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白桜年代記/救済の魔刀と記憶の番人たち  作者: すえもり
Fragment:1 帝国・南部国境支部局
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WCC6. スクワイア/That Perfect Woman Is Gone (5)

 翌日、アーノルドが大破したという知らせを受けたアストラは、モニターの前で青ざめた。


「私のプランが悪かったんだわ……あそこをああしていれば……!」


 モニターの隅、艦長室の端に映っているブレンは首を振った。


『いや、違うね。お前のプラン自体は完璧だった。問題なのは、全員がお前みたいにデキないってことと、お前のその独りよがりだ』


「何ですって?」


『お前が全部動かせると思うなよ。お前だけでやってるわけじゃねえ。人間はミスもするし、目に見えねえ問題が積み重なって、うまく行かねえこともある。みんなそうだ。お前も完璧じゃねえ。だからそういう失敗を見越した余分が要るんだよ』


 アストラは、はっと息を呑んだ。机に手をついたままの体勢で固まるアストラに、ブレンは続けた。


『お前は一人じゃねえ。もうちょい頼り方を勉強してくれねーと、信用されてないみたいで寂しいね』


 センセーはそんなことも分かってねえのか、百点取るように言われるのは学校のテストだけだろ、と不機嫌そうに言うと、ブレンは艦長室を出て行った。それまで黙って聞いていた艦長は、呑気な声で『あそびが足りない』と呟いた。


「あそび?」


『楽しいほうの遊びじゃなく、余白だ。さっきブレンが言った、万一の時のための余裕。代替案をたくさん作っておくのもいいが、最初から失敗を想定するのも大事だ』


 彼は赤ペンでスケジュール表を添削すると、それをアストラに見えるように差し出した。


『君のプランは、いつも完璧すぎて文句の付けようがないが、ちょっと僕にはしんどいなあ。希望はこのくらい』


 始業十時、昼寝一時間、終業四時と書き込まれたスケジュールを見て、アストラは頭を抱えた。


「さすがにこれは無理ですけど、どうしてスケジュールが厳しいと早く言って下さらなかったんですか」


『そりゃ君の言う通りにすれば万事うまくいくからね。ぼんやりしてる人間にとっては、いい頭の体操にもなる』


「年寄りくさいことを言わないでください!」


『まずはスケジュールが出来たらブレンに相談してみてはどうかな? あいつは単細胞に見えて視界が広いし、公平で冷静だ。君が一番そのことを知ってると思うけど』


 アストラはスケジュールの下に書かれた『相談しよう、そうしよう』という丸っこい文字を見つめた。


『どうだろう、やってみてくれる?』


「はい、そうします。申し訳ありませんでした。みんなにも、今度直接謝らせてください。でも、いつか失敗すると分かっていて放っておくのは……趣味がお悪いです」


『君みたいなタイプは、なかなか失敗しないからな。ヤバそうな時は言おうと思ってたけど』


 艦長は欠伸(あくび)した。


『あんまり落ち込むなよ。そう言っても君は落ち込むんだろうけど。アーノルドはRNシリーズ戦では九割がた大破してるし、君のプランを承認したのは僕だ。ただし、今後はブレンの言うことを素直に聞くように。君たちの喧嘩には、いい加減飽きてきた』


 アストラは五数えるほどの間落ち込んでいたが、顔を上げて反論した。


「艦長だって、毎日毎日ブレンと喧嘩なさってるじゃないですか」


『あれはあいつがキレやすいから面白くて、ついついおちょくっちゃって反撃を食らってるだけ』


「それは二人ともバカってことですよ! まあ見てて楽しいからいいですけど」


『……楽しいもんかね? まあいいや』


 彼はそれから、次の街に着いたらアーノルドを心配して縮こまっていたランスとレベッカにケーキでも買ってやろうと思う、どこかいい店を調べてくれないかと言った。


『君のチョイスなら間違いなく美味しいからね』


「わかりました。でも、私の給料から天引きしてください」


 艦長は人差し指を振った。


『大した額じゃない。これは僕とブレンで割り勘だ。それから、君が気になる持ち帰り可の菓子があるなら、それも遠慮なく言いたまえ。(いと)しの彼女様と、我らが最強ブレーンへのお土産さ』




 翌日送られてきたスケジュールは、ランスの目には、いつもと変わりなく綿密でムダも隙も無いように見えた。


「まあ、言ってすぐ変われるなら苦労しないね」


 その時たまたま艦長室にいたランスは、艦長から手渡されたスケジュールの備考欄を見て目を細めた。


「艦長、折句って知ってますか?」


「なにそれ?」


「頭文字だけ拾って読む暗号ってありますよね。そんな感じ」


「ああ! またその手か。アストラがよくやるんだよ」


 艦長はスケジュールをもう一度よく眺めた。


「g……i……v……e……m……e」


 ソファで寝そべっていたブレンは、眉間にシワを寄せた。


「わかんねーよ」


「a……d……ああ。ランス、君、ちょっとアルビオン語ができるんだっけか」


「帝都にいた頃に学校で習ってたんです」


「しかし、これは回りくどいよ。ランス、よく気付いたな」


 艦長は可笑しそうに笑った。


「なんて書いてんだよ! おいランス、訳せ」


「アドバイスをくださいだって」


「それくらいブレンでも分かるだろ?」


「ハ! 俺のは違うけど見るんじゃねーぞ」


「そう言われると見たくなるな。サンキュー・マイダーリン♡とでも書いてるんじゃないか?」


「ちげーわ!」


 ブレンは艦長の手から原紙と思われる紙束を奪い取ると、一枚だけビリビリに破り捨てた。


「ふ……そんなことしたって、大元(おおもと)を印刷すればいいだけだ。アーノルド」


 まだ修復途中で椅子に座っているアーノルドは、面倒くさそうな顔をした。


「紙の無駄だ」


「一枚だけじゃんか、ケチだな。それともブレンに助けられて盟約でも結んだのか? 僕を差し置いて!」


「何ひとりでキレてんだよ」


「艦長、スケジュールに従え。五分押している」


 アーノルドに注意された艦長は、すごすごと椅子に戻った。


「なあランス、君は僕の味方でいてくれよ」


「う……うん」


 それから艦長はアルビオン語でぼそりと呟いた。


「ま、スケジュール内容は覚えてるから知ってるんだけどな」


「なにコソコソ喋ってんだよ!」


 ブレンに睨まれた艦長は肩をすくめた。ランスは頑張って昔の知識を総動員してアルビオン語で返事した。


「なんて書いてたんですか?」


私にはあなたが必要(アイ・ニード・ユー)






 それから艦長は、以前話すと言っていた大事な話があると、ランスだけを艦長室に残らせた。


 ソファに座るようランスに勧めると、彼はポットで紅茶を()れ、カップを手渡してくれた。湯気とともに爽やかな香りが広がる。母サクラが好んで飲んでいた紅茶は、こんな香りだったかもしれない。


「湯を注ぐだけで特別こだわりがないから、美味しく淹れられない。そこは勘弁してくれ」


「いえ、美味しいです」


「それは良かった」


 彼は目を細めて微笑んだ。それは、心からの笑顔のように思えた。


「話をする前に、なにか僕に言いたいことがありそうだね。当ててみせようか?」


「え……」

艦長はアールグレイが好きだそうです。

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