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歴史は繰り返す

「お嬢様、こちらレイ伯爵夫人よりお礼の品とお手紙が届いております」

「……ありがとう。そこに置いておいてくれる?」

「かしこまりました。あ、中身は海外から取り寄せた珍しい果実だそうです。こちらも潰してお使いになりますか?」

「それは普通にカットして夕食に出してちょうだい」


 なんでそんな勿体ないことするの!


 そう叫びたくなるのを我慢して、お母さまの微笑みを頭に浮かべながらそれを顔に出した。……つもり。

 近くで見れば頬は引きつり目は笑っていなかったように思えるが、最近の使用人宜しく私に陶酔しているらしい彼女は笑顔でかしこまりましたお嬢様と言って部屋を出ていった。

 ……最近病弱のお嬢様に対して表情筋を使わせすぎではないだろうか。このままだと髪より先に頬が死ぬ。


「はぁ、疲れた……」


 誰もいなくなったことをいいことに、少しでも弱弱しく見えるようにと丸めていた背中を伸ばしてゆっくりと後ろに体を傾け、そのままベッドに倒れこんだ。

 見上げた先には、シンプルではあるが平民が一生かかっても手に入れられないような装飾品がついたベッドの天幕。

 ……まさか自分がこんなお姫様ベッドで一日の殆どを過ごすことになるとは、人生って分からないよね……うん……まさか染め粉のせいで傷んだ髪を労わる為に自作したトリートメントがあんなに広まってしまうとは……本当人間何が起きるか分からない……。


 後先考えずに誰かに前世で得た情報を気軽に話すのは本当にもうやめよう、うん。

 いや、オブラットの時は相手が医者だったし医学の発展に貢献するなら少しくらいはいいかとか甘く見てたけど、本当に甘く見ていたのは世の女性たちの美に対する意識だったよね……お金と暇を持て余した貴族女性の怖さよ……。


 結果から言って、自作のトリートメントは瞬く間に侯爵家に広まり、後日にはそれが元は私の美容研究結果であり、その完成品をメイドに作り方を教え使用許可まで出して下さったありがたいものであると認識された。……なんでだ。

 最近侯爵家の使用人が私の言うこと聞いてくれない。

 原作と違って使用人に厳しく当たったり意地悪はしていないはずなのになんでだ。どうしてどいつもこいつも私のことを目立たせようとしてくるの。一体どこの回し者なの。


 しかしこれは使用人だけに留まったことではない。

 なんせ後日半信半疑で使用してみたというお母さまが次の日の朝早くに予想以上のその効果に興奮して私の部屋に飛び込んできたし、そんなお母さまを見て惚れ直したというお父様は後日国で一番良い蜂蜜を大量に取り寄せていたし、そのことをアルお兄様は自分の友人たちにこれでもかと自慢したらしい。……身内に私の味方がいない……。


 しかもそれから数週間後。

 入念にお手入れされて光が浮き出るような艶髪になったお母さまがさも自慢するかのようにあちこちのお茶会に出席したものだから、それを見て驚いた他のご婦人方に囲まれ、その問い詰めに笑顔で全てを吐いたお母さまによって後日我が家にはトリートメントのレシピ提供をお願いする手紙が殺到することになった。

 ……絶対にお母さまが確信犯なんだけど。なんなら美しくなったご自分の髪より、娘の私を自慢したくて仕方なかったような気がするのは私だけ……?


 とまぁそんなことがあったため、あれからひっきりなしにレシピ提供いただければ多額のお金を払うとの手紙とおまけ程度に添えられたお茶会のお誘いがくるが、当然それについては全てお断りのお手紙に簡単な製法のみを記した紙を同封している。


 ていうかレシピ提供もなにも、あんなのただ100%果実ジュースに蜂蜜やら卵黄やらを混ぜたものなので……。

 いちいち私に許可なんて取らなくても、そもそも特許とかとってないので、皆さん勝手に好きな果実を絞ってプラスアルファ混ぜて使用してくださいます? 簡単にできるよ、やりかたさえ分かれば……。


