第十七話 最終章 ワールドエンズ・デカダンスホール(3)ナナメ、合体する
第十七話 最終章 ワールドエンズ・デカダンスホール(3)ナナメ、合体する
登場人物紹介
七芽祐太郎(14) 魔法少女にされてしまうオデコ少年。テレビゲームとお風呂が好き。
白銀卓斗(16) 祐太郎の先輩。眼鏡男子。マスクドウォリアー・システムで変身してナナメを護る。
須賀栞(14) 祐太郎が気になっていたクラスメイト。中学生にしてはおっぱいが大きい。
武者小路秋継(30?) 祐太郎を魔法少女にした元凶。変態紳士。
柳井ミキ(14?) 通称ヤナギ。祐太郎のクラスメイトで人間と魔法生命体のハーフ。変身して強力な魔法を使う。
黒田龍之介(14?) 祐太郎のクラスメイト。クラス一番のひょうきん者のはずが『魔特』を襲撃する。
1.ナナメ、震える。
ここは七芽祐太郎が魔法少女ナナメにされてしまい、そして男子の身体に戻してくれるはずであった『魔特』ラボ。
そのリラクゼーションルームと呼ばれる一室に、一組の男女の荒い息づかいがこだまする。
「あっ、あっ、あっ、はあ・・・んっ・・・!」
女は艶っぽい嬌声をあげ、その肢体はびくびくびくびくと脈打ち、やがてひときわ大きくのけぞりその全身を下弦の月のようにしならせた。
「あ・・・そこ・・・気持ちいいわ・・・」
「ああ・・・これはすごいね・・・マッミーナさん・・・」
その前に立ち尽くす人影。
「お母さん・・・博士・・・!」
魔法少女姿のナナメがふるふると震えている。
「変な声出さないでください!集中が乱れちゃう!」
「いやいや、どんな状況でも細やかなMPの調整をしながら魔法が使えるようにという訓練じゃないか!おおぅ・・・これはいいね!『コマンド・エレクトリックマッサージャー』!急激に大きくなり過ぎたナナメ君の魔法の微細なコントロール力を磨きながら、私とマッミーナさんの身体のコリまでほぐせるなんて一石二鳥の七面鳥だね!」
ナナメになったまま戻れない哀れな祐太郎少年は、途中で曲がった機械的な魔法の杖「トラン=ソイド」から微細な電流を放って二人をマッサージしているのであった。
今や世界最高峰の魔法力を持った人類の切り札は、電マの代わりをさせられていた。
「博士、大変です!MID災害と思われます!」
慌てた様子で仁木隊員がリラクゼーションルームに駆け込んできた。
「至福の時間だったけどね!後ろ髪引かれながら指令室に行こうか!状況は!」
博士は流石の切り替えの速さで颯爽と身支度を整えて移動を開始する。ナナメと真実那とはそそくさと後に続くのであった。
「異常に発達した雷雲が突如発生し、激しい落雷が続いています。発生したのが田園地帯のため今のところ人的被害はありませんが当該地域には避難警報が出ています」
「災害レベルを引き上げて、避難区域も広げてくれたまえ。MID災害となれば今後の被害は未知数だよ!ナナメ君、白銀君とぐれりんと共に現場に向かってくれるかい!」
2.ナナメ、変身する。
いつものように三本木の運転する『魔特』車両に乗って、ナナメと卓斗とぐれりんは山道を移動していた。
山の中腹ほどまで来て、眼窩にMIDと思われる嵐雲の全貌が見えてきた。絶え間なく地上に稲妻を落としている。遅れて轟音が響く。
ナナメはついビクッとなってしまう。
「これが街まで来たらと思うとゾッとするな」
卓斗が眉間にしわを寄せる。
「武者小路博士からの通信です」
〈作戦を伝えるよ!対象は低気圧との相乗効果で成長し雷を際限なく落としている。生き物のような雷雲なのか雲状の生命体なのか、テンペスト型亜種と思われるがまだ未知数の部分が大きいよ!ふがいないね!申し訳なく思う所存だよ!落雷が激し過ぎて下からは近づけない。かといって横から近づくと指向性を持った雷で迎撃されることが無人ヘリコプターで実証済みだよ!絶縁体のシールドを装備させたヘリの場合は、驚くことにシールドを迂回して雷が撃ち込まれたよ!参ったね!しかしこのことはヘリを迎撃した雷は意志を持って撃たれたということだね。単なる自然現象や物理現象とは違ってね!そして雷が発射され、直撃するまでにタイムラグが発生するということだよ!このラグの間にできるだけ近づくしかないね。マスクドウォリアーをカタパルトにしてそのパワーで撃ち出しナナメウイングで滑空。魔法で加速して最高速で接近。撃破。現場付近でなるべく標高の高い山の上から行うよ!〉
「ず、ずいぶん力技ですね・・・」
