第六話 ヒロインズ・カムバック 後編
5話をはさんで4話の続きです。
ようやくヒロインがががが
第六話 ヒロインズ・カムバック 後編
目次
1.ナナメは決意で満たされた
2.ロンリロンリー単独調査
3.ナナメとヌルヌル
4.異様との邂逅
登場人物紹介
七芽祐太郎(14) 魔法少女にされてしまうオデコ少年。
白銀卓斗(16) 祐太郎の先輩。眼鏡男子。
須賀栞(14) 祐太郎が気になっていたクラスメイト。中学生にしてはおっぱいが大きい。
武者小路秋継(30?) 祐太郎を魔法少女にした元凶。変態紳士。
前々回のあらすじ
怪しげな科学の力で魔法少女にされてしまった少年七芽祐太郎は魔法少女ナナメとして、魔法でしか対処できないMIDという脅威と戦っている。
連続男子失神事件の容疑者である須賀栞を追跡するが、ナナメの魔法は協力者の白銀卓斗を誤って攻撃してしまい、栞には逃げられてしまったのであった。
1.ナナメは決意で満たされた
「ナナメ君、そう落ち込むものじゃないよ。相手が認識を操作する魔法を使ってくるなんて想定外だったんだからね」
ナナメと卓斗は、武者小路邸にある魔特の本部基地へと撤収してきていた。
卓斗は自分で立ち上がることもできなかったので、魔特の三本木隊員に手伝ってもらった。須賀栞によって気絶させられた塾講師の森も、魔特の医療室に運び込まれていた。
「コマンド・アブソープを思いっきり浴びてしまったからね。通常の人間の体内のわずかなMPと、体力を根こそぎ奪われたようだが、彼も若いし、念のため処置もしてもら――」
そこでナナメはまずいことに気が付いた。
「それってお母さんのオイルマッサージですか!?」
「まったく羨ましいことだよ。勿論ビデオ撮影はさせてもらっているが本来なら私が受けたいとこ――」
「ちょっと待ったああああああ!!」
ナナメは駆けだしていた。かつて自分が受けた性的すぎるMP快復マッサージを思い出して。しかも臨時職員の母真実那から施術されるという羞恥と屈辱つきだった。あんなことを卓斗にさせるなんて絶対に駄目だ。
MPとは魔法の発現に必要な粒子で、人の体内にも少量存在している。魔法少女であるナナメの身体には、その何百倍何千倍ものMP粒子が流れているのだ。
無駄に広い武者小路邸内のラボまで、ツインテールとフリルを翻して全力で駆け巡るピンク色の魔法少女だったが。
「なんてことだ・・・
間に合わなかった・・・」
「あら、ナナメちゃん、今卓斗君の施術が終わったところよ。あなたもMP流していく?」
施術室には、頬を上気させ、いい仕事した感の充実した母真実那と、脱力し顔を覆い隠した半裸の白銀卓斗の姿。
下半身にはタオルがかけられているが恐らくナナメが体験したように施術用の紙パンツだけにされているのだろう。
一応ナナメの正体は卓斗に隠しているという話は通っているので、ナナメに対して意味ありげにウインクをしてきた。「(マッサージは)いらないです・・・」
(MP配合アロマオイルのいい香り・・・と、ちょっとだけ白銀先輩の汗の匂いが混ざってる・・・)
なんだか少しだけドキドキしてしまうナナメ。
「ナナメ、すまない・・・少しひとりにしてくれないか・・・」
やはり、リンパ節などを執拗に刺激するMP快復マッサージは、青少年にとって刺激が強すぎたようであった。
(ああ・・・先輩・・・本当にごめんなさい)
「なぜここに・・・七芽の母さんが・・・」
卓斗はぶつぶつと呆けたように呟いている。
(本当に本当にごめんなさい!親子でご迷惑を!)
