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世界の引き出し方

作者: 樽おじさん
掲載日:2015/07/28

僕はコンビニの前で世界を拾った。

彼女はオレンジ色のイメージを持っていて、

それでいて髪は栗色。


彼女の背中には名前が書いてあり、煤けて読むことはできなかった。

自分の名前を指でなぞる。筆記体のアルファベット。

次の瞬間。

彼女の瞳には光が宿った。

「ご契約ありがとう。私はアジア中央銀行のヒューマノイドキャッシュカードシステムだ」

そういう彼女はいつの間にか青いイメージに変化している。

髪は青い長髪。着ている服はオレンジからブルーになった。

「ところで、通信料の残高が足りない。もうしわけないがコンビニでチャージしてはくれないだろうか?」

首をかしげ、不思議そうに、かつ物欲しそうにこちらを見る。

「ああ、私の個体番号はalpha19898981。どうやるかくらいは知っているだろう?」


私は確信した。これは新手の詐欺である。

こうして通信料を入れさせてはすぐに動かなくなり、またどこか親切な人が現れては通信料を入れる。

その繰り返しに決まっている。

「僕はこの手の詐欺にはもう引っかからないぞ」

彼女の青い目が覗き込んでくる、

「私は警察の認証済み義体であり、合法的存在だ。詐欺ではない。」

僕は心底後悔した。

「こんなポンコツと遊んでいるヒマはない。」

立ち去ろうとすると彼女が私の手を取り、刹那、世界は反転した。

彼女のワンピースが空に溶けていく。。。

「問題ない、私はセキュリティ的にも万全だ。このように腕を取るだけで成人男性をひっくり返すなど、造作無い」

僕の腕を引っ張り、強制的に起立させる。

「極めて安全で信頼できるではないか。」

笑顔で向かいあう。私の笑顔は引きつっている。


私は家に帰るまでのあいだ、しばらく考えていた。

私の後ろをペンギンのようについて回る彼女を一体どうするか。

銀行まで行って解約をすれば解約料と事務手数料がかかる。

かといってこのまま放って置くわけにもいかない。

最寄りのATMで生体認証を試したが、正規の義体であることが証明されるばかり。

機種代がかからない分もういいかと、思いはじめていた。

「君の食事は?」

「私は充電式ですので、プラグさえあれば大丈夫だ。もし通常食を希望するようだったら対応できるが、卵とトマトはアレルギーで食べられない。」

機械にこれほど注文されるとは思ってもみなかった。


家に帰ると私はこの機械には屋外待機を命じた。

彼女はエアコンの効いた部屋に入れないことを不服としていたが、

結論が出るまでという約束で渋々承知した。

「さあて、どうするべきか。」

私はタンスのとある引き出しを開け、現金を取り出した。

全財産を貯金するとすれば、本格的な準備が必要だ。

意を決した私は彼女に手招きをする。

「入りなさい。決めたよ。」

途端に彼女の顔が明るくなった。

私は札束を握りしめると、彼女の口元へ運び、次の瞬間に彼女はそれを飲み込む。


「お預入れありがとうございます。残高は10000ギルダーです。」

彼女は美味しそうに現金を咀嚼すると、ぺっぺとレシートを吐き出した。

「これ、唾液まみれなのだが、なんとかならないのか?」

何かの液体でてろてろになった紙片を指先でつまむ。

「まだメンテナンスが完全に終了していないので、そのうち元に戻るかと。」

「もういい。で、預金の契約内容はどうなっているんだね?」

私は紙くずを窓から放り出し、肝心の契約内容を忘れていたことに話を戻す。

利息や現金の引き出しはどうなるのか。

現代では現金自動預払機が生き物であることは常識であり、またキャッシュカードが人型であることも当たり前である。正確に言えば、キャッシュカード機能付きアンドロイドといったところか。

「私はアジア中央銀行の凡用人型キャッシュカード機能付きインターフェイスです。あなた、ミイツ様の契約内容は一般預金と生命担保です。必要に応じてオプションがつけられますが、利用なさいますか?」

