WCC5. クラーク/妖精先生(4)
放課後、午後五時。
ブレンは、昼間に教えていた生徒の一人が巡礼像の前でしゃがみ込んでいるのを見つけた。
「おい、もう下校時間だぜ、何やってんだ」
少年は赤くなった目でブレンを見上げ、精一杯睨みつけた。
「先生こそ何してんだよ」
(授業中にケンカしてたやつか。面倒だな)
ブレンは首を鳴らした。
「下校時間の見回りだよ。あと、母校に来んのは久しぶりだから、ついでにちょっとな」
少年は無言で地面を見つめている。
「つーか、この像の前で悩んでるってことはアレだ。仲直りしたい奴でもいんのか? さっさと謝ったほうがラクになれるぜ」
「……あいつが悪いんだ」
「ケンカってのは一人じゃできねーな。昼間の様子だと、どっちもどっちだ。最初に殴ったのはあっちだが、お前は言い過ぎだ。いつもあのパターンか?」
彼は唇をぎゅっと噛んだ。ブレンはスーツのポケットに手を突っ込んだ。
「俺もさ、毎日毎日ケンカするダチがいる。カノジョとも毎日毎日ケンカしてる。俺は頭が悪いから、すぐ頭にくるし、思ったことをすぐ言っちまう。たぶん俺はあいつらに甘えてるんだよ。あいつらは、俺が口が悪いのを許してくれてる。俺は、あいつらが、今日もこんな俺のことを許してくれるのか確かめてえのかもしれねえ」
ブレンは、ひとりごちるようにして続けた。
「でも今は昔より歳食ったぶん、こっから先は言っちゃダメだって加減だけはベンキョーしたつもりだ」
少年はブレンを見上げた。
「お前はまだベンキョーの途中だな。どれがいちばんダメなセリフだったか分かるか?」
「……死ねって言った」
ブレンは彼の目を覗き込んだ。
「それはホントに思ってることか?」
少年は首をぶんぶんと横に振る。
「じゃあ、そのことを謝れ。んで、二度と言うな。ケンカするたびにこれを繰り返せ」
「先生はさ……ほんとはここに何しに来たんだよ」
「あ? 教育実習だよ」
「違うと思う。先生が背負ってるそのケース、オヤジが持ってるのとソックリだ。中身は楽器じゃねえ」
ブレンはため息をついた。
「俺が楽器を弾くように見えねーか? 大人になるとなあ、ベンキョーして賢くなったぶん、言えねーことも増えるんだ」
「悪い人なの?」
「さあな。でもひとつ秘密を教えてやるよ。俺はお前がダチと仲直りできるように手助けするために、ここに来た。精霊とか妖精みてーなもんだ」
少年は、思い切り胡散臭そうな顔をした。
「もうそんなもん信じてねーか? ところが、いるんだなこれが」
ブレンは暮れなずむ夕空に向けて腕を掲げると、スターティングピストルの引き金を引いた。周囲を校舎に囲まれた中庭に、乾いた音が反響する。
少年が見上げる視線の先、ブレンの背後で、古びた学僧の像が花吹雪を散らしながら消えてゆく。
「こんなもんがなくても、お前は仲直りできる。今からその足で、あいつの家に行け」
少年は、ほんの少し逡巡したのち、頷く。
「もうケンカすんなよって言いてえが……せいぜい、身になるケンカをしろ。本気でケンカできる相手なんか、中々いねーよ。じゃーな」
彼は再度頷き、吹っ切れた顔で立ち上がると校門の方角へと駆けていった。
石像が立っていた空間の背後の茂みがガサガサと音を立てる。ランスとレベッカがニヤニヤ笑いながら、ブレンの前に姿を現した。
「先生」
「あ?」
「シビれる〜!」
「仲直りの妖精! っていうかゴブリン?」
ブレンは二人の頭に本気のチョップを食らわせた。
「ふざけてねえで、さっさと引き上げんぞ!」
「照れてるな」
「ええ、照れてるわね」
「うるせー! ほってくぞクソガキども!」
職員室で一通りの手続きを済ませた三人が学園の敷地から一歩外に出ると、道の端々を蠢く影が見えた。ブレンは口元を歪めて笑った。
「過保護なママがお迎えに来てくれたってわけか。それにしても随分物騒なママだなあオイ」
レベッカはブレンがそう言い終えるより早く、スカートの下に隠していた拳銃を構えていた。そして数発放ち、相手を牽制した。その間にブレンは魔法のような速さで武器を組み立て、二人の前に立ちはだかった。
「お前らは職員室のセンコーに知らせてこい。念の為に、残ってる連中は窓がない屋内に避難させろ」
「でも!」
「うるせー、俺を誰だと思ってる。ガキは黙って俺の指示に従え」
二人は顔を見合わせた。
「スナイパーが生きて立ってるってことは、現状、勝率百パーセントってことだ。覚えとけ」
ランスとレベッカは背を向けて駆け出した。飛来した銃弾がその背後に追い縋るが、その数はブレンが引き金を引くたびに減っていく。
