しかし、志無崎詩音は決して油断しているわけではない。 

 この状況を打破するのに十分な()()を既に知っているのだから、『油断』ではなく根拠ある『余裕』と称するべきだろう。


「……………………ふぅ」


 とと一つ息を吐き、意識を集中させて目をつぶる。

 視界が黒一色に染まった。


 ――マナを変換。訓練でやった『火のマナ』の色を思い出せ……


 マナの制御は繊細だ。ほんの少しの制御の差で得られる結果は全く違うものになる。

 集中を維持したままもう一つ深呼吸をして、さらに深い集中に入る。


 そうしていると次第に迫り来る大蜘蛛が地を蹴る音が意識の外に消えていき――――やがては、その甲高い鳴き声さえもが消え去った。

 音も光も消え去った"無"の世界は、詩音の集中力を極限まで研ぎ澄ます。


 ――いける……ッ!!


 完璧な確信とともに志無崎詩音は目を開ける。

 右の手のひらを蜘蛛の群れに向け、照準とし。


 魂のまま叫ぶ。


炎纏暗駆(オプス・インフラム)ッッ!!」


 咆哮と同時、空気が爆ぜたような"圧"が場を支配する。

 同時、詩音の手のひらから生み出された()()は『黒い炎』。

 本来の物理法則ではありえない黒炎が、一瞬で蜘蛛の群れを覆いつくす!!

 ビィィイイイイイ!!という断末魔が跳ね上がる!!


 その『技術』の名は『魔法』。

 知らないうちに与えられていただけの『叡智(チート)』ではない、先人達の知識を借り、鍛え、磨きぬいた詩音自身の刃、ある意味本来の意味での『叡智』による破壊。


 決まった。


 為す術無く魔物の群れが焼き尽くされていく『蹂躙』の光景を、詩音は妙な虚しさを携えた目で眺めているのであった。












 嘘である。

 黒い炎に温度はない。皮膚も焼けず二酸化炭素も出さない、すごく健康的な炎である。


 というわけで、ビィィイイイイイ!!と元気な声を上げ、大蜘蛛の群れが黒炎(ハリボテ)の壁を潜り抜けてきた。


「ひっ……!!失敗じゃねぇか!!なーにが炎纏暗駆(オプス・インフラム)だ馬鹿なのか俺は!?」


 過去の自身を罵倒しながら、引いた血の気と共に小さなナイフを構える。

 1体30、人間(ヒューマン)化け物(モンスター)の絶望的なリンチのコングを3秒後に控えた詩音は、走馬灯がごとく二日前の『医者』との会話を思い出す。




 ******




「お前の『叡智』が干渉しているな」


 二日前の深夜、詩音の『魔法』の失敗作、黒ずんだ炎を見た医者の第一声である。

 意味不明だった。


「えっと……それはどういう……」


 『そんな曖昧に言われてもわかるわけねえだろ?もっと具体的に言えよ』を限りなく婉曲にした問いに『医者』は一つ欠伸をして答える。


「『叡智』と『魔法』の違いを言ってみろ」

「……えっと」


 (その時点での)数時間前に『読んだ』本のうち、『魔法』について記したものの内容を思い出した。


「……『叡智』が生まれながらに持っているマナを使って、『魔法』は一から組みなおしたマナを使う」


 そう、これは『医者』の話を聞く前に知ったことなのだが、どうやら『叡智』も『魔法』も根本にある原動力は同じであるらしい。

 どちらも基にしているのは『マナ』という、人の中にあって、人の意思で自由に動かせる力。異世界よろしくの謎パワーなのだ。

 体の中のそれを適当にぶっぱなせば『叡智』となり個人によって異なる現象が生まれ、調整して使えば『魔法』となるというわけだ。


 加えて記されていたのは、その解明方法や細かい供述、残るは『魔法』の()()()だ。


 『マナ』という謎パワーを人為的に弄るのはとても難しいことであるらしく、出力が低い、安定しない、 『マナ』の消費も多くなると結構デメリットが多いらしいが、そんな欠点の1つに『再現できる現象に限りがある』というのがあるらしい。

 ()()()とは、そんな『限られた現象』……炎を出したり、冷気を出したり、傷を癒したりといった、目的の『魔法』に対応した、目標とすべき『マナ』の質のこと。


 『魔石』に通した光を見て、今自分の体に通っている『マナ』の質を確認し、同時に『叡智』と同じ要領で放出し動作を確認。これを繰り返して感覚をつかむのが『魔法』の訓練というわけらしい。


 ……まあ、その説明通りに何度チャレンジしたのに失敗を繰り返した悲しい詩音(ヤツ)がいたりいなかったりするのだが、とにかく『魔法』の原理に関してはそういう感じだった。


「……合ってるよな?」

「お行儀よく言えばそうなるな」


 しかし、『医者』から返ってきたのはなんとも否定的な肯定である。


「っていうと……」

「実際には『マナ』の変換は不完全に終わる。大体理想の『マナ』に7割一致すれば上等なほうだし、それでも一応『魔法』は出てくる。私の場合は9割5分、これより上手いやつは見たことがない」