「勝手に施術室に乗り込むなんてひどいじゃないか。私も混ぜてくれないか」
そこで追いついてきた武者小路を、無理やり押し出すナナメ。
「今は駄目です!凄く敏感になってるから・・・」
「なんかいやらしい言い方だね!もう一回言ってくれないか!」
「博士・・・」
「そうだ、白銀君が須賀君に仕掛けた発信機の行き先が判明したよ」
「先輩、いつの間に!僕、追いますね」
卓斗は栞の肩に触れた時に服に小型発信機を仕込んでいたのである。
「こちらとしては相手の戦力をもっと分析したいところだが・・・」
「須賀さんって操られている可能性が高いんですよね!
姿かたちや声もしぐさも、いつもの須賀さんだったし、僕はずっと前から須賀さんのことを知ってます。
真面目で優しくて頭が良くて恋をして・・・、普通の女の子です」
「恋をするMIDもいるのかもしれないよ。もしくはそう擬態できるのかもしれない」
「事件が起きたのは最近になってからじゃないですか!須賀さんはMIDなんかじゃありません!一番心配なのは今の須賀さんです!それに・・・」
(白銀先輩にマッサージは二度と受けさせられない!)
2.ロンリロンリー単独調査
装備を整えたナナメは、三本木隊員の運転する車両で栞につけられた発信機の信号の位置へと向かっていた。
〈その先の右手のビルだ。流石に表通りは目立つから、中通りから侵入してくれたまえ〉
「はいっ!」「かしこまりました」
しかしナナメには、車の窓からはよくわからなかった。窓越しでよく見えなかったのかもしれない。そう思ったが違うようだった。
地図上ではここだとわかるのだが。車が回り込み、中通りに入る。だが地図の場所にはたどり着けない。気が付くと地図上の目的地を通り過ぎている。
「あれ?」「む、おかしいな・・・」
〈これは既に魔法にかかっているのかもしれないな・・・ナナメ君、車を降りて魔法を使って調べてくれるかい?〉
「わかりました」
ナナメは人通りの無いことを確認して、車を降りた。確かに歩いても違和感がある。
ビルとビルの間に空間があるはずなのにそれを認識できないのだ。ちょうどビルひとつ分くらいの認識のポケットがあって、見えないのだ。
ナナメは途中で折れ曲がった魔法の杖を振り、杖を回して虚空に円を描き、また杖を回して意識を集中させる。
「コマンド・センス!・・・見えた・・・」
ナナメは驚愕した。
(ビルひとつ丸ごと隠してしまう魔法があるなんて・・・)
「すまない、自分にはまだ見えない」
三本木隊員が車を降りてサングラスを外し、目を凝らすがまだ認識できないようだ。
「僕一人で行きます!」
〈わかった。が、くれぐれも用心してくれ。ビルの周囲や構造、脱出経路を確認してから突入すること。そこはすでにMIDの領域だ〉
「せめて裏口から入ったほうがいいかな・・・」
ビルの周りをぐるっと一周しようと、細い道を歩いていると向かいから歩いてくる者があった。
(どうしよう、僕魔法少女の恰好だけど!)
困惑するナナメだあったが人影はどんどん近づいてくる。
(あれ、外国の方かな・・・?)
