003 孤独の終わり
つい先月、私は変なものを拾った。
森の深く。ある者は聖域と呼び、ある者は禁忌の地と呼ぶ。
自然が織りなす結界とでも呼べばいいのだろうか。そこは木々が鬱蒼と生い茂る森の中であるにもかかわらず、その土地だけ木が生えず代わりに根が一帯を覆っている。巨木が周りを円形に囲み互いの根を複雑怪奇に絡ませあい結界をなしているのだ。
――地下に眠る者を二度と地上へ出さぬように
この森は瘴気が濃い。魔力の力が強いのであれば魔物も生まれよう。
ここは魔物も避けるような忌み地なのだ。『封印の森』そう呼ばれているそうだ。呼んでいる人族ですら何が封印されているか知らず、ただ近づき難いため避ける様にそう呼んでいるそうだ。私は、もう永い間この地の管理をしている。永い…永い間…
瘴気は生命を蝕み、いずれ死に至らしめる。これは魔物であれ人であれ変わらない。
だからこの森には私以外に人はいない。この森に順応できる私以外、誰もいない…
私の名はカーティス
禁忌すら躊躇わず魔導を極めし者――かつて大魔導士と呼ばれた森の管理者
禁忌の地、封印の森しかも結界の上に『卵』はあった。
ブーツを履いた私は身長にして165㎝程度はある、にも関わらず『卵』は私の腰くらいまでの大きさがあった。
もちろん毎日こんな所を見回りに来ている訳ではない。
しかし、これほどの大きさの卵を産む魔物が飛来したのだとしても気づけない程、耄碌してはいない。
それは鉄と言うか鈍い銀色をした卵としか形容できない形をしていたのだ。
それも中からビービーギャーギャーと何かの生き物の声とともに卵自体が声に合わせ輝くのだ。
輝くところまでであれば魔物の卵として、無抵抗な今処理することに躊躇いは無かった。
その光が放たれるたび瘴気は打ち払われ、滲み出る瘴気により変色する巨木の根の色を生気ある色へ戻していたのだ。
そんな輝きなど見た事も聞いたこともなかった。
魔導を深く修めた自負のある私が聞いたこともなく、永きに渡りこの森を見てきた私が知らないもの
風に木々が靡く音と、瘴気に命を蝕まれて尚、他の地では戦うすべのない弱い生き物の力ない声、正気を失った魔物の地の底から湧き出るような唸り声
そんな静かで暗い音しか響かぬ森の中。
元気にビービーと…
「・・・やかましいと思ったが、こいつのせいか…私の森で、こんなものが生まれるハズは無いんだがな…」
イレギュラーは面倒しか起こさない。溜息交じりに、そんなことを思いつつ、中身を確認しない訳にはいかない。
瘴気を浄化することは分かった。
――瘴気の穢れを払う聖獣か
――封印の真上、封じられた何かが生み出した魔獣か
「お前が一体なんなのかは、お前から聞き出すとしよう」
指先に黒色魔力を集め、軽い爆発を起こす雷撃を作り出す。
魔法に素養のあるものであれば4大元素以外の高度となる魔術を詠唱もなく扱うことに畏敬の念を抱くだろう。
バチィ!!
卵の表層を掠めるように雷撃を当てる。確認するまで中身を傷つけないように
私は自分の目が全開に開き点のような瞳になっていると自覚が出来た。
封印が綻び、瘴気が噴出した時ですら、これほど驚くことは無かった。
現れたソレは漆黒の様に暗い黒髪をツンツンと立て、鋭い目つきの中、煌々と輝く紅い双眸にて私をとらえていた。肌は白く、顔立ちも整ってはいるが鋭さを感じさせた。
そう…驚くほど似ていたのだ・・・私自身に
何が起きたか戸惑っているであろう、私に似ている3歳前後の人の子供のような『卵の中身』に向かい私は歩を進めた。
もしかしたら
発見者の姿を真似る類の魔物かもしれない
もしかしたら
子供の姿で油断を誘ってるのかもしれない
もしかしたら
封じられた何かの後継なのかもしれないのだ
いかなる対応を見せてもよいように私は魔力を漏らさず身体強化、特に情報処理強化、動体視力・認識強化、移動速度強化をかける。集中し寸分の隙もないように
『卵の中身』は微動だにせず、私を眺めていた。
探りを入れるため、あからさまに殺気を込めて尋ねた
「お前は、何なんだ」
『卵の中身』は微動だにせず、ただ私を眺めていた。
杖を掲げて反応を伺う
杖を振り下ろし反応を伺う
杖を迫らせ体重を乗せ反応を伺う
ゴンッッッ!!!
