表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大魔導士の弟子(旧)  作者: のぽぽん
第1章 大魔導士
1/31

000 プロローグ

 初詣、そう俺は気合を入れてわざわざ旧正月に、この国の最高神に一年の計を誓いに出ていた…ハズだった。


 昇進や昇給とは無縁の会社の便利屋とされた俺の仕事だが、コピー・製本の速度、来客へ出すお茶の味に関して俺に敵うものはいない。

 お茶出しについて言えば、社長の奥さんとかいうお茶をだす以外に業務が無いお局さんをも唸らせる温度・抽出管理である。

 無論そんなことでしか唸らせていないから俺には昇進や昇給と縁がない。

その上、残念なことに女性関係に縁がない。


 彼女(K)いない(I)(R)イコール(I)年齢(N)…そう俺はKIRIN(キリン)さんだ。ゾウさんの方がもっと好きとか、そういうことじゃない。俺はキリンさんだ。


 しかし今年こそ、俺は『キリンさんを卒業してみせる』

と、最高神へ神頼みではなく宣誓をしに、我が家の家宝『流星号(軽トラ)』を4時間も走らせて来たのだ


「見ててくれよ神様」


 そう意気込んで駐車場から駆け出し鳥居の前で一礼。

 俺を圧倒するほどに大きく育った木々に囲まれた聖域の空気を吸い本殿へと歩みを進めていた……


 …のに!!


 「俺は、何で、こんなところ(・・・・・・)にいるんだよ!!」

 「何度も言っておろう。お主、死んだんじゃよ。」

 肩までかかる白髪に胸元までのびる白い髭、絵画で見る定番とも言える白いロープを着ている壮年の男性は、その身から眩い輝きを放ち、荘厳でいて慈悲を含むような声で俺の人生の一大事を語った。



 ――神様 

 それは強い光の塊だった、まるで太陽をそこに降ろしたような

 そこから声が――いや直接頭の中に言葉が響いたのだ。

 

“太陽神の天罰(・・)代わり(・・・)に受け、貴方の生は終わったのです”

 

 あの日、本殿を目指し、砂利の敷き詰められた広い道を歩いていた。


 早く進みたい俺の前を4人の男たちが大きく幅をとり歩いていたため、邪魔くさく感じていた。

 黒髪が標準使用のこの国で、金髪オールバックの眉なし男、赤髪短髪で両耳が金属製かと思うほどのピアス男、右半分緑のロン毛に左はそり込みのグラサン男、黒髪をツンツンに固めたパンクな頭の筋骨隆々な大男、4人とも背丈が180㎝以上間違いなくあり、それが揃いの鷹を刺繍してある黒と銀のジャンパーを着ながら騒がしく前を歩いていた。


 小市民な俺だ。近からず遠からず、追随する形で歩いていた。お守りなどが売っている社を過ぎ、目的地までもう半分だなとといったところで前の4人組の上、太い木の枝、枝といっても直径2メートルはあるだろう枝だが、それがズレたように見えた。


 いや正しくズレたのだ。音もなく、大樹といって差し支えない巨木の枝が目の前の4人に落ちる!


 俺は走っていた


「あぶな――――」そう声を上げたつもりだった。


 4人の真ん中めがけ体当たりをし、力いっぱい赤い髪の男が着るジャンパーを押した。刺繍の鷹だろうか、衣類の感触を感じたとき俺の視界は枝葉の緑で覆われ・・・


 目を開くと、俺はここにいた。どこまでも続く雲海。

 目の前には太陽――いや、太陽の様に輝く眩しい何か(・・)


 その何かから目が離せなかった

 それは瞬くような光と共に俺の頭の中に語り掛けたのだ――神を感じるのに(いささ)かの抵抗もない…とは言えず、俺の死が天罰の身代わりだという内容に抵抗があった。


“ 少し話しましょう…”


 そう告げた後、光の塊から眩しさが次第に弱まっていく。

 銀髪というには余りも眩い、光をそのまま放つような美しい長くしなやかな光の髪を腰まで伸ばし、慈愛に満ちたという表現を体現したような薄い桃色の大きな瞳、桃源郷にある秘法でもこの色艶を表せないであろう桃色をした唇は朝露を纏うように潤い

 

