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人見知り勇者の異世界交信  作者: ぱぱにいや
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勇者とフリーダイヤル

別に連載している小説が煮詰まったので、気分転換と一人称の練習を兼ねて。

ーーああ、何でこんな物を買ってしまったんだーー


 俺はテーブルに置かれた水晶玉を前にして、何度も自分を責めた。


 その水晶玉は昼間、情報屋のグレイから買い取ったものだった。グレイは俺にこう言った。


「これはアンタのような人間にこそ必要なものさ。俺はこんな物使わなくても苦労はしない。いつでも誰からでも情報を盗める腕があるからな。だがアンタはどうだい?俺がいなけりゃ今日が何日なのかすら分からねえだろう?」


 俺はグレイの言葉に少し腹が立ったが、それをぐっと堪えた。人を小馬鹿にした言い回しは気に入らないが、一方で奴の言い分はもっともだと納得した自分もいたからだ。俺は聞き返した。


「本当にこれを持っているだけで、俺にとって必要な情報が手に入るんだな」


「ああ、アンタが知りたい情報を持つ人間と話ができるのさ。俺は信用が命の情報屋だ。嘘だけは死んでも言わねえぜ」


 確かにこの男、年齢も素姓も不明の見た目からして怪しいが、これまで嘘の情報を仕入れたことは一度もなかった。


「それで、いくらで売ってくれるんだ」


「そうだなぁ、本当は一万って言いたいところだが、いつも贔屓にしてくれているアンタのためだ。これでいいさ」


 そう言うと、グレイは五本指を立てた。


「五千?たかが水晶玉一つでそれは足元を見過ぎじゃないか?」


「おいおい、これは命懸けで手に入れた代物だぜ。今すぐ役人に拾得物として届ければ、王様からたんまり褒美を貰えるはずさ。それにアンタがいつも俺に払っている情報料を考えれば、決して高くないと思うんだがね」


 役人がこのいかにも胡散臭い男の言い分を信じるかは大いに疑問ではあるが、グレイに毎回払っている情報料を考えれば、確かに安い買い物なのかもしれない。この水晶玉が本当に情報をくれたらの話だが。


「わかった。買おう。だがもしこれが偽物だったら、お前を地の果てまで追いかけてこの剣で叩き斬るからな」


「俺は逃げも隠れもしないよ。明日またここで待ち合わせよう。アンタの驚いた顔が見たいからな」


 そう言うとグレイは不気味にほくそ笑んだ。


「ただ、一つだけ気をつけてくれ。この水晶玉に話しかけている時に決して他の人に見られないこと」


「見られたらどうなるんだ」


「この水晶玉はすぐに光を失って、ただのガラクタに成り下がる。おっと、もし使えなくなったとしても金は返さないからな。あとこれの存在がバレた翌日にはアンタは捕らえられて、めでたく俺と一緒に縛り首だ」


「ちょっと待て!縛り首だと?一体これはどうやって手に入れたのだ」


 その質問に対してグレイが左手を差し出して報酬を求めたので、俺は珍しく語気を強めた。


「ふざけるな!売る側にも説明責任ってものがあるだろう」


 グレイは不服そうに手を引っ込めると、周囲を見回して小声で言った。


「最近の王宮は魔王討伐に人を割いているせいか不用心でね……だから俺は親切心で警告してやったのさ」


「やっぱり盗品か」


「なぁに、あのプライドの高い王様のことだ。お宝を盗まれたなんて口が裂けても公言しないさ。それにこれは宝物庫の片隅に置いてあった代物さ。今も気付いてないかもしれねえぜ」


「しかしそれじゃあまるで盗賊の片棒を担ぐようなものじゃないか」


「嫌なら他所をあたるぜ。さぁどうする?買うのか買わないのか?」


 俺はしばらく考えたあと、黙って懐から五千コインが入った布袋を取り出した。グレイはその袋の重さを確かめると、水晶玉を俺の腰袋にそっと忍ばせた。


「これで俺とアンタは秘密を共有する兄弟だ。偉大な勇者様と兄弟になれて俺は嬉しいぜ」


そう言うとグレイは早足に去って行った。



 宿の安部屋で小一時間、テーブルで炎に照らされる水晶玉を見つめていた。時折話しかけてみたりもした。しかしいくら時間が経っても変化が起きそうな気配はなかった。


(やはり偽物をつかまされたのか)


 俺はグレイへの怒りよりも、あんな安っぽい嘘に騙された自分に腹が立って仕方がなかった。


(やっぱり俺はバカだ。故郷も仲間も失って、今度は有り金も全部失った。これも全て、あんな情報屋にしか頼れない臆病者の俺が悪いのだ)


 夜風に当たりたくなった俺は、擦り切れたカーテンを勢いよく開け、建て付けの悪い窓を無理矢理こじ開けた。

 雲一つない夜空には綺麗な満月が浮かんでいた。やがて流れ込んできた夜風に煽られて、部屋を照らしていたロウソクの炎が消えた。すると真っ暗の部屋に差し込んだ月明かりが、テーブルの上の水晶玉を照らし始めた。


「……ますか?聞こえ……ますか?」


 直視できないほどの眩い光を放ちはじめた水晶玉の中からその声はたしかに聞こえた。俺は窓を閉めると急いで水晶玉に語りかけた。


「ええっと、ごほん……聞こえているよ。そっちは聞こえる?」


「はい。ちゃんと聞こえていますよ。あぁ、良かった!」


 それは女性の澄んだ声だった。声の張りからすると年齢も若いようだ。水晶は全体が真っ白に光っていて何も映し出していない。


「そ、その……あんたはどこにいるんだ?」


 俺は震える声で問いかけた。


「私がいる場所ですか?ここは東京ですよ」


「トウキョウ?」


 世界中を旅してきた俺ですら初めて聞く名称だった。世界は広い。きっとこの女性は最果ての小さな町にでも住んでいるのだろう。そういえば女性と話すのは何年振りだろうか。俺は緊張を悟られないよう慎重に尋ねた。


