第三話 ホワイト(カミング)アウト・パニック
第三話 ホワイト(カミング)アウト・パニック
目次
1.魔法少女ナナメまたは羞恥の不幸
2.ノット・カミング・アウト!
3.ホワイト・リベンジ!
登場人物紹介
七芽祐太郎(14) 魔法少女にされてしまうオデコ少年。
白銀卓斗(16) 祐太郎の先輩。眼鏡男子。
須賀栞(14) 祐太郎が気になっていたクラスメイト。中学生にしてはおっぱいが大きい。
武者小路秋継(30?) 祐太郎を魔法少女にした元凶。変態紳士。
1.魔法少女ナナメまたは羞恥の不幸
ある朝、七芽祐太郎が不毛な夢からふと覚めてみると、拘束台の上で自分の姿が一人の、とてつもなくファンシーな衣装の少女に変わってしまっているのに気がついた。
――こんにちは。魔法少女ナナメこと七芽祐太郎です。クラスの皆には「ななめ」、両親からは「ユウ君」「デコ助」「ネウ太郎」なんて好き勝手呼ばれています。
今日はですね、そうだ、ちょっと変態で変人な博士の作った変なマシンで女の子にされて、うとうとしていたらこのざまですよ。
いつの間にか魔法少女の正装に着替えさせられているし、手足は拘束されているし、口もなんか閉じられないような器具をはめられているじゃないですか。
「ふがっふ!(しゃべれない!)」
「お、起きたようだね。今回は歯の中に日常的には害のない、発信機及び魔法補助の機械を埋め込みたいと思ってね。安心したまえ。私は歯科医師の免許も持っているのだ。ハハハ」
――色々と元凶の武者小路秋継博士が、悪びれもせずに爽やかに笑っている。
相変わらずこちらの気持ちや状態を無視して自分の言いたいことをまくしたてる。
でも発明家?魔法の研究者?のはずなのに歯科医師免許って。本当に変態だけど、本当に天才なんだろうと思います。多分。
「ふっふが!(僕の大人の歯になんてことを!)」
「大丈夫だ。治療痕のある歯を選んでおいたよ」
「ふぐぅ・・・(まあそれなら・・・)」
「私は自分で言うのもなんだが名医でありテクニッシャンだよ!安心してその身を委ねるといいよ」
――なんだかいつも流されている気がする。ところでこの服装と拘束は絶対必要ないですよね?
そして施術が始まってしまった。
(顔が近い近い近い!)
予想以上に博士の顔が間近にあるので、ナナメは気恥ずかしくなってしまう。博士は施術が始まると一転、真剣な表情であるしマスクもしているので目元しか顔は見えない。だが、意識してしまう。
完全に受け身で、できることがないからこそ、ついつい目の前の博士の顔ばかりを見てしまう。普段まじまじと間近で見ることのない、博士の瞼、まつげ、整ってはいる顔の造作、皮膚の質感までも、よく見えてしまう。
同時に博士からも色々と見えてしまっているのではないだろうか。
(お父さんと学校の先生以外であんまり大人の男の人と近づくことがないから・・・なんか緊張するよお)
こうなると、色々と気になってしまう。口の中に食べかす残ってないかなとか変な匂いしないかなとかも気になってくる。歯を治療(?)するってわかっていたら、もっと念入りに歯を磨いたかもしれないのに。
(自分が女の子の身体だからかな・・・男の人の匂いが近くって、ドキドキする)
ジェネティック・トランス・システムでリーインカーネーション(怪しい装置で女の子に変身)する過程で、祐太郎の身体は特殊な薬液に浸されているので、ナナメは自分の匂いが気になることはなかった。
が、その代わりに、武者小路博士の、整髪料や、薬品の匂いの奥からかすかに香る、わずかな体臭が気になってしまうのであった。
博士は常に清潔感があり、決して不快な感じはしないのだが、現在のナナメの身体は少女であり、どうしてもその匂いは異性として認識されてしまうのである!
