前編
昔々恋というものがありました。恋をして成長する人間もいましたが、中には誰かを殺したり自分を殺したりする人間もいました。
ある日ある国で恋をしたがゆえに戦争を起こしてしまった王がいました。それを知った聖女は嘆き悲しみ、もう恋という感情に誰も振り回されないように運命の相手を神様が見つけてあげるように頼みました。
神様は聖女の命と引き換えに願いを聞き入れ、運命の相手を人間たちに教えることにしました。それから人間たちは神様のお告げを信じその相手と結婚するようになり、浮気や恋に苦しむことがなくなったのです。神様の言うとおりに結婚すれば幸せになれる。浮気なんて不幸になるだけの行為だ。そういって誰もが運命の人と愛を育み幸せになっていったのでした。
これは運命を知るが故に恋を失った世界に生きる少女たちの物語。
もうすぐだ。もうすぐ自分の将来が決まる。今日は自分の運命の人を神様に教えてもらう『運命診断』の日だ。運命診断というのは20歳になると強制的にさせられるもので、神様の言葉を映し出すという水晶に手を置いて運命の相手を教えてもらうという行事だ。そして今日私も20歳になり運命の相手を決めるお告げを聞きにいくのだが、本人より盛り上がっている家族はどうしたらいいものか。
「ノルの相手かぁ!やっぱり鍛冶屋だろう!なんたってこの俺の娘だからな!」
「何言ってるのよ!嫁ぐなら貴族よ貴族!ノル、玉の輿を狙うのよ!」
「いや、貴族はちょっとなぁ…なんか面倒臭そうだし。」
運命診断といっても、運命の人の名前しか教えてもらえないのだから今の段階でどんな人かもわからないというのにこのはしゃぎっぷり。名前でわかること言えば平民か貴族かくらいだ。ファミリーネームを持っているのが貴族。持っていないのが平民。それくらいだ。まあ貴族に嫁ぐのは勘弁して欲しいんだけど。第一神様も貴族平民の違いを良くわかっているのか、貴族には貴族の運命の人がついている。極々稀に貴族と平民が結ばれることもあるが、それは本当に珍しいことでそういったことがあれば新聞に掲載されて国のあちこちでばら撒かれるほどだ。ちなみに私が生まれてからは一度もみたことがない。最後に貴族と平民が結婚したのは、お爺ちゃんが生まれて間もない頃だったと思う。結構有名だから当時生まれてない私でも名前くらいは知っている。
「んじゃいってきまーす!」
「おぉ!頑張ってこいよ!今日の夕飯はご馳走だからな!」
「ん。ありがとー!」
運命の人を見てもらうだけなんだから、私が頑張る要素なんて一つもないわけなんだけどね。家を出てから小さな声でそうつぶやいて、早く行って早く終わらせてしまおうと私は教会に向けて走り出した。
「神父さまーノルです!運命診断に来ましたよー!」
そういいながら教会の扉を元気良くあけると、中にいた神父様が顔を上げてにっこり微笑んでくれた。一応教会も神聖な場所だから静かにねと、入り口近くにいたシスターには注意されたけれど神父様に会えたのが嬉しくてついついテンションがあがってしまう。神父様には小さい頃からお世話になっていて、遊んでもらったり勉強を見てもらったりしていたのだ。
「誕生日おめでとうノル。さぁこっちへおいで。」
そういって神父様に案内された部屋にあったのは一つの机と二つの椅子。そして大きくてきれいな紫色の水晶。神父様が座ったむかいの椅子に座って、水晶をのぞきこんでみた。水晶は透き通っていて向かい側の神父様の顔が見える。さあ水晶に手を置いて、と促され言われるまま手を置いてみた。
「………!?ノル、すまないがもう一度してもらっていいかな?」
「えっ?いいですけど。」
もう一度手を置いてみる。神父様が真剣な顔で水晶を見ているが、私には何か変化が起きたようには思えない。もしかして失敗した?何の変化もないみたいだし、失敗か運命の相手がいないとかじゃないだろうか。たまにだけど、相手がいない人とかいるみたいだし。
「あの、もしかして私には相手がいないとかだったりします?」
「あぁいや、いるよ。いることにはいるんだけど…これは…」
なんだ相手いるんだ。私からすると何にもわからないけど、聖職者にはわかるのかな。とりあえず神父様が悩んでいるみたいなので、水晶に手を置いたまま待ってみよう。でもあんな風な言い方されると不安になるなぁ。神父様の様子をみるかぎりでは、あまりいい相手ではなさそうだし。
「うん、これ以上やっても結果は変わらなさそうだね。仕方ない。ノル、今から君の運命の相手の名前を言うよ。なるべく驚かないで聞いて欲しい。」
