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少年魔法少女譚「ななめトランス!」  作者: 由樹ヨシキ(夢月萌絵)
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第八話 恋する桜の森の満開の下

第八話 恋する桜の森の満開の下


目次

1.さわやか2-C

2.勇者の証

3.風雲Qを告げる

4.犬と桜


登場人物紹介

七芽祐太郎(14) 魔法少女にされてしまうオデコ少年。

白銀卓斗(16) 祐太郎の先輩。眼鏡男子。マスクド・ウォリアーに変身してナナメを護る。

須賀栞(14) 祐太郎が気になっていたクラスメイト。中学生にしてはおっぱいが大きい。 

武者小路秋継(30?) 祐太郎を魔法少女にした元凶。変態紳士。



1.さわやか2-C

七芽祐太郎はまれによくたまに魔法少女である。人知れず街の平穏を守るために闘っている彼も、普段はか弱い少年なのである。


「あっ、柳井さん!――わぷっ、ごめんね!」

朝の教室。久しぶりに教室に入ってくる柳井ミキの姿を見て慌てて駆け寄ろうとした祐太郎は、途中で大きな壁にぶつかってしまう。

「おいななめ、お前いつも女子にかまわれてヘラヘラしやがってよ。球技大会でも役立たずだったくせによ」

祐太郎がぶつかってしまった相手はクラスの増田聡樹だった。身体が大きく、野球部の活動で日に焼けて精悍な顔つきの男子。男は力強くあるべきだという古めかしい考えが普段から見え隠れしている。

男らしくない系男子の祐太郎は目の敵にされることもあった。ちなみに叶芽かなめという双子の姉がいる。

「うっ・・・ご、ごめんよ・・・」

「女とばっかつるんでっからなよなよしてんじゃねえか?気持ち悪いんだよ」

「そんなこと・・・」

自分より身体も声も大分大きく、運動も得意な同級生にはなんだか気後れしてしまう祐太郎。だが軟派なキャラに思われるのも心外だった。実際には女子にからかわれていることの方が多いのだから。

「ちょっとやめなよ!増田君!」

そこに割って入ってきたのは山本梢だった。祐太郎より小さい身体なのに堂々と聡樹の前に立ちはだかり、睨めつける。

「なんだよ、ほら、やっぱり女子しか味方してくれないだろ」

体格差のせいで逆に梢に強く出ることもできない聡樹は、憎まれ口をたたくのがせいぜいだった。

「そんなことないわよ!かっちゃんだって真君だって幼稚園からの仲だし、ショーテン君にも可愛がられてるし、ちびっこ仲間の黒羽君だっているわよ!」

「一番小さい君が言うな!」

黒羽操が抗議する。

「黒羽君がいればもれなく佐野君もついてくるわ」

「いやみさおちゃんはいっつもお姉ちゃんと幼馴染のくれなとべったりだから」

「学校ではサノの方がまとわりついてるだろ!」

「にしししし」

「喜ばないでくれ!」

黒羽佐野凸凹コンピのいつものやりとりに、クラス皆が集まってくる。

「まあまあ、増田氏」

最終的にフォローに入るのは安倍和也。かっちゃんとは彼の事である。2年C組のサッカー小僧その2で二年チームのキャプテンを務めている。クラスではリーダー格である。

「ななめは球技大会のサッカー頑張ってたよ?球技大会はクラスが一致団結するためにやるものだろ。ななめは一生懸命にやったうえで役に立たなかったんだから仕方ない」

(えっ・・・何気に残酷な事実をつきつけられてない?)

「ちょ、キャプテン、部活ん時にはそんな優しいこと言われたこと無いぞ!!」

とサッカー小僧その1栗生真も入ってくる。

「俺が優しくして真は上手くなるのかよ」

「まあな!最強のストライカーになるからには、厳しい修行あるのみだ!イナズマドリブル~♪」

「チッ・・・あほらし」

すっかり毒気を抜かれた聡樹は、なだめられて去っていく。

「ありがとう、山本さん」

「本当のことを言っただけよ」

「・・・そろそろ、こっちも席についてもいいかい」

そこでようやく、教室の入り口からなかなか進めなかったヤナギが口を開いた。

「あっ!ごめんね柳井さん!また会えて良かった・・・」

「・・・どうぞそっちも、こっちのことはヤナギちゃんと呼んでくれたまえ」

「うん!わかったよ柳井さん!」「ヤナギ」「ヤナギさん・・・」

「ちょっとななめ君、須賀さんの次はヤナギちゃんにちょっかいかけてるの!?増田君の言った通りモテ男ムーブかましてくれるじゃないの!」

ヤナギちゃん久しぶりーと言いながら、先ほどとは逆に祐太郎をいじる側に回る梢。

「そんなんじゃないよ、柳井さんの体調が心配だったし」

「ヤナギ」

「ヤナギさんには色々助けてもらった恩もあったし・・・」

(主に命をね。何回もね)

