契約
サキお姉さんの指摘どおり“微妙に年上でちょいエロいお姉さんとか自分のセンスの良さを褒めてやりたい。”って俺は考えていたか? うむ。正しい。確かに思った。
白状するまでもなく、俺はちょっと、いやかなり怯んだ。彼女は俺の心が読める?! 健康な20才男性の心に浮かぶ妄想を勝手に読んで文句つけるの反対。
『まあいいわ。ちょっと違反なんだけど、これから見せる事は私の同僚にも黙ってて。現在進行中の現実を見せてあげる。
そこの窓から月が見えるわよね? ほらあそこ。太陽が沈んでないからぼんやりとしか見えないけど。お月様のすぐ右下の方向。マークしたわ。どう?』
突然視覚の中央部やや右下に赤い四角が現れた。視線の方向を変えても四角の示す方向は変わらずに月の右下を指すように視覚内を移動する。裸眼なのにどうやって?
『あなた達の技術でも存在するでしょ?拡張現実っていうの?
それの高度版っていうか脳に直接信号送り込むの。いいから四角の中をズームで拡大したいって意識してみて。』
意識したつもりは無いのに、視覚内の四角で囲まれた範囲内が急に拡大されて、半透明になった周囲の景色にオーバーラップされて表示される。表示されているのは巨大な、どうみても1000メートル以上はある長い管が何本か束になって造られた胴体に、半球上のドームが周囲に散りばめられて…ぽっかりと宇宙空間に浮かんでいる。武器らしきものが胴体から何本も生えていて、これはまるで
『そう。あなた方が映画とかアニメで言うところの宇宙戦艦。敵側の。
正確には巡洋戦艦(注釈:戦艦とほぼ同等の攻撃力を持つが防御はより薄い。高速で機動性に優れる)の一種。新型らしいので型名は分かんない。月の周りを飛んでるわ。あなたを砲撃した船ね。』
『もう1隻、今度は視覚内の領域を青でマークしたわ。同じく拡大するね。うまく見えてる?
こっちは味方の重巡洋艦隊群(注:戦艦より小さく駆逐艦よりは大きい艦種を巡洋艦と呼ぶが、その中でも大型のものを重巡洋艦と言う)の中の一隻。敵艦と地球の中に割り込んで対峙してると思うけど。今、敵側の再砲撃を邪魔しているの。』
俺は流石に混乱した。だってそうだろう。
いきなり網膜に赤だの青だの四角書き込まれて好き勝手に視覚を操作されて。
網膜にサインペンで直書きされたような感触がリアルすぎる。夢を見ている訳じゃないのを実感しない訳にはいかない。
『宇宙戦艦はガン無視で視覚操作の方を気にするの?….大物なのかズレてるのか。』
いやいやいや。あなたの言っているのが本当なら、宇宙戦艦の砲撃で直撃されたら辺り一面大爆発でここの区域ごと木っ端微塵になってると思うんですが。瓦礫になって大騒ぎになってる筈です。
なんで今あなたとお茶出来てるんですか。
『さっきも説明したんだけど分かってないようね?
砲撃はもう一回受けていて私の防御が間に合わずに、辺り一面崩壊したわ。砲撃って言っても、あなた達のよく知ってるレーザーとか光子魚雷とか、高質量による実体弾とかそういうもんじゃないの。そういうのなら私は全て対処出来たから。
あなた自身や周囲の存在を規定しているデータを直接消したって言うのかしら、コンピュータゲームに例えたらそれぞれの対象データをメモリから強制消去されたって言えば例えとしては分かりやすいかな?』
物理学は苦手です。ごめんなさい。
『本部の許可もらって、破壊されたものは復元しておいたわ。言い換えれば元のデータを復元して空間に元どおり書き込んでおいた。そちらの理解している物理法則とは矛盾しているかもしれないけど、結果はOKよ。』
超科学で魔法のように元に戻したって理解しました。もしこれが現実ならば。
一体あなた方は何者ですか?
『それを細かく説明する時間はもう無さそうだけど、あなたと地球を守ろうとする側って事で了解してくれない?ついでに言うと分かってると思うけど、私は地球人ではなくて異星人。今の身体は地球用に造ったものだけどね。 私達はあなた方に生き残って欲しい。』
そ、それはあなた方は汎銀河連邦の一員で、悪の異星人連合を懲らしめるために力を貸してくれると言う正義の味方….