自分より背の高い細身の女性。ニット帽とショートパンツ。帽子の下は恐らく金髪。
自分のピンクのフリフリなコスプレが恥ずかしい。魔法の杖も幅をとるし、邪魔にならないようにすれ違わなければ。
近くに寄れば、夜の闇のなかでも白い肌と瞳の淡い色の虹彩が際立つ。
「あわわわっ!」
すれ違う際に小さくなろうと頑張りすぎて、杖を壁にぶつけて取り落としそうになってしまう。
「おっと、大丈夫かい、デコスケちゃん」
「はわわわ、すみません・・・」
「構わないよ」
「・・・」
「・・・?」
「・・・!」
「・・・」
「違うよね、まさか、でも!柳井さん!?」
「・・・失敗したねえ・・・どうしてわかった?どうしてそう思った?」
「うーん、目の下のほくろと・・・なんとなく?あと、デコスケって呼んだでしょう」
「恐れ入ったね・・・そっちには本質を見抜く目があるようだね」
「本当に柳井さんなの!?ああああでも僕も今女の子・・・」
「まあそれもわかるよ。ただのコスプレではないことはね。だがそっちのリソーの流れが大きくなってるとはいえあまりにも似ていたからね」
「???」
「理素っていうのは魔法の元になるもので、生き物とか自然物とかに含まれているんだよね」
「MPのことかな?あ!もしかして柳井さんがMID!?」
ここまで駄弁っておきながら最悪の事態が頭をよぎる。瞬時にナナメの背中に嫌な汗が流れ落ちる。
「こっちは今回の黒幕ではないよ。それにね。人間達はこっち達をビジターなどと呼んでいるが人間こそがこの世界にとっては新入りなんだよ」
魔特では、人類に無害な魔法生物のことは、MIDと区別してビジターと呼んでいた。
そして柳井は語った。自分は人間ではないと。
古来より魔法生物は地球に生息していた。中には動植物のような肉体を持たないものもいる。
人と同化し人間社会で暮らすことを決めたものもいる。魔法の力を失って完全に同化しきったものもいる。
ヤナギはそんな魔法生物の古代種と人間の間に生まれたハーフである。
かつて「鬼」や「モノノケ」「妖怪」などと呼ばれていたものは彼ら古代種やその子孫のことである。
ヤナギが魔法力、身体能力をいかんなく発揮するためにはこの「半リソー体」になる必要がある。姿かたちが変わり、角も生えている。「ツノ生えてるの!?」「見るかい?」「いいです!」
「こっちの臨戦態勢モードってわけだね。今回あまりにも派手に魔法で事件を起こしている輩がいるから、こっち達に被害がかかる前にどうにかしなきゃと思ってね」
「ええええ~なんかすごい情報量で感情がついてこれないよお」
「そっちも、魔法を使うためにそんな『変身』をしているんだろう、同じじゃないか。目的も同じなんだろ?」
「でもでも柳井さん見た目もキャラも違いすぎだよう・・・」
「確かにそっちはキャラは変わらないね、デコスケ君」
「もう~~~」
〈ご歓談のところ悪いけどね!〉
そこで博士の通信が割って入る。
〈話は聞かせてもらったよ!目的が今回の事件の収束で一致しているなら、この魔法少女ナナメ君に、協力してもらえないかな?魔法使いの先人が一緒となれば心強い!本当はその体を検査実験させていただきたいところだがね!〉
「人間のモルモットになるのはゴメンだが、今回は協力しよう。ナナメちゃんの為にね」
〈うむ。偉大なる先人に敬意を示そう。よろしくお願いするよ!〉
――人間とビジターのハーフの、ヤナギが仲間に加わった。
3.ナナメとヌルヌル
「ここが悪いMIDのハウスだね」
二人は改めて、ビルの裏口から侵入することにした。ナナメは栞を追跡してきた経緯を説明し、もう一つ魔法を使用した。
「コマンド・マナー!」
コマンド・マナーは、自分から出る音や声を最小化し、触れた相手に振動を使って念話を可能とする。が、ヤナギは魔法で念話できるとのことだった。
〈さすが歴史あるビジターの魔法!素晴らしいね〉
「そっち達の科学と融合した魔法も興味深いよ」
「さすがにエレベーター使ったら見つかっちゃうよね・・・」
