有り余る程の有り触れた情景
何も言わず…
キミの頬を伝う涙はふっと空中で消えてしまった。乱されたボクの心がボクの身体を離れてしまって…
闇はボクらの母だった。光はまるでロウソクの火のようにゆらゆらと世界に揺らされて、産まれては直ぐに消えてゆくのだ。
透明なキミ…
キミは世界の中で、特別な気配と存在感を示し続けていったんだ。
対峙するボクは、透明でも無いのにキミの近くにいれば消えているも同然だったんだ。
ボクはキミを追い続けた、キミに出逢い、掴まれたボクの心を潰そうか、とキミは自然ボクをずっと追い立て続けたんだ。
出逢いはどれくらいの月日を辿ったことだろう?キミとボクはどれくらい距離を縮めたのだろう?
いつでもキミは軽やかに微笑みを湛えてそよ風みたいだったね。ボクは自ずと沈黙した。
海が産まれた頃か…ボクとキミは言葉を交わさなくなった、それからのキミは日を追うごとに増々大きくなっていったね。ボクはキミを失ってしまったんだ。
潮騒…花開く潮の水面がざわついて…それは平常心を失い始めたボクの心を写していたのだろうか?
光が漂い始める…光の僅かな揺れや頼りない線は…不穏な世界を代弁するかのように…ボクの…行方知れずの心の在処を不気味に指し示すように…
羽蟲が過ぎた。
音は気配を支配した。
突然思い出されたキミの面影と、ボクの追い込まれた絶叫の上映…
魂を見詰めた絵の具で、塗り固められた時間は美しく、ボクは記憶を拐われそうになる…津波…轟き…失われゆく…想い出…
腐ったニオイがした。べとついた風、張り付く空気は刺々しい刃のように世界のあちこちに障害物となって。
きっと死んでいるのは羽蟲なのだろう、大量に重なった屍の群体。絶望に慣れたボクにだってそれは堪えられぬ情景だったのさ、キミに逢いたい!
屍に均された歪な道を歩いた…
「出ていけ!」
ボクを叱咜する声…
「出ていけ!!」
キミを恋焦がれる果て…
ボクは探し歩いていたけれど、もう既にやめてしまったのかもしれない、地面は沼みたいに歩みのいちいちを邪魔しているんだろう。潰される…潰されてしまう…ボクの心は何処へ行ってしまったの!
闇が眩い…世界はけたたましい…
憂鬱になる…どうして愛せない…キミは何処にいる!!
ありったけの情愛を冀求する、だけど、ボクが手にするモノは、いつも期待外れからの、苦く辛辣な絶望ばかりだった。ボクはそれでも探していた、探しようもない光を…
さあ、歩く。
世界はボクをさらった。
ボクは意志を喪失した。
おかげで世界は光に満ちていった…
闇は何処へ消えたのか?君の涙は消えてしまったの?
本当に?本当に?本当に…?!
蛍が飛び交っていた、否、それはもう世界創世に満ちた洪水のようなカタストロフィだった。そして…世界が…産声をあげていた…
空を見上げるキミ…キミはボクを探していた…キミはボクの流した涙の行方を追っていた…ボクは光だった…闇に包まれたキミの腐敗してしまったかつての美しいその心が…腐敗臭となって世界を穢していたのだ…
キミは不快な呻きをあげている…遠くに時空を満たす理想郷である…神話だけに生き延びている奇跡のような情景であるボク…
闇が流れている…それは潮騒のように律動していた…
光の充満した世界に…闇が表出する機会など無いに等しかったのだ。それをキミは嘆いた、ひとつの時代の終焉を見届ける寂しさは、言葉では出し尽くせない有り余る欲求で。
犬が啼いた…
それは白昼の出来事だった。
世界は熱に脅かされて、世界は恐怖を轟かせるばかり、そこには冷静もなく、空虚ばかりが世界を渇かせているのだ。
熱は世界を担った、悠久の死世界…無数の極微な心臓が…宇宙を銀河のように渦巻き状に満たすばかりだ。
熱は止めど無く膨張する…世界は崩壊と崩壊を繋ぎ…存在はとうに忘却へ篭められ…時空に無意味が横行した。
遠い銀河のあそことあそこで…ふたりはきっと見詰め逢っていることだろうか…?
そんなロマンティックな場面を思い浮かべては…ふっと微笑んで魅せた。
季節は過ごしやすい中点へと向かいゆくのか…
世界は安逸なる永遠を見つけてしまったというのか…?
物語は産まれゆく…
それは穏やかな時間と…律動と…その部屋に齎された。
ペンは走りゆく…
「命…」
たった一文字の言葉が生命のように躍動していた。
世界はありふれた。
光は天から注いだ…
闇が冥府から震えていた…
隣接する境界線、心はそこにあった!
ひとつの宇宙の生成と消滅の厖大なサイクルを眺めやる。
少しだけ揺れていた、しかし微動だにしなかった。
微笑んだ、ボクは透明だった、ロウソクの炎みたいに強い風に掻き消されてしまった、世界は津波のようだったし、津波に飲まれた死滅した世界でもあった。
頬を伝い…胸の谷間へと落ち…湛えられたその極上の、美しい湖だった!
湖面へと…
闇に深まる水底を照らすように…真っ直ぐな光が天から落下した…
空には雲が拡がっていた…
信じられない奇跡の情景に想えた。
雲にはキミとボクの真ん中を連結するように…漂う穏やかな情景を演じ切り…輝いてはえるのはただただ…茜色したキミの答え…心の在り処だった。
この物語に意味など無い、無意味な情景の羅列に読者が何かを掴むのであれば、物語は無数に産まれゆくのかも知れないし、それが世界の秘密であるのかも知れない。