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大魔導士の弟子(旧)  作者: のぽぽん
第1章 大魔導士
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008 風邪

「ますたー、みてみて!これ、もう食べれるか?」


 白い息を吐きながら(ログハウス)へ駆け込んでいく少年。

黒い髪をツンツンと立て、赤い瞳をキラキラとさせ自身の頭ほどもあろうかと言う作物を嬉しそうに抱えて走るその様は寒さなど感じさせない程に元気いっぱいだった。


「大きさは十分だな。クライ、鉈で割ったあと種を取り除いてからキッチンへもってくるように」


 クライと呼ばれた少年は、そのまま家の側面にある薪置き場まで駆けていく。

声を掛けたのは長く艶やかな黒髪を靡かせるルビーのような双眸をもつ美しい女性であった。マスターとクライに呼ばれるカーティスと言う名の女性、少年と同じ黒髪赤目ではあるが二人は親子ではない。ご主人様と使い魔という関係である。

 カーティスは、一面に薄らと積もる雪景色を眺めると黒いローブを体を抱くように纏い直すと(ログハウス)の中へ戻っていった。


「こうも寒いというのに、子供というものは薄着でこうも元気なものなのか…私には、とても考えられん」

 体を震わせながら暖炉に薪をくべていく。パチッと音がして火が強まる。窓からは薪割の切り株で鉈を振るクライが見えた。丸い実を打ちつけ、上手くいかず、すっとんでいった実を追いかける様子が伺えた。

「それも半袖か…見ているだけで寒い…」

 カーティスは最近自身が冷え性であることを自覚した。

 不思議なもので風邪などの体調不良は気に留めなければ、気にならないかなんとなく調子が悪いなどで済む事が多いが、他人に指摘されたり、医者に診断されたりすると、途端に本格的に症状を自覚し始めるのである。

 毎日魔力感知の練習の度に

「ますたぁ、手つめたい、さむいか?」

 と言われ続けたことでカーティスは、これまで気に留めていなかった冷え性を初めて自覚すると、寒さに対して苦手意識が芽生えたのだ。


「ますたぁ、ほら、中、だいだい色してる!」

 クライが切った実を持って家に入って来た。畑づくりから苗の植え付け、毎日の水やりなど一人で行ってきて、初めての収穫物である。本来秋口にできるこの世界のカボチャのような物、皮は黒く、見た目は大きなアボカドが地面に転がっているように見えるが、中身はカボチャそのものである。この世界のカボチャだが、冬に出来ないこともない。もっとも本来冬物は小ぶりになるのだが植物などに影響を与える『神の気』の光を毎日浴びて育った作物は成長も早く、その出来栄えは売り物としても上等な出来となっていた。


「うん。よし、じゃあ今日は、それで餌を作ってやる。同じように出来ているものは収穫したら倉庫にしまっておいで」

 クライはパァっと表情を明るくするとまた外に向かう

「クライ、見ているこっちが寒い」

 カーティスは麻の生地で出来た眺めのタオル状のもの、以前来ていた奴隷服の材料を加工したケープをクライに着せた。上半身を覆い布の重なる部分を大きなボタンで留める。以前届けてもらった裁縫道具内にあった大きなボタンをバスタオルのような麻布に付けただけの簡単なものだが、無いよりはマシだろう。

「ますたぁ、ありがとー」

 にこにこと着せられていたクライは、そう言うと外にでて収穫に向かった。



 俺は黒い実を抱え何度も中と外を往復しながら、ローブの着心地を確かめていた。

珍しく、マスターが俺にくれたのだ。大事にしよう、と。

 来たばかりの頃と比べると、武器の修行などは格段に厳しくなったが、マスター自体は大分優しくなったように感じる。それは言葉の端々に感じる。以前より、ほんの少しだけ言葉遣いが変わったのだ。きっとマスター自身は自覚していないと思う程に些細な変化だけれど



 初雪から、何度か雪が降った。

 マスターは冷え性だからなのか、実践訓練は依然厳しいままだが少し短くなった気がする。ある程度動いた後は魔法ばかり撃つようなことが多い。手を抜いているわけではないと思うし油断していたら火の玉やら氷の玉やらで滅多打ちにされてしまう。


“火の玉”(ファイアボール)“火弾”(ファイアバレッド)…怯むな!魔職と対峙したなら、同じく魔法で返す!出来ないならば距離をつめろ!!“氷弾”(アイスバレッド)


 バスケットボールサイズの火の玉が3つ迫ってきていた。それをサイドステップで交わしたところに、新たな野球ボールサイズの火の玉が飛来した。先程の火の玉とは比較にならない速度で


「うゎ!・・ぐっ」

 なんとか火の玉はジャンプして回避できたが氷の塊に当たり地面に倒れた。


 特に火の魔法には気を付けている。折角買ってもらった服が修復不能になってしまうからだ。タンクトップのようなものとポロシャツのようなものの内、既に2枚再起不能となっているのだ。全部失ってしまえば俺はまた、あのバスタオルを折り穴をあけて着るという縄文時代以下の服装へ戻ることになる。


