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SHIFT  作者: 鉄箱
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6th day break destiny

――S県、とある山奥、永戸研究所地下研究室。


暗い部屋に、ぼんやりと緑の光が灯る。

音のない静かな空間に、機械の駆動音が緩やかに響き始めた。


――ブゥゥゥゥ……ゥゥゥン


駆動音が大きくなるにつれて、緑の光も強くなる。

やがてその光が空間全体を照らす程明るくなった頃、光の発生源――緑色の液体で満たされたカプセルが、その“中身”を解放した。


水の流れる音と共に、一つの影が地面に滑り出した。


「っ……はぁっ、はぁっ……出てくるシステム、もう少し考えた方がよさそうかな」


一糸まとわぬ影は、男性のものだった。

声はやや幼く、成人はしていないだろう。

白い肌は、健康的にはとても思えない、病的な青白さ。

髪も真っ白で、眼は両目とも瞳孔まで白い。

全身から色素という色素を抜ききったらこうなるという、標本のような身体だった。

ややあばらが浮いているものの、肉付きはそこまで悪くない。適度に筋肉が付いている。

そのことが、病的な容姿と比べて、少しだけアンバランスだった。


「まぁ、成功だったみたいだし、これ以上は言わないでおこう」


くつくつと笑うその姿は、玩具を得た子供のように無邪気だった。

事実そうなのだろう。彼は、とっておきの玩具を手に入れて、ご満悦だった。


「さて、待っていてくれよ――私の愛しい子供達よ」


作業台の上に置いてあった白衣を手に取ると、それを羽織る。

まずは服を着て、それから“出迎え”の準備をせねばならないのだ。


今年で六十を超えるはずの、科学者。

――永戸天人は、十七から十八歳程度の肉体で、独り研究室で笑い続けた。











SHIFT











暗い廊下は、人気もなく不気味な様子を呈していた。

その廊下の曲がり角に、白銀の頭が、ひょっこりと顔を出した。


右を見て、左を見る。

上下も確認して頷くと、そっと進んだ。

その顔は、真剣そのもの。

だが、どこか冒険をしているような興奮が、弾む足から見て取れた。


「むむむ、いじょうなしであります」


小声でそう、アリアは言う。

脱出してどれくらい経ったのか、未だにゴールは見えない。

それどころか、自分がどんな場所にいるのかも、解っていなかった。


アリアは今、永戸研究所の地下にいる。

ただ、天人がいる最下層――地下五階――ではなく、地下一階、階段を見つけることが出来れば地上一階に出ることが出来る、という位置だった。

牢屋があったのは地下三階で、アリアは順調に上ることが出来たのだ。


――そう、ここまでは。


だが、この階に辿り着いたとたん、階段が見つからなくなってしまったのだ。

実はこの研究所は、地下室を隠すために地下への階段が隠されている。

そのため、上るのにも隠し階段を出現させる必要があるのだ。

だが、当然アリアはそんなことは知らない。

そのため、とにかく地道に散策するしかなかったのだ。


一歩進んで左右を確かめて、一歩進んで上下を確かめる。

今の彼女なら、アマゾンの古代遺跡だって踏破できるだろう。気分は探検家だった。


とはいえ、そんな悠長にしていられないのもまた、事実だ。

アリアは、助けを待つだけのお姫様でいる気には、なれなかった。

ひたすら進んで、自分も頑張ったと、諦めなかったと颯真に言いたいのだ。


やがてアリアは、不自然に大きな扉を見つけた。

スライド式の銀の扉。アリアは読むことが出来なかったが、その扉には“中央研究室”と書かれていた。


「あやしい」


確かに怪しいが、入ろうとは思わない怪しさだ。

それでもアリアはその扉の前に立つ。

そして、ぐっと指に力を入れると、その扉が左右に開いた。


「よしっ」


頬を両手でぺちんと叩くと、部屋に踏みいる。

だがその部屋は真っ暗で、手探りで歩くよりも他に方法がなかった。

つまずいたりしないように、慎重に歩く。

すると、前に付きだした腕に触れるものがあった。


「ううん?」


首を捻って、ぺたぺたと触る。

冷たい金属の感触だが、壁があるようには思えなかった。

まるで、金属製の大きな棚が、ぽつんと立ちふさがっているような、不思議な感覚だ。


押せども引けども動かない。

仕方がないのでそれに沿って移動しようとしたとき、急に部屋が明るくなって、アリアはぎゅっと両目を閉じた。


「うう、なに?」


そう呟きながら、前を見る。

それは、アリアの予想どおり棚だったのだが、壁でもあった。

壁に、無数の引き出しが取り付けられていたのだ。


「これは?」