お姉さんはにっこり笑って言いました。
『ち ・ が ・ う! どこの世界のお伽話よ。それ。』
無理やりにビジネスライクな顔を作りながら彼女は話を続けた。あ、ちょっと不覚にも可愛いと思った。
『こちら側はあなた方が生存することで利益を得ます。あなた方も滅亡したくは無いでしょう? ここは手を結ばない?あなたが相応の責任を引き受けてくれれば私達には協力の用意があります。
正直に言っておくけど、正義を宇宙全体に知らしめるとかが目的じゃないです。
地球防衛は当方の利益の為です。』
もしかしてツンデレ属性?
サキさんは、こっちのツッコミはもう完全無視することにしたらしい。
『あなた個人に引き受けていただきたい責任と言うのは、地球防衛艦隊の司令として防衛任務に着いて欲しいと言うことです。艦隊一式は当方で用意致しますし、運用に必要な資材、防衛に必要なエネルギーや、又あなた以外の人員は当方で手配致します。』
ごめん意味全くわかん無いです。
責任云々の前に、何で地球やら俺は敵側に狙われてるんですか?そこから教えてください。
『あなたや地球が狙われてる理由? それはこちらが、あなた方をパートナー候補として選んだからかも。潜在的に地球は我が方の準同盟星って言うか。
あなたがいなくなったら契約を結べないので当方は損害を蒙むるし、敵からしてみればライバルが利益を受けそうな案件は潰すのが筋だと思うわ。
当方が契約を結ぶ相手は所定の条件をクリアしている必要があって候補者は多くありません。あなたは数少ない候補者のリストの一番上にある。 敵からすれば消去するならあなたから。』
サキさん達が地球に目をつけなければ敵側も地球は狙わなかったって事?
『うーん。どうかな? 正直私も今はわからない。私はあなた個人に対する仮の“プロテクター”にすぎないし全てを知っている訳ではないから。
ただし確実に言えるのは当方の要求を断って、その結果我が艦隊が引き上げたら、地球は攻撃を受けて滅びるでしょうね。敵側としては私達との再契約の可能性は潰しておきたいでしょうから。』
温厚でヘタレな俺も流石にちょっとカチンときた。
契約結ばないなら勝手に滅べ って言うのは、いくらなんでも理不尽すぎるでしょう。そちらの都合で勝手に敵を引っ張って来て、言うことがそれですか。
憮然としてきた俺の顔を見て、彼女は口調を変えた。
『“当方”とか“我々”とか私も偉そうに喋っているけど、私自身もあなたと立場は大して変わらない。私の星の先祖も今あなたが言われたような事を言われて契約を結んだの。
もし先輩としてアドバイスさせて貰えるなら、理不尽に感じてもこの契約は結びなさい。滅ぶより百万倍マシよ。
それに、私の先祖が過去に“本部”と結んだ条件より、私が今提示した条件の方がずっと良い。正直羨ましいわ。』
『ごめんなさい。もう時間が無いの。味方の船がそろそろ限界。敵巡洋戦艦の攻撃が予想以上に強力だわ。
これ以上の損害は受け入れられない。あなたが司令官をやると言う契約が貰えないのであれば、我が艦隊は撤退する。』
でもなんで俺が司令官なんですか? 地球上にはもっと頭良い人や有能な人が沢山いるのは知ってますよね? 手を抜かないで、もうちょっと真面目にやってくださいよ!
『ええと、失礼しちゃうわ。こっちがどれだけ苦労したか知らないくせに!!
そちらこそ、いきなり自分達の技術を遥かに超えた、超破壊兵器満載の地球防衛艦隊を正体不明の組織から任されて、うまくやっていける人間がどういう性格やら能力を持ってたら良いかなんて知ってるの? どういう奴が適正あるって言えるの?
こちらの選考基準に文句つけるのなら是非教えていただきたいものですわ!』
自分で“正体不明”とか言うなよ。だったら自分で司令官やれよ。っと。
彼女は真っ直ぐにこちらの目を見て最後通牒を俺に突き付ける。
『時間切れ。あなたの最終回答を聞きたい。艦隊司令を引き受ける? 引き受けない? どっち??自分の星を守る責任も負わずに異星人に責任押し付けそうな軟弱者さん!』
俺の答は。