色々とツッコミたい所はあったのだがいつもの勢いで流されてしまいそうになるナナメ。
「強引すぎませんか?あれだけの雷を放出し続けているのならMPが枯渇するまで待ち構えるとか・・・」
〈それがこのMID!元々発生していた低気圧とうまく融合しているようなんだよ。つまりガス欠になる前に人の居住区に達してしまう確率の方が高いのさ!私もね!こんなゴリ押しの作戦はスマートじゃないと思うところあるのだけどね。今のナナメ君になら突破できるという確信と計算があるよ!あと新しい魔法も見たいしね〉
「なんか最後に本音が漏れているような・・・」
「しかしナナメばかりが危険に――」
〈MID案件に危険が付きまとわないことなんて無いよ!申し訳ないけどね。各自が最善を尽くして最良を考え続けることだよ!〉
「まあまあ卓斗はん、ナナメはんが危なくなったらワイが体張って守らせていただきますさかい・・・」
言われるまでもなく自分がナナメを護るつもりだと言わんばかりに、卓斗はぐれりんをひと睨みする。
「着きました!交通規制も済んでいます。ここでお願いいたします」
「「ありがとうございます!」」
「おおきにやで!」
車は峠の開けた駐車場に停まっていた。
車から飛び出したナナメは意識を集中させて早速魔法の杖を回していく。
「いくよぐれりん!」
「こっちはいつでもオッケーやで」
「コマンド・フュージョン!」
「ハーッ!」
ナナメが描いた魔法陣の中に入ったナナメとぐれりん、二人の身体を光が包んで――
「うむ、成功だね!魔法少女ナナメとグレムリン型MIDのぐれりんの力が合わさり、身体機能と知覚機能が大幅に強化されているよ!少し背も伸びているね。背中の小さい羽は飛行と言うよりは跳躍や滑空に有効だね。まさに小悪魔的で蠱惑的だね!コマンド・フュージョン・ぐれりん即ちナナメウイングを名乗るといいよ!」
ナナメは『魔特』ラボで行ったコマンド・フュージョンの実験を思い出していた。
(意識を向けると音や匂いが鮮明になっていく・・・普段は気づかないようなものでも・・・
これは、先輩の匂い!?トレーニングしたから汗かいてるんだ・・・なんかどきどきしてきたよ・・・自分の心臓の音がうるさいぐらいに聞こえる!どうしよう・・・)
「ナナメウイーング!」
名乗りとともに光の中から、少し大人っぽくなって背中に羽の生えたナナメウイングが現れた。
ぐれりんと合体を果たしたナナメである。髪の色がぐれりんの身体の色のように緑がかっている。
手を開いて握ったり、腕を伸ばしたりして伸びた手足の具合を確かめている。が、それ以上に気になることがありそうだ。
「この服、どうにかならないですか~?」
〈ならないね!雷のダメージを最小限にして翼の可動域も損なわない特別衣装、生足へそ出し忍者装束だよ!〉
「忍んでない!忍んでないですよね!?」
ナナメウイングの手足、胴は、黒いテープをぐるぐる巻きつけたような衣装に包まれている。だが、すき間が空いているので脇腹や背中、おへそや太ももなどがちらちら見えてしまうのだった。
卓斗も実際、目のやり場に困っている。
「ゴーグルとマスク、頭部を守る頭巾です」
「頭だけ手厚い!そして変態度が増しちゃうよお!」
〈マスクには『忍忍』と大きくプリントしてあるよ!〉
「ダサ過ぎて死にそう!助けて!」
「――――!」
「あれ、何か言いました?」
「?」
〈?〉
「聞こえる・・・怖い、近寄らないで?こっちに、来ないで・・・?」
〈こちらでは何も観測できていないが・・・ナナメウイングの超聴力か?いや、テレパスに近いかもしれないね!MIDの意識を感じ取ったということかな!しかしテンペスト型がそのような・・・〉
「早く行かなきゃいけない気がする・・・先輩、お願いします!」
「ああ、頼む」
「コマンド・レヴォリューション!」
今度は卓斗の身体が光りに包まれる。
「カムイに導かれ、奔流迸る!マスクド熊河、覚醒!!」
博士が聞いているので残念ながら今日は名乗りを省略することはできなかった。
「やっぱりかっこい~」
ナナメウイングは目を輝かせている。マスクド熊河に関してはまじまじと見ることができたのは初めてだったのだ。
(あの時は僕も先輩も必死だったしね。あ・・・)
ナナメはフレイムマスター型との戦いで煙にまかれて卓斗に助けられた時のことを思い出していた。そして人工呼吸のことも・・・
(いけないいけない!集中しなきゃ!)