「モテるっていったら、佐野君とか黒羽君とかじゃないの?」

謙遜ではなく、確実に自分よりも女友達が多い二人を挙げる祐太郎。

そこにピクリと反応する山本梢。

「むしろあの二人同士が・・・怪しい・・・」

「・・・百理あるね。むしろそうであって欲しい」

お互いの顔を見合わせて、邪悪な笑みを浮かべる女子二人。

祐太郎はそこの部分に関しては聞こえなかったことにした。気づかなかったことにした。下手に首を突っ込んでどんなとばっちりがあるかもしれないのだ。

「・・・ところでそっちの方こそ大丈夫かい?山本氏」

「・・・っ!」

「?」

「だだだだ、大丈夫に決まってるじゃない!ピンピンしてますよ!じゃーねー、スタコラサッサー」

「・・・こっちは自分でスタコラサッサって言う人間を初めて見たよ」

自分で話をふっておきながらそれほど気にはしていなさそうなヤナギだったが、祐太郎は梢が一瞬見せた青い顔とあからさまな動揺した態度が気になっていた。



「白銀先輩!」

七茅しちがや

下校時。祐太郎は大波中学校卒業生であり魔法少女ナナメの協力者である白銀卓斗がジャージ姿で走っているのを見つけた。

「先輩、ランニングしてるんですか?いっつも?」

「ああ、学校の行き帰り1時間ずつくらいだがな」

「制服は・・・」

「学校に置きっぱなしだ。予備もあるしな」

「鍛えてるんですね!」

「必要だからな」

(僕が巻き込まなければ、先輩にまで危ないことさせることなかったのに・・・)

少し心が痛む祐太郎。

「あ・・・ごめんなさい、邪魔しちゃって」

「構わないさ。七芽とも久しぶりだったしな。ところで、七芽の母さんって――」

「え?お母さんがどうかしましたか?」

「いや、やっぱりいいんだ。それじゃあ、気をつけて帰るんだぞ」

「はい・・・先輩、やっぱり僕も一緒に走っていいですか?」

「え?ああ、いいんじゃないか」

卓斗は予想外という表情だったが祐太郎が気まぐれではなく真剣な様子なのを見て少し微笑んだ。

その薄くて左右対称な整った唇を見て、祐太郎はドキリとした。ナナメになった時にやむなく口づけをしてしまったことを思い出したのだ。しかも二度。

「ぼ、僕先に行きますね!先輩ここまで走って疲れてるでしょうし!」

卓斗の顔を見ていられなくて、祐太郎は走り出した。

「待て、自分にあったペース配分をしないと――」


「ぜい、ぜい・・・はあ、はあ・・・ひ、ひい・・・」

十数分後、祐太郎は息も絶え絶えになり、道端で四つん這いになっていた。

「大丈夫か七芽、自分で歩けないようなら運んでやるから」

隣に膝をついて覗き込む卓斗の予想外の顔の近さに、落ち着きかけていた祐太郎の心臓の鼓動が再び速くなる。

止まって欲しいのに次から次へと汗が湧いてきて、余計に焦る。

(ま、まさか先輩僕のことをお姫様抱っこ・・・)

今度はナナメになった時に、卓斗にお姫様抱っこされたことを思い出した。またあれをされてしまうのかと。しかも今度は男のままで。

(汗だくの身体を触られちゃうなんて恥ずかしいよお・・・)

「辛い時は意地を張っても仕方ないからな。おんぶが恥ずかしいとか言ってられないぞ」

「えっ!あっ、そうですよね(おんぶ!よく考えたら普通そうだよね・・・)」

結局卓斗は祐太郎の家まで送ってくれた。

祐太郎はおんぶを丁重に断って、落ち着いてから並んで歩いた。

「ありがとうございます!ぜひあがって、麦茶でも飲んでいってください!あ、お母さん洗濯物干してる」

「いや俺はランニングの続きがあるから!またな!」

「えっ、せんぱ――」

珍しく取り乱した様子で、卓斗は駆け足で退散してしまったのであった。

「もう見えなくなっちゃった・・・やっぱり邪魔しちゃったかな?」

「あらおかえりデコ太ちゃん、汗かいてるわね、麦茶飲む?」

「うん!」

祐太郎の気持ちはあっさり切り替わり、水分を求めて家の中へ駆け込んでいった。



2.勇者の証

翌日の放課後、山本梢が祐太郎の席の前まで来て神妙な面持ちで「相談がある」と告げた。

「学校じゃ邪魔が入るから、外で聞いてくれる?」

「うん、いいけど」

梢についていって10分くらい歩いただろうか、大きな公園をつながる道に桜並木とベンチがある。

散歩やジョギングにも人気のスポットだ。今は人気ひとけはないが。

その10分あまりの間だが、梢が振り回すのにちょうどいい枝を見つけたり、猫を見つけたと言ったりして急に走り出すので、その都度祐太郎も強制的に走らされくたくたになっていた。