 絶世の美女などという半端な表現では表せない“神懸った美女”が、そこにはいた。まさに女神であった。


 残念なことに彼女(K)いない(I)(R)イコール(I)年齢(N)…そう俺はKIRIN(キリン)さんだ


「ぅう・・あ・・」と呻くことしかできなかった。

 神懸った美女は、そんな俺を眺めていた。


 ふと頭が、いや頭の中が熱く感じた。それに合わせたように美女は、とろけるような声で


「貴方の人生を垣間見ましたにこの姿がいけないのですね」


と告げ、姿を変えたのだ。


 そして響く声は、厳ついながらも馴染みやすく、笑えば目じりの皺が似合うオッサンであった。続く説明には、実体の無い体は魂に適した形を顕現(けんげん)するが、意識を強く持てば望む姿になれるとのことだ。つまり、美女を望めば美女、子供を望めば子供、老人を望めば老人の姿となるらしい。


「貴方の…いや、お主の思考からして、この姿ならば問題あるまい!」


 こうして神懸った美女は、オッサンにチェンジした。


 「ぅ…え?」

 麻痺はとけたが俺は結局そんな呻き声しか出てこなかった。


 白鬚、白髪、白ローブの壮年の男性。感想としては絵画によくでてくる神様といった見た目の男から告げられる。俺は木の枝の下敷きになり死んだそうだ。ならば神様のいる天国に来たのかといえば、そうではないらしい。


「本来は、ホレ目の前に4人おったじゃろ?その者たちがお主の国の神域に火をつけてまわっとったらしくてな、懲らしめてやろうとお主の国の太陽神が神罰を下したんじゃが…な?」


 な?じゃねーだろ!!


「手違いや気分で何万と死のうが構わんと言う神もいる…しかし、天罰の身代わりは珍しい。お主の魂について、浄化して輪廻転生(なかったこと)にしようか最後の審判にて有罪(なんくせつけて消そう)か、考えていたのでな」


 2択がとんでもない


「譲ってもらった訳じゃ。WinWinじゃろ?」


 何にWin(勝利)しあったのかは定かではないが俺の一人負けであることだけは察することが出来た。


 この俺を貰ったというオッサンは雲なのか光なのかでできた椅子に腰掛け、同じように光る机の上に、俺がとった黄色い玉を羽ペンのようなもので、もう小1時間はつついている。つついた黄色の玉は、とても薄い膜の中に銀河が渦を巻いているように見えた。


「お主を引き取ったのはな『この世界(・・・・)』を、どう感じるか…それを教えてほしいんじゃ」


 玉を撫でながらそう言った。その表情は微笑みをいかべてはいたが、どこか寂しそうにも見えた。


「もうワシは神を降りようと思うておる。ワシの作って来た世界をどう感じるか、誰かに聞いてみたいのじゃ。今、新たに命を授ける、ワシは神を降りるからの、何かの力を依代にすれば異世界のお主であれ一人でもなんとかなるじゃろ」


 俺はただ言葉を理解することに頭を回していた。生まれ変わり決定で現世に戻れないことを理解しそうになったところで思考を止めていた。


「ここでは魂は意思の力で姿を得られる。何を惚けておる、姿を強く想い描くんじゃ…ホレ転生させるぞ」


 止まっていた頭が再び回転を、高速回転を始めた。


 どうやら俺は好きな姿で生まれ変われるらしい。それも異世界へ。


 眼前に板が現れた。どうやら姿を形作るに確認するための鏡らしいのだが、ここへきて初めて死後?の姿を見られることになった。圧死したのなら潰れていたら嫌だし、撲殺(ぼくさつ)状態で頭が凹んでいるのも見たくはない。俺にそんな気は無いが中身の魂は女の子でしたとかだったらどうしよう…


 鏡を覗き込む


 そこには生前の俺が


 映ってなかった。


 何というか全身銀色。人型なんだけど目も耳もないツルツルなグレイ型宇宙人から黒目と鼻をとってしまったような何かが映っていた


「な…なんだこれぇぇぇ!!」

「お主じゃよ。死後は余程強くイメージしておらねば形など残らんよ。自分大好きって者でもなければ自分自身の姿など常に覚えておらんじゃろうて」


 たしかにイケメンでもなければ中肉中背の俺に体や顔の思い入れはない

 

「記憶や名前などもの。徐々に薄れていく、自我も消え浄化され魂となり生まれ変わるんじゃ。ホレお主の周りに前世を覚えておる者がおらんのも、魂を保持したまま生まれ変わることが難しいからじゃな。が、お主はまだ覚えとることのが多そうじゃの。生まれた国の神のもとを離れたからかの」


 言われて気づく。俺は何て名前だったのか、どんな見た目だったのか。霞がかかったように思い出せない。だが、全身銀色でツルツルでは無かったはずだ。


「はげてんじゃねーか!!」・・・そこだけじゃないぞ俺!!

