WCC6. スクワイア/That Perfect Woman Is Gone (6)
「なんでアーノルドとブレンを置き去りにしたのかってことだろ?」
ソファの脇で立ったまま、艦長はランスの目をじっと見つめた。ランスは黙ったまま、その感情の読めない青い目を見上げた。
威圧感のない男だと、いつも思う。常に微笑を湛えているから、初対面の人間は、つい警戒心を緩めてしまうだろう。或いは見た目で油断する者や、舐めてかかる者もいるかもしれない。年齢の割に若く見える顔で、背は低いわけではないが、標準的な帝国人男性と比べると体格は良くない。軍人なのに、そのへんの男に捻られたら簡単に負けてしまいそうだ。
それなのに、ふざけていない時の彼の前に立つと、いつも身体が緊張で強張るのが分かる。この人は、目の前の相手の心を見透かすことに長けている。相手を不安にさせたり安心させたりして、心理を操ることにも。いつの間にか間合いに入りこまれているような感覚だ。彼はそれを、おそらく意図的にやっている。その計算高さが怖い。根は優しいし信用できる人のはずなのに、下手なことを言って敵に回すとマズいと本能が告げるのだ。
「君は罪悪感を覚えた。君が無力だからアーノルドが大怪我したんだって。そうだろ?」
「……そうです。艦長は初めて会った時に、俺にしかできないことがあるって言ったけど、俺、何もできない」
ランスはカップを握っていないほうの左手を握りしめた。
「君は無事に逃げ切って、ブレンに助けを請うた。それで百点だ。誰も死んでない」
「でも、ブレンさんだって危なかったかもしれないんですよ!」
「僕が誰かを派遣しなかったことを責めているのかい? ブレンは自分の判断でアーノルドを助けに行った。あいつは出来ないことはしないし、簡単に死ぬヤツじゃない。もしここで死んだなら、その程度の器だったってことだ。僕の目が間違っていたってことさ」
その声は恐ろしく冷徹だった。ランスはぞっとして、ダークグレーの軍服を纏った赤毛の男を見上げた。虚ろな目で死んだ人の数を数えている人間の言葉とは思えなかった。まるで人を、交換可能な駒扱いしているようにも取れる。
「艦長……それ、本気で言ってんのかよ」
思わず唸るような声で応えてしまった。だが、彼は眉一つ動かさずにランスを見下ろしている。
「僕は事実を言っている。それで、君は慰めてほしいわけじゃないだろう? だから本当のことを言おう。君は無力だ。理解したかい? 君はたまたま白桜刀を使える。が、そもそも君くらいの年齢で出来ることなんて、ほとんどない。……ただし、大人になっても、そんなに増えない」
何年分も溜め込んできた疲れを吐き出すような溜息をつくと、彼はランスの隣に身を投げ出すようにしてソファに座った。
「悪いね。僕は実直なゲルマン人じゃないもので、ついつい回りくどく皮肉っぽく言ってしまう。さっきのは自分自身に向けて言ってたんだよ。気にしないでくれ」
その横顔は先刻までと打って変わって、その辺りにいる、ちょっと気が弱そうな男のものだった。
「本当は、僕が判断を間違えたせいで二人が死んでしまったら、どうしようかと思ってた」
「もしそうなっていたら、艦長はどうしましたか」
興味本位の問いだった。言ってすぐに後悔したが遅かった。彼は目だけ動かしてランスを見つめた。まるで見えない何かに怯えているかのようだった。
「さあ? ブレンに借りてる拳銃のことをうっかり思い出してしまったら、使っていたかもしれないね」
彼は、うっすらと笑っていた。恐怖を前にしたとき、人は笑うと誰かが言っていた。その時ランスは、たぶんこの人は、本当はとても脆くて弱い普通の人なのだと悟った。
「そんなことしたら、ブレンさんは艦長を許さねえ。俺も、ここにいるみんなも」
「分かってるよ。ごめん」
そう言って艦長はポケットをまさぐった。そして小包をランスに差し出した。開けると、予想通り少し溶けたチョコレートが出てきた。ランスは構わずに口に放り込み、舐めた。艦長も自分のぶんを口に入れた。
「それで、艦長の大事な話は?」
「そうそう、それだ」
彼はチョコレートの包み紙を丸め、手で弄びながら、どう話を始めようか悩んでいるようだった。
「君はグレンによく似てる。聞き上手というか、空気を読むのがうまいんだろうな。つい余計な話をしちゃう」
「……なんで艦長がオヤジのことを知ってるんですか。議員だったから? じゃあ、うちの親が死んだホントの理由も、もしかして」
両親は事故死だと聞かされてきた。だが、それを鵜呑みにすることはできなかった。父は元老院議員だったから、何かの事件に巻き込まれたに違いない。しかし、周囲はみな口を噤み、真実を教えてはくれなかった。
艦長は気遣うような顔をしてから目を伏せた。
「ああ、知ってる。グレンとサクラさんが亡くなったのは、やはり鮫のせいだよ。君を傷つけたくないが、より正確に言うと、鮫の手から君を守るためだ」
ランスはカップを握りしめた。手がぶるぶると震えて、カップの底に残っている紅茶の水面に波紋が立った。
「どういうことなんですか」
艦長はランスの手元をちらりと見て、それから真剣な顔になった。
「これからするのは、白桜刀の力にまつわる話と同じく、いや、もっと現実味のない話だ。君は、もしも死んだ人の記憶を、そっくり全部引き継ぐことができると言われたら――信じるかい?」
■■■次回予告■■■
ランス「めっちゃいいとこで終わるじゃん! ところで、艦長って月当たり何時間残業してるんですか?」
艦長「計算したことないなあ」
ランス「残業代ついてるんですよね? 逆算したら分かるんじゃ?」
艦長(無言)
ランス「あっ聞いたらダメなこと聞いちまったみてえだ」
艦長「どうせ貰えても飲み代に消えるだけさ……次回、ホワイト・チェリー・クロニクル。『おおぞらに焦がれて』これでうちの主戦力の紹介は終わりだね」
ランス「ステンさんとヘッケルさんは?」
艦長「あっ……」
ランス「おい、忘れんなよ」
次話から第一部クライマックスに向けてちょっとずつ動き出す……はず!
ちょっと間があきますが、お楽しみに!




