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白桜年代記/救済の魔刀と記憶の番人たち  作者: すえもり
Fragment:1 帝国・南部国境支部局
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WCC7. おおぞらに焦がれて(3)

 ランスは正式兵ではない。帝国の十六歳以上の男子に課される、二年の兵役義務期間を流用するかたちで軍に在籍しているに過ぎない。


 一方レベッカは、一年前に南部国境支部局の人員募集に応募して採用されている。本来は事務員であってもハイスクール卒業相当の学力がないと採用されないのだが、彼女は適性検査結果と銃を扱うスキルが基準に達しており、家庭の事情も(かんが)みて特別措置として受け入れられたらしい。だから一等兵という階級を持っているし、船内の備品管理の仕事も割り振られている。


「それまでにやりたいことが見つかれば、そっちに行けばいいと思うよ」


 モスバーグは穏やかに微笑んだ。


「僕は好きな仕事ができて幸せだし誇りに思ってるけど、軍属は……っていう世間の目もあるからね」


 メイやアウグスタのように危険な仕事だからと周囲の反対にあうこともあるし、市警軍は市民の目の敵にされることもある。また、軍主導の領土拡大や紛争に、国民全てが諸手(もろて)を挙げて賛成しているわけでもない。功績を上げれば尊敬されることもあるが、普通は公権力の権化というマイナスイメージを持たれがちだ。そしてそれは辺境にいくほど強くなる傾向がある。田舎村でも軍人は嫌われ者だった。


「そっか。好きな仕事ねえ……」


 幼い頃は鉄道の運転手に憧れていたりもしたが、それは憧れに過ぎない。今のランスには、自分が鉄道で働いている姿はイメージできなかった。それに、専門職につくには職業別の専門学校であるギムナジウムに通わなければならない。そんな資金は残っていないのだ。


「わからないなら、可能性を広げるためにも勉強しなくちゃ」


「結局それかよ!」


 モスバーグは、あははと笑うと、今日はここまでにしよう、残りは宿題だと言って席を立った。


「ランス、勉強は慣れだよ。君は刀を扱えるけど、それは練習の賜物だ。最初はちっとも面白くないけど、だんだんできるようになってくると楽しくなるものだよ。使い古された言葉だけど」


「ブーー」


 ランスは唇で不平を表した。レベッカが横目で睨んでくるので、仕方なく静かにして机に肘をついて指を組み、宿題の用紙を睨みつけた。


「こうやってると、俺も艦長みたいじゃね?」


 モスバーグとレベッカは吹き出した。


「似てるわ」


「確かにそうだけど、知ってる? 艦長はすごく頭がいいよ」


「ウソ。いっつもふざけてるだけじゃん」


「今度、読書してるときにでも宿題について質問してごらん」


「どうせ、のらりくらりかわされるだけだろ」


「まあ試してみなよ。教え方が上手いかどうかは別の話だけどね」


 モスバーグは、宿題サボるなよと言い残して食堂を出て行った。レベッカはそれを確認すると、鉛筆を走らせていた手を止め、ランスをじっと見つめた。


「何だよ」


「昨日、艦長から何を聞いたの?」


「別に。白桜刀のこととか」


 ウソをついた。正直、艦長の話はほとんど理解できなかった。その内容は艦長のほかにアストラとブレン、アーノルドしか知らないもので、他のメンバーには言うなと口止めされている。


「ふーん。ウソっぽいわね」


 レベッカは再び手を動かし始めた。


「でも言えない話なら別にいいわ。今日のランス、いつもにも増してヘンだし」


「いつもヘンってなんだよ!」


 レベッカは無視して宿題の続きを解いている。ランスは仕方なく鉛筆を握るが、はっきり言って全く集中できなかった。


 あれからずっと、艦長の話が頭の中をぐるぐる回っている。池の周りをぐるぐる回るのと同じように。


『君はグレンが死んだとき、その記憶を継いでいなければならないはずなんだ。いや、グレンだけじゃない。その前からずっとずっと引き継がれている、番人たちの記憶を』


 そんなはずがない。心当たりがないかと問われても、何も、ほんとうに全く何も知らないし、覚えてなどいない。



(つづく)

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