「あ、ちょっと勇者の剣持ってて、麦茶あるから」

「勇者の剣?あ、これね・・・」

と言ってここまで持ってきた枝を祐太郎に手渡して、鞄の中から可愛らしい水筒入れに包まれたステンレスの魔法瓶を取り出し、カップになるふたに注いで、「勇者の剣」と引き換えに祐太郎に差し出した

「ありがとう・・・はぁ、はぁ、北海道といえ、すっかり暖かくなったし、桜の花も、散っちゃったね・・・はぁ、はぁ」

「だらしないなあ~、若者が~」

「少しは、体力、ついたつもり、だったんだけどね・・・はぁ、はぁ」

(あれ、こんなこと前にもあったなあ・・・)

「え?何かスポーツ始めたの?」

「あ!えっとぉ・・・学校の外で、ゲートボール部を~・・・それより!山本さんの方が体力無限説あるよね!」

「そんなわけ。あ、私も麦茶飲む!」

と言って梢はカップを受け取ると、自分でお茶を注いで一気に飲み干した。

「あ、ちょっ、(間接キッス・・・)」

「ん?間接ちゅーになっちゃった?ごめんね、ななめ君男子っぽくないから気にならなかったわー」

「余計ひどくない?山本さんは須賀さんが好きってわかってるからいーけど・・・・」

あははと笑いながら、梢は「勇者の剣」をフェンシングのように構えて、舞い落ちる葉っぱを切り付ける。

「勇者の剣ってレイピアだったんだ・・・山本さんって、フェンシングできるの?」

「テレビで見たことあるだけー」

なんだそれはと力が抜けてしまう祐太郎だったが、梢の剣の扱いは見様見真似にしてはなかなか様になっていて、ひらひらと不規則に落ちる葉っぱを幾度か捉えていた。

(山本さん運動神経いいからね・・・葉っぱの動きをうまく追えるのは動体視力もいいってことかな。現役テニス部だっけ)

「ごめんごめん、夢中になっちゃって。それで須賀ちゃんなんだけどね――」

一人遊びの世界から梢が戻ってきて、それからはしばらく二人でベンチに座り須賀トークに花を咲かせた。

「――それでね、須賀ちゃんと色んな所でお散歩できたらなーって」

「それって、友達同士でもできるんじゃない?皆でワイワイとか」

「そうだね・・・でも、理想は、二人きりで手を繋いでとか・・・あとは両手で、わしゃわしゃわしゃーってしてもらいたいかな。全力で私だけをかまってくれて、全身くすぐり倒されて、私もやめてー!とか、ぎゃははは!とか、全力でリアクションするの。そして、二人で疲れ果てて、並んで眠るの」

祐太郎は赤面した。本当に自分が聞いていていいものかという気になった。

「あとね・・・内緒だけど、正直言っちゃうと、須賀ちゃんには、色々命令してもらいたいの。その指示に私がはい!はい!って答えるの。色々技も仕込んでもらいたいの!お手、おかわり、おちん――」

「それ以上いけない!」

「あ、ごめん。ちょっと赤裸々に出し過ぎちゃったね。ななめ君も思春期の男の子なのにね。ごめんね」

「うん、大丈夫。そろそろ行こうか」

「そうだね!付き合ってもらってありがとね。あ、水筒しまうの忘れてた」

梢が一度は持ち上げた鞄を下ろして水筒に手を伸ばし、その間にバランスを崩した鞄がベンチの下に落ちてしまう。

「「あ。」」

二人同時に落下する鞄に手を伸ばしたがあえなく、地面に落ちた梢の鞄からは中身が半分くらい出て来てしまっていた。

その中に、何故か革製の首輪が入っていた。

「これはね!あの、何のためっていったら念のためっていうか、万が一須賀ちゃんが私に付けてくれるならって持ち歩いているだけで、お守りみたいなものよ!男子がコンドーム財布に入れてるみたいな?」