「え、そんなに問題ある相手なんですか!?」
「相手自体に問題があるわけじゃないよ。とりあえず名前だけ聞いてくれれば、ことの大きさがわかると思う。」
私はごくりと唾を飲み込んで、苦々しい顔をしている神父様を見つめた。神父様は一つ息を吐くと、意を決したように私の運命の相手の名を告げた。
「…ただ、いま。」
「おぉノル!おかえり!どうだった?やっぱり鍛冶屋か?」
「おかえりなさいノル!ねぇ、貴族だった?玉の輿には乗れそうなの?」
このときばかりはいつになくハイテンションな両親が憎い。私の運命の相手が気になるようだが、きっと聞いたら驚くどころじゃないだろう。だからと言って言わないわけにはいかないんだけど。
「母さんの希望通り貴族様だったよ…」
「やだ!本当なの!?母さん冗談で言ったつもりだったんだけど、まさか自分の娘が貴族様と結ばれるだなんて!母さん嬉しいわ!それで、お相手の方はなんてお名前なのかしら?」
「……エクノイア様。」
私がそういうと母さんの顔がより一層輝いた。エクノイア様といえばここら一帯を治める領主様であり、その手腕と人柄から多くの平民に好かれている貴族ということで有名だ。きっと母さんはエクノイア侯爵家の長男であるカイム・エクノイア様を思い浮かべただろう。しかし悲しきかな違うんだよなこれが。
「エクノイア様なんて素敵じゃない!それなのにあなたってばそんなにひっくいテンションで帰ってきて!何か不満でもあるの?」
「へぇ。なら母さんは満足なの?」
「当たり前じゃない!ねぇ父さん!」
「そうだなぁ相手が貴族ときいて少し不安になったが、エクノイア様ならなんの心配もないじゃないか!」
「……お相手がカノン・エクノイア様だって言っても?」
ほらね、やっぱり空気が凍った。母さんも父さんもぽっかり口をあけて間抜け面で放心している。神父様に聞いたときの私もこんな顔してたんだろうな。
「ちょっと待って。お母さん聞き間違えちゃったみたい。カノン様がノルの運命の相手なんて、そんなことあるわけないわよねぇ。」
「いや、残念ながら聞き間違いじゃないよ。」
「な、何言っているんだ。だだだっだってカ、カノン様といったら…」
父さんが信じられないという風に出した言葉に、顔を青ざめた母さんが続けて言った。
「そうよカノン様といったら……女性、じゃない。」
そう私の運命の相手として名前が挙がったカノン・エクノイア様は、エクノイア家の一人娘。つまり女性なのだ。そして私も女。そう、私の運命の相手は同性なのだ。一体私は何を間違えたのか。生まれてくる性別?いやそんなこと今更言われてもどうしようもないし。
「え、え?ちょっと待って、それ何かの間違いじゃないの?同性の方が運命の人だなんて聞いたことないわよ…?」
「私もそう思って何回もやり直してもらったんだけどさ、間違いないって言われてさぁ。」
さっきも言ったように運命の相手がいないことはしばしばあることだ。しかし同性が運命の相手というのは聞いたことがない。多分神父様も聞いたことがなかったのだろう。だからこそ普段落ち着いている神父様があれだけ動揺してしまったのだ。
「もう相手はいなかったことにするよ。」
「そ、そうだな!それがいい!もしかしたら勘違いということかもしれんしな!うん!それがいい!」
そういって父さんも母さんも、聞かなかったことにして多少ギクシャクしながらも誕生日を祝ってくれた。うん、今日のことは忘れよう。それで明日教会にいって神父様にも口止めしておこう。どうせなにかの間違いだ。放っておけばカノン様の運命診断が行われて、別の人の名前が挙がるに違いない。
と、思っていたんだけどね。
「わたくし、エクノイア侯爵様の使いの者でございます。ノル様早朝に申し訳ないのですが、ご同行お願いできますか?」
「へぁ!?ひゃ、ひゃい…!?」
鉄鉱石を仕入れてくるといって出て行った父さんを見送った後、なぜかエクノイア様の従者が家を訪ねてきた。そしてあれよあれよという間に馬車に乗せられ、気付けばうちの5倍以上あるのではないかというくらい広くて、なんかきらきらした豪華な部屋に通されていた。馬車の中のこと?なんか言われた気がするけど、残念ながら緊張しててなんにも覚えてない。
でもなんで私が呼ばれたんだろ。もしかしたら運命診断の結果がエクノイア様のお耳に入ったのではなかろうか。そして可愛い一人娘の運命の相手が女など信じられん。変な嘘をついてまで娘に近づく不信な女に制裁を!とかだったりして。うわぁこれはやばいぞ。私死ぬんじゃない?
