1話 始まりの日
就寝中に激しい揺れを感じ、マサキは飛び起きる。
昔であれば、地震などという災害は祭りと同様に、その状況を楽しんだであろう。
けれど、最近は地震が起こったことで、破壊された街並みや取り残された遺族の様子などがニュースでよく報道されるおかげか、マサキも地震に対して危機感や不安を持つようになった。
しばらくして揺れが止んだ。
学習机にある教材が落下するのには落ち着いていられたが、自分の寝床の近くにタンスが倒れてきたり、真横の窓ガラスに亀裂が走ったりしたのには焦った。
無事に地震がおさまったことにホッと息をつく。
すると、誰かが階段を慌ただしく駆け上がる音が聞こえる。
きっと、心配した母親が上ってきているのだろうと予想する。
その予想通り、部屋のドアを開いたのは母親だった。
母親は部屋の様子を見まわした後、マサキの様子を確認するために声をかける。
「マーくん、大丈夫だった?」
「ああ、問題ないよ」
簡単な言葉を交わすと母親はまた一階へと戻っていった。
時間を確認すると、時計の針は午前三時を指している。
辺りはまだ暗い。
高校生のマサキは朝早くから学校へ行かなければならないため、またベッドへ眠りにつく。
朝、起きて一階へと降りると、砕けた窓ガラスが家の内と外に散乱していた。
母親が食器の破片を山のように集めているところから、地震の揺れにより結構な量の皿が食器棚から放り出され、割られたことが分かる。
この惨状に思わず酷いなと思う。
マサキは机に用意されていた朝食を済ませると家を出て、友達と待ち合わせをしている公園へと向かう。
公園へ向かう途中、いくつも倒壊した建物が散見されたので自分の所はまだマシな方なのだと思った。
公園に到着すると、既に二人の友人がマサキを待っていた。
「おはよう」
「「おはよう」」
挨拶をすると、二人からも同様の挨拶が返ってくる。
彼らとは小学校からの仲であり、高校三年生になってもこうしていっしょに行動している。
挨拶を交わすと三人の横を犬を連れた老人が、その姿を微笑ましそうに見つめ、通り過ぎていく。
三人が揃ったところで友人の一人、ケンタが口を開く。
「なあ、聞いてくれない? 朝から最高に気分が悪いんだよ。家を出て、すぐに気持ち悪い障害者に追い掛け回されてさあ。まあ、こっちは自転車であっちは足だから振り切るのは余裕だったんだけどな」
「いや、お前が何か怒らせることをしたんじゃないのか? お前、いつもちょっと変わった行動した人のことを障害者だぁ、危険だぁとかいうじゃん」
ケンタの発言を咎めるようにもう一人の友人、ジュンが口を開く。
「いやいや、本当にヤバい奴だったんだって! そう、ちょうどあんな感じの奴」
ケンタが指をさす。
ケンタの指をさした方角を向くと、先程、横を通り過ぎていった犬連れの老人の前方に男がいた。
男はヨタヨタとおぼつかない足どりで歩いている。
「両足ともツッてるんじゃないのか?」
「単に足の不自由な人だろ」
マサキとジュンが男の姿を見て、自分らの見解を言う。
男と犬連れの老人がもう少しでぶつかりそうなところまで近づくと、男が全く道を譲る素振りをみせないことから、犬連れの老人の方が横にずれて道を譲り、男のそばを通り過ぎようとする。
しかし、男は通り過ぎようとした老人をいきなり強く突き飛ばし、転倒させる。
倒されてから、頭を抱えてうずくまっている老人の姿から頭部を強く打ったであろうことが窺える。
老人の犬は、主人に対し、突然の凶行をした男に身構えながら唸り声をあげている。
男は唸る犬など無視して倒れた老人に覆いかぶさると、口を大きく開けてその首すじに喰らいついた。
老人は男を離そうと抵抗し、犬も飼い主である老人を守ろうと男の足に噛みつくが、一向に男からは離れる様子がなく、男の歯は老人の首へ食い込んでいく。
「あれ……止めた方が良いんじゃないか?」
「そうだな」
マサキの問いにケンタが答える。
話したところで老人の悲鳴があがる。
見ると、老人は首から血を流しており、男は老人のものであろう血で口元を赤く染めている。
男は老人に噛みついた所と同じ場所をもう一度噛みつき、喰いちぎる。
きっと、頸動脈が切れたのであろう。
老人の首からは噴水のように血が噴き出し、地面を鮮やかに赤く染めていく。
「……は?」
マサキから気の抜けた声が漏れる。
男へ抵抗のために突き出されていた老人の手が、いつの間にか地面に力なく触れている。
そこから、老人が今どれだけ危険な状態であるかは判断できる。
男は老人から、足に噛みついている犬の方を向くと、犬の胴体を殴り倒す。
倒れた犬に対して今度は頭を殴り、その頭蓋骨を砕く。
男は脳髄を垂れ流して死んでいる犬の腹を何度も喰いちぎり、腸を引きずり出した。
これは現実なのだろうか……?
マサキたち三人はその凄惨な光景に呆気にとられ、その場から一歩も動けずにただ見ていることしかできないでいた。