ずっと側に
二人に挨拶を終えてから俺は最後の一人が待つであろう自室へ向かって歩いていた。
見かける使用人から無事を喜ばれると、この家の人間として認められたのだと改めて思い嬉しくなる。
最初はやっぱり使用人の空気もどこか重かったからな・・・俺が父上、義母上と姉様に甘えてからその空気もふっ飛んでくれたけど・・・
そんなことを思い出していると自室の前へと着いた。
俺は深呼吸をして気持ちを落ち着けてから部屋の扉をあけた。
中には当然のようにセリカが待っており、物凄く怒ってます的なオーラを浮かべてこちらに頭を下げた。
「おかえりなさいませレオン様」
「えーっと・・・セリカ怒ってる?」
「いいえ。怒ってませんよ。ええ。レオン様が無茶をやらかしてないかと心配で心配でたまらなかったのに、レオン様は平気な顔して、しかも可愛い女の子二人お持ち帰りしてきたことに関して怒ってなんていませんよ」
・・・・うん。物凄く怒ってる。
「その・・・心配かけてごめん・・・」
「まったくです。でもーーー」
そう言ってセリカは俺に近づいてくると俺をぎゅっと抱き締めて震える声で言った。
「本当に・・・ご無事でなによりですレオン様・・・」
「・・・ごめんなさい。心配かけて」
「本当に心配でしたよ!私もお側にいれればと何度思ったことか!でも・・・本当にご無事でなによりです」
セリカに抱き締めてられて・・・俺は不覚にも涙ぐんでしまった。
姉様や父上、義母上ですら我慢できたのにこの人にだけは俺はどうしようもなく弱くなってしまう。
きっと・・・ずっとそばにいてくれた・・・俺にとっては母親のような大きな存在だからだろう。
「ごめんなさい・・・それと、心配してくれてありがとう」
「当然のことです!私はあなたの側つきで・・・本当の家族のようにも思っているのですから」
そうか・・・彼女の方もそんなことを思ってくれていたのか。
自分だけかと思っていたが・・・相手が同じ気持ちでいてくれることがこんなに嬉しいなんて思わなかった。
母親のような、年の離れた姉のようなーーーそんな彼女。それらの本当のポジションは全部埋まってるから実際は違うかもしれないけど・・・それくらい大きな存在。マザコンやシスコンとも違う・・・依存に近いそれ。きっと恋や愛とも別のーーーいや、親愛という意味では愛でもあってんだろうけど、そんな感情。
わかっているんだ。こんな日々が続かないことは。
彼女は日に日に俺の分けた生命力で延命していて、それもいつかは限界がくることは。
いや・・・俺がいくら望もうが、彼女がそれを許さないだろう。
きっとこの人は気づいてる・・・あの日、俺がこの人を助けた時に代償を払っていることに。だから彼女は絶対にこれから先を望もうとはしないだろう。でも・・・それでも・・・
ぎゅっと俺は力を少しいれてセリカを抱き締める。
「レオン様・・・?」
不思議そうに首を傾げるセリカに俺はーーー
「側に・・・セリカは俺の側にずっといてくれる・・・?」
その言葉にセリカは少し痛ましく顔を歪ませてからーーー涙を隠すように微笑んで頷いた。
「もちろんです。私はあなたのお側にずっといます。ずっと・・・」
「うん・・・」
酷なことを言ったとわかってる。それでも・・・そんな嘘でもその言葉を聞けて俺は途端に涙腺が緩くなり自然と涙を流していた。
この世界に生まれ変わってから5年・・・初めて俺が本気で泣いた時だった。
「やはりまだ勝てませんか・・・」
扉の前で、聞き耳を立てていたキャロル・ラズベリーはそっと立ち上がってそう呟いた。
レオンの涙を独り占めしているセリカに思うところがないわけではないが・・・自分では彼女のようには出来ないことはわかっているので、嘆息して一緒に聞き耳を立てていた二人ーーーアリスとリリアに声をかける。
「あなた達がレオンの側にいるというなら覚悟なさい・・・あなた達には大きな壁ーーー乗り越えないといけない巨大な壁がいるから。私ですらまだ越えられないほどの大きな壁がね」
その言葉に・・・アリスが納得したように頷いた。
「そういうことだったんですね・・・」
「何がどういうことなの?」
「実は私、レオン様がリリアを助けに行ってる間に・・・レオン様のことをマナ様に聞いてみたんです。そしたらーーー」
彼女は何故、レオンが男なのに魔法を使えるのか。何故、彼女を助けてくれたのか。何故マナに魔法を習っているのか気になり本人がいない間に聞いてみたのだった。そして返ってきたのは・・・
「レオン様は・・・今中にいる母親のような昔から一緒の侍女さんの命を長らえさせるために魔法を習ってるそうなんです」
「それって・・・」
その言葉だけでリリアにも今の情況はわかった。
なんらかの問題で身体が弱いんであろう自身の侍女のためにあんな山奥に魔法を習いに行っているレオン・・・先程のレオンと彼女の言葉にはきっと、自分たちが想像しているよりさらに重く悲しい現実があるんだろうと、そう考えると胸が締め付けられるように傷んだ。
何故かはわからない。ただ・・・アリスもリリアもレオンに助けられたからこそ・・・彼には笑顔でいて欲しかった。そう素直におもえただから・・・
「私も・・・頑張ってレオン様の『特別』になります」
「アリス・・・そうね。あたしもあいつの側にいたいって本気で思ったよ」
二人でそう口にして笑いあう。
そんな二人を満足げに眺めてからキャロルは「それじゃあ・・・」と二人に背中を向けて言った。
「二人ともついてきて・・・レオンのためにまずは着替えましょう」
「「はい!」」
密かな決意と共に揺れる夜ーーー少女達の想いは密かに燃えだしていた。