第四章
一夜明けて、1月2日。
全体での練習はなく、自由行動――実質的な休みとなった。
箱根駅伝に出場する大学の出身の人は、後輩の応援に向かった。
私用で出かけた人もいた。
高卒で入社したぼくと、箱根駅伝に出られなかった大学のOBであるマネージャーは、寮に残った。
マネージャーは、入社してから数年間は選手だったそうだが、足の怪我によって引退して、マネージャーに転じたのだ。
「これ、読んだか?」
寮のロビーでマネージャーは、携帯電話を開いて、画面を見せてきた。
ちなみにマネージャーは、スマホではなく、今でも従来型の携帯電話を使っている。
不便はあまり感じないとのことだ。表示されていたのは、由梨絵ちゃんのブログ。
昨日の真夜中に更新されたようで、
『ひとりごと』
というタイトルが付いている。
― ― ― ―
好きな人がいます。
その人に何も告げずに実家に戻ってしまったことを、とても悔やんでいます。
走る姿がテレビにちょっと映ったのを見て、遠い人になってしまったと思いました。
東京にいた時には、励まし合いながら練習していたのに。
― ― ― ―
「これって、誰かさんへの愛の告白としか思えないんだけど」
マネージャーはそう言って、人差し指でぼくの顔を指してきた。
「いや、ぼくじゃなくて他の人かもしれませんよ」
「じゃ、何で、去年の暮れのブログに、『4区を走る人』って書いてあったんだろうね?」
ウチの部で、個人のブログをやっているのは、ぼくだけ。
マネージャーはぼくのブログをよくチェックしていて、時にはコメント欄にも登場する。
きっと、リンク先の由梨絵ちゃんのブログまで見て、感づいたのだろう。
「返事は、ブログには書かないほうがいいね。不特定多数の人に、メッセージが流れてしまうから」
「でも、連絡先を知らないんです」
「ずっと連絡を取っているんだとばかり思ってたよ。仲がいいみたいだったし。……彼女にしてみれば、何とかして思いを伝えたくて、ブログを利用したんだろうね」
マネージャーは、
「向こうのマネージャーのアドレスを教えておくから、あとは自分で対処してよ」
そう言って、由梨絵ちゃんの前の所属先のマネージャーさんのアドレスを、画面に表示させた。
先方のマネージャーさんは、女子だけの陸上部の、女性マネージャーである。
ウチのマネージャーからアドレスを聞いた旨を、まず伝えなければ。
その後に、
『元部員の方のアドレスを教えて下さい。連絡を取りたいです』
なんて書いて、由梨絵ちゃんの名前を出したら、一体どう思われるだろうか。
少しずつ入力して、送ろうか、送るのをやめようかと悩んでいたら、マネージャーが覗き込んできた。
「ちゃんと書いてるか?」その言葉に動揺したぼくは、メールを慌てて送信してしまったのだった。
しばらくして、先方のマネージャーさんから返信が届いた。
由梨絵ちゃんのアドレスと電話番号だけではなく、実家の住所まで書いてあった。
すぐに会えるような距離ではない。
由梨絵ちゃんが実家に帰る前に告白したかったと、後悔が強くなった。
でも、今の時代は、気軽に使える通信手段が色々あるから、会えなくても言葉を交わすことができるのだと思い直した。