 これは前回のオブラットの時とは話が違う。

 あれも確かに元は前世で既にその存在を知っていたオブラートかもしれないが、用途は同じでもオブラットそのものは私と料理長で試行錯誤して作り上げたものだ。

 当然その製法については私と料理長しか知らない。だからこそ医者はその製法と用途をトワール家の功績にすることで学会での発表を求めてきたし、それならばと私も医者の提案に二つ返事で首を振り、それからのことについては何も口出ししなかった。


 ……だが、今回のは少し違う。元は私が自分のケアの為に勝手に作り出したものであって、同じものを使いたいから作っていいかという言葉に私は頷いただけ。

 そんなものでお金を貰うだなんて、冗談じゃない。守銭奴じゃあるまいし。

 私が試行錯誤の上で前世と変わらないレベルのクオリティーに作った完成品を売るならまだしも。

 あ、因みに自作トリートメントについて色んな人から何度も名前を聞かれたので、元々は考えてなんてなかったけど、ないのも面倒だと思ったので今回も例の如くほぼそのままで「トリメント」にした。

 まぁ別に名前なんてどうでもいいんだけどね。商品そのものもどうでもいいけど……。


「シンディは欲がないのね」


 そう言いながらも嬉しそうに笑うお母さまに、私は思わずベッドの上で罪悪感を募らせた。


 ごめんなさいお母さま、自分勝手な娘で。

 本当はもっとお母さまに勧めたい化粧品とかもっと着心地が良い服とか履きやすい靴とか作れるのだけれど、これ以上目立ちたくないという私の都合でそれらを封印していることを、どうか許してください。


 それにね、私に欲がないだなんて、そんなことないんだよ。だってシンディ・トワールは欲望の塊だ。

 なんせ死ぬしかない自らの運命を捻じ曲げて存在しない未来を手に入れようとしているのだから。欲深いなんてものじゃない。


 そりゃあ勿論私だって、死ぬ運命をお金で回避できるなら、それこそ前世の知識を総動員してチート宜しく若干ズルと言ってもいいやり方でお金ボロ儲けの人生を送っただろうが、生憎お金持ちの侯爵家令嬢に転生しても人生はそんなイージーモードではなかった。

 お金があろうと権力があろうと人は死ぬときは死ぬのである。それも国にも実家にも見捨てられて、一人外国に行く馬車の中で暗殺されるというなんとも呆気ない方法で。


「くうっ、改めて考えると本当に悔しくなる……しかも相手がどこの誰でなんの目的なのか分からないだけに対策のしようがないし!」


 暗殺されないように強くなるといっても、相手の力量も分からないんじゃ鍛えようがないし、そもそもシンディみたいな典型的温室でぬくぬくと育てられたお嬢様じゃどんなに頑張ったところでたかが知れているというものだ。


 人間にはそれぞれに与えられた越えられない限界値というものがある。

 相手が同い年の学生とか、せめてごく普通の兵士とかならまだ希望はあったが、いくら国外追放されたとはいえラヴァンティラ王国きっての名家であるトワール侯爵家の馬車を襲ってそのご令嬢を暗殺するような相手だ。多少の才能と努力程度では太刀打ち出来るはずもない。

 せめて魔法が使える世界ならまだ望みはあったかもしれないが、単純な戦闘力だけでシンディが自力で勝つのは不可能だ。それこそ神様が与えたチート能力でも使わない限り勝ち目はゼロ。


 つまり正攻法では、勝てない。

 よってシンディが剣を片手に強くなっていくお話は展開されない。意味がない。


 そして死亡フラグ自体に何も対策が出来ないとなると、そもそも悪役令嬢にならないって選択肢しか少なくとも私には思いつかない。

 勿論その選択肢には正攻法で悪役令嬢にならないために普通に良い子になるとかいうルートもあったかもしれないけど、私からすればそれだって危険極まりない橋だと思っている。

 そもそも原作に関わろうとすること自体が間違いだ。


 だってどんなに自分が「私はいい子ですヒロインを虐めたりなんてしてません悪役令嬢ではなくただのモブ令嬢です」だなんて言ったって、他にヒロインを虐めていた子が私に罪を擦り付けるかもしれないし、私のことを嫌いな誰かがそうするかもしれないし、そうでなくてもヒロインがただ一言「いいえ虐められました」と言ってしまえば投了だ。