加えて、無防備な口内を晒し、あまつさえその中に博士の指が入れられてしまうというのもよく考えると抵抗があるのだった。
(軽々しく許すんじゃなかった・・・)
「ちょっとお口を広げるよ」
博士の、男性にしては細く繊細な、しかし確かに成人男性のそれである骨格を宿した指が、ナナメの口の端を引っ張る。ナナメは、自分の口腔内の唾液が、博士の指にまとわりついているのだと思うと、羞恥に顔が染まるのであった。
「おや、苦しかったかい?いったん休むからね」
博士はナナメの異変に目ざとく、必死に平静を装おうとするナナメ。
「ふあっは!(大丈夫ですから!)」
(ああっ、またヨダレが出ちゃう・・・もう助けて・・・)
そうして施術が終わる頃には、ナナメは身も心もクタクタに疲弊していたのであった。
「はぁ、はぁ、はぁ~~~~~あ・・・・」
「お疲れ様、ナナメ君。本当にお疲れの様子だね」
荒い息を整え、今度は深くため息をついていたナナメを博士が気遣う。
「もしかして、私に異性を意識してしまったかな?」
「いっ!?ななな・・・」
図星を刺されてナナメは狼狽える。
「そうか、恐らく少女化によって精神的、肉体的両面で影響があるようだね。心身そろって魔法少女というわけだ。私たちのジェネティック・トランス・システムはやはり素晴らしいな!」
「わざとだったんですか!?」
「そう!あえての少女化してからの物理的急接近試行実験、一石二鳥も三鳥も意義がある施術だったのさっ!」
「ドキドキしてた自分を叱りたい・・・あの、まさか、三鳥目というのは・・・」
「勿論私の趣・味・だ・よ!ナナメ君、少女になった自分を恥じることはないよ!異性とのちょっとした接近にも心乱れ、ドキドキ、ワクワクする!乙女としての成長じゃないかっ!」
「きゅううううううううううっ!!」
今度は羞恥だけではなく怒りにも顔を真っ赤に染めて、ナナメはのたうち回る。今すぐやめてやりたい。しかし、魔法少女をやめられない理由が彼女(?)にはできてしまったのである。
2.ノット・カミング・アウト!
〈今回は、廃ビルや空きフロアで目撃されている、白い影についての調査だ〉
「はい!今のところ異常なしです」
魔法少女に変身したナナメは、夜の人気のないビル街に来ていた。見放されたかのような不気味なビルや、テナントが撤退して空いたままの部屋だらけのビルを、恐る恐る覗いて歩く。
〈一般の目撃情報だけではなく、魔特の調査員も多く目撃、遭遇している。MIDで間違いない。間違いないのだが――〉
「だが?」
〈遭遇した者の証言が覚束なくてね。内容が茫洋としているというか、本人に覇気がないというか。時間がたてば元に戻るのだが、一様にして証言が曖昧模糊としている。気を付けてくれたまえ〉
それでも、調査や目撃情報から、かなりの確率で出現しそうな場所を絞り込めたのだ。そうして今日は、調査員とナナメが一斉調査をしているというわけだ。
(魔特の職員さんたちは、とっても優秀だって聞いているけど、魔法に対して僕みたいな耐性や装備があるわけじゃないからね・・・僕が頑張らないと!)
そうして、とあるビルを見上げるナナメ。外階段から調査していくことにする。
(階段を登り切ったら、奥の部屋から見ていこ――)
「kYekYekYe」
「ひっ――!」
唐突に遭遇した。白く大きな顔。顔面の上半分にひしめく、大きさのそろわない眼球が、そろってナナメを見つめていた。
そして頭部の大きさを支えられるのか不思議なくらい、小さな幼児のような胴体と四肢。顔と同じく真っ白である。
明らかに自然界に存在しない、異質な生き物。この世界でいう生き物の定義に収まるかも疑わしい。
歯をむき出しにニヤリと笑っているかのような巨大な口が、動いていないのに、複数の動物や虫が同時に鳴いているような、よく聞き取れない音を発している。
(動か、ないと・・・魔法を、使わないと・・・)
それが相手の能力なのか、本能がそうさせるのか、ナナメの身体はピクリとも動かせなくなっていた。まさに蛇ににらまれた蛙であった。
「あ、ああ・・・」
「KoK、koK」
ナナメの額のあたりから、白いモヤのようなものがたち、巨大な顔のMIDの口の中へと吸い込まれていく。
(何かを、食べ、られている・・・?)