杖が当たると反応は無くなった。
強打により、残る卵の下半分を打ち破り、それは地面に倒れ込んでいた。
小さく柔らかい体は、胡坐を描いていたのか、手も足も曲がったまま地面に臥すその姿は『出』の字を綺麗に表現した。
危害を加える意思があるように見えなかった。
倒れ方も滑稽であった。
「あはははははは」
誰かが笑っていた――いや、これは私だ。
人に会わないわけではない。時折は会う。しかし生活物資のやり取りと森の現状報告という退屈なやり取りしか無い。
声を出して笑うなんて、いつ以来だろうか・・・
その日、私の孤独は終わりを告げた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
黒髪をツンツンと立て、目つきの悪い朱い双眸を輝かせるようにしながら少年は言った。
「きょう、ヒト、きます。おれパンくえるか?」
パッと見ると3~4歳の少年は、今日は朝から落ち着かない。
バスタオルを半分に折り、折り目の中ほどに穴をあけて頭を通し、腰をひもで止めるとう。素材こそ違え、縄文時代さながらの服装だ。いや、紐に布を通し下着をつけているのだから、もう少し文化的かもしれないが
「クライ、お前は畑を整えておけと言っただろう。今日は注文するだけだ、注文したら品が届くまで半月ほどになる。それまでに畑は種を撒けるようにしておけ。ホラ『早く行け』」
来た時から泣いてばかりいるからクライではない。誤解のないように言っておこう。
クライベイビーのクライではないのである、と
その女性は長くしなやかな黒の長髪に、やや釣り目のルビーのような瞳には黒く長い睫毛がかかり、顔立ちとしてはモデルのように綺麗に整っている。俺は転生者である。前世の記憶もあるが神様?と、この美人がかける魔法で大切な前世の記憶は虫食い状態だ。無論普通は前世の記憶など多くのものは持っていないものではあるのだが。あっても虫食い、しかも言葉も置き換え中である俺は、まだまだ流暢に話すには遠い。
俺は、この黒髪・黒づくめの暴君をマスターと崇めて従っている。正確には使い魔化されている。だから、この『早く行け』など、魔力の篭った声に逆らうことが出来ない。
「はい、ますたぁ」
俺は椅子から降り、外へ向かった。馴染んだ農具を手に丸太で出来たログハウスを出る。
眼前には茶色い土を見せる畑が広がっていた。
マスターが黒こげの焦土にしてから今日で半年が経つ。
年に何回か来るという行商を兼ねた冒険者が今日来るのだそうだ。
もう5か月も前になるが時々行商が来ることを知った。それに何かにつけマスターは「行商が来たら買う必要があるな」と口にしていた。食料など、もともと一人暮らし用の備蓄だったのを俺に分けていたのだから、今回の買い物は大量になるだろう。
その内のひとつが、俺のパンの材料や保存食の注文だ。俺はマスターが餌と呼んで出すものを食べている。といってもマスターと同じ物だが、パンというか炭水化物で構成されされたものが木の実しかない。
使い魔の分際でというところもあるが、俺から辞意した部分もある。マスターも時折ちぎってくれることもあるが、一人暮らしに俺が居候している自覚もあった。マスターは日課のように鳥や獣?を狩っているが、本来備蓄だけでも一人分程度ならやりくりできたかもしれないという考えがよぎってからは餌としての分だけと自分で決めていた。
だが、食事作り以外の家事と畑の開墾という肉体労働から、条件さえ整えばパンくらい頂いてもいいはずだ。俺は行商なる人が来るのを待ち望んでいたのだ。
サクッサック…ズズズ…ザクン、ザッザ…
今日は種まき用に畝をつくる作業がメインだが、たぶん5分に一回周囲を見渡していた。マスターは売却物の容易でログハウスの中から色々運び出していた。外に出ると、そわそわする俺を苦笑いするように見ていた。叱られなかったのは俺が行商人についてが毎週以上に頻繁に尋ねていたため、今日ばかりは仕方ないと思っているのだろう。
ある日、開墾作業をしていると青い鳥が凄い速さで家に来た。
足首に羊皮紙なのか、和紙のような厚い紙を括り窓もどきをつついたのだ。マスターが言うには“ぎるど”の使い魔らしい。俺にとって同業他社となる鳥が齎したのは吉報だった。
紙には「クエスト受注あり・着10日後予定・いつもの4人組」とだけ記してあった。
俺は、注文について紙にかいて出せば、持ってきてくれるのではないかと
「ますたぁ、鳥に頼む、もの届く」と提言したが、森の現状報告を国に行うためにしかこの森へは来てくれないそうだ。距離の関係もあり冒険者の負担も考えられ、荷物を運ぶのは片道分との取り決めがあるらしい。1往復で荷物運び完了すれば効率は良い。しかし冒険者の人数などコストと体力を無視してそれは出来ないそうだ。確かに運ぶのも人間だもんね。
