002 マスターとの日常
おかしい…
俺は確か前世の記憶もち、つまり『転生者』ということだと思う。
前世持ちって何かこう、記憶を駆使して幸せに向けて一直線とか、ありえない程の恵まれた能力貰ったりするとか…そんなんじゃないのか?
サクッサク…サクッサク…
鋭い鉄器が土に刺さる音がリズミカルに響く
3歳程度の体には大きすぎる120センチはあるだろう棒の先に直角より鋭角に鉄器がついた農具を振るいながらクライは思った。
確かに神様から丈夫な体は貰った。
その証拠に、この世界では生後1か月といった所であるにも関わらず、暴力の化身である漆黒の長髪をしてルビーのような瞳をした悪魔・・・ご主人様カーティスにより生まれて間もなく鈍器により気絶するほどの一撃を貰っても生きてる。
マスターの大魔導?とかいう汎用人型決戦兵器とでも戦うのかと思うような大爆発を間近で見た事で、余波により大人の女性がブーツで歩いて10歩の距離を吹き飛ばされ壁に激突して漏らすほどのことがあっても意識を保っている。
確かに丈夫だ。
いや、意識をもう少し低い水準で失えたら、どれだけ幸せかと思う。
無駄に丈夫なせいで俺は痛い、辛い、怖いから夢の中への逃避ができないという、今の生活からしたら丈夫さとは、すなわち地獄堪能能力でしかないのだ。
サクッサク…サクッガツッ
「…また、いし、ある…はぁ…いつになったら、はたけ、なるかぁぁぁ」
俺は周りを見渡す。
マスターに言われて森を、いや、マスターが災害を起こした跡地を畑にするべく俺は先がフォークのように4つに分かれている農具、備中鍬を横に向け土を退け、石の側面に刃を入れテコの原理で石を掘り出す。
ギィーっと丸太で出来たログハウスの玄関扉が開き、長い黒髪に赤目、黒の袖なしタートルネックに今日は黒い革のキュロット、黒のブーツの遠目にも顔もスタイルも整っていると分かる美人――暴君カーティスが呼ぶ
「クライ!!今日の分の言葉を落とし込む。こっちに来い」
大爆発から1か月、大きな変化があった。
そう。言葉が分かるようになってきたのだ。
しかし、方法に問題がある。間違いなく俺はそう思っていた。
「クライ、私が呼んだら、すかさず返事!」
カーティスは玄関先で仁王立ちに腰に手を当て、眉をよせ、少し上半身を前に傾けるような姿勢からクライを叱りつける。見るものが見れば、こんな美人にこんな姿勢で叱られるとかご褒美だろうが、残念ながら幼体の俺には恐怖でしかなかった
「はいッますたぁ。この、いし、どけたらいくです」
言葉は覚えつつあるが、話せるかと言えば、まだおぼつかない。前世の記憶は曖昧だが大人ではあったと思う。しかし、今の俺がこの世界で話せる言葉は、この世界の幼児言葉が精いっぱいだ。いや1か月でここまで話せるんだ。天才と言ってもいいのではないだろうか
「馬鹿者!ご主人様が呼んだら最優先!『すぐに来い』」
カーティスのもとへトテトテと走る。
これから言葉を落とし込まれるのだ。
言葉を単語ごとに教えるのではない。
カーティスの怒声を聞き俺は備中鍬をテコの状態で刺したまま駆ける。俺は、先月と少し違う。
まず、すっぽんぽんではない。俺はバスタオルのような大きな布を折、中心に穴をあけ頭を通し。腰のあたりを紐で止めている。下着だって、ボロキレと紐を使い簡易な褌をつけている。
人権的に大問題な先月と違い今の俺は最低限文化的な衣類を手に入れているといえよう。白かった布が土まみれで薄汚れザ・奴隷だとしてもだ。
俺がマスターのもとへ着くとマスターが俺の頭に手を置く。
これが、毎日のことであるのだが嫌で嫌で俺は青ざめている…が、マスターは気にも留めていない。
「あはは、今日も汚いなお前は」
楽しそうに笑っているが、お前のせいだよお前の。とクライは思っても口には出せない。