 『医者』が人差し指立てると、その先から小さく火柱が上がる。


 一つ。綺麗な橙を抱えた炎。

 間髪入れずもう一つ。灰色の炎が一瞬だけ小さく揺らめき――そして、ピタリとその動きを止めた。

 そのまま何も変化は起こらず、空中にじっと火柱が留まる。


「おぉ……!?」

「二つ目は5割ってとこだな。下手糞が使う『魔法』はこんなもんだ。『叡智』が中途半端に混ざって両方の性質が混ざって、まあ大体使い物にならなくなる」


 『医者』が火柱の表面をなでると、火柱は空気に融けて消えていった。


「おーー……!」


 詩音はその光景に感嘆の声を上げ、なるほどなるほどそうだったのかと感動しながら、ふむ、ふむ、と首を振る。

 そして、すぐに気がついた。


「……あれ?ってことは失敗した理由って俺がただ下手糞ってことなの……!?」


 絶望である。

 『医者』の話をかみ砕けば、『どうしてボクの『魔法』は上手くいかないの?』という問の答えは『テメエが下手クソだからだよバーカ』ということになる。


 あきれ果てるしかない、なんの救いようもない結論。

 なんだか死にたくなってきた。


 が、


「いや、魔石の反応を見る限りそれはないな。むしろ今日始めたのが信じられないくらいには練度が高い」

「――!?おおう、いきなり褒めるなびっくりするだろ!!」


 唐突な手のひら返しに驚嘆の声を上げる詩音だったが、『医者』はそれを無視して続ける。


「だからたぶん、お前の『叡智』の効能が原因だな。少し混ざっただけで『魔法』が崩される類の効能を持っているから、必要な純度が普通より高いんだ。普通に訓練を続けるのが一番の対応だろうな」

「はぁーー、なるほどなぁーーー」


 と、詩音は導き出された結論に感嘆の声を上げる。なるほどなるほどそうだったのかと感動しながら、やっぱりこの『医者』に相談してよかったと手を打って。

 気がついた。


 ――……あれ?これってもう少しで『叡智(チート)』の内容ばれるんじゃねぇ……!?


 と。

 世界が滅ぶ。


「ひっ……ひぃぃっ……!!」

「……ちなみに、君が『叡智』を隠したがっているのはなんとなく察せられるところではあるので、詮索する気は一切ない」


 今日も世界は優しかった。




 ******




 つまるところ、詩音(じぶん)が魔法を使えない理由は簡単。『叡智』がチート過ぎるのである。

 なるほど、少し混ざっただけで自分の努力など簡単に塗りつぶす様はまさに異世界特典のぶっ壊れチート。

 これ以上無い説得力を持つ説明であった。


 ――今の今まで『叡智(チート)』に頼り切りだったからな……そのツケがやってきたって考えれば安いものなんだろうけどさぁ……


 最初に迫ってきた大蜘蛛の牙を避け、複眼を三つと頭部の中心をナイフでえぐりつつ脚の一つを踏みしめて胴体に駆け上がりながら詩音は考える。


 ――『叡智(チート)』じゃ回復ができない以上、回復魔法(ヒール)だけは絶対に欲しいんだよなぁ……


 足元の大蜘蛛が一瞬遅れて息絶えるのを感じつつ、反響音を聞き取って周囲の状態を確認。他の大蜘蛛が一斉にこちらに向かって襲い掛かってくる。なんというか、機械的というか、直線的というか、まさしく虫らしい動きだ。

 と同時にマナの調整を行い、『叡智』から『魔法』へとマナを組み替え。


炎纏暗駆(オプス・インフラム)ッッ!!」


 再び炎の魔法を放つ。

 現出する、大蜘蛛の群れをまるごと覆う巨大な炎塊。


 無論、その炎塊はお子様が触れても安心安全な黒色だ。


「あークソッ!!どうしようもねえなこれ!!」


 ヤケクソに叫ぶ詩音は黒色の炎の中、足元の大蜘蛛が地に倒れる前に上空に跳び、一番近い大蜘蛛に飛び移る。

 ……飛び移ろうとしたが、その最中、飛び移ろうとした大蜘蛛がこちらに狙いを定めるのが、反響する音でなんとなくわかった。

 無害とはいえ黒色の炎に覆われている……つまり視界が全く効かない状況だろうにも関わらず、だ。


 ――……!!蜘蛛だから目でモノ見てるんじゃありませんってか……!?


 蜘蛛故の特性なのか、それともこの蜘蛛の『叡智』なのか。

 昆虫図鑑の知識はないので全くわからないが、とにかく詩音は空中の無防備な状態で狙いを定められた。


 イイィイイイビ!!