「そ、そうなの?」

「そうじゃないの?わかんないけど(笑)」

祐太郎は梢がそんなSMグッズめいたものを鞄に入れているのと同じくらい、自分と同じ年代の男子が避妊具を持ち歩いていることに衝撃を受けていた。

「えっと・・・、山本さんは中間テスト、大丈夫?」

祐太郎は思わず話題を逸らした。不自然だったが仕方がなかった。

「んー?勉強してるかってこと?」

「そう。僕、テスト前には3つの封印をするんだ。最初にゲームを封印、次は漫画を封印、最後にはテレビを見るのも封印するんだ」

「私はギリギリまで遊んじゃう~。でも大丈夫!私、やればできる梢『YDK』だから!」

「ずるいなあ、山本さんは勉強も運動もなんでもできるから・・・」

「なんでもはできないって!好きな子に告白する勇気すら持てないわけですし!」

「それは僕も同じだし・・・」

「ええっ!?ななめ君好きな人いたの?くわしくくわしく」

「なんでもない!だめ!だめです!今日はもう終わり!」

と逃げ出す祐太郎であったが足の速さの差ですぐに梢に捕まってしまうのだった。



3.風雲Qを告げる

武者小路博士からの緊急招集。到着したラボは慌ただしく、祐太郎はすぐに魔法少女ナナメに変身させられた。

女性職員が着替えを手伝ってくれて博士の待つ作戦指令室へ大急ぎで連れていかれる。隣には卓斗の姿もあった。

「準備はできたようだね。早速だが向かってもらうよ。場所は須賀栞君の自宅だ」

「何かあったんですか!?」

「わからない。だが大きな数値のMP反応が複数集まっているんだ。グレムリン型といい夜長姫といい、彼女にはやはりMIDを惹きつけるものがあるのかもしれないね。しかし困ったことに・・・反応の中には前回のフレイムマスター型を超えるものがある」

「!!」

それはナナメと卓斗の身体が緊張に強張るのに充分な言葉だった。

「夜長姫ほどではないがかなりの脅威になりうる。しかも住宅地の真ん中だ。迅速に、慎重に対処する必要があるよ。私たちも今までで最大限のバックアップを用意する。出動!」

「「はい!」」

「それじゃあナナメ、頼む」

「はい!コマンド・エボリューション!」

光に包まれてマスクド・ウォリアーに変身した卓斗が、名乗りを省略してバイクに跨り、先に出発する。不満そうな表情の博士はこの際見なかったことにした。

続いてナナメは、三本木隊員の運転する車で出発する。MPを温存するためである。

「いつもお世話になります!」

「こちらこそ!」

須賀栞の自宅には10分足らずで着くが、無線で「現場上空に大きな生物の影が――」などと聞こえてくるので気が気ではない。そして現場到着の直前、

「おかしい・・・そんな馬鹿な――」

そんな博士の声が聞こえたような気がした。ナナメは車を降りるや否や、辺りを見回して、

「コマンド・ブラックキャット!」

人目につかないようステルス猫耳モードに変身した。そして先に到着していた卓斗の元に駆け寄る。

「せ・・・白銀さん!MIDは!?」

「それが・・・基地ではあんなに反応があったし、途中で大きな影も目視したはずなのに、見当たらないんだ」

「ええっ?隠れちゃったとか・・・小さい姿に変身したとか・・・?」

〈それが、こちらのMP感知レーダーでも突然消えてしまったんだ。すまないが直接哨戒してくれるかい?〉

事態が全く分からなかったが、ビル丸ごと隠してしまう魔法もあったのだしと、栞の家近辺をぐるりと警戒しながら見回ることにした。

三本木隊員が持つハンディタイプのMP探知機、そしてナナメのコマンド・センスを併用して卓斗がその護衛に徹する。

(須賀さん・・・こんな立派なおうちに住んでるのかあ・・・)

ナナメは周囲を探りながらも、気になる同級生の自宅に接近しているという事実になんだかドキドキしてしまう。卓斗は真面目に辺りを警戒している。

しかし、何も見つからないまま栞宅のブロックを一周してしまった。

〈おかしいね・・・しかし反応はひとつは残っているし・・・〉

「ななめ君!?」

脱力していたところを背後から声をかけられて、ナナメはビクっと飛び上がる。そこには意外な人物。

「ななめ君だよね?でもなんだか女の子みたいだね。魔法でも使いそーな恰好(笑)そしてスーパーヒーローみたいなお連れさん」

「山本さん!?なんでこんなところにこんな時間に?」

「それはお互い様だよねー。すごい気合の入ったコスプレ集団なのかなーって。あはは」

「いやそれはね、ていうか僕バレちゃってる!?」

「ナナメ・・・おい!ナナメ!」

山本がにこやかに、ある意味この状況で不自然なくらいにこやかに話している間、卓斗は警戒を解かず、ナナメを背に庇ったままの位置を崩さなかった。

「白銀さん!山本さんは――」

クラスメイトだという言葉を危うく飲み込んだナナメ。卓斗にはななめがナナメだとはまだばれていないのだ。そんなことに意識が向かないほど、卓斗は目の前の女子中学生の動向に集中している。

