001 出会い
周囲の木々より一際幹が太い大きな樹の上。
黒髪をツンツンとたて、目つきの悪い赤い釣り目の双眸を更に細め少年、小学生にしてはまだ小さい、けれど言葉が通じないほどに小さくもない、年のころは6~7歳といったところだろうか、白いタンクトップのような麻のような粗い布地のシャツには泥が跳ね、泥とは別の汚れもあちこちについている。
もう少し大きくなったらハーフパンツと呼べるような焦げ茶のそれは、少年の体からすればブカブカの長ズボンだ。
木の上、見渡す限りの森の中、少年は呟いた。
「どこにいやがる…俺の畑を荒らしやがって」
憎々しげに恨むような声であった。
大きな樹のその根元周辺には、きれいに整列された畝を作る茶色い土の土地があった。
大した広さではない。もし車を駐車するとしても軽自動車6台も止めてしまえば人が歩く幅もないだろう。
しかし、目を凝らすと、そうした小さな畑がいくつもあることに気付ける。
すこし離れたところには丸太でできたログハウスのような建物が見える。その周辺は拓けており遠目にも分かる程手入れされていた。
目つきの悪い少年は、姿に似合わず目に涙を潤ませるようにしながら呟く
「マスターに……怒られる」
少年は、4年前この世界に来た頃と比べ、大きく様子を変えた森を見下ろし、鋭い目付きを更に細め目を凝らし何かを探していた。
ーーー―――4年前―――ーーー
俺は『卵』から孵った。
天罰くらうはずの奴らを助けて、あの世へ代走して、そのお詫びだかなんだかで転生させてやるっていう神様(?)に送られたのが『卵』の中だった。
とにかく俺は卵に閉じ込められていて、暗くて狭くて、一回死んだんだとか実感もったせいで情緒不安定で泣き叫んでた訳だ。
そこに彼女は来た。
長くサラッとしたストレートの黒髪に、少し釣り目の鋭い目つきは赤いルビーみたいに綺麗で、妖艶さを醸すような黒尽くめの服装だった。肩からは無いタートルネックのような服だけど師匠は、そこそこ胸があるし腰は引き締まってるからスタイルもいい。黒の編み上げ革ブーツが似合いすぎている時点で中身の方も察せられたら良かったんだが
突然割れて外の世界が目に映ったことと、すごい美人ににらまれているという状況
出られなくて絶望しているなか突然、そこから解放されただけでも「なぜ?どうして?」の嵐で身動きなどとれなくなるだろうに
彼女いない歴イコール年齢な女性免疫のないKIRINさんな俺だ。思考停止というか麻痺だった。
更に初めての声掛けが
「―――ما اسمك ―――」とか
ちょっと何言ってるか分からない
頭が少しアレな人かと思った。
近くに来てから右手を伸ばした彼女の手に、手の中から上下に一瞬で影が伸びたかと思うと長い漆黒の杖が握られていた。2メートルはあるだろう長い杖の先は三日月を象ったような形をしており、中心には黒水晶が綺麗に輝いていた。地に着く方は先端に菱形のオブジェがついており、その先端を平らにカットされていた。
その杖を持ち直し、杖の下端を持つと真上に掲げ彼女は上を向く。
俺は麻痺しながら、ただその流麗な所作を見ていた。
その杖が、綺麗に円を描くように前に振り下ろされる。長く重いであろう杖は重力を味方につけ、遠心力を纏い、長い杖は今や三日月の形を目で捉えられない程に加速させ
目で追えないほどの勢いをつけ
ゴンッッッ!!!!!
ばっちり俺に振り下ろされた。
…
……
「っ、ぃ、、痛」
頭に手をやり目を覚ます――そう目を覚ました感覚があったということは気絶していたらしいのだが、俺はログハウスのような建物の中にいた。完全に木を組んで建てられている壁が4面を埋めていた、藁束の上に仰向けで寝ている俺の右手側には分厚い窓のような物もあった。
窓と言わないのは、そこにはめ込まれていたものが樹液のような粘液が垂れて固ったような跡と、琥珀のような色だったからだ。
「痛い…」
杖のあたった頭は、今も脳に痛みの信号を絶賛配信してくれている。外を眺めながらも何が起きたか思い起こしていると
「بصراحة ... راحت عليي نومة.」
聞いたことない言葉が聞いた覚えのある声により耳に届いた。
体がこわばり冷や汗が出ているのが分かる――
「…な――」
声出そうとした瞬間、強い耳鳴りと眩暈に襲われ顔を歪めた。
“――فهمت،か・・――か?”
“――فه ――分るか?”
“私の言っていることが分かるか?”
俺は、頷いた。もう全身を使って頷いた。
言葉ではない。これは…そうだ!オッサン、いや神様が光の塊みたいなときに直接意思を飛ばして来たときと同じ感覚…念話
見知らぬ土地での孤独は不安だ。
だが人がいたとして、その人が謎の言語と共に攻撃をしてくるよりは、ずっとマシかもしれない。そんなことになれば不安どころか恐怖だからだ。俺は恐怖のあまり逃げ出したい衝動に駆られていたが、太い丸太でできた部屋、およそ素手で割れそうにない窓のような何か、唯一出入りできるそこには恐怖そのものがいる
“ふむ、魔力を込めて死ぬほど弱らせたし私の使い魔化の魔術と回復魔術は効いてるようだな”
「あの…」
“人系の見た目通り声が出せるのか、何を言っているか分からんし、使い魔との念話は魔力を使って疲れるからな、オマエへの負担はデカイけど言葉は『捻じ込む』として…”
俺は怖くて涙が流れていた。
どうやら念話の翻訳は一方通行らしかった。そして俺の理解が正しければ俺は死ぬほどの一撃を食らった上、『使い魔』となったらしい。
“『泣くな』とりあえず飼ってやる。人型は使うのに何かと便利だし、お前には浄化の力があるらしい、とりあえずやって貰いたいことがある”
泣くな――その言葉が強く響いた。
泣くな俺!耐えろ、耐えるんだ俺!!