「それは、わたしたちの“きばん”だよ」


後ろから響いた声に、アリアはゆっくりと振り向いた。

そこには、電気を点けたのであろう、さくらがぽつんと立っていた。

ついでによく周りを見ると、小さなカプセルやモニター、それに作業机や本棚が大量にある部屋だということがわかった。


「えーれつの、あーるのいちの、ぜろぜろの、えー。それがあなたのいでんし」


さくらは、アリアにそう、淡々と告げた。

当然、アリアは今一よくわかっていない。

さくらは解らないアリアの様子が理解できずに、アリアと同じように首をかしげていた。


「わたしとあなたは、“けいかく”でかたちをもつことができた、えらばれたそんざい」


それでもさくらは、淡々と続ける。

表情はなく、感情も感じられない。

だがその存在は決して薄いものではなく、この空間に確かな存在感を持っていた。


「だから、わたしたちはここまでじゆうに“させて”もらえたことをかんしゃして」


さくらは一歩前に出る。

アリアはその仕草に唾を飲み込むと、それでも負けるものかと一歩前に出た。


「――はかせの“いちぶ”として、はかせに“どうか”しなければならない」


難しい言葉が混ぜられていて、理解は少し遅れる。

だが、その意味が“自分を失う”ことだと、アリアは真っ白な過去の記憶の中で、理解していた。


颯真に会いたい。

颯真ともっと、話がしたい。

颯真ともっと、一緒に居たい。


そんな純粋な気持ちが、アリアの顔に優しい笑みを浮かべさせていた。

ここで退く訳には行かない。ここで自分の意志を通さなければならない。


――こんなところで、諦めたく、ない。


だからアリアは決意する。


「わたしはここには、いられない」

「なぜ?」

「じゃあさくらちゃんは、それでいいの?」


自分を失って、それでいいのかわからない。

そう問うたアリアに、さくらは本当に理解できなさそうに、首をかしげた。


「わたしはおじさんといっしょにいたい。だからそとへでる」

「それだと、はかせがこまる」

「さくらちゃんは?」


アリアが続けた言葉が理解できずに、桜は再び首をかしげた。

感情を表現する手段が少ないのは、盲目故だろうか。


いや、おそらく――施された“教育”故だろう。


「さくらちゃんは、こまらないの?」

「わたしに“いし”はひつようないと、はかせはいっていた」

「そんなこと、ないよっ」


意志を持つと碌なことにならない。

そう吐き捨てた天人が漂わせた、苛立たしげな空気。

さくらはそれを感じ取っていたからこそ、それが本当に不要なものだと思ったのだ。


「たくさんわらって、たくさんないて、たくさんおこって、たくさんたのしいっておもう!」


アリアは更に、一歩前に出る。

右手を自分の胸に当てて、その声を――その言葉を、届かせようと喉を振るわせる。


「それってきっと、すっごく“すてき”なことなんだっ!」


その音が、振動としてさくらに伝わる。

天人としか接したことがなかったさくらの耳に、胸に、心に響く。


「わたしはさくらちゃんと、いっしょにいたい。ともだちになりたいから」


静かな声。

一転して感じる優しさに、さくらは胸の高鳴る音を、感じていた。


「だから――だから、いっしょにいこう!さくらちゃんっ!」

「ぁ――」


小さく漏れた声が、自分のものだと気がつくまで、時間がかかった。

さくらは咄嗟に口元を押さえて、首を振る。

惑わされていることが、知らない感情で満たされていくことが、さくらにはなによりも怖かった。


「しらない。わたしはそんなかんじょう、しらないっ!」


頭を振って、否定の声を発する。

だがその言葉には、なんの力も込められていなかった。


「わたしを、これいじょう――まどわすなっ!」

「さくらちゃんっ!!」


さくらは包帯の下から、涙を流す。

それが何であるか解らずに、混乱して、激昂した。


「【わんぶせつぞく・いんしてんかん・しょうにん】」


両腕を広げる。

その姿はまるで、空を飛び立つ鳥のようだった。


「【くろうしふと】」


キーワードと同時に、さくらの両腕が大きな黒い翼に転換される。

さくらの転換因子は鴉。アリアを浚った、鴉のシフターだった。


「わたしはからす、もうもくのからす。ひかりはみえなくとも、えものはしつようにくいつばむ。わたしは、からす。しっこくの、からす――!」


子供だから、ぶれることもある。

それを見越した天人が保険程度に教えた、自己暗示の言葉。

その言葉を信じるうちは、さくらは冷静でいることが出来る。

――そう、“信じるうち”は。


「わたしはあきらめないよ――さくらちゃんっ」


シフターは、自分の能力には自分で気がつく。

自分しか、能力を開花できるものはいない。


アリアの心に溢れる“想い”が、アリアの頭にキーワードを浮かべさせる。