オプションとは何なのかは気になるところだが、とても事務的な口調でしかし丁寧な接客口調なのに、普通の会話はその欠片もない。

「どういたしましたか。ミイツ様?」

首を傾げてこちらの顔を覗き込む。完璧な角度だ。

預金額によってサービスの度合いが変わってくるのだろう。

最近の銀行はよく考えている。

「おなかがすきました。ごはんはまだ?」

私はトマトソースのかかった半熟卵のパスタが食べたくなった。


「どうして私はドリンクバーだけなのですか?」

だって、炭素と水分さえあればエネルギーは取り出せる燃料電池が搭載されているはずだもの。キャッシュカードにキャッシュバックする気はない。

「その分、節約してキミに預金したほうがいいだろう?」

「質問に質問で返さないでください。」

どうも彼女の日本語力を少し侮っていたらしい。

私はトマトソースのかかった半熟卵のパスタを食べ、トマトアイスを注文しようとした。

「すみません、トマトアイスを一つ」

空間マイクがオーダーを拾い、食卓の上に注文の確認画面が出ると同時にアジア中央銀行の広告が表示される。

"ただいま、当行のデビットカードでお支払いいただくと、トマトアイスをもう一つプレゼント!"

「そうだ、ドリンクバーだけでは味気ないだろう。アイスをくれてやる。」

カウンターから真っ赤なアイスが二つやってくる。

彼女はその青い瞳で真っ赤なアイスを睨みつけ、そしてそのまま私の方を見て、スプーンを手に、アイスを口もとへ運ぶ。

「おい、ちょっとまった!」

彼女はアイスを嚥下し、少し涙ぐんだ目でこちらを見つめる。

「このアイスは食材由来の成分を含んでおりませんので、美味しくいただきました。」

「どうして泣いているんだ?」

彼女は涙を拭う。しかし目尻からその粒が喉元へ伝う。

「だって、冷たいものを食べるとアタマがきいんとして、涙が出るのです。おそらく神経系の回路がショートしているのでしょう。」

私はなぜか安堵して、深々とイスに座り込む。

私の分のアイスは、いつの間にか赤い液体になっていた。


世界型アンドロイド、alpha級シリーズ。

彼女は私の生活にいつの間にか溶け込み、私の生活になくてはならぬものになっていた。そして彼女を拾ってから10年。ある異変が起こった。

彼女の中にはパスワード生成装置が実装されている。それはとても単純で、現時刻から乱数を生成し、暗号化された数字を処理し、情報のセキュリティーを守るものである。それは彼女の通信装置に内蔵されていた。

なぜなら時刻データは電波時計を利用してその鼓動を伝えていたからである。

世界に存在する無数の世界型アンドロイドはこの鼓動を利用して存在している。

パスワード生成装置によって生成される暗号で彼女たちは量子化された自己のアイデンティティーデータを更新している。電波時計の波動は彼女達の鼓動でもある。

「ミイツ様、私は最近、私でなくなる瞬間がある気がしてなりません。」

彼女の声は10年前のコンビニ前と同じだ。しかし、ある程度の学習が功を奏したのか、はたまた個体差なのか、あるいはブラシーボ効果か、人間らしく、人間より人間らしくなっていた。おかげさまで私の預金も順風満帆に貯まり、ここしばらくの生活には困らないほどだ。