 と、大蜘蛛の口から噴射されたのは、黒炎で見えないのでわからないが、おそらく毒液。

 飛び移ろうとした大蜘蛛だけではない。

 四方にいる大蜘蛛5体が、ほぼ同時に同じことをしたのを辺りの風切り音で察知した。


「ッッ!」


 ので、無理矢理体をひねって躱して事なきを得て。


「ッッと!!」


 そのままの勢いで地面に滑り込み、大蜘蛛の腹にナイフを突っ込み、大きく裂きながら腹の下を潜り抜けた。

 大蜘蛛の傷口からドロリとした体液が漏れる間に、詩音は次の標的へと視線を移す。





 ……さて、大前提として、詩音(じぶん)はクソ雑魚である。

 チートを持ってるだけの一般人、貧弱極まりない中学生の肉体。チート縛りプレイ中の今現在はもうカスと言っていいだろう脆弱の極みに達している。とても剣と魔法のファンタジー異世界でやっていけるステータスではない。

 具体的には『ちから』と『ぼうぎょ』と『たいりょく』が3ケタほど足りない。ついでに『すばやさ』と『かしこさ』も足りない。足りてる項目が1つもない。


 ……そんなクソ雑魚が、『空中で無理矢理体を捻り、四方からの飛来物を回避する』といった曲芸紛いの動作を行えばどうなるか。


「ッッッッッッ!!!!痛い!!!すごく痛いッッ!!死ぬッッ!!!」


 筋肉痛である。

 今の詩音はゾンビとの戦闘の後遺症で全身に筋肉痛(ばくだん)を抱えているのだ。

 いわば状態異常として全身隠居老人を持っていると考えればいい。


 おじいちゃんに派手な運動はさせてはいけない。全世界共通の常識である。


 しかしながら、残る大蜘蛛は36体。

 これは例えるならば町内会主催のゲートボール大会を当日にヒマラヤ登山に変更するほどの暴挙だった。


「~~~~ッ!!炎纏暗駆(オプス・インフラム)ッッ!!」


 だから、詩音は、絶望に沈みながらも、迫り来る大蜘蛛を捌きながらも、縋るように魔法を詠唱する。


炎纏暗駆(オプス・インフラム)ッッ!!」


 出てきたのは黒い炎。

 跳びかかってきた蜘蛛の足を掴んで引っ張り、死角から飛ばされた別個体の蜘蛛の糸を防ぎ、ナイフを振るう。


炎纏暗駆(オプス・インフラム)ッッ!!」


 出てきたのは黒い炎。

 唐突に、なんの前触れも無く、大蜘蛛の複眼から紫電が飛んできた。

 その直前、大蜘蛛の動きからなんとなく何か飛び道具を使ってきそうな違和感を汲み取り、放たれる前に距離を詰めてナイフを振るう。


炎纏暗駆(オプス・インフラム)ッッ!!」


 出てきたのは黒い炎。

 刺し込もうとしたナイフが弾かれ、蜘蛛の体表から金属音が鳴る。

 どうやら個体ごとに異なる『叡智』を持っているらしいと目算をつけ、複眼の隙間から体内滑り込ませてナイフを振るう。


炎纏暗駆(オプス・インフラム)ッッ!!!!!」


 出てきたのは黒い炎。


「……ッああああああぁっっ!!!痛ってえええええ!!!!」


 ヤケクソにナイフを振るう。





 ――そうして計36回炎纏(インフラム)した後。


 ナイフを振るうと、ビイイイィ、と断末魔を残し、最後の大蜘蛛が息絶えた。

 同様、志無崎詩音も筋肉痛で息絶えそうだった。


「ひいいいいいっ……!!なんてこった太股とふくらはぎが引きちぎれそうだぁ……!!」


 今回の炎纏暗駆(オプス・インフラム)試行回数は38回。そのうち失敗回数38回。成功確率脅威の0%。

 やっぱ俺って才能ないのでは?といった感想を抱きながら、足を引きずって歩く。


 と、前方から小さな足音が鳴った。


「ほっ、ほんとに『叡智』無しで魔物狩れるんだ……!!どうやってるのそれ……!?」


 そこには件の『魔人』の少女、アルラが困惑混じりでこちらを見つめて立っている。

 彼女の困惑は正直あまり共感できるものではなく、なんか前にもこんなことあったような……、と思いながらも、適当にイキって事なきを得ることにする。


「……すげえだろ、やっぱ最後に信用できるのは鍛え上げられた肉……う゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

「!?どうしたの!?」

「……ひぃ……!……筋肉痛ぅ」

「……大丈夫!?歩ける!?肩でも貸そっか!?」

「平気平気。余裕だってこんなの…………あ゛あ゛あ゛……っ!!」

「ほんとに大丈夫!?」


 あたふたと目を回すアルラの方を窺って、激痛に苛まれながらも詩音は考える。

 思考の対象は、彼女が今何を思い何を感じているのか。アルラは一体どんな人間なのかを、密かに全身全霊で推理していた。


 ――さて、本題だ。


 闘いを始めるとき最初に行わなければならないのは、敵の情報を得ることである。

 目下最大の"敵"とは、魔物でも痛みでも魔法でもなく、アルラだ。


 これから行われるのは『魔人』の少女との心理戦である。


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