WCC5. クラーク/妖精先生(2)
そもそも、なぜランスとレベッカが一日交換学生として私立学園で授業を受けているかというと、話は一日前に遡る。
「次の目的地なんだが……」
ランスを艦長室に呼び出した艦長は、いつも通り執務机に肘をついて指を組みながら、真面目な顔で言った。
「君、コスプレに興味は?」
「……はい?」
ランスは首を四十五度に傾けた。艦長は部屋の隅に立っていたアーノルドにちらりと視線を向けた。アーノルドは足元にある紙袋から、ビニール袋に入った何かを取り出した。それは、モスグリーンのチェック柄の学生服らしき衣装だった。
「制服コスプレって良くないかい? 君の場合、コスプレっていうか、本物になれるけど」
「あの……話が見えないんですが」
「鈍いぞランス。次の目的地は学校だ。学校の敷地内にある石像がターゲットだよ」
艦長はプランが書かれた紙をランスに手渡した。
「でも、さすがに学校だと、いつも通りにやったら不法侵入に器物破損で捕まりますよ!」
アーノルドは問答無用でランスに制服を押し付けた。
「その辺の処理はこちらに任せろ。お前はハミルトンとブレンと共にプランに従うだけでいい」
「ホントに大丈夫かなあ!?」
不安しかないランスに、艦長は相変わらずの呑気な声で返答する。
「我らがブレーン、アストラ女史が完璧なシナリオを作ってくれている。心配することは何もない」
「でも、追っ手が来たら学校が危ないんじゃないですか」
艦長は椅子をくるりと九十度回して壁のほうを向くと、「鮫は関係者以外は手にかけない」と答えた。
「そんなの、わからないじゃないですか。巻き込まれるかもしれませんよ」
「そう心配するな。本気のブレン先生はめちゃくちゃ強いぞ」
「そりゃ知ってますけど……」
艦長は悪戯っぽい目でランスを見上げた。
「君はベッキーと一緒に楽しく学園体験をしてくるといい」
「体験って」
「ちなみに女子の制服はなかなかいいぞ? 僕のチョイスで靴下はニーハイにしておいたから」
ランスは、胡散臭いことこの上ないという表情を作り、ポーカーフェイスの艦長を見つめたが、効果は全くなかった。
「あ、君、もしかしてタイツ派だった? それならベッキーも持ってると思うけど」
「俺が気になってるのはそういう問題じゃねー……じゃないんです! ブレンさんはどうするのかってことですよ!」
「さっき言ったろ、先生だよ。さすがに髭面の生徒はないからな。何の先生かなあ? バカでもできそうなやつ」
アーノルドが、「プランには体育教師と書いてある」と答えた。
「あの、体育の先生はバカじゃないですし、ブレンさんもバカじゃないと思いますけど」
「あいつはバカでいいやつだよ。君はブレンのことをまだまだ知らないんだ」
艦長は得意気に言うと、「じゃ、そういうことでよろしくね」とランスを艦長室から追い出した。
レベッカはランスより一足早く渡された制服を早速試着したらしく、食堂で昼食をとっていたランスに声を掛けた。
「ど、どうかな……なんか変なところ、ない?」
ランスは口に運びかけていたフライドチキンを空中で静止させた。ランスの隣で苦戦しながらフライドチキンを食べていたモニカは、ずり落ちてきた眼鏡を上げて微笑んだ。
「大丈夫ですよ。似合ってます」
カウンターで暇そうにしていたメイは、「いよっ美少女高校生! 学園のマドンナだね!」と大袈裟に褒めた。
ランスは艦長のチョイスが間違っていなかったことを確信した。いつもちゃんと仕事をしているのか怪しい彼だが、今回だけはグッジョブだ。
「ちょっとみんなに見てもらおうぜ」
そう言うとランスはランチの残りを一気に平らげて立ち上がった。
「えっ、なんで?」