「む?毛が欲しいのか?…慣れんのなら仕方ない補助してやろうかの」

 途端に毛が生えた


「どうじゃ?」


 ながれるような柔らかさを感じさせる銀色の長髪

 それを誇らしく生やし

 

 ついでに胸毛も生やし

 腕毛を生やし

 全身くまなく毛を生やした人型の毛玉がそこにいた。


「どうじゃじゃねーだろ!これで転生って、どんな世界だよ!!」

「そいった種族もおるし魔獣系がいいのかと思ったが」


「いいわけねぇだろ!!好きな姿になれるのに毛玉になるとか誰得だよ!!

 “け”じゃなくて折角生まれ変わるんだから欲しいのは『かみのけ』だよ!!」


 オッサンは少し沈黙し・・・

 難しい顔をしながらつぶやいた


「かみのけ…ふむ…神の……姿かたちはイメージを固めれば何とかなる。イメージじゃイメージ。頑張れ」

 オッサンは突然なげやりになると一人でぼそぼそ呟いていた。

 

「私の魔力をと思っていたけど…気…」


 全身から毛が消え去った。

 

 鏡には、眩いばかりの光に照らされ

 目を凝らさねば銀色の姿である全身も見えないほど

 に神々しい光があふれていた。

 絵画などで神の子や目覚めし者などが身にまとう・・・


 『 後光 』


 ・・・俺は、この難解なボケに気づいた


神の気(かみのけ)じゃねーわ!!」


 思わずTVで見た、ふぐの眷属のような芸人風にツッコミをしていた。

 神だろうに解釈が鬼ばかりだわ。そもそも姿かたちの話してるのに誰が欲しがるんだ神の気。異世界がどんなところか知らないが、こんな全身銀色で後光さしてたら、間違いなく討伐対象だろ。俺がいた国でも、そんなんいたら一般人の知らない組織とかに攫われるわ。


「もう自分でできるじゃろ。ワシは転生に集中する。これは、まぁ餞別じゃ」


 そう言って悪戯成功みたいな顔で俺の胸を指で突くと最終的に神様は匙を投げたのだ。

 

 俺は、ありきたりだが自分の中の勇者像を思い描いた。金髪碧眼の美青年、チヤホヤされるイケメンであるが爽やかさを失わない。そんな美男子だ。


 イケメン勇者になる

 イケメン勇者になる…俺は声に出して自己暗示に入っていた。 


「イメージを固めておれ。生まれる先の地は、こちらで目星をつけておいたからの。」


 鏡には風がないのに風に靡く輝ける金髪にエメラルドのような眼、すじの通った鼻筋をもち、中世的とも言える、およそ生きていた世界であったら放っておいてもアイドルになれるであろう美青年が映っていた。


「勇者、勇者とつぶやいておったが…魔法も魔物もない世界では勇者とは、そういった姿と思われておるのか弱そうじゃの」


 俺の足元に、浮き上がる陣形から伸びる光の帯を両手に掴み、全身を発光させながらオッサン珍しそうに眺めるように言っていた。


 満足いく美青年となった俺の足が光に飲まれ始めたときだった


 ふいにオッサンから尋ねられた。


「勇者が、そういった見た目だとすると、反対に魔王とはどう思われておるのじゃ?」


 確かに勇者と聞けば、なんとなくイメージは聖騎士?みたいな感じだけど、魔王か。なんだかんだ変身してデカイだけの魔物になるヤツは、どのゲームでも大したことないし、勇者と魔王両者人型の方がゲームでも漫画でも白熱するんだよな…


漆黒を纏うような姿で

鋭い目つきに邪眼と呼べるような鋭く燃えるような双眸

犬歯が目立ち

大剣を振るうクセに魔法も強い厄介な敵


だが、俺は大体レベルMAXでいくからサクっと倒すんだけ「へぇ、そういった見た目ですか、こちらのが方が強そうですし、いいですね…さぁ仕上げに映ります!」


・・・ん?