それまで必死に身体のあちこちに力を入れていたが、だんだんと力が抜けていく。代わりに足が少し動き出し、無意識に、危険から逃れようとして徐々にあとじさる。
(いけない――)
しかし、気が付いた時にはナナメの身体は、階段の手すりにぶつかり、その外へと投げ出されてしまっていた
「落ちっ――!」
とっさに伸ばした両の手は、空しく空と、魔法の杖を掴むだけだった。
ドサッ。
(――っ!!・・・あれ?)
地面にたたきつけられたにしては衝撃が弱い。恐る恐る目をあけると近くに見知った顔。
「君はいつも空から降ってくるんだな」
「せっ・・・!?」(白銀先輩!?なんでここに先輩が?)
ナナメの身体は白銀の腕に抱えられる形になっていた。
「なん、えっと、その、こんにちは、はじめまして!」
「?」
(魔法少女になってるからっておかしな挨拶しだしちゃったよお~)
しかもよくよく考えれば自分の状態はいわゆるお姫様抱っこである。考えがまとまらない上に恥ずかしさで心拍数と体温が急上昇する。
その間に白銀は、周りに注意を向けつつ隣のビルのエントランスにナナメの身体を慎重に下ろした。
「顔色、良くなってきたな。むしろ赤いか?」
白銀はハンドライトを取り出すとナナメの手足、頭などを順に照らして怪我のないことを確認する。
「だだだだ大丈夫です!それより、お兄さん、さっき『いつも空から』って言いました?」
「ああ、君は気づいていないかもしれないが、以前公園でも君が空から落ちてきたことがあったんだ」
(初めて変身した時!)
「俺は吹き飛ばされて、しばらく起き上がれなかったんだが、君と、一緒に落ちてきて運ばれていった奇妙な生き物に興味があってな」
(ごめんなさいごめんなさい!)
「ネットやSNSの噂を調べていたんだ。この街ではよく不思議なことが起こるみたいで、特設サイトまで作られていたりしていたよ。
今回の怪しい白い影の噂が、この辺りに集中していたし、そろそろ出るんじゃないかと分析して、探っていたんだ」
「そんな、危ないですよ!?」
「危ないことをしているのは君も同じだろう、何か事情があるのだろうけど・・・」
と、ナナメの奇妙な服装や装備をまじまじと見つめる。
(うわー!先輩に魔法少女姿見られてるよ僕!今更顔を隠しても遅いかなあ・・・)
「でもでも、一度危険な目に、ていうかむしろ被害に会っておきながら、こんな時間にこんなことを・・・」
と、今更ながら顔を逸らしながら言うナナメ。
「まあそうなんだが、最初は君が俺の知っている人物かと思ったんだ」
ズキン!ナナメの心臓がキュッと締め付けられる。一瞬鼓動が止まったかと錯覚する。そして一筋の冷や汗が垂れる。
(え!?これって、バレて・・・ないよね!?)
「手が震えているな・・・やはり怖かったんじゃないか?落ちたことが、それともその前に?」
白銀が、ナナメの冷たくなった手を握る。ナナメの心臓は今度は早鐘のように弾みだす。
(バレてる?白銀先輩初対面の人にこんなに優しくする?今の僕は髪型も顔つきもちょっと変わってるはずだしでもそうだ喋り方いつも通りだったかもでも声も少し高いかも白銀先輩の手温かい僕の手よりずっと大人の手――)
なぜか。博士の指が自分の口に入ってきた場面を思い出した。
ドクン。また心臓が大きく脈打ったような気がする。
思わず反射的に白銀の両手に包まれていた手を引いてしまった。
(胸が痛い・・・僕、病気かな?それより・・・白銀先輩に僕だってこと、バレたくないよぉ・・・)
「おっと、すまない」
急に手を引っ込められて少しばつが悪そうな白銀と、顔を逸らし続けるしかできないナナメ。
(気まずい・・・でもこれ以上喋ってボロが出てバレても嫌だし・・・)
「そ、それにしても似てるんだ。君、やっぱりしちが――」
(ヤバいバレちゃうバレちゃうバレちゃう)
ナナメの顔をよく見ようと近づいてくる白銀。その言葉を止めなくては。その口を塞がなくては。
恐怖、驚き、緊張、羞恥、焦り、そして、なんだかよくわからない感情。短時間に脳内を駆け巡った感情の奔流に、祐太郎の心と思考はオーバーヒートしていた。
その結果ナナメがとった行動とは――
「んむっ・・・!」
何も考えられなくなり、いや、むしろ考えすぎた結果、ナナメは白銀の唇を自分の唇で塞いでいたのである。
「!一体、どうしたんだ」
ナナメの身体を引きはがした白銀も少なからず狼狽えていた。
「こ、これは!ワタシの国の感謝のギシキ!助けてくれたから!アリガトウアリガトウ!」
まさかのここにきての外国人設定。苦しすぎる、あまりに苦しすぎる言い訳だったが。
ピコンピコン!
