番外編・向こうとコチラ(後編)
向こうのマネージャーと、わたしは、高校の同級生で、陸上部に所属して、長距離を専門種目にしていた。
卒業すると、わたしはすぐに就職。
向こうは大学に進み、箱根駅伝には3年生と4年生の時に出場した。
目立った成績は残せなかったものの、箱根駅伝に出たというだけでも、わたしを含めた友人知人にはヒーローのような存在だった。
進路が分かれても、たまに連絡を取り合っていたが、向こうの就職先の名前を聞いて驚いた。
陸上部の寮が、ウチの寮のすぐ近くだからだ。
お互いの部員は、トレーニングから飲み会までと、顔を合わせる機会が多いから、自然に仲良くなっていく。
わたしが社会人になる前から、今に至るまで、数多くのカップルが誕生している。
全てのカップルが結婚したという訳ではなく、別れた後、顔を合わせてもよそよそしくなった元カップルもあったりして……。
わたしの前任のマネージャーは、向こうのコーチとの結婚を機に退職した。現役時代から、結構長く付き合っていた。
そして実は、お互いの現在の監督も、夫婦なのだ。
ウチの監督は、ウチでは初の女性監督。十数年前に部が発足した時、最初の部員の一人として入部した。
ウチと向こうのカップル第一号。(たぶん)
婚姻届を出した後も、表向きは旧姓を名乗っているから、陸上関係者の中にも、結婚したことを長い間知らなかった人がいるようだ。
「オレのところと、君のところで、結婚したカップルは何組なんだろうね」
お互いの寮の中間ぐらいの場所にある、コーヒーショップで、向こうのマネージャーがつぶやく。
「わたしが入社した後だけでも……えーと……」
カップルを思い浮かべ、指を折りながら、数えてみる。
「5組かな。入社する前のことはわからないけど」
「そんなにいたんだね」
「あ、由梨絵ちゃんたちで6組めか」
「次は、オレたちの番かな?」
その言葉を聞いた瞬間、飲みかけのアイスコーヒーを吹き出しそうになり、まじめな顔でたしなめられてしまった。
「そこ、笑うところじゃないからね」
高校時代からの、長い友達付き合い。
出逢ってから15年になろうとしている。
お互いに足を怪我して、同じ病院にほぼ同時に入院したこともあった。
マネージャーになったのも、同じ時期だった。
ずっと励ましあってきたけれど、『恋』は、成り立っていなかった。
向こうは、何人かの人と付き合ってきた。その中には、わたしの知っている人もいた。
わたしは、彼氏がずっといない。周りでカップルができても、焦ったり妬んだりはせず、気ままに過ごしてきた。
「もしかしたら、親から『早く結婚しなさい』なんて、言われてない?」
「別に言われてないよ」
「ウチは、母さんがうるさいの。『彼氏がいないんだったら、お見合いをしなさい』とか……。もう、ほっといてほしいな」
「いや、ほっとけない」
親に向けた気持ちをつぶやいたのに、『ほっとけない』と言ってきた。
「どうして?」
「しっかりしてて、一人で何でもできそうなタイプに見えるけど、実はそうでもないよな。他の人にはあまり愚痴とかこぼさないのに、オレにはガンガン言ってくるし」
「それは、同じ立場でもあるから、気軽に言いやすくてね」
「オレって、単なるはけ口だったのか?」
「……ごめんなさい」
ここは、素直に謝っておきたかった。
「オレは、恋愛の対象にはならないか?」
「長い間、友達だったから、突然言われても、すぐに切り換えられないな」
「じゃ、気持ちが変わるまで待つよ」
待つよ、と言われても、困ってしまう。
「ちょっと聞きたいんだけど、いつから、わたしのことを『女性』として見てくれるようになったの?」
「1年ぐらい前かな。急に、ふと、この先も一緒に過ごしたいと思った。仲間としてじゃなくて、家族としてだ。いつ、どんなタイミングで告白しようかと、ずっと悩んでいたよ」
二つの会社の、陸上部。
寮がご近所で。
どちらも長距離・フルマラソン・駅伝が中心で。
一つは男子だけ。
もう一つは女子だけ。
お互いの監督が夫婦で。
それぞれのエース格の選手も結ばれて。
マネージャー同士も結婚、となるかどうかは、わたし次第となりそうで。
友達として、ずっと信頼してきた人。
思い切って、胸に飛び込んでみるのも、良いのかな。
……end……
▼作者あとがき
「ちょっと先走り。」
本編を書きながら、メール作成画面で執筆していた番外編も、完結いたしました。
小説のタイトルを決める時に、なかなかいいものが浮かばないんです。
今回の番外編「向こうとコチラ」は、由梨絵ちゃんの部のマネージャー視点で、先方のことを「向こう」と呼んでいたことから、安易に決めてしまいました。
パッと人目を引くタイトルだったら、もっと広く読んで頂けるかな……。
いや、中身も、充実させたいですね。
H27.12.31 こだまのぞみ