「仕方がない。階段で慎重に進もうか・・・そうか、このビル漫画喫茶が入ってたビルだね」
「柳井さんよく知ってるね」
「札幌行った時とかよく満喫に泊まったからねえ。ホテルより安いし読み切れないほどの漫画も飲み物もパソコンもネットもあって天国だろう?」
「確かに・・・」
(こうやって話してると確かに柳井さんなんだよなあ、見た目が変わりすぎてるけど)
「ちょっと待った。あっちは、須賀氏じゃないか?」
階段を登りきる直前で身を潜める。エレベーターホールの床に、座り込んだ栞の姿があった。
すぐに飛び出そうとするナナメを、ヤナギが制止する。
「まだ操られている可能性が高いんだろ?親玉のところまで案内してもらって不意を突こう」
「でもなんか苦しそうにしているよ?」
「理素の高まりを感じる。ちょっと待つんだ」
「はあっ、はあっ、んぐううううっ――!」
栞は呼吸も乱れ、声を押し殺しきれずに喘いでいる。
「ああああああああっ!!」
ひと際高い声をあげ、うずくまった後、栞はスカートの下から卵のようなものを取り出した。下着をはき直すと、その卵を大事そうに抱えてエレベーターに乗って上がっていった。
ナナメは見てはいけないものを見てしまったような気持がした。
「なるほど、これが親玉の魔法か。人間のエネルギーを集めさせて、卵に凝縮させて、おいしくいただくつもりだな。
・・・こだわりが強く、魔法の規模も大きい。やっかいだな・・・む、どうしたね」
冷静に分析するヤナギだったが、ひたすら赤面するナナメに気が付いた。
「なるほど、わかるよ、ナナメちゃん。気になっているんだろう」
「えっ」
「あの卵が須賀氏のどちらの穴から出てきたかってことをさ!!」
「ちっがーう!博士みたいなこと言わないで!」
「ごめんごめん。だがあの魔法、こっちにもできるかもしれない。ちょっと待ってくれないか」
「えっ、えっ、やだ、そんな目の前で困るよう!」
やおら立ち上がるヤナギに焦るナナメ。一日に二回も同級生の産卵シーンを目撃してしまうなんて性癖が歪んでしまうかもしれない。
「う・・・く・・・っ、はあっ、はあっ、お・・・」
「え?」
「おろろろろっろろっろろろろろrrrrrrr」
「口からー!?」
かくしてヤナギの魔法の力のこもった生みたてホヤホヤの卵を手に入れた!
「そっちにあげよう」
(ええーー!?すごいヌルヌルしてそう・・・)
ヤナギはハンカチにくるんでそれをナナメに渡す。断り切れずにポシェットにしまうナナメ。
(な・・・生温かい!)
そしてナナメは栞が何階に上がったのか確認しようとエレベーターの前に立った。
途端。
床が発光したかと思うと大量の粘液が染み出して二人を捉えようと迫ってくる。
「トラップだ!避けろ!」
ヤナギ自身は身軽にかわしたが、ナナメは触手のように伸びてきた粘液に足を絡めとられてしまう。
「またヌルヌルが!」
〈また!?どうしたんだ、ナナメ君!〉
「スライムみたいなのが出てきて、ふりほどけません!あわわわわ」
みるみるうちに魔法で生み出された緑色の粘液が、両手首足首を固定して振りほどけない。やがて蔦が早回しで成長するようにナナメの内腿を、二の腕を這いまわり身体全体を覆わんとする。
「乞おう・・・炎・・・呼応・・・」
「なに・・・を・・・?」
ヤナギが静かに囁くと、周囲の空気が変質していく。
〈これは・・・正式な詠唱か。魔法の威力精度を爆発的に上げられるという〉
「問おう・・・SORROW・・・HOLLOW・・・」
フロアの壁やドアが、カタカタと音を立てて震えだす。
「もが!ぐぅ・・・」
粘液はもがくナナメの顔まで達し、呼吸を止めようとしてくる。
〈頼む!急いでくれ!ナナメ君のバイタルが!〉
「呼ぼう・・・鼓動・・・ホモォ・・・」
「!?」
〈!?〉
「ホモォ・・・ホモォ・・・ホモォ・・・」
「ゴボババババババ(ええええっ!?)」
「ハイ・プレッシャー!」
ヤナギの放った空気の塊がナナメにまとわりついた粘液を爆発四散させ、吹き飛ばした!