「山本さんはお友達です、だいじょ――」

「しっかりしろナナメ!戦闘態勢だ!彼女に君が見えていることが答えなんだ!!」

「・・・やっぱそうなっちゃうよねー。顔見知りだからってついつい油断しちゃったよ。ななめ君だからかなー。気が抜けちゃったんだよね」

そう、山本梢は、魔法でステルスモードのナナメの正体を見破ってしまったのだ。そして現場に唯一残るMP反応・・・

戦闘開始ゴング!」

梢が叫ぶとその周囲にスモークがたちこめる。

「D・D・K(出会いがしらドロップキック)!」

スモークが晴れると自らの身体をミサイルのように飛ばした梢の蹴りが、防御態勢をとっていた卓斗の身体をあっさりと吹き飛ばした。

梢は反動を使って宙返りし、片手、片足、もう片方の足の膝とつま先を使って鮮やかな着地を見せた。いわゆるスーパーヒーロー着地である。

そしてその姿は、目の周りを覆う光沢のあるマスク、派手なカラーリングのレオタードに白いハイカットブーツ、まるでプロレスラーの装いである。そしていつの間にかポニーテールが大きくボリューミーになっている。

「私の魔法は『Y・D・K(山本・デンジャラス・梢)』!肉体を強化させてプロレススタイルの戦闘術を使うよ!」

梢は堂々と戦闘の意思を示すがナナメは気持ちを切り替えられずにいた。

「なんで僕たちが戦わなきゃならないの!」

「私たちのことを、MIDって勝手に名付けて、狩っている人たちがいるって聞いたよ!まさか、ななめ君がその一味だったとはね!」

「コマンド・シールド!狩ってるなんて・・・悪いことするMIDは、捕まえたり、退治しなくちゃいけなくって・・・」

ナナメは、魔法の杖を中心に半透明な防護膜を張って、距離をとり、梢の驚異的な近接戦闘能力を封じようとした。

「やっぱりそうくるよね!Y・K・K(止まない凶器攻撃)!」

梢は魔法でパイプ椅子を作り出し、フリスビーでも放るように次々と投げつけてくる。その衝撃力はナナメのシールドを震撼させ、ついには破られてしまいそうになる。

「すまないナナメ!」

そこに吹き飛ばされて一瞬意識を失っていた卓斗が戻ってきて、魔法のパイプ椅子を蹴り落とす。

「どうした、応戦しないのか!」

「でも・・・相手は山本さん・・・人間です!」

「この魔法!あれはMIDなんじゃないのか!?」

〈間違いないね。MP反応は彼女のものだ。さっきまで小さくなっていたが変身とともにかなり大きな反応になった。どうやら魔法で反応を操作できるようだ〉

「どれだけの危険度かまだ分からないということか・・・」

「山本さん!こんなことしてる場合じゃないんだよ!須賀さんが危ないかもしれないんだ!」

「あー・・・そっか、それはもう大丈夫」

「え?」

「H・S・D・G(必・殺・毒・霧)!」

急に会話のトーンが変わったと思いきや不意に梢が口から緑色の霧を吹き、ナナメと卓斗をすっかり視界を奪われてしまった。

「ナナメ吸い込むな!」

卓斗がナナメを抱きかかえて霧から飛び出すが、そこには梢の姿は無くなっていた。

「MP反応・・・消失しました!・・・この霧も無毒です」

戦闘が始まってから近くで隠れ、機器を使って観測を続けていた三本木隊員が告げる。どこを見渡しても梢の姿は見えない。二人は狐につままれたような気がして力が抜けた。

〈とりあえず危機は去ったようだ。警戒を解かずに撤収してくれたまえ!〉



4.犬と桜

「今日は山本が欠席だな」

翌日。担任の石巻教諭の言葉に祐太郎は肩を落とした。もしかしたら、何事もなかったかのように、学校で再開して普通に話せるのではと思っていたからだ。

(山本さん・・・MIDだってバレちゃったから、もう学校には来ないのかな・・・ううん、僕には山本さんがMIDだなんて信じられないよ!そうだ・・・)