そんなことを考え大量の汗を流していると、どんとお腹に衝撃が走った。まさか刺された?やっぱり私を亡き者にしようとしていたんだ!あぁ母さん父さん、どうか先行く不幸をお許しください。
「あなたがノル様ですね!私カノン・エクノイアと申します。」
「ふぇ…?」
刺されても案外痛くないんだな、とか思っていたら下から声が聞こえてきた。声のするほうへ目線を下ろすとお腹に抱きつく影が一つ。なるほど、私は刺されたんじゃなくて抱きつかれたのか。
「って…え!?カノン様!?」
「ええ、私があなたの運命の相手カノンです。はじめましてノル様。」
カノン様は顔をあげてふわふわした笑顔を私に向けている。その笑顔といったら、可愛すぎて同性でもキュンとくるほど。なにこの可愛い人。思わずぎゅっと抱きしめ返そうになったが、相手は初対面でそのうえ貴族様。危ない危ない。うっかり抱きしめたりなんかしたら、不敬罪で切り捨てられるところだった。ってそういえば挨拶とかしてなくない?やばい、早くしないと本当に切り捨てられる。そう思った私はひとつ深呼吸をして、カノン様から身体を離す。不思議そうな顔をしたカノン様の前に膝をつき顔を伏せた。
「ご、ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。わ、私はノルと申します。その、本日はご尊顔を拝見することができて恐悦至極といいますか…」
貴族と会うなんて経験今までになかったし、普段敬語なんて使わないからすごいおかしなことを言ってる気がするけど、これが私の精一杯。内心あわあわしていると、頬が冷たいなにかに覆われた。気になって目をやると、白くてきれいな手が見えた。あっこれもしかしてカノン様の手?春なのに結構冷たいってことは、もしかして冷え性なのかな。ってちょっと待て。ふっと前を見るとカノン様の顔がかなり近いところにある。それはもう、少しでも顔を近づけたらキスできるのではないかというレベルで。
「カ、カノン様!?」
「ノル様は私の婚約者なんですから、そんな他人行儀な言い方やめてください。膝だってつかなくていいんですよ。ね?」
「……え、婚約者?」
顔近い!近すぎて女なのにドキドキしてきちゃったよ!どうしよう!?なんて思ってたら突然の爆弾発言。婚約者って言ったよね。婚約者ってあの婚約者?こんにゃくとかじゃなくて婚約?