〈ナナメ君、状況を報告してくれ〉
通信用のコム・ボールからの博士の声に、二人の身体が跳ね上がる。
すっかり忘れかけていたが、MID対処中であった。ナナメは我にかえる。しかし、もしや、すべて聞かれていたのではあるまいか?
「実は民間人と接触してしまいましてぇ・・・」
ナナメはMIDに遭遇したこと、その様子、白銀に助けられたことを報告した。
〈そうか、やはり、そのMIDはホワイトデビル型。人間を驚かせてその恐怖心を糧にする脆弱な白いガスの塊のようなMIDのはずなのだが・・・そんなに巨大になっているとは話と違うな・・・〉
(いったい博士はどこから魔法やMIDの情報を得ているのだろう・・・)
ナナメはふと疑問に思っていたが黙って博士の指示を待った。
〈こちらの世界の人間と餌が多すぎて、本来の生態以上に成長してしまっているのかもしれないな・・・とにかく、これ以上放置するのは危険だ。元々脅威が無かったとはいえ、今の巨大化したホワイトデビルがどれだけの力を持っているのか〉
「わかりました、怖がったらいけないんですね?」
〈まあそういうことだ。ところで、民間人の――〉
「その『民間人』です。あなたがこの子にこんなことさせているんですね?あなた大人ですよね?子供に危険なことさせて、自分はいったいどこで何をしているんですか!」
白銀が怒気を顕わに割って入る。祐太郎は、そんな彼の姿を初めて見て驚き目を丸くする。
「すまない、目の前で大きな声を出してしまって」
そんなナナメが怖がっていると思ったのか、白銀が謝罪する。
〈少なくともそこにいるのは、『彼女』の意思なのだよ。そして、部外者である君には、これ以上のことは教えられない。申し訳ないがね〉
(僕の意思とかよく言うよ!まあそうでも言わないと先輩は納得しないだろうけどさあ)
「・・・今はそれで引き下がります。だが、最後まで見届けさせてもらいます」
「一緒に来てくれるんですか?」
「見て見ぬふりはできないからな」
〈仕方ないね。恐らくホワイトデビル型はまだ同じビルにいるはずだ。向かってくれたまえ〉
「はい!」
ナナメは装備を確認しながら、白銀にもMIDの説明をして隣のビルへ向かった。
3.ホワイト・リベンジ!
「私に作戦があるんです。MIDの姿はおっかないけど、怖がったらダメですからね」
そうして、すぐにMIDと遭遇した部屋の前までたどり着いてしまう。
そっと部屋を覗くと、広い部屋の奥に何か大きなものが座り込んでいるように見えた。
「いきます!コマンド・ライトボール!」
ナナメは、だいぶ慣れて素早く繰り出せるようになった魔法の力で光の玉を生み出した。
「コマンド・ライトボール!」
「コマンド・ライトボール!」
空中に浮かぶ光の玉を、続けて生み出しては部屋の隅から埋めていく。
スティックを振り続けた疲労で手首の動きがだんだん悪くなり、魔法の連続使用の負荷で心臓はバクバクと脈打ち汗が噴き出るが、ナナメは構わず続けた。
「コマンド・ライトボール!コマンド・ライトボール!もひとつおまけにコマンド・ライトボール!」
部屋の中はもはや昼の明るさ以上になっていた。MIDも目が眩んでいたようだが、ようやくナナメ達を発見する。
(明るいけどやっぱ怖っ・・・く、ない!)