使い魔化の呪縛を受けており命令により『あたり一面、畑にしろ』を可能な限り努力して実現に向けているのだから、汚れるような命令を出した本人に笑われるのは釈然としなかった。
しかし、そんなことが気にならない程これから行われる日課が怖かった。
「では、今日の分を始める。今日は、そうだなもう少し流暢に話せるようにしたいから多めにいく」
俺は涙目になりながらも
「はぃ…」と力なく答えた。
頭に置かれたカーティスの手が輝く
精神や記憶などに関する魔術は白魔術に分類される――そんな魔術に関する知識も、いまから行われる魔術により知った。
カーティスが今から行う魔術は、自身の知識を他者へ伝える精神感応の白魔術だ。カーティス曰く、普通の魔法使いが行えばテレパシーに過ぎないが、禁忌をものともせず魔へと導く魔法使い、魔導士が行えば直接脳をいじくりまわすこともできるらしい。
しかも「大魔導士である私が行うのだ。並ではないぞ」とのこと。
俺は、この世界において、まだマスターにしか会ったことないから基準も分からないし、自称大魔導士の痛い人が人里ではボッチで、こんな森の奥地へ逃げたのだとマスターの設定をつけている。
「ぐ…ぅぁ。。キモち、わるい、、ますた、きもちわるぃ」
「私がキモいみたいな言い方に聞こえるのは気のせいか?」
そんな皮肉言う余裕ねぇよ!!
あんた自分で脳をいじくる魔導士より~私ぃ~超脳いじくりたおすカラ☆テヘッ的な自慢してたじゃねぇかよ!!
「ぐぷ・・・ますたぁ、、はきそ、、ぉぇ」
既に立っていられず蹲る俺の正面から、頭をはなすことなくカーティスは背中側に回る
「あははは、かまわんかまわん。私は何ともないからな。あはははは、この作業も面倒なんだ、言葉位早く覚えろ」
本当ーにッ!この人は俺が苦しんでるのを楽しむように、平衡感覚から言葉の感覚まで狂うような魔力を頭に注ぎ込んでくる。
昨日まで前世の言語でしか分からない言葉が、今はこの世界でしか分からない単語に置き換えられていく。俺は多分もう前世の世界へ戻ってもまともに喋れる自信がない。
それほどこの作業は気持ちが悪い、しかも多分普通なら、もう意識もなくなってるはずだろうに…
お゛ぇぇぇぇぇ…
毎朝、マスターが「ホラ、餌だ。それ食って働け」と作ってくれたスープの残骸と水のようなものが口と鼻から出ていく。
「あと少し耐えろ、男の子だろ?」
マスターは吐くくらいじゃ止めてはくれない。
初対面に瀕死の一撃を食らわせる人だ。死を感じない分マシといえる…
う゛…ぉぇ
もう胃液しか出ない。前世、急性アルコール中毒で救急車を呼んだときですらもう少しマトモだったと思う…そんなことを考えながら、涙でぼやける視界ごしにログハウスを眺め、ついに倒れた。吐いたものを避けるために横に倒れられる程度に慣れている自分が恨めしい
「よし、ここまでだな。起き上がって、掃除が終わったら中へ入れ。昼食にする」
カーティスは、倒れたクライを特に気にする様子もなくログハウスへ戻っていった。
掃除を終え、備中鍬を使い石を取り除いて俺はログハウス…いや最近では、もう『家』と呼んでいる、その中へ駈け込んでいった。
俺の仕事は多い
家にはシャワーのための貯水槽や水瓶など水を使うところが多い。驚いたのはトイレだ。水洗なのである。これもトイレ用貯水タンクに水を使う。流れる先は家の外にあり、流れつく先の中には粘性の強いアメーバの塊のようなものが蠢いている。
スライムらしいんだが、あの雫型の可愛いイメージしか無い俺にはショッキングであった。人生初の魔物遭遇体験がトイレの行き先を辿った結果に果たされたこともあり、二重にショックな出来事であった。
まぁ汚物処理スライムの話は置いておこう。