頭をぷるぷると振って雑念を追い払う。ゴーグルもマスクも頭巾もフィットして外れる心配は無さそうだった。
〈では手筈通りいこうか!〉
卓斗が遥か前方に嵐雲を見据えて、十分な助走距離をとる。その右肩に、ナナメウイングが腰かけ、両足を卓斗のごついグローブが掴む。カタパルト作戦用の特注である。
「先輩、重たくないですか?」
「ああ、そこは問題ない」
卓斗にはナナメの薄着のお尻が肩に乗っていることの方が問題なのである。平常心を保つために大きく深く息を吐く。
風が止まった。
〈オンユアマークス!ゴー!〉
卓斗がマスクドウォリアースーツの力を最大限発揮して全力で走り出す。
「さんっ,にい,いちっ!」
掛け声とともに最高速に達すると卓斗の足元、ナナメの足と卓斗の手の接地面、ナナメの前方に三重の魔法陣が展開する。
「ナナメシュート!」
「コマンド・スムース!」
卓斗が斜め前方にナナメを撃ち出すと同時にナナメは空気抵抗を打ち消す魔法を唱え、魔法の杖「トラン=ソイド」を突きだす。
ナナメウイングの身体は矢のように飛んでみるみるうちに嵐雲に近づいていく。
するとまるで異物の接近に気づいたかのように嵐雲の内側を光が走り、ナナメの左右から稲妻が放たれた。
「コマンド・アクセル!」
ナナメは魔法の杖「トラン=ソイド」にしがみつきながら、背中の羽をはためかせて加速、稲妻をかいくぐる。その姿は、祐太郎が有名な映画で見たことのある、箒に乗って空を飛ぶ魔法使いの様であった。
(ヤナギさんの魔法みたいに・・・今のボクのMPなら、行けそうな気がする!ヤナギさんの力を借りたあの時のイメージをはっきりと浮かべて・・・いくよ、ぐれりん!)
(はいな!)
嵐雲が眼前に迫り、ナナメは「トラン=ソイド」にMPを流し込もうとする。
(ナナメはん、ウチの場合はこっちのが具合がええわ)
(わ、わかった!)
「ハーイ!プレッシャーー!パンチーーー!」
ナナメの右の拳から放たれた高圧の空気の塊が、500m以上はある嵐雲を一文字に貫く。「あれが、声の主!?」
吹き飛ばした嵐雲の中心部と思われる場所に、光輝くものが見えた。
一方駐車場からは三本木隊員が望遠付きのカメラで成り行きを見守っていた。
「雷で迎撃される前に、雷雲に、突っ込んだ!?一瞬遅れて真っ黒な雷雲は爆発四散した。といっても火の手があがったわけではなく破裂するように大気中に霧散していったわけですが!
ナナメは・・・無事だ!鳥のようなものを捕まえている・・・」
「速くナナメの真下に向かいましょう!」
卓斗にせかされ、『魔特』の車両はほうほうのていで駐車場を後にした。
「ごめんね!暴れないで!傷つけたいわけじゃないんだ!」
ナナメは光る鳥に右腕と両足でしがみつきながら、背中の羽をつかってゆっくりと降下していた。だが必死でもがく鳥に意識を向けすぎると、ガクンと高度が下がって慌てることになる。
「キーー!」
光る鳥は背中を毛羽立たせひときわ輝かせたかと思うと、ナナメの身体に電流を流し攻撃を加えた。
「あばばばばば!痛いけど耐電装備で助かった!ごめんね、コマンド・アブソープ!」
ナナメが左手の「トラン=ソイド」を掲げてMPを吸収すると、鳥は力を失い輝きも薄れて行った。地上すれすれで羽を使って減速することができ、ナナメは無事地面に到着したのだった。
3.ナナメ、想われる。
所変わって市立大波中学校グラウンド。野球部、サッカー部、陸上部、ソフトボール部がそれぞれ土にまみれて練習している。校舎からは吹奏楽部の合同練習の音色が響いていた。
サッカー部二年のまとめ役安倍和也は水飲み場で休憩していた。
「ポカリ足りねー」
水筒いっぱいに作ってきたスポーツドリンクを飲み干してしまい、逆さにしてのぞき込んでいるところに「何やってんすか」と声を掛けられる。
「ん、トモか」
田名部倫也は、和也と同じ団地に住んでいる野球部所属の一年生だ。和也とは兄弟のように育った幼馴染の間柄だ。
一年生だから背も小さいのは仕方ないのだが、髪も短くスポーツ刈りにしているので和也は「なんだか頭が豆みたいだな」と思った。
「あ、カズにい・・・先輩!昨日テレビでマジョタクやってたしょ」
「ああ、見た見た。俺、二回目だったけどな」
「それで、今さ、なんでキキは最後の方で魔法使えなくなったんだろうなってベンチで盛り上がってたんだけどさ」
「そこな!」
「いきなり後ろから増田先輩が出てきて、『それはな・・・恋をしたからだよ』って呟いたんよ!どっか遠くを見ながら!おかしくない?おかしいよね!え、そんなになるほど?だいじょぶ?」
和也は腹を抱えて呼吸ができなくなるくらい笑い転げているのだった。
(聡樹!お前キャラ変わり過ぎだろ!死ぬ・・・やめてくれー!)