ヤナギのかぶっていた帽子も吹き飛んで、輝く金の髪と額にある淡く光る突起があらわになった。
倒れこむナナメの身体をヤナギが抱きとめる。
「ゴホッ!ありが――ゴホッ!」
「無理にしゃべらない。まずは呼吸を整えて。
でかい魔法を使ってしまったからこちらの存在はバレてしまっただろうね。堂々と向かおうか・・・漫画喫茶フロアに」
「ごめんね、僕の為に・・・」
ようやく息を整え、すまなそうにするナナメ。
「一人なら罠にかかっていたのはこっちの方だったかもしれないよ。それに、友達を助けるのは当たり前だろう?」
「うん、ありがとう。行こう!須賀さんのところへ!」
4.異様との邂逅
二人がエレベーターで上がると、漫画喫茶フロアには照明が点き、BGMさえ流れていた。
「これは・・・相手もこっち側なのかな?」
ただ、部屋の中央ではいくつかのパーテーションが取り払われて、広い空間に本が大量に積まれていた。リクライニングシートに、さながら玉座のように鎮座したMIDと思われる生き物が、言葉を発した。
「妾は夜長」
「しゃ、しゃべった・・・姿も、人間っぽい・・・」
ナナメは困惑した。今回のMIDが高い知性と高度な魔法を備えていることは感づいてはいたが、人間のような姿をしているとは思わなかった。
人型の相手と戦わなくてはいけない事態など、考えたくはなかったのかもしれない。だから、あえて、考えないようにしていたのかもしれない。
「落ち着いて。こっちだって人間の姿をしているだろう?」
確かに。ビジターとのハーフであるヤナギは角以外人間とほぼ変わらないような姿をしている。だが、夜長は人間ぽいだけでやはり異質なのだ。
茶色い肌に長く尖った耳。生地の足りない着物のような、露出の多い服装をしている。それ以上に存在がこの世界に馴染んでいない感じがした。そのくせ漫画喫茶の施設を堪能していたりする。
「漫画を心ゆくまで読みたいのはわからないではないがね・・・やり方が乱暴すぎるんだよ。
建物だけ気づかれないように隠匿したところで違和感が残ってるし。隠しただけじゃ人間社会とは切り離せないんだよ。
あと、食事のマナーがなってない」
「妾はグルメでな・・・若い男のエキスだけを味わいたいのさね。
そのままでは青臭いそのエキスを・・・この娘の胎内で濾過し、精錬し・・・はじめて妾が食するに値するエッキスになるのじゃ」
夜長の傍らには栞がリクライニングで寝かされていた。
「その生活を改めてはくれないかな」
「妾は姫である。他者の命など聞かぬ」
「グルメなニート姫か。困ったもんだねえ」
「愚弄しておるのかえ?」
「ニートは憧れの職業だよ。しかも漫喫貸し切りなんて、うらやまけしからん」
「す・・・須賀さんに!迷惑がかかっているんです!やめてもらえませんか?」
ずっと黙っていたナナメが、勇気を振り絞って懇願する。夜長姫もヤナギも、一寸驚いたようであった。
「妾が端女をなぜ気遣わねばならぬ」
「・・・!」
「まあ、大事な食事係ではあるしの・・・このまま食しても美味であるが、こやつが調理したエッキスは、更に味わい深い。
妾の精神感応もよくシンクロし馴染んでおる、貴重な存在ではあるのう」
夜長姫は傍らの栞の髪を指先で弄り、頬から顎にかけての輪郭に、ゆっくりと指を這わせた。
ナナメは栞を傷つけられるのではないかとハラハラしながら見守る。いつでも飛び出せる心構えはできていた。
「あっーーー!!」
夜長姫は栞の服の中にその手を滑り込ませた。
ナナメは思わず声をあげてしまったが夜長姫は意に介さず、栞の懐から、いくつかの卵を取り出して、そのうちのひとつを殻ごと丸呑みした。
ゆっくりと喉越しを楽しみ、目を細めて味わっているようだった。その動きは優雅で緩慢で、目の前にナナメ達がいることなどお構いなしといった風であった。
「ハラ決めたよナナメちゃん。あっちはトラップ魔法も精神魔法も一流だ。全力で突っ込んで全力の魔法を叩き込んで制圧しよう。短期決戦しかない」
