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白桜年代記/救済の魔刀と記憶の番人たち  作者: すえもり
Fragment:2 帝国・北部旧国際空港跡
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WCC9. 白雪の降る(3)

 湖の周囲に生えた木の影から姿を現したのは愛銃を手にしたレベッカだった。

 血の滲んだ包帯が巻かれた両脚は痛々しい。

「レベッカ、私を裏切るの?」

 レベッカは冷えた声で応えた。

「裏切ったのはあなたのほうじゃない。母さんと(ギリアン)を人質にしておいて、よく言えるわね」

 そのときのランスには、なぜ彼女がこの空間で動くことができるのかということにまで考えが及ばなかった。

「冷静に考えて。艦長の性格を考えてみれば、二人に危害が及ばないことくらいわかるでしょ。私だって本当に二人を殺したりしないわよ」

「口では何とでも言えるわ」

 レベッカは短機関銃(サブマシンガン)の銃口を湖の中のアズサのほうに向けた。

「レベッカ、やめろ。殺したって何にもならない! まだ聞き出さないといけないことがあるんだ」

「私は冷静なつもりよ。いくら家族を養ってくれたって、道具として扱うような人を信用できない。父さんが死んだ原因があなたと艦長の両方にあるのなら、ふたりとも殺すわ。誰も罰さないのなら私がやる」



 レベッカが目を覚ましたのは、ランスがゼイラギエンを出たあとのことだった。

 両脛に激痛を感じて目を覚ましたレベッカは、眼前でアーノルドが停止しているのを目にした。

 白桜刀の空間の中に来られたのだろうか? それともアーノルドが停止しているだけなのか。


 レベッカは上半身を引きずるようにして起こした。脚には包帯が巻かれている。アーノルド以外の誰かが、ここに来たのだ。

 這うようにして廊下に出た。どこかから微かに人の声が聴こえてくる。レベッカはできるだけ音を立てないように匍匐(ほふく)して進んだ。


「話って何だ。鮫の部下になった理由を話す気になったのか? ランスを奴に渡すわけにはいかない。退いてくれ」

「あの子の選択を尊重してあげたら? もう子どもじゃないわ」

「そういう問題じゃない」

 話しているのはリアナと艦長だと分かった。二人はアルビオン語で話しているから、まだ習っている途中のレベッカには内容がすべて分かるわけではなかったが。


「私はアーサーを殺した人間が誰なのかを知りたかったのよ。あなたも気付いてたでしょ? あの人は番人の誰かに狙われたって。公式には、領民の反乱を装った何者かの凶弾に倒れたことにされていたけれど、その後もどこかに幽閉され拷問された末に殺されたのよ」

「推測はついてる」

「宰相よ。あなたを亡命の最中に殺そうとしたのは鮫で、宰相はそれを看過した。それでもあなたは宰相に復讐しようと思わないの?」

「できる状況じゃなかったし、今もできない。僕はもう帝国の人間だから、何か事を起こして、それが明るみになればどんな問題になるかわからない」

「私が聞いているのは、復讐したいと思っているかどうかよ」

「あなたは復讐するつもりなのか? そんなことは忘れろ。あなたはここにいればいい。鮫から解放されるまで守るから」

「私は鮫に命を救われた。恩人に報いるくらいはするし、鮫の目的そのものは間違っているとは言えないわ。手段は間違っていても」

「奴はあなたを利用するために助けただけだ。せめてシャロンには会って話をしてやってくれないか。あの子が跡を継ぐんだろ?」

「いいえ。私の代で終わらせる。そのために鮫に協力しているの」


 壁が叩かれるような音が響いた。レベッカは気を失っている振りをしようか迷ったが、足音は聞こえてこない。重い金属が床に落ちる音がした。

「あなたのような聡明な人が、なぜ下らない復讐に囚われているのか、鮫とつるむのかも理解できない」

「忘れろって言うけれど、人に言えるの? 復讐に囚われている理由? 答えは簡単よ。愛」

「アーサーがこんなことをあなたに望むと思うのか?」

「今の私は怒りに身を任せていなければ生きられないの。私は宰相を殺すわ。邪魔しないで」

「それは愛じゃない。自己満足のために他人を巻き込むな」

「そう。でもね、あなただって私を愛していると言うけれど、身を滅ぼすほどには愛していない」

 盗み聞きしていい話ではないな、とレベッカは目を瞑った。


 リアナ・フラクスは鮫の手下だ。刃や炎のような激情を宿した美しい悪女に見える。けれどもレベッカに対しては、母のように優しく穏やかな言葉を掛けてくれる人で、どうしても嫌いにはなれなかった。番人のことについて教えてくれたのも彼女だった。

 艦長が彼女に執着していることを、レベッカは何となく勘づいていた。その気持ちは少し理解できる。リアナは美しく危うく、優しい。


「もし私が死んでも、あなたはその日の最後まできちんと仕事ができるはずよ。それがアーサーとあなたの違い。真っ当で理性的な人間だわ。あなたは全てにおいてアーサーに敵わないと思っていたのかもしれないけれど、そんなことない」