売却物と報告を街へ届けるという往復と、報告受理のサインと注文物資をもってくるという往復、この2往復を行うためコストが高くなるらしい。マスターの渡した物資売却から買い付けまで含めれば、クエストを受注すると1か月はかかる計算となる。
そのため年に数回しか来ないらしい。緊急時は鳥の魔物を使い魔化するらしいけど、個人クエストで4人の月給を払うと考えれば本当に緊急事態なんだろう。マスター曰くお金に困っていないとは森の管理が国家管理の下行われているため、そこそこ貰っているからだと俺は推測した。
運び出しをするマスターに備中鍬を振りながら尋ねる
「もうじき来るですか?」
マスターは目を閉じ眉を顰め、いい加減にしろとばかりに
「『来るまで黙って作業をしろ』」
と、ついに使い魔化を駆使して俺を黙らせた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
森には4人組が闊歩していた。
「変わんねぇな本当。瘴気が濃い、なぁエリック、あの美人死んでねぇかな?」
「ふふ、ジーノの好みですもんね。大丈夫でしょう、彼女は」
「見た目は好みでも、あんなにクールだと遠慮願うぜ」
先頭の茶髪のミディアムショートにした髪をワックスでも使っているかのように髪を立て、大剣を担いでいるのジーノと呼ばれた青年、岩のような革の鎧を身にまとうが重そうには見えない。立ち居振る舞いは駄弁りながらも隙が無いことから、相当な実力者であることがうかがえる。
ジーノと話していた金髪碧眼で本を抱えている神父のような雰囲気の青年はエリックと呼ばれていた。白いローブは森の陰鬱さのなか一際輝いている。瘴気の中、くすむことなく存在感を放つ装備と、武器らしいものをもたない点から魔職であると考えられる。もっとも雰囲気から言えば魔職というより聖職だ。
ガチャン…ガチャン…
「…休憩」
「ぐははは、重いか?そうだな、おいジーノ、エリック!ゼルが休憩したいってよ」
全身甲冑の重装備のゼルと呼ばれた者は大盾を置き、兜をとった。中身が女性であった。褐色の肌に銀髪のセミロングと濃い灰色の鉄のような色合いの瞳は、凛とした雰囲気を漂わせて似合ってもいた、耳がとがって特徴的だが普段は兜の中。美人なのに全身を隠すことがもったいないとゼルはパーティー、メンバーにもよく言われている。
そして豪快に笑った4人目はパッとみると立ってあるく虎だった。分厚い鎧を上半身に着込むが肩や腕は鎧を外していた、下半身は機動力を優先したような作りの渋い焦げ茶の革鎧に、ハルバードを背負い、近づくこと自体が危険といった見た目のギュンターは、気さくで快活、先ほどゼルに「重いか?」と言ったのも決して嫌味ではなく、ゼル本人を始めジーノもエリックも嫌味のかけらも感じていない。豪快な頼れる男、それがギュンターである。
本人以外3人の総意でリーダーを頼まれているが、頑としてジーノをリーダーとして立てている頑固な一面もある、パーティーの精神的支柱だ。
ただ折れないギュンターに参ったメンバーは、意趣返しでパーティー名を『虎の牙』としており、外部も実質ギュンターをリーダーと見なしている。ギュンターは人の目線など気にも留めない性格だから、これまで同様これからも気づくことは無いのだろうが。
虎の牙の4人組は、木の根に10分ほど腰を下ろすと、また歩き出す。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
サクッサク・・
クライの手が止まる…
次の瞬間――
「あ!ますたぁ!!ますたぁー!!」
クライは大声を上げ家に向けて駆け出していた。全力疾走である。中身は前世大人だった記憶も能力も残念なことになり、言葉も舌足らずとなり、しょっちゅう泣いてばかりいる今、自分でも幼児化していることを認めている。
虎の牙の4人はギルドの使い魔が齎した紙に「いつもの4人組」と表記される程度にはカーティスを知っている。
その光景を、他人である4人から見たらどうだろうか
カーティスの白い肌に黒い長髪にルビーのような鋭い双眸
幼児の白い肌に黒い髪に目つきの悪い紅い両目
4人は到着すると目を疑った。
カーティスは玄関をあけると4人に向かい声をかけた
「来たか、早かったな…まぁ入」
「えぇぇぇぇぇ!!!お前子供いたのか(いたんですか)!!!!??」
兜で顔の見えないゼル以外の3人が、ほぼ同時に声を荒げた。
カーティスの指先から発せられた雷撃の爆発が3人の眼前を覆う。
3人は全身に冷や汗を滲ませながら『地雷を踏んだ』と認識した。