「あぁすまない。まだ説明をしてなかったね。」
そういって現れたのは立派なお髭を持つダンディな男性、カルロス・エクノイア様。カノン様の父親であり、私の住む地域一帯の領主様。
「エ、エクノイア様!?」
「ノル君だったかな。はじめまして。とりあえず顔をあげてそこに座ってくれるかな?」
「はいぃぃ!」
なんだか私さっきからてんぱりすぎじゃないだろうか。とはいっても何もかもがいきなりすぎて、混乱してて仕方ないんだけどさ。とにかく緊張でカチコチに固まった身体を何とか動かして、席に座ると隣にカノン様も座った。ちらりと隣を見ると目が合い、にっこりと笑われて思わず顔が赤くなる。赤くなった顔をカノン様に見られぬよう、前を向いて侯爵を見た。
「昨日君は運命診断をして、運命の相手がカノンだという結果がでたのは間違いないね?」
「あ、はい。その、もしかしたら結果自体が間違いってこともあるかもしれませんけど…」
「いや恐らく結果に間違いはないだろう。私はその報を聞きすぐにカノンに運命診断をさせたのだが、君の名前がでたようだからね。」
本来運命診断は20歳の誕生日にするものだけど、貴族の場合は相手が現れた際、確認のためなら20歳に満たなくても運命診断をすることが許されている。それで昨日のうちに運命診断したんだと思うんだけど、まさかカノン様のほうでも私の名前がでるなんて。
「しかし同性同士というのは世界でも初めてのことでな。王や貴族だけではなく、民からも関心を向けられるのは避けられない。」
「そ、それはそうでしょうね…ならどうして婚約者になるんですか?混乱を避けるためにも、隠しておいたり見なかったふりをしたほうがいいんじゃないでしょうか…」
「それは私も考えたが、カノンは貴族だろう?貴族ともなれば20歳の運命診断を公表せねばならないのでな、この件が露呈してしまうのも時間の問題なのだよ。それならばいっそのこと今から公言しておいたほうが手っ取り早くすむ。」
すっかり忘れていた。貴族は20歳の誕生日パーティで来た人たちの前で運命診断をしないといけないんだったっけ。だから今知らないふりしてお告げを無視しても、カノン様が20歳になればばれてしまうのだ。今知らないふりをしたところで、問題の先延ばしにしかならない。ふとカノン様を見ると、私の袖を握って此方を見上げていた。
「ノル様は私と結婚するのは…嫌、ですか?」
「ふぇっ!?いえいえ滅相もありません!ただその、今ちょっと混乱してまして!第一同性って部分に目をつぶっていただいたとしても!私はしがない平民の娘ですし、カノン様には不釣合いではないかと!」
「そんなことはありません!私、ノル様となら結婚してもいいと思っています!」
カノン様。お願いですからそんなきらきらした表情で見ないでください。私もカノン様となら結婚してもいっかなんて思ってしまいそうです。でも女同士で結婚って前代未聞だし、やっちゃっていいわけ?前代未聞ならお前がその前代になれと、そういうことですか神様。
「どうやらカノンは乗り気のようだし、すぐにでも結婚してもいいかもしれんな。ノル君それでいいかな?」
「えぇ!?えっ、と…」
ぐるりと周りを見回してみる。入り口のほうに立っているメイドさんから、よもやお嬢様の顔に泥を塗る気じゃないだろうな、という雰囲気が殺気とともに伝わってきた。つか私平民だから貴族様に逆らえないんですけど。これってもう結婚すること決定?逃げ場なし?ほらカノン様だってすっごく期待したような目でこっちを見てるし。断れるの?私?
「ふ、ふつつかものですが…よろしくお願いいたします。」
まぁ無理だよね。諦めるしかないよね。別に今すぐ腹切って死ねとか言われてるわけじゃないんだし。結婚くらいなんてことないって。大人しくしてればきっと問題ないって。うん。カノン様も悪い人じゃなさそうだし。
半ば強制的ではあったけど私がカノン様との結婚を承諾したすぐ後、エクノイア家にお呼ばれした我が両親は、凄まじくひきつった表情でがちがちに固まって座っています。さっきまでの私ってこんな顔してたのかな。なんか情けなくなってきた。
「はじめまして。カノン・エクノイアと申します。これからよろしくお願いしますね、お義父さまお義母さま。」
「こここちらこそ!よろしくおねぎゃいします!」
あ、父さん噛んだ。母さんは声も出せないみたいだ。しかし我が父ながら不甲斐ない。私はどもってはいたけどそこまで盛大に噛んではないってのに。
「早速だが、あなたたちの娘とカノンは結婚することとなった。」
「あ、はい!そうですか!ノルとカノンしゃまが結婚すると……えぇ!?結婚!?」
驚くのも無理ない。私自身も聞いたときは驚いたし。貴族様のご令嬢が平民の、しかも同性で教養なんか微塵も期待できないような相手と結婚だなんて本当にいいのか。侯爵は何を考えているのか全くわからない。
「その、カノン様は本当に結婚相手がノルでもいいのですか?こういっちゃあなんですけど、ノルは女らしくないし、そのうえ鍛冶屋の娘だからか下手な男よりも強いんですよ!?しかも槌ばかり振るっていたせいか、脳筋で頭が悪いんです!」
父よ。本人がいる前でそこまで言うか。確かに勉強を見てくれてた神父さまもどうして理解してもらえないか悩んでた時期もあったらしいけど、そこまで言われるほど酷くはなかったはずだ。うん。たぶん。おそらく。
「構いません。だってノル様は私の運命の方なんでしょう?ならなんの問題もありません。」
カノン様がそういうと、何を思ったのか母さんがかなりの勢いで涙を流し始めた。きっと娘とカノン様のあんまりな境遇に同情して涙を流したんだな。みなまで言うな母よ。私たちは親子だ。これくらいの予想はできる。かく言う私も泣きたい気分だ。
「感激いたしましたわカノン様!」
ってあれ?
