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白桜年代記/救済の魔刀と記憶の番人たち  作者: すえもり
Fragment:1 帝国・南部国境支部局
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WCC2. スナイパーとボディガードのミス(1)

『報告します。先日捕獲した犬型ロボットのデータから、ここ一ヶ月間でホシが拠点にしていると思われる建物の位置が判明したと連絡がありました。のちほど詳細をお送りします。直接帝都に戻るプランから変更なさいますか?』


 艦長室の壁に掛けられたモニターには、時折縞模様が混じりつつ、南部国境支部局を取り仕切る艦長秘書が映し出されている。目に少しかかるダークグレーの髪、切れ長の青い瞳に泣き黒子、形の良い唇、鼻筋の整った顔立ちは、街ですれ違う人が女優かモデルかと思わず振り返るほどの美しさだ。


 だが艦長にとっては、その顔も凛とした冷静な声も慣れ親しんだものだ。彼は特段緊張した風もなく、執務机の上で指を組みながら、帝都に戻るのを一日遅らせて途中で寄ることは可能かと聞いた。


『仮プランでは、軍会議に半刻ほど遅刻してもよければ可能です』


「あー……また怒られるやつか。仕方ない、いいよ、それで行こう。悪いけど途中まで代理で出てくれるかい? もちろんいつも通り交通費は出すから」


『承知しました。後ほど日程を送付します。それでは』


「あっ、アストラ」


『何ですか?』


 波模様の乱れが入った映像でも、彼女が怪訝そうな顔で眉を上げたのが見える。


「あのさ、西部鉄道の食堂車が王国の牢屋と同じくらい不味いって聞いたんだけど、そんなにマズイのかな」


『はい? なにかの暗号ですか?』


「いや、違うよ」


『正直言って、二度と食べたくありません。で、この話、何の関係が?』


「聞いてみただけだよ。今度シェイマスに会ったら、うちのシェフの知人を紹介させるって言っといてくれ」


『艦長』


「ん?」


『通信費の無駄です。切りますよ』


 モニターがプツリと切れる。隣で聞いていた護衛かつスナイパーの男、ブレンがしのび笑いする。


「何であいつにあんなこと聞いたんだ」


「だってさ、ステンもランスも真剣な顔で言うんだよ。国営鉄道のご飯がゲキマズじゃあ、帝国の沽券に関わるだろ」


「お前が心配することじゃねえよ」


「どうかな? 将来的に外国の賓客が乗るかもしれないよ。まあ、そこだけ出来合いの高級食を提供するかもしれないけどさ」


「艦長、アストラの言う通りだ。今ので通信費が二百ルブ追加でかかった」


 部屋の隅に立っているアーノルドが無機質な声で言う。


「おいおい、煙草一箱買えちゃいますよ艦長」


 艦長は大袈裟にため息をついた。


「ブレン、君のために彼女がモニターに映る時間を伸ばしてあげたんだが? 少しは感謝してほしいな」


 ブレンは咥えていたキャンディの棒を落とした。


「な、何言ってんだお前」


「アーノルド、プランが届き次第全体に連絡を回してくれ。ブレン、君はベッキーと組んで次の巡礼に行ってもらう。彼女に会えなくて寂しい気持ちはよくわかるが、外の冷気で頭を冷やしてきたまえ。……いや、その前に準備運動はどうかな?」