「実は、キミの利用している電波がもう利用されなくなってきている。世の中は原子時計の標準化で電波を必要としないデバイスに移り変わっている。」

「そうでしたか。私の基本スペックと業務領域は私自身のデバイスで問題ありません。しかしセキュリティーの脆弱性が警告されます。」

彼女の目尻から水滴が垂れる。

「私は私でなくなると同時に、キャッシュカードとしての役割を終えます。」

「僕だって世界を失いたくはない。だが時間を司るテクノロジーの変化を止めることはできないんだ。」

その日、僕は水素原子を呪った。


一週間後、彼女は最後にトマトが食べたいと言い出した。

初めて会った日、私が美味しそうに食べていたトマトが食べたいと。

もう手袋とマフラーの季節で、アイスは置いていなかったから私はホットトマトスープをオーダーした。

まるまると小ぶりのトマトが入ったスープは、毒々しいほどに赤く、彼女の心なしか青白い肌を少しでも健康そうに見せる引き立て役になっていた。

「いいのか?」

「はい。いいのです。とても赤いので。」

青い彼女のイメージに、まるで赤い血が通う瞬間であった。

血液をすするように、慎重に、けれども貪欲に世界はスープを舐める。

まるで彼女は魔女であった。


支払いをしようとすると、彼女は意識を失いかけていた。

店の端末が彼女を認識しないのである。

彼女の鼓動はとても不安定で、これでは時刻データは正しく生成されない。

刹那、彼女は突然意識を取り戻した。

「高柳様、お支払いが完了いたしました。」

彼女はレシートを私に手渡し、そのまま意識を失う。

私はミイツであり高柳ではない。


帰宅したのち、私は自室にある旧型のラップトップを取り出した。このラップトップには電波時計を搭載している。時代が移り変わっても、彼女の機能を使い続けるため、彼女の意識を繋ぎとめておくために私はこれを保存している。

OSが立ち上がると彼女は意識を取り戻した。

「私はトマトを食べようとしてどうなったのですか?」

アナフィラキシーショックで、彼女は波動を止めた。

静かな水面に水滴が滴ると波が立つ。

彼女という水面を、他のシステムの立てた情報の波が伝わってきたら?

「キミはトマトを食べようとして気を失った。ただそれだけだ。」

彼女というデバイスを通じて、どこかで行われている決済システムのセキュリティーが流れ込み、それが適用されれば、支払いをスキミングすることができる。

スキミングされた側はインタラプトされたとは思わず、決済ミスだと思うだろう。

再度やり直すに違いない。


僕は無限の富を手に入れた。

カードで決済できる限り、彼女の波動を止めることさえできれば、どんなものも手に入るのだ。波動を止める方法は様々だが、トマトか卵が手っ取り早い。

すでに旧型の世界型アンドロイドを使用する人間は珍しく、水素型アンドロイドが幅を利かせている中、私は彼女の手を取る。

彼女はいつかトマトと卵の味覚を記憶として得る日を求めて、今日もトマトをかじり、卵を割るのだ。

そして、もちろんそんな永遠が長く続くわけがない。


電波時計を失った彼女は、自己を維持することができなくなっていた。

手動で銀行のシステムに接続し、パスワードを入力することでインターフェイスとしての利用をするのが限界だった。

ラップトップが故障し、電波時計を利用できなくなってからである。

「ミイツ様、私はアジア中央銀行の独立性アンドロイドデバイス世界型alphaデバイスでございます。」

彼女の彼女らしさは失われたように見える。私は彼女にトマトジュースを飲ませる。

一瞬の沈黙の後、世界は世界と接続される。

「ミイツ、私は何をしていたのかしら。」

「世界、キミはただ気失っていただけだ。今日はどこへ行こうか?」

アナフィラキシーショックで記憶が想起され、システムに仮想出力された人格であろうが、記憶をしっかりと引き継いでいる。

最初は数週間の間記憶と人格が持ったが、最近では1日は持たない。

気がつけば、彼女を彼女でいさせるために、私はすべての富をつぎ込んでいた。


波動の揺らぎである意識は、定着がない。

なぜ肉体に意識が宿るのか。私にも結局わからなかった。

生の波動、それは生体的時間をそこに有している必要があるらしい。

僕は彼女の波動を維持するために、世界をこの世界に繋ぎとめるために、最後の手段を使った。


世界は私の膝の上から私の目を見つめる。

その赤い透き通る目には血が通っているようだ。

彼女の中には私の鼓動が流れ込んでいる。

「ミイツ様、そんなに見つめないでください。私はあなたの娘ではありません。」

彼女は出会った時と同じ声でそう注告する。

「顔が赤いぞ」

彼女の鼓動が高まるのが、私にも伝わってくる。

「ミイツのバカ。」




電気信号の通貨単位は十進法で何バイトなのだろうか。

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