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逍遥恋歌  作者: あんかけ
6/6

6.

ごめん言い忘れてたかも、明後日まで出張で空けるから。千枝には伝えてあるからよろしくね!と、

私が何か言う前にキャリーを引いて母は慌ただしく玄関を飛び出した。

営業職をしており昔から家を空ける事が多いのでこういう事には慣れっこだが変わらず母は慌ただしい。

反面教師で私はどちらかというと控えめな性格になっている、はずだ。


「ハル」

「んぅ?」

「今日家行くから」

「ぁー、了解。母さんは?」

「伝えてる、って言ってた」

「それで今朝は機嫌良さそうだったのか…」

いつもより一品多かった今朝の献立を思い出す、そのうち息子より娘が欲しかったなんて言い出すんじゃなかろうか。

「今日は一緒に作ろうってさっきメール来たんだけど、リクエストある?」

「じゃあ「肉じゃが!」

いつから聞いていたのか、いやいつからいたんだ。穏やかな昼下がりを可愛らしい生き物に襲撃される。

「ゆっちゃん今日晩御飯係?私も今日お母さん遅いから、自分ですませてーって言われてるんだー」

にこーっと微笑む友里を見て、明日はまた朝食が豪華になるなぁと母さん宛にメールを打ち始めた。


「お邪魔しまーす」

「こんにちは。千枝さん、これで良かったですか?」

「友里ちゃんいらっしゃい。んー、合格!お買い物上手になってきたわねハルちゃん」

受け取った食材とレシートを見て頷きながら千枝さんは微笑む。

私の料理の師は母ではなく千枝さんだ。母も結婚前に千枝さんから教わったらしく母娘揃って厄介になっている。お菓子作りを覚えたいという友里に千枝さんを紹介してから仲良くなったみたいで時折こうして3人で肩を並べるようになった。

「遥のとこに荷物置いて着替えてらっしゃい」靴を揃えているとそう声をかけられ私と友里は部屋へと向う。物色物色♪と物騒な鼻歌が隣から聞こえたが私は気付かないフリをした。


「なーんではるっちの部屋にゆっちゃんコーナーがあるんですかねー」本人曰く悪い顔をしてにひひと声を上げながらジャガイモを手に取る。

「あの子の部屋が一番収納多いからねー、荷物も多い方じゃないし」

「えーつまんなーい。あ、こっち終わったよ」

「何がつまらないのよ。ありがと、私もらうね」

「んふふ、いいわねいいわね。やっぱり娘が良かったわぁ。仲の良い姉妹とか」

ハルが聞いたらまた苦笑いしそうな発言をしながら千枝さんは副菜作り。

「じゃあ私お姉さん!」と友里が宣言した所でついさっき帰宅したハルがキッチンへ顔を見せた。

「ただいま、どう見てもお前は妹の方だろ」

これデザートに、と冷蔵庫へ駅近にあるシュークリーム屋さんの袋をしまう。

「あら、気が利く。誰に似たのかしら〜」

「はいはい、母さんでしょ」

「はいは一回でいいからね弟よ!」

「だーれが弟だ。あ、ユウ後であれ頼む」

うん、と返事をして食材のカットを続ける。

「あれって何よお兄ちゃん!」

「うーん、3兄妹でもいいかもね〜」

「ただいまー、あれ?お客さんかい」

「美人3姉妹よ〜〜」「よー」

「あぁ、もう、大机出しとくから!」

「父さんは?」「風呂!」

「私は?」「ユウは手元見てて!」

賑やかな夕暮れ時、鬱陶しがるようなでもどこか楽しそうな彼を見て私は我慢出来ずに笑い声を上げた。


「はい、反対向いて」

ん、と幼子のような声音で返事をしてハルはお腹へ向くよに体勢を変える。

ーー何故だか千枝さんの耳掃除を嫌がったハルへ「私がしようか?」と言ってから続く、幼い頃からの習慣。もちろん幼子の私は見よう見真似で上手く出来るはずもなかったのだけれどーー

「耳、痛くなくなったね」

「いつの話してるのよ」

「わりと最近?」

「痛くするよ」

ぴくりと身体を強張らせ口を閉じる彼。

さざりさざり、耳をまさぐる音も言えない音とリビングのテレビの音だけが響く。

「ふっーーはい、おしまい」

「ありがと」と言いながら起き上がる気配の無い彼を見て苦笑いする。

「なにさ」

「いいえ、ハルくんは変わりませんね」

「日々成長してるさ。…自分で言うと胡散臭いな」

「うん。知ってる」

おかげで色々勝手が違う部分もあって戸惑う事もあるのだ。

「ユウも、変わらないかな?」

「なんで疑問形なのかしら?」

顔を見合わせくすくすと笑い会う。

「たまには賑やかなのもいいよね」

「あー、うん。たまにでいい」

「嫌いじゃないくせに」

「だからー、たまにでいいんだ」

そっぽを向くように強く頭を押し付けてくる彼。

「今度は一緒にご飯作ろっか」

「それは、いいかも。けど友里は呼ぶなよ。それか母さんがいない時」

「あらひどい」

「姦しすぎるでしょうよ」

言ってまた笑い会う。いつの間にか聞こえなくなったテレビの音に変わって、夜の帳の向こうから虫達の声が届き始めた。

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