「相手が同性であろうと、神のさだめた運命を信じるそのお姿!なんて素晴らしいお方なんでしょう!ノル!カノン様を絶対に幸せにするのよ!」
「え、ちょっ母さん!?」
「ふむ、両親からの許可も取れたようでなによりだ。では早速式の日程についてなんだが。」
おいおい待て待て。母さんなに軽々しくオッケーだしちゃってんのよ。娘とカノン様の一生に関わることなんだよ。そこんとこわかってる?こんな、急に結婚とか言われてもこっちとしては困るんだけど。
「カルロスさん、少し落ち着きなさいな。」
落ち着いていて、それでいて気品のある声。そこまで大きくないはずなのに、このうるさい母さんの声にかき消されずすっと入ってくる。振り返ってみると静かに笑みをたたえた女性が一人。
「カ、カトレア!?何故ここに!?」
「何故って朝からこれだけ大騒ぎしてれば流石の私も気付きますわ。ノルさん、ごめんなさいね。この人カノンのことになるとすぐ冷静さを欠いてしまうのよ。」
「い、いえ。私は全然大丈夫です。」
エクノイア様の言葉でわかった。この人はエクノイア様の妻であり、カノン様のお母様であるカトレア・エクノイア様だ。あまり表舞台にはでないので、顔を見たのは今日がはじめてだ。印象としてはとにかく美人。めちゃくちゃ美人で、しかも気品というかオーラが違う。今は可愛らしいカノン様も将来はこんな美人さんになるのかな。
「今日会ったばかりで急に結婚というのは、早すぎると思いませんか?時間がないのは確かですが、もう少し待ってあげてはいかがでしょうか。」
「うむ…しかしだな早めに結婚しておかないと、後々二人が苦労するだろう。」
「だったら今月末にしましょう。語らいもデートもなしに結婚というのは、女の子にはかわいそうですもの。」
時間がない、というのはどういうことだろう。確かにばれたらごたごたするだろうし早めにしたほうがいいのかもしれないけど、そんなに慌てるほどでもないはず。もしかして祖父が危篤で結婚式だけでも見せたいとか?なんて考えているうちに、いつの間にか今月末に結婚することが決まってましたとさ。
本当にどうしてこうなったんだろう。
「………」
「………」
あの話し合いの後、通されたなんか豪華な部屋で私はカノン様と向き合って座っていた。しかも二人っきりで。なにか喋らないととは思うが、貴族様相手に何を話せばいいかわからない。そのためこの部屋に入ってからというもの、黙りこくってとりあえず出された紅茶を飲む私。そしてそんな私を見つめながらにこにこしているカノン様。端から見たらすっごくシュールだろうな。
折角だから少しの間二人っきりにしてあげましょう。このカトレア様の一言がきっかけだった。その言葉に母さんやエクノイア様が同調して、気付けば二人っきりで向かい合って座らされていたのだ。紅茶を飲みながらちらりとカノン様を見遣った。ふわふわした金の髪にエメラルドのような瞳。美人というよりは可愛らしい顔立ち。小さな手に小さな身体。もし私が男だったとしても、つりあいがとれないだろう。そういえば、ずっと気になってたけどカノン様って何歳なんだろう。私の胸辺りよりも低いし、とんでもなく年下なんじゃないだろうか。
「えっと、失礼を承知でお聞きしますけど、カノン様っておいくつなんですか?」
「もうすぐ15歳ですよ。ノル様は20歳ですよね?」
もうすぐってことは今は14歳。6歳も年下の女の子と私は結婚するのか。なんか犯罪っぽくない?14歳の少女と20歳の成人が結婚。うんすごく犯罪チック。せめて6年後だったらまだよかったのに。でもさっき時間がないって言ってたから先延ばしは無理なんだろうな。
「今は幼稚だと感じることも多々あるでしょうが、少しずつでもノル様に相応しい女性になるよう精進いたしますので、少しの間我慢していただけますか?」