水を使うところの水汲みは俺の仕事だ。
「これまでは魔法で水くらい出していたが、今日からお前の仕事だ。川は向こうにある」
これが大爆発事件直後に下された命令だ。家から片道20分ほど先に湧水が細長い小川を作っている。
他にも玄関から出て左側沿いに薪置き場がある。木の枝などを広い、鉈やら|斧やらを使って丁度良いサイズを作り出し干しておくのだ。ログハウスと同様丸太で組まれた屋根のある薪置き場の薪を作るのも、薪を使いシャワー用の湯を沸かすため玄関出て右側すぐにある湯沸かし炉で火を焚くのも俺の仕事だ。
もっとも種火はマスターに「火、ください」とお願いしにいくので、火の維持、管理が仕事だ。
まだある。
家の雑巾がけは背が低く届かないところはリビングの木の椅子を使い、琥珀のような樹液のような窓や窓枠、キッチンも丁寧に掃除するし、洗い物も俺がやる。料理は「いずれ」とのことで、今は俺の仕事では無い
昼食を終えると、マスターから護身のための指導の時間がある
「森の中へ入ったとき、死なれると家事係が減るからな。私を楽させるために自分の命くらい守れるようになれ」
とのこと。
備中鍬から鉄器を抜いたような棒を使って、剣と槍の練習をする。
「大魔導士たるもの、魔職特有の近距離の苦手など克服して然るべき」ということでマスターは武術もできるらしい。これがどんなレベルか判断はつかないけれど、俺の目の前から消える程度には速く動け、俺の体が空中を散歩できる程度には重い攻撃が飛んでくるので言葉の落とし込みの次に怖い時間でもある。
バチィッ!
カーティスがもつ棒で、俺の手に持っていた木の棒は後方へ飛んで行った。
俺が一礼をして飛んでいった棒を拾いに行こうとしたところ
「クライ!!武器がなくても敵は待ってはくれないのだから、そのまま立ち向かえ!!」
マスターは、そう言うと素手となっている俺を棒で打ちに歩を進めた。
「いいかクライ!自分の中のエネルギーを集中させれば素手でも剣を折れる!!魔力でも闘気でも何だっていいッ…右!!」
横なぎに振られた木の棒は俺の右側からくるハズだ。とっさに右手を盾に、左手を添え迎え撃…てなかった。
棒は両手を払いシッカリ俺のこめかみを打ち抜いた。
俺は地面にしりもちをつき頭を押さえていると
「癒しの力よ…回復…クライ、せめてあの光るやつくらいだせ。水をまろやかにしたり、ちょっと温かくなるだけだとしても、無いよりはマシかもしれないんだから、やれることは全部やれ。わかったら返事」
回復と唱えられてから痛みは引いた。
「はぃ、ますたぁがんばります」
俺は『神の気』が一体どんなものかマスターに見せた。
いろいろ検証した結果、水や土などを浄化する浄水・浄土機能、植物の成長を助ける成長促進機能、水温を高める…といっても沸かすほどでもない保温機能…
そう後光をつかうとこれらの効果が得られる。
あとはマスターいわく
「松明の代わりにはなる…」とのこと。
松明の代わりは~ってのは1個くらい役立つよ、という励ましだったように感じた。
…転生特典に『神』の名を冠するものを貰ったと思っていたが、この一か月で分かったのは以上の効果だ…やばい、また泣けてきた。泣いてばっかりいるからクライって名前なんじゃなかろうか。いや由来は泣くな俺って自分で自分励ます呟きだったんだけどね
武術がおわると、暗くなるまでは、また農具を振るう。
サクサクと備中鍬が土に刺さる音が響く。もともと田舎に住んでいた俺は農具全般基本的な使い方はできる。本来なら振りかぶったりしないのだが、土が固く小さな体俺は振り上げて得られる位置エネルギーでも使わなければとても耕作などできないのだ。
マスター曰く「体力も筋力もつく。素振りだけの剣術より100倍強くなれると思って真剣にやれ」