「ま、専業スナイパーはもうやめたけどな……かくれんぼは中坊までだぜ、へっぴり腰。隠れてねーで正々堂々かかってこいよ!」
『どうしてブレンは市警軍に捕まらなかったんですか?』
翌朝、艦長室のモニターに映る美女は、怪訝そうな顔で艦長に問うた。艦長は普段通りの呑気な顔に呑気な声で返答する。
「どうやら軍人の息子が、像が消えたのは本物の妖精の仕業だと言い張ったらしくてね。息子の頭がおかしいと思われたくない父親が、老朽化で壊すことになっていたと言って揉み消したらしい。代わりの像も建てられる予定らしいよ。こっちはお金を払う必要もないし、これは奇跡だね」
ところどころ傷んでいるソファに座っているランスとレベッカは、苦心して笑いを噛み殺していた。昨日ブレンから、艦長には詳細を言わないようにと口止めされていたが、実はコッソリ教えていたのだ。艦長は非の打ち所がない完璧なポーカーフェイスで知らないふりをしている。
「彼は何を見たんだろうね? もしかして美少女戦士ベッキーが妖精に見えてしまったのかな? それともランスが精霊に見えたのかな? あるいは……いや、それは流石にないか。ドワーフにしちゃ大きすぎる」
腕組みしながらソファの肘掛けに腰掛けていたブレンは咳払いした。
「んなことより、何が『髭を剃っても怪しさは拭い去れないけど、せめて剃れ』だ! 忘れんなよアストラ」
『あら、髭って朝剃っても夕方には生えてくるでしょ? もうほとんど元通りじゃない。それに、その発案者は私じゃなくて、そこのポーカーフェイスさんよ』
「どこにポーカーフェイスがいるんだ?」
ブレンは立ち上がると、艦長に唾を飛ばす勢いで迫った。
「テメェ、覚悟しろよ! 明日起きたらお前の髭剃りは予備も含めて全部ぶっ壊れてるだろうな!」
「聞いたかいアストラ? 経費の無駄遣いだ。ツッコミどころに困るよ」
『ブレン? 口の利き方には……』
「うるせーな、分かってるよ」
必死で笑いを堪えるランスとレベッカに気付いたブレンは、バツが悪そうな顔で黙り込んだ。ランスはモニターに映るクールビューティに声を掛けた。
「アストラさん、一個だけ、どうしても言っておきたいことがあるんだ」
『何?』
「ブレン先生はめっちゃいい先生だった」
ブレンは顔を背けた。
「口は悪いけど、優しくて超カッコいい先生だぜ」
ブレンはランスの頭にチョップを喰らわせたが、それは昨日よりも幾分か手加減されていた。
「お前は余計なことしか言わねーな」
***おまけのカットシーン***
「今回ので思ったんだが……」
艦長は執務机で指を組みながら真面目な顔で言った。
「艦内では、女子は学生服着用にしてもいいんじゃないかと思う」
「同意」
ランスは神妙な顔で頷いた。
「んで、拳銃は腰のホルダーじゃなくて絶対領域に装備するように義務付ける」
部屋の隅にいたアーノルドは「規程に反する」と呟いた。ブレンは「おいランス、いつの間にそっち側についたんだよ」と笑っている。
「制服が無理そうな女子は、教師の設定でいいんじゃないか? ほらブレン、君の彼女の白衣姿なんてどうだろう」
ブレンは黙り込んだ。
「あれ、ブレンさん、意外とそういうのは興味ないの?」
「いや、ランス。この顔は既に白衣姿を見たことがある顔だ。そういうプレイをしたことがあるに違いない。まだ付き合って間もないのに君ってやつは……」
ブレンは執務机を叩いた。
「どんな顔だよ! ちょっと想像してただけだ!」
「嘘くさいな。アーノルド、ウソ発見機能よろしく」
アーノルドは何かの操作説明書をパラパラとめくりつつ答えた。
「こういった下らないことに使うために搭載されている機能ではない」
■■■次回予告■■■
ランス「なあレベッカ、アストラさんのマネやってくれよ。ニャーのほうで」
レベッカ「ちょっと、ランス。口のきき方がニャってニャいって、ニャン度言ったら分かるのニャ?」
ランス(悶絶する)
レベッカ「次回、ホワイト・チェリー・クロニクル。『That perfect woman has gone』 スケジュール表は、愛のメッセージ」
ランス「おい! 予告にパロディ入れんな!」
ブレン先生にはモデルがいます。
いつかその人のことを書き散らかしたいです。
完結したら、あとがきで書き散らかすかもしれません。
ところで私はバンプのorbital periodに収録されている『かさぶたぶたぶ』が好きです。
3/17追記: ブレンはスナイパーをやめたわけではないので、「(裏稼業の)専業スナイパーはやめた」という感じに変更しました。すみません。