祐太郎にはある思いつきがあった。

「ヤナギさん、ヤナギさんは山本さんの事知ってたんじゃないの?」

「・・・そうだね。君達の本拠地で話をしようか」

その日、祐太郎はいてもたってもいられず、授業などまるで頭に入らなかった。給食の味もわからなかったし、掃除をしている間も心そこに在らずであった。

放課後になるや、ヤナギと学校を飛び出す。気が急いて思わず早歩きになるが、ヤナギを置いてきぼりにしてしまう。

「・・・この姿の時はただのインドア少女なんだから、もっと気遣ってくれよ・・・」

「ご、ごめんね」

そんな二人の目の前に、一台のステーションワゴンが停まった。

「ラボまでお連れします」

『魔特』の三本木隊員であった。祐太郎が博士に連絡を入れたので迎えに来てくれたのだ。

車という密室のおかげで、周りに気にせず、道すがら梢の話を聞くことができる。

「ねえっ!山本さんは悪いMIDなんかじゃないよね!?」

「・・・七芽氏、圧が強い・・・山本氏は、少なくとも須賀氏の味方だよ。わかるだろ?」

「えっ、じゃあやっぱり・・・」

「そう、須賀氏に迫る危険を、一人で退けたんだよ。昨日突如として開いた複数の『ホール』、そこから出てきた強力な来訪者達は、夜長姫のマーキングがついている須賀氏に向かって行った。それを同じ来訪者である山本氏が撃退した。これはそっちの言うところのビジターってことじゃないのかい」

「ホール・・・マーキング?」

「・・・そこはわからなくてもいいよ。ただ、山本氏の方も・・・あとは、本人に聞いた方がいいね」

祐太郎にはヤナギの話の内容は全ては理解できなかったが、山本が敵ではないとわかってほっと胸をなでおろした。



「だから二人きりで山本梢の自宅へ行かせろっていうのかい!承服いたしかねるねえ!」

武者小路邸。開口一番、博士に要求は断られてしまった。

「・・・山本梢は敵性MIDじゃない。七芽氏には友人として彼女の最後の言葉を聞く権利がある。山本氏の家を監視しているんなら徐々に彼女の理素反応が弱くなっているのには気づいているんだろう」

「え・・・最後ってどういう・・・」

「むう・・・」

「・・・それにそっちには貸しがあったはずだよ。いざとなればこっちがついているし・・・『変身ザムザ』!」

ヤナギが力のこめられた呪文を口にすると、身体がぐにゃぐにゃと変形し、金髪碧眼の鬼へと変態した。背筋も伸び体躯も立派になっている。

「これが半理素体のヤナギ君の姿かい!確かに強いプレッシャーを感じるねえ」

祐太郎は目の前でヤナギが変形したものだから驚いて尻もちをついてしまっていたが、我に返り博士に縋りついた。

「博士!お願いします!山本さんとはちゃんと話せてないし、こんな別れ方なんて嫌です!」

「わかった、わかったよ。今の僕たちにはヤナギ君を止める力も無いしね」

博士は降参と言わんばかりに両手を挙げてかぶりを振った。

「七芽氏は変身しなくていいから、急ごう。あ、運転手君送ってくれる?」



十数分後、再び三本木隊員の運転する車で、祐太郎とヤナギ(半理素体)は山本梢の住むアパートに着いた。

周囲には距離を置いて、『魔特』の隊員が監視を続けていた。

報告中の監視と三本木を置いて、二人は低い金属音の響く外階段を上り、梢の部屋の呼び鈴を鳴らした。

「ヤナギと七芽氏だ!山本氏、部屋に入れてくれ!」

間髪入れずにヤナギが部屋の中に向かって声をかける。

「・・・開いてるよ、入ってきてもらえる?」

意外にもあっさりと、入室の許可が出たので祐太郎は肩透かしを食らったような気がした。

(なんだ、もしかして深刻に考え過ぎてただけなのかな?)

しかし足を踏み入れた途端、祐太郎は部屋中に伸びた植物のようなものに絶句した。床、壁、天井にいたるまでびっしりと木の根や枝のようなものが伸びている。

玄関に向かって伸びてきているように見えるのでその大元は当然部屋の奥だろうと推測される。

「なにこれ!山本さん大丈夫!?」

慌てて靴を脱いで、枝に足をとられながら、無作法を心の中で詫びながら部屋の奥に進む。

「山本さん・・・」

「やあ山本氏、元気かい」

「うーん、あとちょっとみたい」

ベッドの上に状態を起こした梢は痩せこけて、掛け布団の下からは無数の木の枝がひときわ密集して生えていた。

「なんで!?山本さん!僕たちと闘ったから?」

「違う、違うのななめ君、仕方がないの・・・」

「でも・・・」

「じゃあ、私のことを始めから話すから、聞いてくれる?ヤナギちゃんはそのためにななめ君を連れて来てくれたんでしょう?」

「そうだよ。君の口から、話してあげて欲しい」

「ありがとう。私はね、多分、昨日須賀ちゃんを襲おうとしてたやつらと同じところから来たの・・・この世界に来た時どんな姿かたちだったか、もうよく思い出せないけど・・・」