 待ったすらなし。そしてそのまま国外追放も待ったなしだ。詰んでる。


 そうなるともう後は、仮病でぶっ倒れて貧弱脆弱深窓の令嬢になって原作はおろか貴族社会からも隔離されて壁の花どころか裏庭の雑草ですってくらいの箱入りお嬢様決め込むくらいしか回避方法が浮かばない。


 うん、そうすれば第一関門である王太子との婚約は避けられるし、その後の社交界デビューを病欠して学校では保健室から殆ど出てこない系令嬢になってれば全てのイベントを回避できる。

 今更こんなところで二度目の学園生活を謳歌したいとか言ってられないしね。そういう青春は無事にエンディングを終えて卒業してから改めて二度目の人生を楽しむことにする。


 ……うん、分かってたよ。改めて思考の海に自ら溺れなくても。

 折角、記憶持ち転生なんて典型的なチート無双で俺TUEEE展開待ったなしなのに、まさかの強くてニューゲームが強制縛りプレイの難易度マックスだとは恐れ入った。人生そう甘くはないなぁ……はぁ、叶う事なら次はヒロインとも悪役令嬢とも関係ないようなモブに生まれ変わりますように……

 まだ二度目の人生を始めて数年で思うには早すぎる来世へのお願いであったが、それは他人から見ればお金持ちで名家で家柄良し見た目も麗しき侯爵令嬢の切実なる心からの願いであった。


 しかし悲しいかな。現状が上手くいっているとなると人は欲張りになるもので。

 最初こそ「生きられればそれでいい私は今から病弱になる何がなんでも生きてやる」という思いだけだったのが、半年もしないうちに「しかし美味しいものが食べたい」「苦い薬は飲みたくない」と欲が出てきて、終いには「本を読むことしかやることがないので暇」とまで言い出す始末。

 自分でも「お前仮病のおかげで社交は免除されてるだろ! 侯爵家の名前とお金を使って買った本も染め粉も蜂蜜もただじゃないんだぞ!」と思ってはいるが、そもそも侯爵家に生まれなければ今頃は野原を走り回っている頃だと言いたい気持ちも分かっていただきたい。

 いや誰にとかじゃなくて、私以外誰も私の気持ちなんて分からないんだろうけど、でも許してほしい。だって思ってしまうのだから。


 ……暇だ!


「ううう、アンバー先生から出された宿題も昨日全部片づけちゃったしなぁ」


 おかしいなぁ。先生は確かに宿題を出すとき「もし一週間で終わらないようでしたらそれでも構いません。普通のご令嬢なら10日はかかる量ですので。ただお嬢様は他のお嬢様とは違いますので、今回はお試しと言うことで出させていただきました。勿論、その間に具合が悪くなったりしたら手付かずでも怒ったりはしませんのでご安心を」とか言ってたから、小学生の夏休みドリルみたいなのを期待してたのに。


 ノロノロやったら数日はかかるかななんて思ってたのに。……まさか一日で終わるとは。

 最終日に手を付け始めても間に合う夏休みの宿題、当時あれだけ望んだものが今望まない形で目の前に実現するとは。

 一日で終わる夏休みの宿題とか、もうそれ普通の宿題じゃん。毎日ドリルじゃん。


 勿論、普通は簡単な足し算引き算でもこの年の子供なら一問一問に時間をかけるからアンバー先生の言うことに間違いはないのだろう。

 私だって、初めて100マス計算をしたときと今で同じスピードになるわけがないというのは分かってる。読んだことのない文字を覚えて読み書きできるまでにどのくらいの時間がかかるのかも。

 そもそも普通の小学生は同じ文字をずっと見てはいられない。嫌いな子は本すら読みたくないだろう。読書感想文なんかは私は好きだったが嫌いだという子が大半だったし。


 だから当然、教育水準の高い日本で四年制大学まで卒業した私が、この世界で今更小学生の問題を解いたりしたら先生も目を剥く速さで解き終わるのは当たり前である。

 まぁ勿論それは誰も見ていない一人の自室だからこそ出来ることだけどね。だってこんなの先生の前でやったらそれこそ神童どころか神様ですかなんて言われかねない。そこまでいくともう普通にホラーだよ。逆に精神を疑う。