 しばし沈黙が降りた。

「あなたはアーサーのことが大嫌いで大好きだった。憧れだったのよね。私のことよりもずっと彼を愛してる。彼に成り代わりたいほどに」

「違う。僕はあいつがいなくなってホッとした」

「そう? あのランス君って、なんだかアーサーに似ているわね。放っておくと、自分の身も顧みずにこの世の誤りを全部つぶしに行ってしまうかもしれない。アズサもレベッカもシャロンも、そういうタイプかしら。あなたはあの子達を導いて守らなきゃ……やることが沢山ある。あなたは、やるべきことを置いて死んだりしない。そんなあなたには幸せになってほしいの。私のことなんか忘れてちょうだい」

「やけによく喋るな。もう一度言う。鮫に従うな。鮫は自分の望みのために魔力を欲して人を殺す。あなたを利用しているだけだ」

「番人は自分と大切な人の命をかけてまで、今の世界を保つ必要があるのかしら? 私は番人の呪いを私の代で終わらせたいの。鮫がやろうとしているのは、そういうことよ」


 レベッカは鮫から、ランスをここに連れてくればいいと言われていた。そうすれば父の記憶を継いでいる番人と会わせてやると言われていた。

 けれど、リアナが艦長に捕まってしまうのは、あまり良くない。何とかして引き離さないといけない。

 それが二人にとっていいことなのかは、わからないけれど。

 悲恋というものなんだろうか。レベッカは誰かを好きになったことがないから、二人の感情は遠い世界のもののように思えた。


 さっきより近い場所で、金属と何かがぶつかる打撃音がした。

「ずっと考えていたんだ。貴女が僕のものにならないなら、いっそ、貴女に殺されるほうがいい。でも、そうしてくれないのなら、貴女の記憶は誰にも渡さない」

 リアナは優れた剣士だけれど、力の差では負けてしまうだろう。レベッカは傷む脚を引きずりながら廊下を這った。

 艦長は彼女を殺さないはず。でも。

 鮫が二人をいつか殺してしまおうとしていても、レベッカは二人をみすみす殺されたくなかった。

 裏切者だけれど、それでも誰かが命まで奪われてしまうのは絶対に嫌だ。


「レオン……あなたは皇帝の記憶を継ぐのよ。私を……殺すはずがない……」

「駄目、お願い、やめてくださいっ」

 ぜんぜん声が出なかった。けれども、リアナの首を締めていた艦長はレベッカに気付いて手を緩めた。

「なんでベッキーが……」

 レベッカは床に崩れたリアナに覆いかぶさった。まだ脈も息もあった。

「殺すつもり、なかったんですよね、艦長」

 声が震えていた。

「だって、艦長が私の手当をしてくださったんですよね。私がしていたことを知ってても。お願いです、鮫を止めてください」


 艦長は屈み込むと、レベッカの肩を軽く叩いた。見上げると、額に切り傷があって、血で顔半分が赤く染まっている。

「あっ……手当てしないと」

「大丈夫、浅い傷だ。リアナを殺すわけないよ。きみの家族を殺させるつもりもない。いま動けているということは、きみももしかして番人だったのか」

「し、知りません、けど、鮫から父さんの記憶を持ってる番人に会わせてやるって」

「ジェフが番人だった? 本当かな……きみを釣るための嘘のような気がしてならないが、きみが誰かの後継ぎである可能性はある」


 艦長は気を失っているリアナを横たえると、両手両足を縛り上げた。

「ここに居てくれ。その足は動かさないほうがいい」

「鮫の注意を逸らして時間を稼ぐくらいなら出来ます。艦長に勝算はあるんですか」

 艦長は困った顔つきになった。

「まあ、五分五分かな……。ランスが無茶をやらなくても、鮫がここにいる可能性は考えていた。ただ、アーノルドが動けるものだと思っててね」

「だったら私を連れていってください。少しなら歩けます。……私を信用するなんて、できないかもしれませんが」

 彼は額の血を手の甲で拭って微笑んだ。

「信じてるよ、自分の部下のことだから。でもきみを死なせないって、ジェフと約束したんだ」

「私だって、艦長を死なせないって誓ったんです。隊長の代わりにはなれませんが、足手まといにはなりません」


 彼は目を瞑り、深く息をついた。

「そう。じゃあ今日だけは助けてくれるかな」

 彼はレベッカの傷付いた脚に手を当てた。

 ひんやりした感触がして、少し痛みが和らいだ。

「これは……?」

 彼は外套のポケットから小さなペンダントを出してレベッカの首に掛けた。

「魔法石。完全な止血にはならないけど、少しの間は効果があると思う」

 それから彼はポケットをひっくり返し、出てきた丸いチョコをレベッカに手渡した。

「まあ、こういうからくりでチョコが溶けなかったんだよ。こんなことに使ってたってバレたらまずいから内緒な」

「でもいつもちょっと溶けてます」

「食べたらだいたい同じだろ」

 レベッカは思わず笑ってしまった。

「父さんみたいなこと言う」

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