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大魔導士の弟子(旧)  作者: のぽぽん
第1章 大魔導士
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007 小さな変化

 自分とクライの間を循環するように魔力を流しながらカーティスは違和感を感じていた。

 右手からクライの中を通り抜け左手から還るように流しているだけなのだが、クライの中を通り抜けるだけの魔力が少しだが吸い取られているような感覚がするのだ。


 本来なら電池に電線を繋げ(プラス)から(マイナス)に流すだけのような行動なのだ。もちろん電線に抵抗があるように、他人の体を媒介にするのだ。抵抗があり多少は減衰もするだろう。


 しかし、クライはカーティスの使い魔である。普段からカーティスの魔力を浴びているしクライ自身も自覚は無いがカーティスの魔力に順応している。

 だから他人に突然魔力を注ぐような抵抗もないのだが、明らかに吸収されているのだ。

 魔力感知には関係がないほど多量の魔力を一気に流すと胸の辺りにリング状の“抵抗”を感じる。魔道具の類のように実態があるならば、もっとはっきり感じられるだろうが、カーティスは激流とも呼べるほどの魔力を注ぎ、ようやくリング状であるだろう程度の存在しか掴めなかったそれが実体を持たないだろうことを、ほぼ確信していた。


「ますたぁ、まりょくのながれ、だんだんわかってきた」

クライの言葉に思考が切り替わる。

「そのまま維持だ。『集中』して『自分で流す』」

むむむ…と眉根を寄せ目を閉じるクライを眺めていると、また薄っすらと体を発光させ始めた


「『止め』、クライまた気の流れが混じってる。何度も言っている、気と魔力は異なるものだ。気が生命のもつエネルギーだとしたら魔力とは世界に干渉するためのエネルギーだ。火を起こす魔法とは、そこに無いはずの火を、そこに存在させるために世界に干渉する。

 世界―この場合は周囲にといった方が分かりやすいか。魔力は周囲の魔素と反応する。火の魔素が濃いところであれば少ない魔力でも大きな威力を出すことができる。

 クライは気が漏れやすいから区別が付きにくいのは分からなくもないが、きちんと分けて感じられるようなるための集中だ」

「ますたぁ、たたかうれんしゅうの時いう。つかえるもの何でもつかえ。き、まりょく、どっちもエネルギーちがうか」

 ジト目のクライを見てカーティスは溜息をつくと

「私は剣で畑を作れとか、クワで料理をしろとは言わない。道具に使いどころがあるようにエネルギーにも使いどころがある。上手くいかなくても()ねるな、ホラもう一度」

 また両手をとり魔力を流す。リング状の何かは気にはなるが特に何も起こす気配はないのだから。そう思い、注ぐ魔力を増やしていく

「ますたぁ、今日も、手つめたいな、さむいか?」

 ゴン!目を閉じ両手で魔力を注ぎながら眉を吊り上げカーティスは頭突きをした

「『集中しろ』」

 毎日毎日、叱られることに凝りもせず手が冷たいと言うクライの言葉。

 季節は、すっかり冬となっていた。



 魔力感知の修行も無駄にはなっていない、俺は毎日マスターの魔法を受けている。

その中で最も受けている魔法が回復(ヒーリング)系の魔法だ。擦り傷から切り傷、打撲など俺のケガの頻度を考えれば当然と言える。マスターが言うには


「魔法とはイメージを具象化するものだと思えばいい。感覚が伴っているものほど具象化しやすい。精霊や、晶霊などと契約していると威力が高まる一因も感覚やイメージを補助するからだ」


 とのこと。つまり感覚を得ている魔法なら真似やすいとも言い換えられるのだ。俺は、まだ上手くはいかないが、ゆっくりとなら自分の中にある魔力なる力を動かせるようになってきた。それでマスターが傷を治すときのような動きを真似れば理論上傷が治るハズなのだ。