そう言って山本梢は、自分の正体について語り出した。

「ただはっきりとしているのは、この世界の理素があまりにも薄くて、そのままでは生きていけなかったってこと。

私たちは、この世界の生き物に擬態して、新しい環境に適応する必要があった。なけなしの理素を絞り出して使った魔法で、私は、たまたま出会った大型犬に擬態したの。

慣れない身体で消耗した私はやがて力尽きて、運よく人間に発見されて、保護犬になった。

私たちは、他の生き物に擬態して、命を長らえる種族だった。でも借り物の姿は、長くはもたない。本来の寿命の何分かの一の時間で、身体が崩壊してしまう。そうして崩壊してしまう前に、そばにいる生物にまた擬態して生きていくの」

祐太郎にはにわかに信じられなかったが、梢が嘘を言っているようには見えなかった。

欲見ると梢の身体にはところどころ亀裂が入っていて、今にも崩れそうなのだ。

「そこで初めて須賀ちゃんに出会ったんだ。子供の頃の。『おっきなゴールデンレトリバーが欲しい!』って保護犬の施設に見に来てて。私と目が合った途端『この子が好きだ』『この子と家族になる』って言ってくれた。

でも保護犬を引き取るには色々と条件がある。身分が証明できることは勿論、家族構成や住居。散歩がどれくらいしてやれるのかとか。当時の彼女の家や両親の仕事では、それが全てクリアできなかった。

でも彼女頑固だから、わんわん泣いて私から離れなくて。なんかごめんねって気持ちで見つめてたら彼女も『ごめんね。いつか迎えに来るから』って言ってくれた。

私はいつまでも待っていたかったけど意外と早く寿命が来ちゃって、気が付いたら人間になってた。

人間の子供が一人でどうやって生きて行こうかと思ったけど、『アイツ』が力になってくれた。人間に擬態した『来訪者』や、人間型の『来訪者』を助けてるって言ってた。

私は一人暮らしを始めて、学校にも通い、そこで須賀ちゃんに再会した。すぐにでも押し倒して舐めまわしたかったけど、須賀ちゃんのおうちには既に新しい犬がいて、そもそも私はもうゴールデンレトリバーじゃなかった。

須賀ちゃんの親が転勤族だったけど仕事を変えて、広いおうちを買って、私を迎えに来てくれたけどそれは間に合わなかったんだ。

悔しかったさ・・・でも、人間になった以上は同じ言葉で話せるし机を並べて勉強もできるし、もしかしたらフリスビーを投げてくれたり顔を舐めまわしても怒られなかったりするような友達になれるかもしれない。

可能性はゼロじゃない。そう思えば毎日がバラ色で輝いて楽しくってしょうがなかった。須賀ちゃんの顔を見ただけで何度おしっこを漏らしそうになったかわからない。

楽しかった。幸せだった。でも、この身体にも限界が近づいてた・・・まさかの次は植物でしたー、なんて」

祐太郎は慌てて自分が枝を踏んでいないか足元を確認した。

「大丈夫、そっちに痛覚は無いから。

でも良かった、最後に須賀ちゃんを窮地から救うことができて」

「誰にも知られずご苦労だったね。こっちは間に合わなくて申し訳なかったよ」

「私のアンテナは須賀ちゃんに全振りだったからね。助けを呼ぶ暇も無かったし。

しかもテンパって誤解してななめ君と闘っちゃったしねー」

「MIDや僕たちと闘ったせいで身体が崩壊しちゃったんじゃ・・・」

「それは違うよ。既に限界だったの」

「・・・最後にこっちがしてあげられることはあるかい?」

「最後に・・・ね。連れて行って欲しいところがあるんだ」

祐太郎は二人が『最後』という言葉を使った途端、涙を抑えきれなくなった。

「ねえ、なんとかならないの?ヤナギさんのすごい魔法で治せない?

博士に調べてもらえばなんとかなるかも!わからないけど!