「ち、ちなみに、そっちから俺の姿は、み、見えるのか?」


「いいえ、見えませんよ。音声だけですから」


 俺はホッと胸を撫で下ろした。緊張して顔が強張っている様子を見られたくなかったからだ。


「俺の知りたいことを教えてくれるって聞いたんだが本当なのか」


「ええと、お悩みですね?はい。どうぞ何でも話してください」


 その声はまるで迷子に大人が名前を尋ねるような、とても優しい響きだった。そういえばここ数年、こんなふうに優しく話しかけてくれる人などいなかったな。


「俺は、えーと……何というか、つまり、いわゆるその……極度の人見知りなんだ」


「あら、そうなんですね。でもそれはきっとあなただけではないと思いますよ」


「そうなのか?」


「誰だって他人に越えて欲しくない壁ってあると思うんです。今のあなたはその壁が人よりちょっと高いだけ、だから恥ずかしいことでも変わっているわけではないですよ」


 恥ずかしい告白を笑う事なく受け止めてくれた上、慰めてくれたことに俺は感動すら覚えていた。


「俺もさ、最初は仲間を作ろうと努力したんだ。旅人が集う酒場にも顔を出したこともあった」


「ええ、すごい!いま旅をされているんですね?人見知りを直そうと懸命に努力したんなんて偉いですよ」


 人に褒められたのはいつ以来だろう。五年前、国王から魔王討伐の命を受けて勇者の称号を与えられたあの日以来だろうか。あの頃は皆、真紅の外套をまとった俺を尊敬の眼差しで見てたっけ。


「でもなかなか声をかけられなくて……というか、そもそも他人に話しかけられるのも、本当はうんざりなんだけど……」


 水晶玉の向こうからは、うんうん、と頷く彼女の声が聞こえる。俺の話を親身になって聞いてくれているようだ。次第に嬉しさがこみ上げてきて、思わず目頭を押さえてしまった。


「私も同じような経験がありますよ」


「同じような経験?詳しく教えてくれないか」


「もう十年くらい前ですけど、父の仕事の都合で引っ越しばかりでなかなか友達ができなかったんです」


「父上も俺と同じような冒険者だったのか?」


「ふふふ、面白い事言うんですね。いいえ、父は普通の転勤族でしたよ」


 テンキン族?それはトウキョウ地方に住む部族なのだろうか?やはり世界は広い。まだこの世界には俺の知らない事が沢山あるようだ。


「だからどの学校に転校してもいつも孤独でした。昼休みも教室で一人ぼっちで。そんな私にクラスで一番明るくて人気者だった女の子が話しかけてくれたんです。一緒に帰ろうって」



 クラス?最近冒険者の間で人気のクラスは竜騎士だと聞いたことがあるが、まあ今はそんなことはどうでもいい。


「で、あんたはどうしたんだ?」


「断ってしまいました」


「どうしてだ?」


「多分あの時の私は、他人に壁を越えて来られる事を恐れていたんだと思います。どうせまた引っ越すから友達なんか作っても虚しいだけだと。だから気がつかないうちに高い壁を作っていたのかもしれません」


「壁か……分かる気がするよ」


 それは適当な相槌などではなく本心だった。俺はきっと恐いのだ。魔王討伐を共に目指す仲間は欲しい。でも旅の途中で死別することになったら?俺に愛想を尽かして離れていったら?そんな事を想像するうちに、いつのまにか高い壁を築いて自分を守っていたのだ。


「でも、毎日声をかけてくるのが鬱陶しくなって、ある日首を縦に振ったんです。そうしたらその子がわんわんと泣いてしまって」


「それは何故だ?」


「多分、彼女も不安だったんだと思います。人の心の壁を乗り越えるって、きっと勇気がいる事なんです」


 そういえば酒場で俺に話しかけてきたあの女僧侶も、どこか不安げで目を合わせようとしなかったっけ。俺が素っ気ない返事しかしなかったから泣きそうな顔で離れていったけど。今思えばあの時の彼女は勇気を振り絞って俺の壁を乗り越えようとしてくれたんだな。


「今のあなたには人の壁を乗り越える勇気はないかもしれない。でもあなたの壁を乗り越えようとする人が現れたなら、その時は勇気をだして自分から壁を壊して欲しいんです。全部じゃなくてもいい、少しでも乗り越えやすいように手伝ってあげられないかしら?」


 俺は泣いていた。理由は上手く説明出来ない。ただ純粋に嬉しかった。高くそびえ立つ壁に囲まれて真っ暗だった俺の心に一つの穴が開いた。今はそこから一筋の暖かい光が差しこんでくるのを感じる。そんな気持ちだった。


「あ、ありがとう。俺、頑張ってみる。まだちょっと怖いけど、あなたから教わった勇気を試してみようと思う」


「力になれて嬉しいです。その勇気があればきっと大丈夫。無理せずゆっくりと進んでいきましょう」


「じゃあまた報告するよ」


「はい、またフリーダイヤルでご相談くださいね。24時間お待ちしております」


 彼女との会話が終わるとともに水晶玉はまた透き通った元の状態に戻った。

どうやらいま彼女とやり取りしていた行為はフリーダイヤルと呼ぶらしい。意思疎通を図る魔法など聞いたことはない。この水晶玉によってもたらさせる現象なのだろうか。


 何はともあれ、人見知りを治して仲間を作りたいという俺の願望は、このフリーダイヤルで少しずつ叶うような気がしていた。

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