 夜寝る前に手を組み祈るように自分のなかの魔力を感じ取る。神の気は本当にパッと使えるのだが、魔力はなかなか思い通りに行かない。ただ循環させるだけのつもりなのに、胸のあたりでクルンと渦になってしまったり、気づくと魔力でなく循環してたのは神の気で部屋が無駄に明るく照らされていたりと上手くいかないが、毎日の日課として続けている。寝る前以外にも畑仕事では水まきの時など、単調な作業の間は自分の中に意識を向け練習しているのだ。一朝一夕で上手くなるものでないことだけはハッキリと自覚できていた。


 朝になると作物の水をやるため、薪集めの背負子(しょいこ)に縦に大きな桶を括り、両手にはブリキのような素材でできた一斗缶のような蓋つきの箱に取っ手がついたものを両手に持ち。家から出て左手側の森の中に駆け込んでいく。


 体は小さいが丈夫だし、力も見た目よりはずっとある。ただ黒髪長髪、赤い双眸のマスターこと大魔導士カーティスが規格外なだけで、俺だってそこそこ強くなったはずだ。毎日、硬い土を耕すために全身をつかって農具をふるっているし、こうして森の中を何度も走って往復している。保育園でいえば年中前後といった見た目からしたら十分に規格外なはずだ。


 生活用水なども得ている小川へ、もともと何往復もしていたが、畑の水まきが必要になってからは倍も往復している。巨木のうねる根を蹴りだし走って済ませないと終わりが見えないのだ。

 背負子(しょいこ)と、背負子の桶、両手の水汲み缶があるおかげで一度に運べる水の量が多いことが救いであったが、帰りは自分の体重より重い重量を担いで、また“走る”。この世界に来てからもうすぐ一年となるが体力は本当についたと思う。


 背負子の桶から柄杓のようなもので粗く水まきをした後は大きなジョウロに水を移して、仕上げの水まきを行う。家のを出て右手側の果樹には後光を使い丁寧に水やりを行っている。


 最後は汚水処理スライムに水をやる。丁度トイレの裏になる場所に石組で囲われた四角い穴が開いている。この中にいるスライムがトイレやら風呂の残りやらを食べているのだ。俺が来る前は瘴気で死んでいたため時折来る虎の牙(タイガーファング)は、スライムを生け捕りにして交換していたようだ。しかし、今ここら辺は瘴気なんて沸かないし俺が言いつけ通り神の気を浴びせた水を流し込んでいる。マスターの封印とやらで逃げ出せないがスライムは元気にしているようだ。

「ながくいると分裂して増えるが、増えた分は逃がしてもいい」

とマスターが言っていたことから、その内分裂するらしく、分裂体は別個体として封印されていない状態となるらしい。襲い掛かられないように、そぉっと開けるのがマイルールとなっている。


 毎日の作業で大体午前中が終わるのだが、慣れもあるし道具もよくなると少し余裕が生まれる。俺は、その時間で今家の近くの畑周辺の“開拓”に挑戦している。斧で木を削りくの字の跡を倒したい方向につける。とどめは鋸で行い倒す。切り株を斧や剣の練習で削り根をツルハシを使って剥がし・・・と1本1本は大変手間がかかる。それこそマスターに魔法で吹き飛ばしてもらいたいところだが、本当はあまりやってはいけないそうだ。


「この森のバランスを欠けば、綻びが生じ瘴気が噴出しかねない。この辺はクライが浄化してるが、前に浄化したところでも、時がたてば瘴気が再び(にじ)み出ている。開拓は命じたがお前が浄化しきれる範囲に留めて行え」


 と言っていた。瘴気が濃いとマスターが言うところは確かに何となく空気が重かったり雰囲気がよくないけど、森のバランスを崩しすぎないようにということなんだと思う。

 でも、毎日手が入れられるなら可とも受け取れる。俺は、爆発跡地でなく、効率よく四角く綺麗にしたいのだ。


 それと遠くなり過ぎない程度に、意識して神の気を纏いながら森の散策もしている。マスターや虎の牙(タイガーファング)の人たちは、ことあるごとに瘴気がどうのと気にしているので除去している。