「今のは私の誘導に引っかかっていただけだ。本来なら最後にとどめの魔法を放つ。初撃がぬるいと感じても油断するな。・・では魔力操作に移る。ついでに薪をもってくるように」

 マスターはそう言うと家の中へ入っていった。


 日が暮れるのも早くなった。

 新たな日課となったことがある。

 これまでは、マスターは森の異常がないか午前中に一人で点検に向かっていた。もちろんマスターは朝に一人で点検しているが、魔力感知を終えたあと夕方一緒に森を散策するようになったのだ。

 マスターとの行き先は森の中でも周囲とは違った様子のところが多い。そこだけ木も岩もない平地であったり、大きく抉れた土地であったり、明らかに周囲とは異なっていた。また空気も重い。“瘴気が濃い”ということなんだと思う。俺は一緒に回りがてら『神の気』で浄化していった。


 ただ極め付け、いや、今だからわかるが一番異常であったのが、俺が生まれたところだった。そこは森の中でも一際巨大な大樹が円形に囲んでおり、大樹の木の根がおたがいに絡みあい平地のような地形を成していた。さらに、瘴気に関して俺は初めて目視することが出来た。木の根の隙間から黒いような濃紺に紫がかったような油のようにネットリとしてものが空気に揺らぎ空へ登っていく。上る途中で空気に溶け霧散するのだが、そこはまだ明るいうちにも関わらず周囲よりも暗く、体にまとわりつくような重い空気を出していた。


「ここが、この森の中心だ…今日も瘴気が濃い。なぜかお前が出て来た時には止まっていたんだがな。最近は元通りとなってしまった」

「むー」

 俺は『神の気』を溜め、全力で解き放つ。

周囲から空気の重さはなくなり、足元から立ち上る瘴気も消えた。

広い範囲を囲む、その土地であったが、空気が澄んだ気がする。

「…ますたぁ、またでてきた」

 そこは、他の土地と異なり、すぐに瘴気を取り戻したのだ。

マスターと共に行く土地は、どこも毎日浄化するが次の日には元通り瘴気を発していた。

「気長にやるしかない。もしかしたら徐々に薄れていくかもしれない」

 新たな日課として、瘴気が特に酷い場所を俺は一緒に回るようになったのだ。



 冬の間、俺はマスターと一緒に寝ることが多かった。

これは、いままでなら夜本を読んでいると月の高さを見計らって

「『寝る支度をしてから寝ろ』」

とマスターの声で寝ていたが

「続きを読むなら『寝る支度をしてから読め』」

という声掛けに変わった。俺は暖炉の椅子に座り本を読んでいるとそのまま眠ってしまうことが多い。

 マスターは、そんな俺を抱えて自室に行き、抱えたまま眠る。湯たんぽのようなものなのだろう。手足が冷たいマスターだからな。半ば当然のように朝マスターのベッドで起きるようになっていたが、時々一人で眠るときがあっても自分から「寒いから一緒に寝よう」などと言うことは無かった。


 そんな中、一日だけ俺はマスターに我がままを言った日があった。


 魔力感知のため、いつもより更に早く魔力を流し込まれた時だった。なんとなく胸がつかえるような息苦しさを感じていた。

 そのあとも胸がつかえるように熱く感じていたが気には留めていなかった。だが、次の日、体は怠く手足は重く自分でみても自分の体が赤みがかっていたのだ。布団から出ようにも怠くて出られなかった。風邪だと思う。

 雪の中だろうと毎日森の中を走り回っている体力があっても体は幼児なのだ。そのまま俺は再度寝てしまったらしい。マスターの声がした。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆  


「クライ、いつまで寝ている。餌が…」

「・・・すみません。ますたぁ。今おきます」


 カーティスは動転していた。どう見てもクライの様子がおかしいのだ。

「どうした!…な、何故赤い、な、、」

 病気…この森の管理者として私は病気になったことがない。

「いい!そのまま横になれ!…“回復”(ヒーリング)“解毒”(アンチドート)ど、どうだ」

 赤いままのクライに寄り、手で額を抑え今にも起きようとしていたクライを押せつける。手のひらから普段よりずっと熱い体温を感じる。

「ますたぁ手、つめたいな」

 そんな事は今はどうでもいい。私は病気を治す方法など知らないのだ。どうしたらいい――

「… شفاء عظيم ……“生命の奔流”(ライフストリーム)…どうだ!?」

 クライを癒しの魔力が渦を巻き包み込む…が赤みが引くことは無かった。

「たぶん、かぜです。すぐよくなります。ますたぁ手きもちいい、俺ねつあるな」


「と、とにかく『寝ていろ』」


 私は部屋に戻ると薬草学の本を開く。解熱剤――この材料は保管庫にある!