あたり一帯を覆う光が強まる

オッサンは美女に戻っていた。


「ッ転生します!!意識を強くもってください!!」


「ちょ待っ」

 声が出た。先ほどと違い足だけでなく全身が光に飲まれている。そんな中鏡に映るのは、爽やか勇者では無かった(・・・・・・)

 鏡には魔王を具現化したような存在。邪気あふれる目つきにマグマのような赤い瞳、その口からは犬歯を覗かせた

「この世の全てが憎い」とか言いつつ楽しそうに剣を振るう戦闘狂のような見た目をした男が映し出されていたのだ。


 吸い込まれるように体の感覚を失いゆくなか

「っ、ちょ待って、やりなおさせて!!リテイク!!リテェェェェェェェェェ」


 死んでいるのに死ぬほど叫んでいる俺を、光は無情に呑み込んだ



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 光が収束し、もとの雲海が広がる世界へ戻る

 輝く髪を乱し、長く整った睫毛をたたえた瞳を閉じ、疲れたように膝をつくこの世のものとは思えない容姿の美女は今疲れ果てていた。


 背後に突如伸びた影から現れると男は問う。

「…王よ。あのような者へ力を託して後悔はございませんか・・?」


 2m近くある身長に目、浅黒く鋭い目つき、歴戦の猛者然とした雰囲気に目をつむれば『執事』その2文字が男の服装や佇まいの全てを表していた。

 長い黒髪をオールバックに金縁のモノクルをかけた整った顔立ちの20代中盤といった見た目の、その男の問いに


「えぇ、後悔などありません・・・天罰の身代わりなんて・・・ふふ」


 体からは、もう光を発していない。銀髪というには余りも眩い、光をそのまま放つような美しい長くしなやかな光の髪を腰まで伸ばし、慈愛に満ちたという表現を体現したような薄い桃色の眼をもち、桃源郷にある秘法でもこの色艶を表せないであろう桃色をした唇は朝露を纏うように潤った“神懸った美女”は力なく雲海の地に座り込んでいた。


「魔力や膂力(りょりょく)、加護とかで力を与えるつもりだったのに…ふふふ苦労するわよ彼・・・なにせ私の『指輪』も押し付けたんだから、クスクス、見たもの、感じたこと『指輪』に、ちゃんと伝えほしいな」


 楽しそうに笑った。

 執事然としている男は、ただ見守るように話を聞く


「いろいろな世界をみた。いろいろな神とも会った。

 そして同じだけ、そこから弾かれる神となれなかったものがいたのよ」


 王と呼ばれるものは、どこか懐かしむように語る


「弾かれた後、別の世界で神となれたなら私はいいと思うの。

でも、どこまでも弾かれ続けたら誰にも認められなかったら


それって辛いでしょ?」


「たくさん受け入れて・・・限界を超えたの。自業自得。あなたにも今まで苦労をかけたのにね。今は指輪ごと彼にあげたから、もう従わなくていいのに」


 語り終えたのか、初めて目線を合わせ微笑む女神に執事は返す


「いえ、私は最後まで共にありましょう。

 私の王は、貴女しかいないのだから」


 机の上に置かれた黄色の玉を中心に空間が歪む。


「創世した世界に、取り込まれるなんて情けないわよね」

「ふふ、貴女らしいとも言えます。

 それでも我等にとってどこまでも立派で

 何よりも尊い者は貴女だけです。


 ――――の王(・・・・のおう)よ」


 彼女は玉に飲まれゆく雲海の中で、その名を呼ばれたことを懐かしむようにしていた。

 その気配を――存在そのものを奪われるように薄められていきながら。


――すべてを呑み込むと暗黒の中心で銀河をは静かに、ゆっくりと渦を巻いていた――――

――


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


――

―――

――――目を覚ますと、俺は狭く暗い何かの中にいた。何かというのも暗くて見えないから、そうとしか表現のしようがないのである。(うずくま)ってようやく全身が収まるといった広さしかない、その空間。


「せ…せまい」


 そうとしか感想がない。その壁を叩くと存外薄いのか叩く手の甲骨のコツコツといった音が軽く響く。どうやら人から生まれるわけでは無いようだ。

 不思議と息苦しくもないし、熱くも寒くも無かった。触れる範囲を知覚していく、体が触れていないところには手を伸ばし、この空間がどんな形をしているか把握した。中は下側を少しふくらました楕円――卵形。