とのことだ。毎日手は豆が向け、血豆が出来、血豆がつぶれるので備中は木の部分が変色しつつある。夕食の前にマスターが回復してくれるので即日完治だが痛いものは痛い。
日が暮れると、マスターがつくる夕食だ。
マスターは昼の稽古がおわるとフラッと森へ入り、鳥らしき何かや多分大きな獣だったが魔術により今は持ち帰ったその部位しかないんですね分かります。といった肉と、木の実などを使い主にスープと焼いた肉を出してくれる。パンは俺の分は無いが、これは嫌がらせではなく次の行商人に頼むまでの間とのことだ。
こんな森の深くだが日用品が結構あるのは行商人を兼ねた冒険者が“くえすと”とかいうので来るらしい。マスターは薬草やら自作の道具を売ってるからお金には困ってないといっているので、俺は早く行商人が来て俺の餌にパンが加わるのを心待ちにしている。
夕飯が終わると、俺が初めてこのログハウスで目覚めた部屋、今は俺の部屋となり藁にボロキレを被せた布団と桶が置いてある
その部屋の向かいにある書庫から本を取り出し勉強をするのが日課だ。
魔術による落とし込みにより文字の読み書きも出来つつある。そのため時々分からないところを聞きながら本を読むのだ。
そうそう。蝋燭やランプの他に蛍光石という、魔力をそそげば、ぼんやりと部屋を薄暗いオレンジにする石があるため、夜でも本が読めるのだ。更に、神の気をマスターの邪魔にならないよう調節して使い俺は本を読む。
マスターは俺の隣の部屋。今座ってるリビングのテーブルから通路にある最初の部屋にある素材置き場のものを調合したり、まだわからない単語の混じる詠唱をして道具を作っている。売るためだそうだ。時折手元を照らせと言われると俺が輝く。文字通り輝く。
後光により手元を照らす。ただ気をつけなきゃいけないのが闇属性のものをつくっている時は後光でダメにしてしまうことだ。過去、一度杖が振り下ろされた経験もある。
そう、この世界の魔法は太極と4大元素、いくつかの特殊魔法により構成されているらしい。
・太極
光属性・聖属性・白魔法が所属する白色魔力を基礎にした魔法
闇属性・暗黒属性・黒魔法が所属する黒色魔力を基礎にした魔法
・4大元素(火・土・風・水の属性に由来する魔法)
火には爆発なども含まれていて赤色魔力を基礎にした魔法
土には鉄など鉱物に影響するものも含まれていて黄色魔力を基礎にした魔法
風には真空を作るものや大気へ影響するものも含まれていて緑色魔力を基礎にした魔法
水には氷属性も含まれていて青色魔力を基礎にした魔法
・特殊魔法の例はマスターに聞いたもの
空間魔法は魔力の色に関係は無いが適正のあるなしが大きく関わる魔法とのこと
毒属性魔法、毒や薬にかかわっていて紫色魔力を基礎にしているとのこと
雷属性魔法は火に似ていて爆発も含まれるんだけど魔力の色は様々で雷撃に色が反映される魔法なんだって
あとは個々人の特質系なものがあるみたい。
こうした魔法の基礎や、食い扶持確保のための薬草学の本なんかを眺め過ごすのが夜のパターン。
毎日必ず痛い思いと怖い思いをしているけれど、ちょっとずつこの世界について学ぶことがいつか役に立つと思って勉強している。前世で勉強することなんてなかったけど、人は必要に迫られればやるもんらしい。
そして幼体でも夜更かしできないわけではないけれど大体月が窓枠から外れるころマスターから
『身ぎれいにして寝ろ』
と命令で声がかかるので自分で沸かしたお湯でシャワーを浴び、獣の毛を揃えた歯ブラシに塩で歯を磨き、トイレを済ますときに元いた世界の言葉で「スライムよろしく」と声をかけ
「ますたぁ、おれ、ねます。おやすみです」
と声をかけ一日を終える。
なんとなく畑作中心生活の今は、これが一日の流れになってる気がする。