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白桜年代記/救済の魔刀と記憶の番人たち  作者: すえもり
Fragment:2 帝国・北部旧国際空港跡
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WCC8. 黄昏の妖精(2)

 時は少しさかのぼる。

 ニノに不審機への対応を告げ、二度目の『嫌い宣言』を受けたあと、艦長はせわしなく音声通信でやり取りしていた。まずはゼイラギエンの燃料補給について、北部国境支部局から返答が来た。どうやらヴェッティン局長は支部局に直接来られたくないらしく、行き先と目的を教えれば、そこまで出向いて燃料と補給物資を分け与えるという。艦長は、外部に情報が漏れる機会は極力減らしたほうがいいと考え、断った。


 空港跡地に着陸するというニノの案を認めたのは、巡礼像が陸路では厳しい場所にあるということのほかにも理由があった。鮫の拠点と思われる施設が近いのだ。だが、あちらに勘付かれる前に先制攻撃しようと考えていた矢先、不審機が現れた。北部の縄張りに入る連絡も、わざわざ遅らせたというのにだ。通信傍受か、それとも内通者がいるのか。 


「せっかくのお申し出ですが、これは中央の()使()()でして、行き先や時刻をお伝えすることができません」

『ふん、雑用が多くてご苦労なことだ。それなら、明日の午後三時以降に来い。せいぜい明後日の会議に遅刻しないようにしてくれたまえ。居眠りもな』

 ヴェッティンは返事も待たずに通信を切断した。 


 艦長室の中央を陣取るソファに座って様子を窺っていたブレンは、貧乏揺すりを始めた艦長にキャンディを投げて寄越した。

「とりあえず糖分でも取れよ」

「あいつ、人を遅刻させたくて仕方ないらしい」

 受け取ったキャンディをいきなり噛み砕こうとする艦長を見て、ブレンは苦笑した。

「どうせ今の予定じゃ遅刻だろ。アストラを代理で帝都に向かわせたのは正解だな」

「全くだ」


 レーダーでは、まだ不審機を捉えられていない。あちらが不審な動きを見せたら即座に反撃できる状態にしておかねばならない。艦長は執務机に肘を付いて頭を支えた。頭痛や睡眠不足を訴えている暇はないが、ここのところ眠りが浅く、疲れが取れないのだった。


 その時、またモニターのビープ音が鳴り響いた。画面に流れた機種名は例の不審機だ。続いて映し出されたのは、亜麻色の髪の女性の美貌だった。いわゆるオリエントと呼ばれた地域の血が混じっていると思われる顔つきで、翠の瞳は見る者を惹きつける柔らかさと知性を兼ね備えている。

こんばんは(ルメリ)……と言うには、まだ少し早い時間かしら。いい夕空ね、レオン。もっとも、あなたが引き籠ってる部屋からじゃ、空なんて見えないんでしょうけど』

「リアナ……」


 高すぎず低すぎない声、聞き取りやすい速度の話し方は、深夜に聞く女性ラジオパーソナリティの、耳の奥をくすぐる声のようだと表現すればいいのかもしれない。息を止めて画面を見つめる義弟の反応にも彼女は全く気を留めず、世間話でも始めるかのように続けた。

『鮫からあなたに伝言があるわ。ランス君と白桜刀を渡せって。そろそろ忙しくなるでしょ? 他の番人に世話を任せたほうがいいんじゃないかしら?』


 まるで年端の行かない子どもを諭すような口調だったが、艦長は硬い表情を崩さなかった。

「断る」

『ねえレオン、資源の無駄遣いはよくないわ。喧嘩も戦争も人を殺すことも嫌いでしょ?』

「鮫は、貴女が乗っていればこちらから手を出さないとでも思ってるのか? 話は卑怯者の顔を見てからだ。そこにいるのか?」

『ごめんなさい、言えないわ。私達は卑怯だから、人質ならいる。貴方の大事な部下の家族よ』


 彼女の背後には、男女がひとりずつ映っていた。十代半ばと思われる少年と、その母親らしき女性だ。二人とも縄で縛られている。思わず艦長は席を立った。彼らに直接会ったことはないが、写真を見たことがある。

「何てことを。病人だぞ!」

『あなたが要求に応えてくれたら、手を出したりしないわ。それは約束する』

「貴女は、こんなことを許す人じゃなかったはずだ。なぜ鮫に従うのか理解できない!」

 リアナは、自虐的とも思える曖昧な微笑みを浮かべた。

『言ったでしょ、鮫はあれでも命の恩人だもの。それに人は、守りたいものが出来ると変わるものよ。貴方も変わったでしょう? さっき、私がいても手を緩めないって言ってくれて安心したわ』

 艦長は言葉に詰まった。

『それとも強がりの嘘だった? でも貴方は私を選べない。鮫の罠ね。望むものが手に入らないなら、代わりに貴方が絶望しながら私を殺すところを見たいの。私は、その筋書きのために生かされた駒に過ぎないのよ』


 彼女は駒のまま死んでいくような女ではないと、艦長には分かっていた。

「貴女は何を企んでいるんだ」

 翡翠色の瞳はモニター越しに不思議な光を放っていた。

『何の話? ……それで、鮫への返事は?』


 艦長は机に手をついたまま、息を吸って吐き出した。答えは決まっていた。鮫が約束を守る保証はない。それは、友人を失ったときに思い知らされた。

「話をしたいなら、そこの空港跡まで本人に来てもらおうか。だいたい、空中で人や物の受け渡しなんか、できっこないだろう」

『要求に応じてくれれば、指示するわ。三分待ってあげる』


 艦長は椅子に全体重を預け、暗転したモニターを睨んだ。

「レオン。あの余裕っぷりじゃ、相手が一機とは限らねえ。リアナは時間稼ぎだろう。今からでも逃げたほうがいい」

「いや、ここにランスがいる限り、向こうは何機だろうと下手に攻撃できないだろう。それに、逃げたら人質が殺される」


 人質を取るのは鮫の常套手段だ。だから、()()の家族は身元を特定できないよう病院に手配をしておいたのに、一体どこから情報が漏れたというのか。

「妙だと思わないか? どうやって鮫が人質の居場所を知ったのか」

 ブレンは、さっと顔を曇らせた。

「まさか、あいつ、利用されてるってことかよ」

「だとしたら、敵への反応が君よりも早かったことへの説明がつく」


 艦長は、すぐさま内線で、戦闘に備えているアーノルドを呼び出した。

 指示を遮るように、モニターのスピーカーから甘く囁きかけるような声が流れた。

『返事は決まった? ああ、その顔を見れば分かるわ。だったら、私が欲しい答えをくれるまで絶対に帰さないから』

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