心臓のドキドキを魔法の使い過ぎだと自分に言い聞かせて、MIDから目を逸らさず、まっすぐ見すえる。それでも。
「手を繋いでもいいですか?」「ああ」
ナナメはくじけそうになる心を奮い立たせて白銀の手をぎゅっと握らせてもらった。
白銀の手のひらは少しだけ汗がにじんでいた。緊張か、恐怖かはわからないが、白銀も自分と歳が二つ違うだけの普通の男子なのだ。
その間にも真っ白で大きなMIDは二人に近づいてくる。広いホールになっている部屋の、端と端ほども離れているのに、すぐ目の前にいるかのような威圧感である。
「怖くない!」
「!」
突然のナナメの声に白銀もMIDもビクリとする。が、再びMIDはおもむろに近づき始める。その一歩一歩で、まるで建物全体が揺れているようであった。
「怖くない怖くない!」
ナナメは自分に言い聞かせるように更に大声で叫んだ。
(言葉で言うだけじゃダメかな、もっと、恐怖心を乗り越えないと)
ホワイトデビル型が足を踏み出すたびに床が破損し、めり込んでいるようだった。そんな重量で踏みつけられたら一体、人間の身体はどうなってしまうか。
最悪の想像を頭から追い出して、身体が逃げ出そうとするのを耐える。まるで重力が二倍になったように身体が重たく感じるのは今は好都合だった。
(だけどこのままじゃ・・・)
その時、白銀に握られた手が、もう一度強く、優しく握り直された。
ナナメの胸の中に、ナナメが名前を知らない熱い感情が湧き出して、恐怖心を押し出した!
「怖くない!怖くない!」
ずんずんと歩いてくるMIDに向かって、ナナメは「怖くない」を連呼し、更に、一歩前へ出た。
「そうだ。・・・怖くないぞ」
白銀も、ナナメに合わせて声に出し。同じだけ歩を進める。
どんどん近づいていたはずのMIDは進み続けているはずなのに、なかなか二人まで辿り着かない。体が、小さくなっているのだ。遠近感がおかしくなっている。
それにしてもそんなに二人の所まで歩くのに時間がかかるのは不可思議であった。
「怖くないや!」
「怖くないな」
二人は顔を見合わせ、そしてまた一歩前にでる。MIDは、どんどんと弱っていくように見えた。恐怖を否定して、乗り越えたことで、ホワイトデビル型の力を奪うことに成功したのだ。
白い悪魔は、二人と1mの距離まで接近する頃には、大きさも人間の子供ほどで、息も絶え絶えでフラフラモヤモヤとしていた。
ナナメは、白銀に笑顔を向けながら魔法の杖――デバイスティックをくるくる回し始めた。地道な修行の末、手元を見ずにトワリングできるようになっていたのだ。
「コマンド・アブソープ!」
そして魔法を発動。スティックの太くなっている部分を中ほどから取り外す。
「バージョン・バキューム!」
固体と気体がところどころ入り混じり曖昧になり、ヨロヨロとふらついているMIDにスティックの断面を向けると、その体を吸い込んでいった。
ホワイトデビル型はもともとのガス状の形態になって全て吸い込まれた!
「よい・・・しょ!コマンド・シールド!」
ナナメは蓋をするようにスティックをもう一度組み合わせてMIDを捕獲完了した。
「よくやったな」
横で見ていた白銀が、感心したように拍手を送る。
〈素晴らしい!魔法少女ナナメ、任務完了だよ!今から二人を回収に向かわせる〉
「やれやれ。そういえば、自己紹介もしていなかったな。俺は白銀卓斗。翠鈴高校一年生だ」
と、白銀は自然に握手をしようと手を差し出す。祐太郎は多少複雑な想いで、その手を握り返した。
「私は――魔法少女ナナメです!」
その様子を、武者小路博士は満足げに作戦本部からモニタリングしていた。
「もっと、もっと強くなるのだ、ナナメ。すべてが手遅れになる前に・・・」
その言葉の意味を本当の意味で知るものは、彼のそばにはいなかった。