Don't cry俺!!No more cry俺!!
恐怖の象徴が睨んでいるんだ、この震える小さな体で自分自身を励ましながら涙を拭う。
“??何を呟いている?詠唱ではあるまいな?まぁいい『ついてこい』”
『ついてこい』の部分に体が反応した。まるで俺の意思など無視するように体が立ち上がる。
立ち上がり、ついていく時になって気づく。俺は、すっぽんぽんだった。
しかし、そんなことよりも恐怖の象徴を追う。この小さな体だと小走りになるが股間にあるωを手で隠しながら走って追いかける。藁しかない部屋をでると人がすれ違うにはやや狭い木の床の通路にでた。恐怖の象徴を追った。
通路をあるくと左右に2つずつ部屋があるようだ。俺が出てきたのは最奥の部屋だったらしい。その奥、リビングだろうか。通路側から左手には奥には暖炉、右側には小部屋のよに扉が2枚。手前からトイレ、脱衣所だと後に分かった、があった。
リビングの中央には四角い木の武骨なテーブルに、それに合わせたような背もたれのない簡素な木の丸椅子、椅子もテーブルも4本足であり調和がとれていた。
通路側になる手前には瓶に粉が入ったものや、黄色い液体などのある棚、たぶん台所だろう台にはフライパンのような鉄器や鉄鍋にナイフと鉈が置いてある、その向こうには大きな甕に水が溜まっていた。
恐怖の象徴は、そんなものには目もくれず最奥の扉を開く。眩しい光とともに、10歩も歩かないで届くだろう場所からは木々が覗いていた。
木々が生え始める森の入り口の手前で恐怖の象徴は歩みを止める。
すぐに隣に並んで見上げると、彼女は杖を握り目を閉じ謎の言語を呟いていた。
それはまるで歌のようだった
「――― شعلة تجسد اللهب.
مع السلطة ―― عدوا لنا. ――」
背筋に寒気が走る
本能が「ここから逃げろ!!」と俺に叫ぶように訴える
風が吹いているわけでもないのに恐怖の象徴に向かい強風が吹いているような錯覚に襲われる
紅く輝く瞳を開くと同時、漆黒の杖を森へ向かって突き出し、口角を少しあげあざ笑うような表情を取った恐怖の象徴の強い意志が脳に響いた
“大魔導『炎獄の爆炎』”
――――――|閃光が一面を覆う
目の前が白に塗りつぶされたように突如視界が光により埋め尽くされた
目をつむる暇もないほど、突然に木々の緑で彩られた世界が光に飲まれた
そう認識できるかどうかといった時
ドッッ ガァァァァン!!!!
俺自身に雷が落ちたのではないかと思うほどの轟音とともに、光が現れた衝撃により俺は吹き飛んでいた。
「 ぅっ! ぎゃっ!!・・・」
開いている玄関の上、丸太にぶつかると更に約2メートルほど下に自由落下した。
全身の痛みを感じながら、なんとか顔をあげると、そこは焦土と化していた。
すくなくとも俺が全力疾走しても、この体では息を切らして2~3分走ろうと、まだ向こうに見える森のはじまりにたどり着けそうに無い。
そんな中、恐怖の象徴は平然と焦土の始まりとなる地点から、こちらを振り返り脳へ語りかけてきた
“大魔導士カーティスの名において命ずる”
“この地を拓け”
そして恐怖で涙をながし、いまやみっともなく玄関口にて盛大にお漏らしをしている俺の様子など気にすることもなく
“お前に名前をやろう…そうだな、さっき呟いていた『クライ』とかいう響きなら呼びやすい。我がカーティスの名の下、今この時より、お前を『クライ』と命名する。私のことはマスターと仰ぎ、尽くせよ『クライ』”
あざ笑うように見下した後、俺を通り過ぎログハウスに中に行く恐怖の象徴もといご主人様は家の中から、俺の身長より長い棒の先に鉄のフォークが横に伸びる様についた何かと、バスタオルのような布きれを持ってきた。
“これを体に纏え、服は追々用意してやる、そしてこの『農具』で焼け跡を整え、私と自分の食い扶持を作れ”
“あと・・・お前が寝ていた部屋に桶とボロキレがある。掃除しておけよ『お漏らしクライ』”
あははは、と女性らしい笑い声をあげながら蔑む様に俺に一瞥をくれるとログハウスの中に戻っていったカーティスと名乗る恐怖の象徴改めマスター。
…恨むぞ、神様
俺の見た目がどうとかよりも!『行き先』考えろよ!
どう考えても「毎日が地獄です」コースじゃねーか!!
腰が抜け座り込み、俺は全身の痛みと恥ずかしさで声も出せずに泣きながら、心の中文句を言い続けていた。
ただ、卵の中から今に至るまで泣いてばかりいるクライベイビーな俺に『クライ』という名前はぴったりだと思う。
俺は体を起こしタオルのような布を体にまき掃除をすべく立ち上がった。