 ただ卵なら割って出られそうなものであるが、これが全身に力を入れても、手で叩いてもヒビすら入らないのである。1時間は格闘したと思うが、意識を戻したものの暗く狭い空間に閉じ込められていては絶望感しかない。考えてもみれば、俺は死んだらしい。しかも天罰が下る者を助けたための事故死。

 

 そうか俺は死んだんだ。


 そんなに悪い人生じゃなかった気がする。

 彼女がいたこともないし、金持ちだった訳でもないが、生きることが辛いと思うようなこともなかった。


 何か才能があったわけでもなかったし、おおよそ平凡だったと思う。もう自分の顔も名前すら覚えていないけれど


 たとえ手違いだったとしても、自覚があったわけではないが自分の命を(かえり)みずに、人を助けられるだけの行動がとれたんだ。きっと両親は良いことをしたら褒め、悪いことをしたら叱ってくれたからとれた行動だろう。たとえお茶くみでも味をどうのと向上心を持てていたなら、そう嫌な思いもしていなかったんではないだろうか


 自覚はないし、今はどうか分からないけれど、俺は両親の愛を受けて育ったのだろう。彼女はいなかったが仲の良かったヤツはいた。


 自意識過剰かもしれないが、それでも俺が死ねば悲しいと思うやつもいるのだろう。目頭が熱くなる。すーっと頬を涙が伝った。暗く狭いこの場所で、俺は泣いた。それはもう声をあげ、子供の様に、ただただ泣いてた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 そこは森の中だった。


 長くしなやかな黒髪は光を吸い込むような漆黒と、光を跳ね返すような艶の両方を備え、その女性の腰のあたりで左右に揺れていた。


 黒色のタートルネックのように首まである柔らかそうな素材の服だが(そで)は無く、肩からは白く美しい腕が伸びる。(すそ)が広めのキュロットも黒く、そこから伸びる足にも黒タイツであろうか、うっすらと肌がみえるような素地を(まと)い、膝まである漆黒の革ブーツを履きこなす脚はスラリと伸び、黒づくめでありながらも、どこか気品を漂わせるように歩む。

 その双眸(そうぼう)はルビーの様に朱く、鋭い目つきはキツイという印象を上回るほどに妖艶であった口元には薔薇を思わせる赤い唇をキュッと結び、細く美しい眉も今はしかめる様に寄せられていた。全身を黒で固める女性は間違いなく美女であった。美少女でなく美女とするのは明らかに大人の女性に見えるからである。


 森の中を不機嫌そうに歩く、漆黒を(まと)う美女は名はカーティス。


「ビービーと、やかましいと思ったが…こいつのせいか」


 森の奥深く、周囲には巨木がそこを守るように(そび)え立つ。その場所は木の根がお互いを絡ませあいように、根が編み込むように重なり合い、その場所だけが平坦な円形上の土地となっていた。


 木の根が編み込まれるようになっており、凹凸こそあるものの、その場所はまるで何者かが住まうような空間となっていた。


 その中心に、くすんだ銀色の“ 卵 ”としか形容のしようがない何かが鎮座していた。中からは人間の、2~3歳の子が泣くような声が響いていた。


「私の森で……こんなものが生まれるハズは無いんだがな」


 溜息交じりに呟くと人差し指を卵に向け


「お前が一体何なのかは、お前から聞き出すとしよう」


 指先に静電気が飛んだ時のようなパチッという音がした

音は徐々に音量を増し、そこには電気の塊のようなバチバチと音を立てる黒い球体が出来…卵へ向けて飛んだ



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 



 バチィ!!


 自分の泣き声しか聞こえないこの狭い世界に初めて自分以外からでる音を聞いた。瞬間、俺の世界に光が差しこんだ――


 あたりは森の中だった。


 ()しくも、俺がオッサンに出会う前にいた神社を守るように(そび)える大樹が周囲を囲むような中


 俺の前には妖艶な黒ずくめの美女がいた。


 卵から生まれた俺が最初に見た美女は目が合う俺を睨み付けると、どこかあざ笑うように俺に言った


「―――ما اسمك ―――」


 何を言っているかは、まるで分らなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