番外編・向こうとコチラ(前編)
ここからは、由梨絵ちゃんの先輩の、マネージャー視点のお話です。
前編と後編で、場面が大きく変わります。
前編は、マネージャーから見た、由梨絵ちゃんたちの恋の話となっています。
仲よさげに見えるのに、長い間「知人」のままだった二人が、あっという間に結婚までたどり着いた。
男の子のほうは、
「ずっと思っていたことが、ついつい口から出てしまったんですよ」
なんて言っていた。
『ついうっかり』の失言で、大騒ぎになるというのは、よくあることだと思うが、
交際0日で、思ったまま『ぼくの嫁さんに』って言って、相手が応じるとは、微笑ましい出来事ではないか。
もともと、この二人は、お互いに好きだったらしい。
いわゆる『両片思い』の状態。
世の中での知名度は、彼女のほうが上だった。陸上の長距離種目で活躍してきて、世界選手権やオリンピックへのフルマラソンでの出場も、現実として近づいていた。
そんな折、彼女が病に倒れてしまった。
生命に関わる病気ではなかったものの、しばらくの間、選手としての活動は控えなければならなくなった。
しばらく休養して、具合が良くなったら復帰するという道もあったが、彼女は、
『スポーツ以外の世界が見たいから』
と言って、陸上部を辞めるとともに、会社も退職した。
病院に入院していた間に、今後の身の振り方について、考えていたのだろう。
明るくて優しい子で、先輩には可愛がられ、後輩には慕われていた。
でも、悩みや弱さを、決して人前でさらけ出すことはなかった。
『他人に甘く、自分に厳しい』というタイプ。
自分を追い込んだ末に、精神的にも疲れてしまったのかもしれない。
一方の彼は……。
身長は、高くもなく低くもなく。
顔は、特にイケているわけではなく。
オリンピックへの出場を期待されているわけでもなく。
同じ会社の陸上部員の中では、走りが安定していて、自己記録も一番良いので、駅伝で長い区間を任されることは多いが、よその選手と比べたら突出してはいないし。
……さんざん悪く言ってしまったが、これは本人が語っていたことなのだ。
実力とともにルックスでも脚光を浴びていた彼女と、何もかも『普通』の自分では、釣り合いが取れないと思い込み、デートに誘うどころか、連絡先の交換をしようとする勇気すらなく、『同じ競技に打ち込む知り合い』の域からは脱け出せなかった。
大きく進展したのは、彼のブログに彼女がコメントを残したのがキッカケだった。
彼女は、選手として活動していた頃は、彼のブログを見ていなかった。
実家での療養生活となり、退屈しのぎにパソコンをいじったそうだ。
やはり陸上競技の情報は、引退しても気になったらしく、選手の個人のSNSをあれこれ見ているうちに、彼のブログにたどり着いた。
ファンの振りをして、ほんの短いコメントを書いたら、自分のブログに得意のイラストを載せていることと、下の名前をひらがな書きで使っていることから、彼にすぐバレた。
そんな頃、彼のところのマネージャーから、わたしのほうに、メールが届いた。
『愛の告白めいたことが書いてあるんだけど、見た? 内容的にまずいから、削除したほうがいいと思って……』
彼女のブログへのリンクが付いていた。
わたしは、ブログを開設したことすら知らなかった。
ブログの文面を、少し過去にさかのぼりながら読んでみた。
周囲の人たちが見れば、誰への好意なのか分かってしまうものだった。
いや、一般のファンの人も、『好きな人』の正体に気付いてしまうかもしれない。
わたしはすぐに彼女に電話をした。
『ブログを見たんだけど。好きな人にも影響が及ぶかもしれないから、削除したほうがいいよ』
『自分の感情で、とんでもないことを書いてしまいましたね……。すぐに削除します』
わたしも向こうのマネージャーも、誰のことなのか気付いてます――とは言わなかった。
少し経って、向こうのマネージャーから再びメールが届いた。
『今、あのブログに該当する人物と一緒にいるけど、どうやら彼女の連絡先を知らないらしい。そっちから教えてもらえないか』
向こうの部員からは、彼女と連絡を取りたいのだとのメールが届いた。
返信には、彼女のアドレス、電話番号とともに、実家の住所も書いておいた。
年が明けたばかりだし、使っていないハガキが手元に残っていたら、年賀状でも送ってみては……なんて考えたから。
その後、彼はちゃんと連絡を取って、思いを告げたのだった。
彼女のブログでの告白の文面は、削除される前に、向こうのマネージャーが携帯電話の画面メモに入れていて、彼はその画面を写真に撮って保存しているそうだ。
【後編へ】