すぐに調合を始めた。森の散策のついで片手間に採取する薬草に回復の魔力を込め作る薬は普段売りさばくためであり、消費する予定のない私はストックなど持ち合わせていない。

 普段なら、乾燥などの工程を踏む薬だが、今はそんな暇はない。すぐに使えるようにするためには・・・

 カーティスは慌てて薬をつくると煎じて煮出していた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 


 あぁ風邪かぁ…

 この体でも、そんなもん引くんだなぁ。

 俺が悠長に、そんなことを考えていると

「クライ『飲め』解熱剤だ――」

「うっ…ますたぁ、まず・・・」

「『早く』『全部のめ』」

 おそろしくまずい液体を飲まされた――


「・・・ますたぁ、ねてれば治る。ちがうか?」

別に咳が出るわけでも、頭が痛いわけでも無かった。

怠く、熱いのに時々震えるほど寒くなる。高熱が出たとき特有の症状が出ているのだと思う。


「そ、そうか。いや、震えてるじゃないか、寒いのか?!そうだ―」

マスターは俺を抱え自室のベッドに寝かせる。相変わらず冷たい手が心地よい、マスターが慌てている姿が珍しいなと、ぼんやりと眺めていた。

「いいか…今日は、じっとしていろ」

そういうとマスターは自室の机にある椅子をベッド脇に寄せると、そこで薬草学の本をめくりだす。しばらくその様子を眺めていたが、俺はまた眠ってしまった。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 おかしい。

 

 カーティスは思った。

 クライに飲ませた薬は、普段街に売りさばく薬よりも数段格上(・・・・)の回復魔法を込めて作った。それも神の気で一度白湯となるほど浄化された聖水の比ではない水で煮出してだ。最早秘薬の類であった。

 眠るクライの額に手をあてる。火照りが手を通して伝わってくる。

クライが眠る様子を見つめ冷静さを取り戻すと、違和感に気付く。手から伝わる熱に混じり仄かに魔力の流れを感じたのだ。

「魔力の暴走…か?」

 クライは、まだ魔力の扱いが(つたな)い。だが、魔力の制御が出来なくとも体調不良を起こすようなことは普通はあり得ない。

 カーティスは注意深くクライを観察する。右手を額にあて、左手でクライの右手を掴み、自身の魔力を流していく。量の多寡(たか)や特性こそ違え、操作出来る出来ないを除けば魔力とは生命には淀みなく流れているのだ。本来なら魔力が、このように暴走するということは考えにくいのだが、カーティスには心当たりがあった。

 魔力感知の訓練の時に起きる魔力の減衰。クライの胸の辺りにあるリング状の“何か”


 集中する。クライの胸の辺りの、その“何か”、今までは魔力を吸収するだけであったそれが今、魔力を放出していたのだ。

「これ…か」

 本来であれば、魔力をもたらしてくれるソレはクライを助けたであろう。きっと成長と共にクライの魔力を吸収し、自然と魔力放出を始めたであろうソレは、魔力感知のために大量の魔力を浴びていたのだ。

「意図は分かったが…子供の体には負荷が大きいな」


 机の引き出しをあける。雑多なその中から、小瓶を取り出す。中には透明な水がしか入っていないように見えるそれを手に取り、クライの布団をめくる。服もめくり、指先に小瓶の水をつけ魔力を込める。魔法陣用のインクのような魔道具だ。

 クライの胸元に指を這わせると、胸のリング状の何かを囲むように紋様を描く。

「力が強すぎる。数年程度の封印しかできないが、これで魔力の流れは整う」

小瓶をしまい振り返ると、クライの寝息が安らかになったのを確認できた。

「この森で瘴気の中、木々だけが枯れないのは、魔力を奪う役目があるからなんだが、その上そんな輪に邪魔されてたのでは、魔力感知は難しかったな」

 症状の落ち着いたクライの頭を撫でるとカーティスは食事をつくりに部屋をでていった。ばたばたしている内に日も暮れようとしていたのだった。


 クライは目が覚めたのか起きて来た。トイレに向かい出てくると、怠そうにはしていたが、赤みは引いたようだ。

「クライ食べられそうか?」

コクコクと頷くとテーブルに座った。

「汗もかいていたんだ。食べたら体を綺麗にして寝るように」

 クライは頷いて答えていた。

体を拭いて寝ると思っていたが、ザーッとシャワーを浴びる音がした。

体を拭いて着替えたクライは、もじもじしながらつぶやくように

「ますたぁのとこで寝てもいいか?」

私は何故だか、それを可笑しく感じ笑ってしまった。クライは気まずそうにしていたが

「暖炉際で頭を乾かしてからな」

というと、嬉しそうにしていた。

 結果として病気では無かったのだが、寝ていた本人は知る由もないし、体調が悪かったのは本当のことだ。乾くとツンツンと立ち上がる髪を確認するとクライは私の部屋に駆けて行った。

 

「さて私も寝るとしよう」


 手にしていた薬草学の本おく、風邪の他、子供がかかりやすいとされる病に効く薬の記載された箇所には付箋が貼ってあった。


 本棚に何冊もある分厚い薬草学の本、その全てに付箋が見える。

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