 神の気は今のところ森の浄化と、浄化した水の方が美味しいというマスターの言葉で生活用水と浄化、畑の水の浄化くらいしか役立っていない。

 実戦練習では目くらましにしかならないが、瘴気の浄化ができるそうなので俺は帰れる範囲で森に入り特に空気が重いところを後光で照射している。この散策で新しく山菜や木の実の取れる木も発見できるので一石二鳥である。



 午後は実戦練習。これは本当に毎日キツイ・・・

 今日はマスターが槍を使っての練習だった。最近すこしコツがつかめてきたのが受け流すことについてだ。この体でまともに当たると上手く防げていても体制は崩れるし吹っ飛ぶしと悪いことしか起きない。だから力を逃がすことに集中している。


 俺は体を横へそらし鉄の手甲で手を引きながら槍先を逸らす

同時に前に出るが、次いで飛んでくる薙ぎ払いを体を低くしつつも見上げるようにマスターの手元を観察した。

「そうだ!目を逸らすな!!」

カーティスは声を掛けながらも懐に入り込もうと前にでたクライを蹴り飛ばす

「ぐふっ…」

手甲で直撃は避けたけれど衝撃が内臓まで響く

しかし、さっきのように正しいときには、そうだ!と声がかかるのだ


「つぎ、いきます」


 俺は、その小さくもマスターに認められることが嬉しくて自分から次に向かうようになった。小さな体を活かすことも多少覚えた。手や短剣が地面が近いので土や石を掬って、溜めた神の気で強く発光するとともに投げつけ、同時に地面を蹴りだす。


「やっ!」

 右からの薙ぎ払いを手甲で斜め上を通過するよう進路を変えさせ距離を詰める

 マスターが地面を蹴り後退した


“土壁”(ウォール)


 ドシン!!・・俺は突如現れた壁に頭から突っ込んだ。頭だけで済まず勢いがあったため全身で壁に突進となった。


「ますたぁ・・・ずるい」

 痛みと驚きでポロポロと涙をこぼしながらの訴えに

「魔力感知を磨けば、魔法がくることが分かる。でも今日は良くやったから、ここまでにしよう」

 近くにきてポンと俺の頭に手が置かれた。同時に回復(ヒーリング)が掛けられた。

 思い返せる記憶の中に褒められた記憶がない俺は、マスターの「良くやった」が嬉しくて、実践訓練は本当に頑張っている。

 キツイけれど、褒めてもらえることが、何よりもやりがいに感じられた。



 この後は言葉の落とし込みだった(・・・)

「もう単語や、言葉の概念自体ほぼ伝えられた。あとは使い方だ」


 そう吐くほど気持ち悪く、脳を内側から壊されるような感覚がする、この世界の言葉のインプットは終わったのだ。例えるなら英語単語や文法は理解しているがイントネーションなど話す方に課題がある状態だ。


 実践訓練が終わると、家の中で本を音読する時間となった。これは夜に本棚から出して勉強していた本とは別にマスターが自室にある本を持ってきてくれた。その本には、この世界の成り立ちなどが記されていた。