ほら、このMPアロマオイル『ラベンダー』でひび割れもくっつくかも・・・保湿もしてくれるし、鎮痛効果もあるんだよ!」

涙と鼻水を流しながら、祐太郎はみっともなく取り乱し、ヤナギの腕に縋って揺さぶる。

ヤナギは無言でティッシュを差し出し、梢は困ったように微笑むばかりだった。

「ありがとう・・・でももう限界なの・・・」

「うう・・・ううう~~・・・」

「七芽氏・・・」

「ありがとう。ありがとうねななめ君。ヤナギちゃんも気遣ってくれて・・・」

祐太郎がひとしきり泣き止んだあと、夜が更けるまで三人はおしゃべりをした。



『魔特』にお願いをして目的地の人払いや交通規制をしてもらい、三人は動き出した。

まず植物へと変化しつつある梢の下半身を、部屋から引き剝がす必要があった。

ヤナギと三本木隊員が協力して梢の本来の足があった長さよりも長めに梢を切り取った。

「ふぐぅ・・・っ!!」

「身体から離れた枝に痛覚は無い」とは言ったが、身体と一体化している組織を傷つけるのは負担がかかるようだった。

普通だったらタオルなどを噛んで苦痛を耐えるところを、なぜか梢は犬用の骨型おやつを噛みしめて耐えていた。正体をバラしてからはなりふり構わないようであった。

祐太郎は梢の手を握りながら、ずいぶんと青白くなってしまった顔を見守ることしかできなかった。

ようやくベッドから梢の身体を引きはがす頃には、梢の身体は脂汗でびっしょりになっていた。祐太郎は梢の背からベッドに伸びたツルを、なるべく痛くないようにとそっと引き抜いた。

そうして、ヤナギが抱きかかえて梢を運び、三本木の運転する車で桜並木へと向かった。

祐太郎と梢で行ったあの桜並木である。

時間も時間なのでひっそりとして、人払いもきいている。

花は既に散っているので少し寂しい桜並木。

その桜並木のちょうど真ん中あたり、ひときわ立派な桜の木の根元に、梢をもたれかけさせた。

「山本さん・・・ごめんね、僕何もできなくて・・・」

「そんなことはないよ、あのままだったら部屋で動けないまままさに植物人間!都市伝説になっちゃうとこだったよ。

本当にありがとう。ぶっとばしちゃったヒーローさんには謝っておいて。

人間同士では愛されなかったけど、せめて、須賀ちゃんの好きな桜になって、愛されたいな。

二人ともいつでも遊びに来てね。毎年きれいな、花を咲かせるから。

あと、アイツには気をつけて。アイツは人間が魔法を使うことを――」

「山本さん!」

「山本氏・・・」

梢の身体は淡く光り、やがて地に溶けていった。

そして地面が隆起したかと思うと一本の木が生え、早回しの映像を見ているようなスピードでむくむくと成長し、やがて隣の立派な木と同じ高さにまでなった。高さだけでなく、枝ぶりや葉の量、全てが同じであった。

後に、「双子桜」「夫婦桜」などと呼ばれていっそう町の人に愛されるスポットとなるのだった。




祐太郎が武者小路邸に戻り、博士に報告を済ませて自宅に帰る頃には、既に夜が白みかけていた。

三本木隊員が運転する車を見送り、家に入ろうとした時、急に大型犬に引っ張られた須賀栞が現れた。

「あれ、ななめ君?ここななめ君のおうち?」

「うん、こんな時間にお散歩?」

「そうなの、いつもこんなこと無いんだけど、どうしても散歩に行きたがっちゃって」

「もし良かったら・・・一緒に行ってもいい?」

「うん。でもななめ君こそこんな時間に大丈夫?心細かったから嬉しいけど・・・」

「うん!ちょうど、ウォーキングかジョギングしようと思ってたから!」

そうして二人は深夜と早朝の狭間の散歩を始めた。栞の愛犬「ピロ」の気分次第で、時には小走りになりながら。

「いつもはどこまで行くの?」

「うん、いつもは公園に行って、川沿い走って帰ってくるかな。今日はそこまでは行かないつもりだけど」

その時、祐太郎はピロにじっと見つめられていることに気が付いた。

「!・・・それじゃあさ」



「なにこれ、凄い!ここだけ満開!」

「うわあ・・・」

二人と一頭は、公園に続く桜並木に来ていた。祐太郎がこのコースを提案したのだ。梢の桜の木のところまで、栞を連れてきたくて。

それは、見る人によっては異常現象とも奇跡ともとれたかもしれない。

他の木が既に花を散らせた後なのに、一本だけが、満開で咲き誇っている。

まだ闇が残る空の下、ざあざあと枝を揺らして花びらを舞わせる梢の桜。その幻想的な光景に二人は見とれていた。

「あれ、ななめ君泣いてるの?」

「違うよ!これは花びらが目に入って・・・須賀さんこそ涙出てるよ?」

「うん・・・キレイすぎて、素敵すぎて・・・不思議だね。ありがとう、ピロとななめ君のおかげだね」

そう言って栞は満開の花をつけた桜の幹に抱き着いた。

ひときわ高く、花びらが舞い上がったようだった。





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