 だから他の人が見ている時はわざわざゆっくりと時間をかけて考えるふりをするんだけど、これが意外と難易度高いんだよね。

 だって目の前にあるのは小学一年生の問題集なのよ? いっそ二次関数解かせてくれ。


「もういっそフェルマーの最終定理を自力で解いてみる? なんて……」


 完全に自暴自棄である。どう考えても解けない上に答えが分からないから途中でめげるだろう。

 学生時代に一度解答を見たことがあるが、正直英語で書かれた医学書と大差がなかった。何あれなんであんなことになるの? 問題文は一行しかないのに……。

 前世ですら嘗ては300年以上解けなかったんだから教育水準の低いこの世界じゃ不可能に近いんだろうな……少なくともアンバー先生にこの問題を見せたりしたらきっと王宮の偉い人たちがこぞって解こうとして解けなくて挫折していくと思う。歴史は繰り返すようにできている……。


 こんこん。


「お嬢様、お医者様がいらっしゃいました」

「……っ、入って」

「失礼します」


 なんて、殆ど自暴自棄になりながら思考の海で漂流していたところに、突然聞こえた控えめなノック音。

 その音に私の意識は瞬時に上陸し、凄まじいスピードで寝っ転がっていた体を起こし、布団を簡単に直して近くにあった本を広げ、背中を丸めて顔に影を作り目を伏せて眠そうな表情をした。

 ……我ながら本当完璧なまでの病弱令嬢っぷりだと思う。


「こんにちはお嬢様。ご機嫌いかがですか」

「こんにちは先生」

「おや、今日はいつも以上に顔色がお悪いようですが……何かあったのですか?」

「……手紙が沢山きていましたので、そのせいかと」

「そうでしたか。あまり無理をなさらないでくださいね」

「はい。ありがとうございます」


 最早顔色すら医者相手に騙せるレベルで操れてるのか私……女優になれるね……。


「いやぁ、それにしてもシンディお嬢様の名声の素晴らしいこと。その才能はまさに神の子ですな。私のところにですら、今回の……トリメントでしたかな? そのお話が耳に入ってきましたよ」

「先生の耳にもですか?」

「はい。妻が丁度先日奥様にお会いする機会がございまして、その際に」

「そうだったんですか……」


 ていうかドクター、既婚者だったんだ……。

 それにしてもドクターの奥さんとお母さまが会っていたなんて知らなかった。いつ、どこで会ったんだろうか……。

 まぁ、お母さまのことだ。オブラットのことも知っているドクターの奥様相手だからここぞとばかりに自慢したんだろうことは想像に難くないけど……。


「それにしても、上流階級の夫人方がお使いするようなものを使用人にも使わせるなど、相変わらずお嬢様は慈悲深いですねぇ」

「……」


 慈悲深いって、ドクターが6歳の患者に使うような言葉だっけ。

 ……あれ? なんかこんなの、前にも同じことなかった?


「私の妻も、トリメントを使いだしてから毎日鏡を見るのが楽しくなってきたと言って、お嬢様に大変感謝しておりましたよ」

「そんな……恐縮ですわ」

「後日感謝のお手紙をと言っていましたが、お嬢様のこの状況を見ると、私から感謝のみ述べた方がよさそうですね」

「いえいえそんな、感謝されるようなことでは、」

「何をおっしゃいます。妻は効果を実感するなりまずお嬢様のいらっしゃる方角を尋ねましてね、もうこれから先お嬢様に足を向けて眠ることは出来ないと言っていたくらいです」

「……」


 一度あることは二度あるのか。はは……三度目はいらないぞ……。

 それから私はいつものように意味のない診断を受け、意義のない質疑応答に時間を費やし、漸く先生が帰る頃には、未だに山積みにされている手紙の束を見て本当に顔色が悪くなるのだった。

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