第六章
少し前だったら、自分を過少評価して、恋も競技も『どうせダメだろう』と、あきらめの気持ちが先に出ていた。
だけど、このようなぼくでも、好きになってくれた人がいて、陸上部の仲間からは『エース』として頼られている。
平凡な自分だが、平凡なりに、練習を重ね、力を出し尽くそうと思った。周りの人たちに、頑張っているぼくの背中を見せておきたいのだ。
2月。
ぼくは、大きなマラソン大会に出場。
国内外の有力な選手が多く出場する大会だから、ぼくの姿がテレビに映るかどうかはわからないが、映ろうと映るまいと、しっかり走り、上の順位を目指すのだと思って臨んだ。
その結果は20位。
これまで出場したフルマラソンでは、最高の順位だった。
もっと上に行きたいと、欲が出てきた。
夜になって、由梨絵ちゃんからメールが届いた。
『お疲れ様。
今日のマラソンにとても刺激を受けて、近所を少し走ってきました。
普段着のままだったけど、久々の心地よい感覚でした』
その後、彼女のブログを見た。
― ― ― ―
今日のマラソンには、お世話になった人も出ていました。
テレビにほとんど映りませんでしたけど、走る姿を思い浮かべて、心の中で応援していました。
出場された方々、お疲れ様でした。
わたしは、また走りたくなりました。
全身に力を入れすぎるんじゃなくて、肩の力を抜きながら、真剣に走りたいんです。
― ― ― ―
『お世話になった人』というのは、ぼくのことだろう。
去年の暮れのブログでも、同じように書かれていた。
ストレートに思いを書けば、問題が起こるのかと思って、言葉を選んでいるのかもしれない。
由梨絵ちゃんは、高校時代から、かなり注目された選手だった。
大きな故障もなく、順調に進んできたために、周りから期待され続けていて、いつしか重圧を感じるようになっていたのだということが、文面から伝わってくる。
体調を崩して療養したことにより、『もう走りたくない』という気持ちが出てきてしまったのだろうか。
それを、詳しく聞くつもりはない。
『また走りたい』と彼女が意欲を出したことに対して、何か力になりたいだけだ。