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白桜年代記/救済の魔刀と記憶の番人たち  作者: すえもり
Fragment:1 帝国・南部国境支部局
1/60

WCC0. 遠雷

 空が赤く染まっていた。それは夕刻の沈みゆく太陽が放つ、この日最後の輝きではなく、のどかな田園を包み込む業火の色が、空を厚く覆う灰色の雲の裏地に映ったものだった。


 もしそれが戦火の炎の色だと知らなければ、美しいと感じる者も居たかもしれない。


 ほんの一時間ほど前まで、この田園地帯にはやさしい春風が吹いていて、緑の絨毯をそよがせていた。貧しいながらもそれなりに満ち足りた日々を、先祖から伝え聞く故郷から遥か遠く、西の異郷で送る極東の移民たちは、日課の農作業を終えて家路に着く準備をし、夕飯は何だろうか、または、何にしようかと考え始めていた。子どもたちは、村にひとつしかない小さな私設学校から帰る途中で、はしゃぎ声を上げながら田舎道や畦道(あぜみち)を駆け回っていた。老人たちは道端で立ち話に興じ、彼らが連れている飼い犬は尻尾を振り、野良猫たちは家々の間を悠々と歩き回っていた。


 それはどこにでもある、いつの時代も変わらない田舎村の風景だった。


 その村は今や、どこにでもある廃墟、いつの時代も変わらない争いの餌食となっていた。


 人々は神に祈る(いとま)も許されず、かつて栄華を誇った文明が生み出した悪魔の兵器――人命を奪うことだけを目的に作り上げられた金属片の餌食となっていた。弾丸に全身を無残に貫かれた物言わぬ人々の抜け殻は折り重なり、不吉な空に負けないくらい不吉な色の水溜まりを、あちこちに残していた。


 突如現れた異郷者たちの無粋な足跡に踏み倒された草むらには、真新しい薬莢が大量に転がり落ちていて、雲間から漏れる弱々しい陽光を鈍く反射していた。木造の家々は、すっかり原型を失い、骨組を露わにしていた。当然ながら、新緑が(かも)し出す春特有の甘い風の香りなどは、人が焼ける臭いと爆薬の臭いにかき消されてしまっている。




 この悪夢のような光景は、ヨーロッパ大陸を二分する大国間の争いが絶えぬこの時代、決して珍しいものではなかった。悲劇は至るところで起きていて、風の噂に乗って囁かれることはあっても、人々の記憶に深く残ることは、ほとんどなかった。


 ただ、この極東民族が身を寄せる田舎村は、略奪の餌食となってきた、星の数ほどもある他の村々とは様相が異なっていた。農村の住民たちは、ただの農家ではなかった。村のあちこちで事切れている彼らの周囲に転がっているのは、一般的な『帝国』市民男性であれば、二年の軍役中にしか手にすることのない軍用銃や獲物だ。彼らは略奪者を前に一歩も(ひる)まなかった。その証拠に、折り重なる遺体の中には、黒装束の略奪者の姿もちらほらと見てとれた。


 だが、略奪者たちもまた、星の数ほどもある田舎の弱小犯罪組織とは違っていた。彼らの目的は金品を奪い取ることではなく、金目のものは残党狩りにくれてやるとでも言いたげに、そのままの状態で残されていた。


 無駄なく隙なく統率された小軍隊は、あっという間に村を制圧すると、村で暮らす一人の少年を探し回った。東洋人と西洋人の混血、金色の髪に茶色がかった黒い目をした、年の頃は十五、六の孤児。名をランス・スプリングフィールドという、『帝国』元老院議員の息子。


 しかし、強襲者たちが目的を果たすことは叶わなかった。


 少年の姿は村のどこにもなく、また、彼が手にしていたという東洋風の(つるぎ)もまた、どこを探しても見つかることはなかった。


 まるで魔法のように――『帝国』が、千年前の神の御業によって人類が授かった神秘の力を失って久しいというのに、少年の影も形も消え失せてしまっていたのである。


挿絵(By みてみん)

世界観の説明をどこにねじこむか検討中です。

とりあえず、西暦3050年ぐらいの西欧世界を想定していますとだけ。

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