「でも僕、柳井さんみたいな威力の大きい魔法は使えないよ?」
「援護してくれればいいよ、ハッタリでもいい」
「わかった!いくよ・・・コマンド・ライトボール!コマンド・ライトボール!」
「ホモォ・・・ホモォ・・・ホモォ・・・」
ナナメは周囲を目映く照らす光の玉を生み出す。ヤナギは短縮した詠唱を始める。
「コマンド・コントロル!それー!」
ナナメは二つの光の玉を自在に操作する魔法を試してみた。夜長姫に向けて光の玉が飛んでいく。軌道を変則的にしながら飛ばし、殺傷能力はなくてもせめて目くらましにと力を込める。
「いいよ、ナナメちゃん!ホワイト・ブレーー」
衝撃。振動。
完全にナナメの魔法に紛れて、夜長姫の死角から魔法を放とうとしたヤナギの身体は、次の瞬間下半身だけになっていた。その向こうは一面の壁。
「シュルシュルシュ・・・」
夜長姫が魔法を唱えると壁が上がっていき、両断されたヤナギの上半身が現れた。
「ひぃ・・・!」
〈ギロチン・・・型MID・・・!〉
それは壁に非ず。とんでもないサイズの刃が、天井から下りてきて部屋ごと真っ二つにしてしまったのだ。ヤナギの身体ごと。
〈ナナメ君!撤退できるかい!?〉
「あ・・・やな・・・」
逃げる前に助けなくてはと思った。しかし、上半身と下半身どちらを持ち帰ればいいのか。ギロチン型の刃によって作られた亀裂のこちら側にあるのは下半身。だが大事なのは上半身かもしれない・・・
〈しっかりしろ!マッミーナさんを悲しませるつもりか!〉
呆けていたがふと我にかえる。そうだ、このまま黙っていれば殺される。
「ギロチン、ギロチン、シュルシュルシュ・・・おまえさんも真っ二つにしてやろうかえ」
「こ、コマンド・コントロル!」
ナナメは咄嗟に、飛んで行ってしまった光の玉を呼び戻し、夜長姫の視界を奪おうとするが、
「ちょこざいな。『白痴の闇』」
夜長姫が手から生み出した闇に光の玉は呑まれてしまった。
(どうしよう・・・コマンド・アブソープは近づかないと使えないしそれだとギロチンにやられちゃう)
ナナメは夜長姫から逃げ惑いながら考える。
(柳井さんみたいな強い魔法じゃないと・・・あっ)
「『竹藪の家』」
ナナメの目の前のパーテーションを貫いて、竹のような植物が何本も襲い掛かってくる。辛うじて串刺しは免れたが、退路は断たれてしまった。
「もうここでやるしかない!柳井さん!お願い!!」
ナナメが仲間に声をかけたと思ったので、夜長姫はまさかとは思いながら、死んだはずのヤナギの方を確認せざるをえなかった。その隙にナナメはヤナギの遺した卵を掲げる。
「コマンド・コントロル!」
凝縮された魔法力の塊である卵を、コマンド・ライトボールの光の玉のように制御できるか。ぶっつけ本番、一か八かの賭けであった。
〈明確な、イメージを持つんだ〉
「そうだ、柳井さんの魔法みたいに!ハイ・プレッシャー!!」
「なにいいいいいいいいぃぃぃ!」
ヤナギの魔法のように圧縮された空気弾が放たれ、直撃した夜長姫は自らの魔法で生み出した植物に貫かれながら反対側の壁まで吹き飛んだ。
ぐしゃりと、嫌な音が響いた。
ナナメは、思わず顔を背けた。
「ごめんなさい・・・でも、僕も殺されるわけにはいかないんです。須賀さん、大丈夫!?」
寝かされた栞に駆け寄るナナメ。戦闘に巻き込まれること無く無事であったことにほっとする。呼吸によって、胸のふくらみがゆっくり上下しているのを確認できた。
「起こしても大丈夫かなあ。そうか、夜長姫の魔法が解ければこのビルにも三本木さんに入ってきてもらえる」
〈ナナメ君、それが、三本木隊員にはいまだにビルが認識できてないようなんだ。ナナメ君、聞いているかい!?〉
「ぐ・・・やめ・・・」
ナナメは通信に応えられなかった。なぜなら栞の手で頸を締め上げられていたからである。
(なんて力・・・操られているから・・・!?)