「変なとこがないか意見聞けるじゃん」
「ああ、そうね」
ランスの期待通り、男性陣は面白い反応をしてくれた。
・棒付きキャンディの棒を口からポロリと落とす(ブレン/スナイパー)
・握手を求めてくる(モスバーグ/修理工)
・「いい……」(ニノとルガー/操縦士)
・張り子の虎化(ウェルロッドの旦那の方/砲撃手)
・「目が……目が……」(艦長)
しかしアーノルドだけは「うまく溶け込めるだろう、問題ない」と答えてくれた。
レベッカは食堂に戻ると、ため息をついた。
「ねえ、隊長以外みんなちょっと気持ち悪いんだけど」
「いや、あれは正常な反応だと思う」
「結局この格好が変じゃないのか、分からなかったじゃない! なんか居心地が悪いし、さっさと明日になってほしい」
ブレンは学園に向かう途中ずっと不機嫌だった。それはアストラが立てたプランのせいだ。
彼は学園の卒業生であり教育実習生ということになっているが、それにしては年齢が十ほど上なので、せめて髭を剃るようにと指示されていた。それだけでもブレンは嫌な顔をしたが、さらに石像を消す犯人は、母校に恨みがあるブレンという設定だった。地元の市警軍に協力を仰いでいるので、捕まった後は問題なく釈放されることになっているが、当然いい気分がするものではないだろう。
「もっとマシな筋書きが書けねえのか、あいつは」
ブレンはスーツのポケットに手を突っ込んで歩きつつボヤいた。武器は長方形のバイオリンケースに入れて背負っているのだが、どう見ても彼は楽器を繊細に奏でるタイプではない。レベッカは、まあまあと宥めた。
「ブレンさんのスーツ姿は素敵です。銃を握らせたら、かっこよすぎて失神しそう」
ブレンは一瞬だけ歩みを止め、頭を掻いた。
「ちっ、煽て上手な奴だ」
レベッカはランスにウインクした。
「ふふふ、ちょろいちょろい」
「俺、レベッカの将来がちょっと心配だ」
「ステンさんの真似をしただけじゃない」
「悪影響受けてるだろ……」
レベッカはスカートの下に隠した拳銃の上をポンポンと叩いた。
「こういうの、一回やってみたかったのよね。潜入作戦」
「そうか? パンチラしないように気をつけろよ」
レベッカは勢いよく首を回してランスを睨んだ。
「見た瞬間、あなたの脳天には風穴が空いているわ」
「別に見たくねーよ。見せんなよ!」
シロタエの笑い声が急に脳内に響き、ランスは呻いた。
「やっぱ、喋る前に、もしもしって言え!」
シロタエは返事せずに笑い続けた。
「一人コントをしてたら、電波系扱いされるわよ」
「なんだよ電波って」
「自分で調べて」
肩をすくめると、レベッカは遠のいていくブレンの背中を追って走り出した。
ランスは、背負っている白桜刀がきちんと布にくるまれていることを確認した。学園にいる間は、ブレンが教職員用の鍵付きロッカーに隠してくれるらしいが、少々不安だ。
「なあ、なんかあったら俺を呼べよ」
『ええ。でも半径十メートルくらいしか聞こえないはずよ。珍しいわね、あなたが私のことを心配するなんて』
シロタエはいつもどおりの淡々とした声音で、少しだけ誂うような調子で答える。その口調は、どこかアズサと似ていて、毎度ランスの胸をチクリと刺すのだった。
「別に。俺はお前を心配してるわけじゃねえ」
『ふうん。ありがとう』
「ランス! 置いてくわよ」
レベッカに呼ばれ、ランスは慌てて走り出した。背負った刀の重みのぶん、心にのしかかる重みも増したような気がする。たぶんそれは、守るべき人が増えたときと似ているのではないかと思う。確かそんなことを、村を綺麗にしてくれた日、泣きじゃくるランスの背を叩きながら、艦長が口走っていたような気がする。




