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白桜年代記/救済の魔刀と記憶の番人たち  作者: すえもり
Fragment:1 帝国・南部国境支部局
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WCC6. スクワイア/That Perfect Woman Is Gone (3)

 曲がりくねった暗い用水路脇の通路を歩いているうち、アーノルドが急に立ち止まって電灯を消した。


「静かにしろ」


「ばれたのか?」


「可能性はある。城主の安全を再度確認する余裕が無かった。脅されて教えたのかもしれん」


 用水路を挟んだ向こう側から、足音が近づいてくる。


「スプリングフィールド、この水路は一本道だ。迷うことがない代わりに逃げ道がない」


 アーノルドはそう囁くと、ランスには(くぼ)みに隠れているよう告げた。


「万一の場合はその切り札を使え。俺が許可したと伝える」


 アーノルドはランスに拳銃を一丁渡した。


「これは護身用だが、お前はまだ慣れていない。使うのは最後の手段だ。いいな」


 ランスが頷くと、彼は忍び足でT字路に向かっていった。そして、何かを投げるのが見えた。おそらく空の薬莢だろう。金属片が跳ねる音が反響した瞬間、銃撃音が鳴り響く。


 が、その轟音はすぐに止む。アーノルドはサイレンサー付きを使っているのだろうか。次々と銃撃音が響いてくるが、それはすぐに止み、少しずつ遠ざかっていく。


 十分(じゅっぷん)ほどそうしていたが、戻ってきたアーノルドが「おそらくもう大丈夫だろう」と言った瞬間、ランスの目に、宙を舞う(こぶし)大の塊が映った。


「アーノルド!」


 閃光弾だ。まばゆい光とキーンという高音で、目も耳も使い物にならなくなる。狭い通路では数秒間が命取りになる。


 アーノルドはランスを壁に叩きつけ、襲いかかる銃弾からランスを背で(かば)った。アーノルドの右腕の関節が飛来した弾丸に潰され、金属と配線が剥き出しになる。


「A-RN、君はちょっとばかり詰めが甘い。いや、上司のプランが甘いのかな?」


 用水路を挟んだ向こう側から、若い男の声が響いてきた。しかし、姿は見えない。


「ま、僕は今回、君に用はないんだ。せっかくだから、ゆっくり潰し合いたいのはやまやまだが、その子を連れ帰るだけでいいって、上司が言うからね。何も殺すとは言ってないから、安心してくれよ」


「E-RN02か」


 アーノルドは、被弾しなかった左手で拳銃を握って振り返った。


「あのバーでは、よくもやってくれたな」


 赤いレーザーポインタがアーノルドに向かって伸びる。


「君は排除対象だ。融通がきかないから」


「おい、やめろよ! 俺を連れてけたらアーノルドはどうでもいいんだろ!」


 ランスは白桜刀に手を伸ばした。この場はこれで逃げるしかない。アーノルドも空間移動で運んでもらえるか分からないが、賭けるしかない。


「君さ、僕らみたいなのに感情移入しちゃってるのか?」


 用水路の向こうから聞こえたのは、やや苛立ったような声だった。


「だったら悪いのかよ? アーノルドは無愛想だけど、いいやつだぞ!」


 相手は返答の代わりに引き金を引いた。その寸前、アーノルドはランスを床に伏せさせ、拳銃で応戦した。


「逃げろ!」


「逃がすわけにはいかないな」


 足元に銃弾が飛んでくる。アーノルドはランスの首根っこを掴むと走り出した。その背に銃弾が当たるたび、衝撃でぐらつきながら。


「今、あれに勝つ術はない」


 ランスには信じがたかったが、彼が『勝てない』と言うのだ。あの敵はおそらく、自由都市のバーに現れたアンドロイドだろう。あの時そういえば、アーノルドは全身負傷していた。


 行く手に外の光が見えてくる。アーノルドは、その方向にランスを押し出した。


「先に行け。プランに従え」


「でも!」


「命令に従えないなら、お前もここで死ぬだけだ」


 彼は左手で拳銃を撃ちながら「行け!」と怒鳴った。


 ランスは、よろめきながら石壁を伝って走り、突き当りで上へと続く金属製の足掛けを見つけ、よじ登った。背後では激しい銃撃音が炸裂している。


 ランスは唇を噛んだ。もし目の前に鏡があれば、ひどく情けない顔をしていることだろう。


「またかよ……またアズサと同じかよ!」


 不意に、ランスの頭の中に少女の声が響いた。


『あの隊長さんのこと、あなたのせいではないわよ』


「何だよ急に」


『あなたのせいじゃないって言ってるの』


 珍しくシロタエは強い口調だった。


「仕方ないっていうのかよ?」


『そうよ。現状あなたにできるのは、あのスナイパーさんに状況を伝えること』


「わかってるよ」


 地上に続くはずの金属製の網の蓋を押し上げると、そこは市街地の裏通りらしい場所だった。


「ランス! よかった、無事だったのね」


 隠し通路からの出口で援護の二人と合流することは、打ち合わせ済みだった。待ち受けていたレベッカは、ランスに手を貸して引っ張り上げてくれた。


 彼女の後ろから顔を覗かせたブレンが、「タイチョー殿はどうした」と訊いた。彼はランスの顔を見て眉を跳ねあげた。


「あっちの残りは何人くらいだ」


「ERN何とかっていうアンドロイド一人だけだと思うけど、それが……」


「ちっ、上位互換か。俺が行く。プラン通りにはいかねえな。レベッカ、そこのキャブを拾ってランスと飛行場に行け。俺が間に合わなきゃ、先に出発するよう、艦長に言え」


「でも」


「ここは鉄道が通ってる。最悪それで追いつく」


 ブレンはそう言うと、すぐに闇に飲み込まれていった。




 ランスとレベッカが飛行場に戻ると、ゼイラギエンは出発の準備に入っていた。タラップから降りてきた艦長は、いつになく険しい顔でランスの報告を聞くと、とりあえず船に乗るよう告げた。


「二人を置いていくんですか? アーノルドは大丈夫なんですか?」


 艦長はタラップを登りながら「君が心配する必要はない」とだけ答えたが、それが言葉通りでないことは、ランスにも分かった。


 あとに続いて艦長室に向かい、白桜刀を返すと、彼はランスに詳細を話すよう言った。


「そうか。以前報告を受けたアンドロイドか。やはり資金の出所が気になるな」


 普段とは別人のような顔で、艦長は執務机に両肘をついて指を組んだ。それからすぐに、安心させるかのように、いつもの顔に戻った。


「ランスは心配するな。あの二人はそんなにヤワじゃない。それより医務室で手当てを受けておいで」


 ランスは自分の汚れた服と、かすり傷だらけの手を見下ろした。アーノルドは、それどころではなかった。


 艦長は内線をかけ、「出発してくれ」と言って受話器を置くと立ち上がった。


「嫌な目にあわせたね。今回のプランは少し無理が多かった。責任は全部僕にある。ほら、手当てを受けたら食堂に行っておいで。今夜はハンバーグだってさ」


 彼はそう言ってランスを追い出した。


 追い出されたランスは、少しの間そこを動かなかった。


 自分の無力さを思い知った。それだけでなく、艦長のポーカーフェイスの下の、焦燥感をうっすらと感じ取ってしまった。


 ジジイはいつも、ウソをつくなと言っていた。だが、大人になれば、誰かのために分かりきったウソをつかねばならない場面もあるのだ。そのことが、格好いいはずなのに、少し、悲しかった。

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