「このせかいは、たいこの、むーかーし、おおきなりく、たいりくとうみ」

「この世界は原初の時代、一つの大陸と海があるだけだった…だ。初めから」

「こーの、せ界は、げーんしょの、むーかーし、たいりくと、うーみ」

「伸ばさない。はっきりと読む、もう一回」


 内容は分かるんだが、音読となると中々上手く読めなかった。それにマスターは割と細かい。

 この本が記すところによれば、この世界は大昔に原始の衝撃(ゼロ・インパクト)と呼ばれる隕石か何かで地殻変動を起こし大陸が出来たといった内容であった。


 普通、こういったことは神話か何かで神がつくったとかだと思うのだが、この本はやけに現実的な内容だと思った。


「りーくには、いーろんなしゅるいの、いきものがいて、うーみもそう」

「陸地には様々な生命が誕生した。海も同様だが、その姿は大きく異なった…だ。やり直し」

「陸ちには、さまざまな、せーいーめーいーが・・・」

 要するに、陸と海両方生命は誕生したという内容であったが興味深い記述はこのあとだ。


「せーかーいーは、りくとうみのほかにー、うえしたに、てーんと、ちーがあって、とーなーりーには、まぼろしと、めーかいがあって・・・」

「世界は地上の上下に天界と魔界があり、生命の世界と隣り合うように幻界と冥界がある。世界の理についてだ。地上は4つの世界に囲まれているという内容だ。魔道は理を把握することが重要だ」


 この内容は衝撃的であった。魔法も虎男もスライムも驚いた。ここに来る前に神様とも会った。天界、魔界の存在が出てきたのも頷けなくもない。だが幻獣なるものが住まう幻界、魂の行き先とされる冥界については、この本での登場が初見だった。


「げんじゅうって、どんなか?」

「一概には言えないが、実体をもつ精霊のような存在だ。独自の魔力や魔法を使うとされている。精霊以上に滅多に会えるものじゃない、が契約ができるという点では精霊にも似ている」


「つよい?」


「おそろしく強い。天界も含め、どの世界も本来は世界を渡ってまでこちら側へは来ない。来るとしたら、世界に孔を穿(うが)ち繋げなければならない。人間はそれをダンジョンと呼ぶがな。そのエネルギーに比例して、世界の境界は抵抗するが、それすら超えて来たやつだ。弱いわけがあるまい。

 もっともダンジョンが発生したら世界を渡る為に起点として影響を与えてられている最奥の媒体は魔力を帯びた特殊な金属や売れば一生遊んで暮らせるほど高価な宝石となっており、その獲得は国をあげて行われている。強い魔族や荒れ狂う幻獣の来襲を阻止でき秘宝も手に入るのだから冒険者も騎士団もこぞってダンジョンに向かうというわけだ」


「ますたぁ勝てるか?」


「フッ、大魔導士だからな。ほら、そんなことより練習だ。もう一度最初から今のところまで」

 少し間を置いたが、マスターは不敵に笑うと自信を覗かせた。魔法を使えば一面を荒野に変えるし、魔法使いのハズなのに、どの武器を持たせても素人目にも強いのだ。世界を渡って来たやつにも勝てる…俺は妙に納得がいった。


 夕飯後も引き続き本を読み、寝る支度をしても暖炉の前で本を読んでいた――


 この世界は、きっととても広いんだろう。

 地上は4つの世界、天界、魔界、幻、冥界に囲まれ、太極と呼ばれる光属性・聖属性魔法、闇属性・暗黒属性・黒魔法、4大元素(エレメンツ)とよばれる火、土、風、水属性魔法、空間魔法とか雷魔法とかの特殊魔法なんかの色んな魔法がある。


 マスターは瘴気の濃い森の管理があるからこの地を離れられないと言っていた。


 だからいつかこの森中を綺麗に浄化できたら、いろんなところに連れて行ってもらおう。マスターなら幻獣にだって負けないんだから。安心して旅が出来る。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

 

 カーティスは本の上に倒れ込むように寝てしまったクライを、抱え自身も眠りにつくことにした。永い間を独りで過ごしていた。クライに手が冷たいと言われるまで自分が冷え性だと気づくこともなく、それが普通だと思っていた。

 抱えているとクライの体は温かい。抱えて眠ると体温以上に、温かさで安らぐのだ。不思議な安心感の中、カーティスは今日もクライを抱えて眠った。


 外は雪がチラついていた。もう真冬である。

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