「いやいやいや!そんな、幼稚だなんて!むしろ私のほうが幼稚ですよ!学はないし、育ちもあんまりよくないですし!カノン様に相応しくなるよう努力するべきなのは私のほうですよ!」
身体は小さくとも中身はしっかりした方だと思う。私なんてずっとてんぱってるのに、カノン様は落ち着いていてこれじゃどっちが年上かわかったもんじゃない。
「でしたら一緒に精進していきましょう、ね?」
「あ、あはは…そうですね。」
一緒にって言っても学力とか気品とかその他諸々の課題は、もうカノン様にはやる必要のないものだと思いますけどね。それはそうと実は初対面のときから気になってたことがもう一つある。
「そのずっと気になっていたんですけど、私のことは呼び捨てでいいんですよ?様をつけてもらえるほど私は偉いわけでもありませんし。それから敬語も!普通に喋って頂いたほうが、こっちとしてもかたくならなくて済むといいますか…」
「そうですか?ならノル様も私のことはカノンとお呼びください。敬語もなしですよ?そうして頂けたら私もそのようにします。」
「え!?いや、でもカノン様は貴族ですし…私が呼び捨てっていうのはちょっと問題があるかと。」
慣れない敬語で話すことにちょっと慣れてきたっていうのに、今度はカノン様を呼び捨てだって?平民になんて無茶を。こうやって同じ席に座ってお茶飲んでるだけでも恐れ多いってのに。するとカノン様は頬を膨らませ、席を立った。あ、やばい。カノン様怒ってる?焦っているうちにカノン様はこっちにきてそのまま私の膝の上にまたがってきた。
「貴族だとか平民だとか、そんなこと関係ありません。あなたは私の婚約者で、運命の人なのですよ?そこに身分の差などありません。そもそも結婚してしまえば身分は同じになりますし、ね?」
そういってずいっと顔を近づけてきたカノン様目は潤んでいた。でも確かにそうかもしれない。今月末には私とカノン様は結婚する。それなのにいつまでも自分の生まれを気にしていては、いい夫婦関係は築けない。あれ?この場合夫婦はおかしいよね。なんていえばいいんだろう。
まぁそんなことは置いといて。今はカノン様だ。ここまできたら覚悟を決めるしかない。この人をちゃんと見るんだ。貴族っていう肩書きはとりあえず忘れて、今ここにいるカノンっていう女の子のことだけを考えろ。ほら、なんて言うべきかわかるだろう。早く涙をぬぐって、彼女と向き合うんだ。
「うん。ごめんね、カノン。私たち婚約者だもんね。貴族とか平民とか関係なかったよね。」
傷つけないようにそっと、人差し指で涙を拭いながらそう言うとカノンは嬉しそうに笑ってそのまま抱きついてきた。危うく椅子ごと後ろに倒れそうになったけど、なんとか前に体重をかけてやりすごした。その反動で私もカノンを抱きしめてるみたいな感じになったのはご愛嬌ってことで。
「ノル!ありがとう!」
「それはこっちの台詞だよ。ありがとう、カノン。」
正直まだ貴族様との壁が完全になくなったわけではないけれど、カノンだけでもちゃんと身分のことを気にしないで接することができるように頑張ろう。さっきもカノンと一緒に頑張るって言っちゃったわけだしね。
「ノル、私あなたのことをもっと知りたい。あなた自身のこととか、昔のこととかもっともっと知りたいの。だから、教えて?」
「わかった。その代わりカノンのことも教えてよ。私だってカノンのこと気になってるから、ね?」
それから沢山のことを話した。小さい頃の話だとか、休日の過ごし方。家族のことも、仕事のことも沢山話した。まぁカノンは話している間、ずっと私の膝の上に乗っていたからちょっと足が痺れたけど。それでもこういう時間がとれたのは良かったと思う。何も知らない状態で結婚するより、相手のことを理解した上で結婚したほうが不安も減る。現に家に帰る時間には、カノンとの壁はなくなったように感じた。とはいってもまだ女同士っていうのに違和感はあるんだけどね。