「ぅおのれ童ぁ・・・」
「!?」
そこには血だらけでこちらに歩いてくる夜長姫の姿。身体に突き刺さる植物を変形急成長させてカゴ状にして壁へ衝突する衝撃を弱めたのだ。
(壁にぶつかるまでにそんな魔法を!?僕は杖の力を借りて儀式的な動作をしないと発動できないのに!)
しかもこちらは、最後の悪あがき。ありったけの力を出し切ってしまった。
夜長姫の魔法の応用力とスピード、精度、センスにナナメは驚嘆したが、他にもナナメには気になることがあった。
(・・・おかしいな。柳井さんが・・・)
ヤナギの死体が見当たらないのである。
「ホワイト・ブレス!」
部屋の温度が急激に下がり、空気が震える。瞬間、夜長姫の身体は全て凍り付いた。
栞の手から力が抜ける。今度こそ本当に支配が解けたようだった。解放されたナナメがキョロキョロと周囲を見渡しヤナギの姿を探す。
「柳井さん!柳井さん!」
「まったくひどい目にあったよ」
氷漬けの夜長姫の向こうから現れたのは人の形に似た青白く光るモヤだった。
「ヒッ!お化け・・・!」
「お化けとは失礼だな。これは物質的な肉体を失った完リソー体の姿だよ」
「柳井さんなの?」
「そうだよ」
「死んでないの?」
「生きてるよ」
よくよく目を凝らすと茫洋とした目鼻口が見えて、表情の変化もあるらしかった。
「よかったよ~~。うわあーーん」
ナナメは号泣し、完リソー体のヤナギも少し慌てているようだった。
「それでも一度こうなっちゃったら肉体を取り戻すのはしばらく時間が必要なんだぜ。油断したつもりはないけど、心配させて悪かったね。ナナメちゃんは、よく頑張ったよ」
〈そうだね。ナナメ君の頑張りのおかげで須賀栞君も柳井ミキ君も二人とも帰還できたってところだね〉
「後処理は任せたよ。こっちはしばらく回復に専念するからさ」
〈あいわかったよ。太古よりこの星に生きる貴種の末裔よ、ナナメ君を助けてくれて、本当にありがとうございました〉
当のナナメはまだ泣き止んでいないのであった。
「おや、今窓の外に何か・・・まあいいか、こっちはしばしの休息だ」
「後は我々大人の仕事だね」
武者小路邸内魔特作戦室では、モニターチームがほっと胸を撫でおろし、慌ただしく動き始めていた。
今回はかなり危険な綱渡りだったが、かなりのナナメの成長を促すことができた。このペースで間に合わせなくてはならない。
「ところで、今回の戦闘のこと知ったら、白銀君さぞ怒るだろうねえ」
一寸スタッフ達の動きが止まり、視線を逸らす。
「怒られるのは、やっぱり私かなあ」
武者小路秋継司令に応える者は、やはり誰もいなかった。