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白桜年代記/救済の魔刀と記憶の番人たち  作者: すえもり
Fragment:1 帝国・南部国境支部局
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WCC7. おおぞらに焦がれて(15)

 局長室の、天井まで本で埋め尽くされた本棚を背に、寝不足の顔でそう話す艦長の目は、本の読みすぎのせいか充血していた。穏やかな表情と口調を裏切るかのように、その目はぎらついて見えた。


『本当は綺麗事だけ言っていたいけれど、それで僕は人を何人も死なせたから』


 ニノは何も言えなくなってしまった。彼の静かな闘志の底にあるものに勘付いてしまったのだ。自分と同じ。喪失感だ――他の誰も埋めることができない、誰かがいた場所の。そして、怒りだ。誰かを守れなかった無力な自分と、この世の理不尽さへの。


『お兄さんを戦地に赴かせて死なせた軍に、君が所属し続ける理由は何だ? 君の目指すところは? 手を汚したくないのなら、他へ行くといい。僕は止めない。このやり方だけが正しいわけじゃないから。でも、覚悟のない理想だけの人間は、真っ先に死ぬ。それだけならいいが、悪くすれば他の人間までも巻き込む。理想論は、頂点に立ってから言うものだ。飾りのプライドだけの人間は、うちには要らない』


 ニノは、黙って拳を握りしめた。十秒ほど、そうしていた。そして頭を下げた。本音を言うのが一番いいと思った。


『僕は、あなたの言うことがすべて正しいとは思いません。正直言って、失礼ながら、あなたのことが好きじゃありません。でも、他の口だけの人たちよりは、はるかにマシです。僕は有言実行の人に、ついていきます』


 艦長は、ようやく笑った。目が笑っていたから、偽りの笑顔ではないはずだ。

『そんな風に答えたのは君が初めてだ。僕には、君みたいな正直でまっすぐな部下が必要だ。道を踏み外さないように、忌憚(きたん)ない意見を、よろしく頼む』




 それから五年経つが、艦長は言ったことを全て実行してきた。とはいえ、軍や議会も馬鹿ではない。政府の動きには感づいている。()()()()()の一人である艦長は、昇進できずに今も辺境の国境掃除屋のままだ。数字の上では――特に地下犯罪組織の取り締まりや犯罪の検挙率においては、もうじき昇進だと囁かれている北部国境支部局長よりも実績を上げているというのに。

 そのことを、ニノは心から悔しいと思う。



 レーダーに映る青い点が徐々に接近してくる。機種名が表示されたところでルガーが口を開いた。

「センパイ、これは北部機ではありませんね。艦長に連絡します」

「あっちの所属機名を全部覚えてるのか?」

「こいつは中央しか持ってないはずです。詳細は北部に聞けばわかるけど、艦長はクソ野郎に手柄を取られたくないから確認しないんですよね」


 ちょうどルガーが受話器に手を伸ばしたタイミングで内線が鳴った。そして短い会話を済ませると、彼は普段通りのローテンションで告げた。

「残念なお知らせですが……戦闘開始アクションとの命令です」


 ニノは、静かに息を吸って吐いた。

「あー、ランス。悪いがジェレミーさんと交代だ」

「それなら、ちょうど今、来てくれたぜ」


 ゼイラギエンの守護神の片割れは、普段通りのいかめしい顔つきでニノに頷きかけると、持ち場に着いた。夫妻が後ろにいてくれる、これほど安心できることはない。


 艦長の行く先を阻む者を潰す役目は、他の仲間が負っている。自分にできることは、このゼイラギエンを操縦することだけだ――あれほど焦がれていた大空は、何も知らずに見上げていた頃に想像していたような自由な世界ではない。敵襲があれば一瞬にして、全方位、逃げ場のない戦場に変わる。それは地上にいるよりも、ずっと息苦しい。


 いつか、兄と夢見た美しい空を取り戻すために、ここに座っている。ニノは、そう自分に言い聞かせている。


 首と肩を回すと、ニノは小さく呟いた。

「僕は、この空を見るためだけに生きてると思うんだ」

 すぐさまルガーが反応する。

「先輩、そういうクサいセリフはやめてくれません? 聞いてるこっちが恥ずかしくなる」


 ニノは清涼剤を口に放り込むと、笑った。

「そういう君も、この空に恋してるんだろ」

「あー。センパイ、いいことを思いつきました」

 彼は、相変わらずの振れ幅のない声で続けた。

「センパイは砲撃手の彼女を作ればいいんですよ」


 吹き出しそうになるのを、ニノは何とかして(こら)えた。今この場面で言うことではない。

「そうすればウェルロッドさんみたいに、ずっと一緒にいられるじゃないですか? 今度、養成学校の同期に合コンをセッティングしてもらいますね」

「そんな女子が実在するとは思えない!」

「いやほら、ベッキーやモニカみたいなのもいるんですから、絶対いますって」

「君が頑張ってくれ」

「まあ、そんな子がいたら希少種でしょうから、センパイがうかうかしてたら、横から掻っ(さら)うことにしますね」

「……そうなりそうで何も言えない」


 二人は低い声で笑った。それから、守護神の片割れに注意される前に、真顔に戻る。

「さて、いきますか。普段通り」

「そうだな。行くぞ、ゼイラギエン」





■■■次回予告■■■


ランス「今回、俺の出番ほとんど無かったじゃん。主人公なのにさ」

シロタエ「そんなの、私のほうが忘れ去られてそうじゃない」

ランス「作者は、やっと次から本編が動くって言ってるけどさあー、構成下手すぎじゃね?」

シロタエ「長編は初めてなんでしょ。それにプロットを壊してるのは、あなたらしいわ」

ランス「げっ! 最近パロディがないのは執筆に苦しんでるせいか」

シロタエ「みたいね。次回、ホワイト・チェリー・クロニクル。『タイトル未定』大丈夫なのかしら本当に」

ランス「鮫とか、魔性のお姉さんとかが出てくるらしい……けど裏切りってどういうことだよ?」

シロタエ「はい、そこまで」


タイトルを当初の構想通り日本語に戻しました。

やっぱこっちのほうがいいですね、たぶん。

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