 アーノルドとブレンの手元から、ほぼ同時に火が吹いた。扉から入り込んできた人影が倒れ込む。赤い絨毯に油が広がった。


「あーあ、絨毯が台無しだ。子ども型ロボットか。姑息だな」


「経費削減じゃねえか?」


「いや、小さいほうが有利なこともある。モニカに処理させる」


 アーノルドは、すぐさま無線機で連絡を入れた。艦長は壁に手を伸ばして艦内放送のスイッチを入れた。


「こちら艦長室。人型ロボットが一体入り込みました。他にも潜伏している可能性があるので、二人以上での行動を義務付けます」




 ランスは食堂でレベッカと遅めの朝食のシリアルを食べていたが、放送を耳にして立ち上がるレベッカと、パイロットのニノに続いて席を立った。


「ランス、僕らはここを動かないほうがいい。とりあえず目撃は一機だけらしいから」


しかし突然、天井の換気口の蓋が、ちょうどランスとレベッカの間に落ちてきた。


「な……」


 レベッカの反応は素早かった。


「離れて!」


 床に降り立った物は犬のように見えた。レベッカはランスに向かってくるそれを、小型の機関銃で横から狙撃し、無線で連絡を入れる。


「こちら食堂レベッカ、換気口より犬型一機。狙撃しました」


『了解。引き続き警戒を。モニカが回収に行きます』


 ランスは丸腰でそれを見ているだけだった。銃は扱えないし、白桜刀は、普段は艦長室に保管されている。持っているのは護身用の扱い慣れない大型ナイフだけだ。


 扉を三回ノックする音がして開き、作業着を着た小柄な若い金髪の女性が室内に入り込んでくる。


「ご無事で何よりです! これはD89型!」


「モニカ、気をつけてくれ。まだ出るかもしれない。数が少ないから偵察かもしれないが」


 ニノがライフルの撃鉄をあげたまま天井の穴を見上げた。


「偵察機はまだ見つかっていません」


 モニカはずり落ちてきた眼鏡を上げながら、破砕された機械を検死官のように観察した。彼女は機械全般を担当しており、船の簡単な修理から機械人形の調査、アーノルドの調整までこなしている。


「船内で出るのは久しぶりですね。ランスさん、突然びっくりされましたよね。いま艦内を巡回してもらっているので、すぐに落ち着くはずです。もう一人援護を呼びましたから、安心してくださいね」


「あら、誰が?」


「ブレンさんです」


「それなら安心だ。僕はできれば操舵室に戻りたい。モニカ、ブレンが来たら一緒に行ってくれるか」


 ニノの言葉にモニカは頷く。ランスはこれまでに何度か犬型を見ているが、蜘蛛のように飛び跳ねる不気味な動きが好きじゃないと思っていた。


「あれ、人を殺せるのか」


「自動小銃を搭載しているわ。至近距離は危険よ」


 レベッカは周囲を警戒したまま言う。


「ランスと隊長を乗せた時に入り込んだなら、動き出すのが遅すぎるわ」


「次の目的地まで乗っていくつもりだったのでしょうか」


「さあ。なんで今出てきたんだろうな」


 ランスはニノに、その目的地はどこなのかと尋ねた。


「今のところ最終目的地は帝都だけど……さっきアストラさんと連絡を取っていたようだから、変更の可能性もある」


 再び扉が三回ノックされる。現れたブレンは、普段担いでいる大型のライフルではなく、取り回しがききそうな小型ライフルを抱えていた。


「全く、俺の仕事はこんな狭い場所でドンパチすることじゃねえっつうの。モニカ、ニノと艦内放送設備を見に行ってくれ。モスバーグが見てるが、さっきから電源が入らねえ。壊されたかもしれん」


 二人は頷く。


「終わってからニノは操舵室に行け。今は副操縦士で十分だ」


「了解」


 ブレンはランスに視線を向けた。


「狙いはお前らしい」


「俺?」


 ブレンは答えず、腰から抜いた拳銃を天井に向け、引き金を引いた。空いた穴から三体の犬型が落ちてくる。素早く構えるレベッカを制し、彼は全てを一撃で仕留めた。


「さすがブレンさん!」


「こちら食堂。D89三体を破壊。天井裏に潜んでいた」


「俺が狙われる理由って、白桜刀を使えるから?」


「だろうな。放送設備を壊せるのは、高さから言って人間か機械人形のはずだが、それはまだ見つかってねえ」


『こちらモニカ、艦内放送設備室。復旧に少し時間がかかります。見慣れないデータチップを発見したので、ヘッケルさんに解析依頼しました。結果は艦長にお伝えします』


 ボリューム最大のブレンの無線機から音声が聞こえるや否や、扉が勢いよく開いた。ノックせずに入ってくるということは、味方ではない。


「えっ……アズサ?」


 ランスは思わず叫んだ。そんなはずはない。だが、衣装も出で立ちも、一瞬彼女かと見間違うような――

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― 新着の感想 ―
[一言] 恵みをもたらす力……必要とするのは帝国以外にも居そうな予感 切実に必要としていそう 何故彼がわざわざ連れてこられたのか、何かあるなら彼だと判明した理由は  まだ謎が多いですね
[良い点] 詩的な文脈がとても好きです、これが小説です。 自分がサイトの特徴に合わせて、改行いれたり書き方を曲げているのが恥ずかしくなりました。 ランスのキャラも際だっていて好きですね。
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