表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編集

頭が痛かった。

作者:


 頭が痛かった。

 

 

 割るようにとか、そんなんじゃなくて。少しだけ、いつもの偏頭痛のような。そんな痛み。

 

 私はその日いつも通り畑に出て、野菜の世話をしていた。本当にいつも通り。

 

 よく晴れた空も。心地よく吹く風も。サワサワと揺れる木々も。冷たい音を立てて流れる川も。

 

 野菜の成長だって、いつも通りで。

 

 なのに。

 

 

 「痛っ」

 

 違うと、どこか違うとズキズキ痛む頭を抑えてそんな気持ちが沸き上がる。なんでだろう。なぜだか、ここに居たくない、ここから離れてしまいたい。どこか遠くの山に逃げて、最奥で、誰も知らぬままに息絶えたい…そう思うのは何故だろう。

 

 「(ゆえ)? どうしたの?」

 お姉ちゃんが声をかけてくる。慌てて抑えていた頭から手を離す。だめだ、心配させてしまう。笑わなきゃ。笑って、気のせいなんだって、気付かないふりをしなきゃ。

 

 綺麗な金の髪、透き通るような青の目をしたお姉ちゃんは、私に微笑んで首を傾げる。

 

 「……ううん、なんでも…ないの。」

 

 なんでもない。だから気にしないで、私を見ないで。お願い、だから。

 

 「そう、ならいいんだけど…。ご飯できたわよ、食べよう」

 「……うん。」

 

 頭が痛かった。

 

 頭が痛くて、綺麗なお姉ちゃんを見るといつもそれが酷くなる。綺麗で、優しくて、脆くて弱いお姉ちゃん。私がいないと生きていけないお姉ちゃん。私がいなかったらとっくに売られてたお姉ちゃん。

 

 ずきずき、ずきずきと、やっぱり痛かった。どうしてこんなに私は頭痛を気にしてるんだろ。元々私はよく頭が痛くなる方だったのに。

 

 そこで、はたっと、足を止めた。

 匂いが、した。

 

 思わず目を向けた川の方に、特に変わりはない。冷たい川のせせらぎが聞こえてくるだけ、でも。

 

 「……月?」

 

 あの、匂い。

 喉が焼けるほどに熱くなり、頭痛がもっと酷くなる。目も沸騰するように熱くて、胸が、強く締め付けられるような。そんな、耐えられない、匂いが。

 

 「お姉ちゃん、ごめんなさい」

 「え?」

 「先に、ご飯食べてて」

 

 お姉ちゃんは心配そうに私を見るけど、私はそれに微笑み返して、心配ないよと言うしかない。

 

 だって心配はないんだ。

 

 私がいるからお姉ちゃんは死ぬことはないんだから。

 

 「もう、月は働き者ね?」

 「そんなことないよ?」

 

 くすくすとお姉ちゃんは笑って小さく手を振ってくれる。

 

 行ってらっしゃい。

 

 そう、見送って、くれて。

 

 

 また、頭が痛かった。ずきずき、ずきずきと。どれだけ我慢すれば収まるのかってぐらい。痛くて。

 

 あの匂いもずっとしてた。消えることない。風に流されたあの匂いが。

 

 ずっと、ずっと……どこまでも。

 

 ぎゅっと、胸を抑える。浅く息を吸って、吐いて。

 

 たどり着いた川にはやっぱりあの匂いのもとがあった。

 

 「なんで」

 

 人が、倒れていた。予想通りだったけど、疑問も浮かぶ。どうしてお前はここにいるの。ここに来る人なんてもう何年もいなかったのに……と。

 

 小さな子供だった。

 血だらけで、悲しいことにまだ生きていた。

 

 どうすればいいかは分かっている。適当な石を持って頭を殴ってやれば簡単に死ぬ。お姉ちゃんの視界に入ることもなく。

 でも。

 

 でも。

 

 見覚えのある金髪だった。ところどころ汚れてはいるけど、綺麗な。それこそ、お姉ちゃんのような。

 

 ああ、またなんだとわかった。

 

 またやったのかと。

 

 殺すのが最良だってわかってて、私はその子を抱き上げる。大丈夫。大丈夫。また頑張ればいい。

 

 この子を殺したらきっと、きっとお姉ちゃんは許してくれなくなってしまうから。

 

 腕の中で子供が身じろぐ。私は小さく弱い子が手から落ちないようにぎゅっと抱きしめる。また、繰り返される。何度も何度もあれらはそうしてきた。

 私が手を差し伸べたら突き返すくせして、こうして、ご機嫌取りと賞して口減らしを行う。

 

 「う、あ…」

 子供がまた身じろぐと、今度は目を開けた。綺麗な青色の目だ。私の大好きな、お姉ちゃんの目。

 

 「おに、がみさま」

 

 その目に映るのは真っ赤な髪に汚い紫の目。私の、顔。私は精一杯その顔に優しい笑みを浮かべる。

 

 「はじめまして、あなたは生きたい?」

 

 お姉ちゃんにも聞いた、その言葉を口にする。

 

 私は一人だった。気がついた時には鬼となっていて、人々から虐げられ、この森に逃げ込んだ。

 

 鬼となってからは不思議なことに自然といると一番落ち着いたし、村に一度だけ降りた時はあまりの雑念の多さに吐き気すらした。

 

 ここは私の森。ここは私の場所。

 

 不作が続くといつの間にか自然の神として私に村人達は捧げものをするようになった。私のことをさんざん蔑んでいたのにだ。

 

 そして不作が続く中、捧げるものといったら、口減らしになった子供しかいない。

 

 もともと売るか、殺すかしかなかった子供だ。私にやっても気にしないのだろう。でも、私は生き物を殺すのは好きではないし、そもそも、血が嫌いで肉も食べれもしない。

 

 

 

 だからお姉ちゃんの時も聞いた。生きたいのかと。そしたらお姉ちゃんは言ったんだ。何でもするから殺さないでと。

 

 「いき、たい」

 「そっか」

 

 だから

 お姉ちゃんを私は守る。お姉ちゃんはお姉ちゃんになってくれたから。私に比べると弱くて脆いお姉ちゃんは私の家族になってくれたから。

 

 「じゃあ私の家族になって」

 

 それだけでいいから。それ以外望まないから。いつか二人が自由になるために私を殺したとしても、私はそれだけで良いから。

 

 だから

 

 「沢山、笑って過ごそうね」

 

 君も私も一人にはならないから。

 そう言って私はお姉ちゃんの待つ家へと、帰る。

 

 まだ、やっぱり頭痛がした。

 

 

 

 

頭が痛かったので。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