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白桜年代記/救済の魔刀と記憶の番人たち  作者: すえもり
Fragment:1 帝国・南部国境支部局
9/60

WCC3. 美貌の青年と赤毛の軍人 (2)

 死ぬことも追われることもないけれども、最低限の食事と寝床しか保証されない暗い独房で、ランスは三ヶ月を過ごした。背負っていた刀はもちろん取り上げられていた。持っているのは、痩せた薄汚れた身体と、ぼろぼろに擦り切れた衣服だけだった。


 いつ終わりが来るかも分からない、もしかすると永遠にこのままなのかもしれないと思いながら、たった一人で暗闇の中にいるうち、だんだんと日付や曜日の感覚とともに、自分が闇に侵食され同化していくような気さえした。最初の頃は、質素で味気ない食事を運んできてくれる、まだ若そうな看守に礼くらいは言っていた。時には、昔学校で習ったアルビオン語――王国の公用語だ――で話し掛けてみたりもした。だが、反応はなかった。


 日数のカウントをやめてから、どれくらい経ったか分からなくなった頃、突然看守の一人が独房の鍵を開けて入ってきて、ランスに黒い布を被せた。目の部分だけは外が見えるようになっていて、看守はランスの腕を引いて立ち上がらせると、後ろに控えていた別の看守に引き渡した。それは見覚えのない看守だった。白金色の髪に抜けるような白い肌、暗い牢獄の中でもはっきりと分かるほど美しい若い女性だった。いつかどこかの教会で目にした聖母像のように整った顔立ちだった。


「君はランス・スプリングフィールドで間違いないですね?」


 その薄い唇から漏れた声を聞いたランスは、目を点にして彼女、いや彼を見つめた。どう考えても女性の声ではなかったからだ。どういうわけか女装している、すらりとした背の高いその青年は、アイスブルーの瞳でランスを見下ろしていた。恐ろしく美人だったが、恐ろしく不機嫌そうな、もとい冷徹な表情と声だった。色々と理解が追いついていなかったランスは、三ヶ月ぶりに耳にする言葉――王国にとっては敵国語だ――を理解できていることにも気付いていなかった。


「俺の言っていること、理解できています?」


 彼は再度、氷のように冷たい声で問うた。ランスは慌てて頷いた。


「なら、行きましょう。ついてきてください」


 彼はもう一人の看守に頷きかけると、向かいの独房にランスを連れて行き、足台とナイフを使って天井近くにある通気口の蓋を外した。よく見ると、青年は父の刀を肩に掛けていた。


「何をするんだ?」


 どこかへ連れて行かれることはわかっていたが、彼がやっていることは、どう考えても看守がやることではなかった。


「これから余計な口はきかないでください。君を帝国に返します」


 相変わらずどこか刺のある口調で答えると、彼は背負った荷を床に置き、ランスに背を向けてしゃがんだ。


「えっ……」


「肩車です。さっさと乗ってください」


 そんな筋力があるんだろうか、とランスはようやく回り始めた頭で考えたが、彼がため息をつくのを聞いて、恐る恐る指示に従った。そして闇の向こうから生暖かい風が吹いてくる換気口の縁に手をかけたところで、下から突き飛ばされ、上の空間に転がった。


「うぎゃっ! いてえ! 腰が!」


 美貌の青年はランスが天井の裏に着地したのを確認すると、どこにそんな力があるのか、刀を背負ったまま身軽に飛び上がってランスの隣に膝をついた。


「はあ……酷い目に遭ってきたのは分かりますが、少し静かにしてください。見つかったらどうするんだ」


「でも、もうちょっと手加減してくれたって」


 彼は舌打ちして立ち上がった。


「だからガキは嫌いなんだ」


 ランスは、苦虫を噛み潰したような顔を見て黙り込んだ。美貌が台無しとはこのことだ。


「ぼーっとしてないで、ついてきてください。時間がありません」


 言うやいなや、彼はランスの手を引いて暗闇の中を走り出した。まるで地図が全て頭に叩き込まれているかのように、迷いなく足音も立てずに。彼に握られた手首は痛くて仕方なかったが、もう文句は言えなかった。そしてオレンジ色の光が射す空間に出た。それは三ヶ月ぶりに見る太陽の光で、刻々と赤に染まっていく夕刻の光だった。埃っぽくもなく黴臭くもない風が吹いてきて、ランスは思わず立ち止まった。青年は三秒ほど、布から覗いているランスの目を見下ろすと、しゃがみこんで床にあった箱を組み立て始めた。そして出来上がった大きな箱を指差した。


「入って」


「え?」


「同じことを二度言わせないでください」


 青年は問答無用でランスを箱に押し込んだ。


「いだだだだだ、やめて」


「うるさい」


 彼は丸まっているランスの上に、布に包んだ刀と封筒を二通詰め込み、「これから一言でも声を出せば、それ即ち死です」と彫像のような顔で残酷な宣告をした。


「その青色の封筒の中には今後の指示が書いてあります。箱が開けられたらそれに従ってください」


「ちょ、悪い奴だったらどうするんだよ」


「そんなことはあり得ません。それは俺が死んだ時だけだ。それはあり得ない」


 彼は絶対零度の声でそう言い放つと箱に蓋をした。それからランスは、何が何だかわからないまま、なるべく声を出さないようにしつつ、暗く狭い箱の中で重い刀を抱えつつ丸まっていた。そうしてどこかに運ばれ、どうやら貨物列車に積み込まれ、両国の国境にある自由都市ティタンに辿り着いたのだった。

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