自分がなんであるか、その正体をひもといていく。


「【わんぶせつぞく・いんしてんかん・しょうにん】」


天人が執拗に求めて、経歴からその答えを導き出した警察が守ろうとした、力。

その力を持っていたからこそ――――颯真との出逢いは、“運命”だったのだろう。


「――――【いまじんしふと】――――」


イマジン――“幻想”の転換因子。

この世界に“存在しない”因子を持つ……“特別”。


“幻想のシフター”。

それが、アリアという少女の持つ“力”だった。


見た目はほとんど変わらない。

だが、その両手は、透明の光に包み込まれていた。

それは生命の輝きを想わせる、優しく力強い光だった。


「でゅあるふぁくたー?――だったら、わたしも」


それが何であるか理解できなかったのか、さくらは首をかしげながらも、自分を納得させた。さくらもまた、重核因子を持つ存在だったから、理解できる範疇で思考を止めたのだ。


後ろに仰け反りながら、翼を前方へ羽ばたかせる。

それだけで突風が起こり、風のハンマーとなってアリアに襲いかかる。

これがさくらの重核因子の能力、風を起こす力だ。


「おねがい――ふせいで」


アリアは両手を前に突き出して、たった一言だけ、そう呟いた。

すると、クリスタルのような美しいヴェールが出現し、突風を防ぎきる。


「くっ……そんな、もの!」


さくらはその翼を以て上に飛ぶ。

二階分ほどある高い天井だが、閉鎖空間であることには変わりない。

そのため、さくらは本来の動きで戦うことが出来なかった。

この不利な条件が、アリアの経験の少なさを埋める、アドバンテージとなっていた。


「きて」


アリアは、右手を空に掲げた。

右手の平、その中から溢れるようにあられた光がクリスタルとなる。

アリアの手に握られた、アリアの武器。

さくらを傷つけずに倒そうと考えた結果、できあがった形。


それが――“ピコピコハンマー”である。


「いっくよーっ!」


アリアはそれを大きく振りかぶり、投げた。

ハンマー型のものを投擲したことを感じ取ったさくらは、警戒しながら軌道を読む。

回転していて速度はあるが、動きは単調だ。


横に弧を描きながらさくらに向かっていくハンマー。

当然、そんなわかりやすい攻撃が避けられないさくらではない。

翼で軽く羽ばたいて、身体をずらすことで軌道から外れる。

それだけで、ハンマーはさくらを通り過ぎていった。


「そんなこうげき――」

「――あたるよ」


アリアの小さな声に、さくらは下半分しか見えない顔で怪訝そうな表情を作った。

眼が見えていれば、アリアが不敵に笑う姿をその瞳に映すことができただろう。

アリアのその笑みは、どこか颯真に似ていた。

……あくまで、雰囲気である。颯真のように恐ろしい顔ではない。


さくらを通り過ぎたはずのハンマーは、空中でぴたりと静止した。

そして、更に速く回転しながらさくらに迫る。


「なっ!」

「おって!もっと、はやく!」


狭い空間で機敏に避けるさくら。

そんなさくらを逃がさないために、アリアは更に力を込める。

回転速度が上がる度に、移動速度も格段に上がる。

眼で視ていたのなら捉えることは出来なかっただろう。

だが、感じ取っているさくらにとって、ハンマーがどこから来ようが同じようなもの。

だから、さくらは危なげながらも避け続けていた。


「【ぜんいんしせつぞく・いんしてん――」

「――させないっ!」


全身の因子を転換することによる“変身”を、アリアは止める。

左手を掲げてもう一つハンマーを生み出してそれを投擲することにより、さくらの余裕を潰していく。これで、さくらは大きな隙を作る変身を、迂闊に行うことが出来なくなった。


「ならっ!」


それならばと、さくらは翼を大きく羽ばたかせて、更に突風を起こす。

その際に真空状態を生み出して、風の刃を作ってアリアを襲う。カマイタチである。


「はねかえしてっ」


アリアがそう声を上げると、クリスタルのヴェールが半円球状の盾になった。

そして、カマイタチが衝突した瞬間にクリスタルが波紋を描いて弛み、弾力を以て跳ね返した。


カマイタチが跳ね返るという不思議現象に、さくらは動揺と焦燥をその口元に滲ませた。


「いっしょにいこう!さくらちゃんっ」


その焦りを感じ取り、アリアはもう一度誘いの声を上げる。

さくらの心は、確かに揺らいでいた。

アリアの言葉で、自分が“知らない”感情が胸に溢れていくことに、戸惑っていた。

だが元来受動的だったさくらは、その最後に踏ん切りをつけることが出来ずに、ただ拙い風を生み出していた。


「わたしをつれていきたいのなら――わたしをたおせばいい!」


倒してくれという、意志。

さくらは拒絶の言葉として発したつもりだった。

だがその音には悲壮の色が混じり、さくらの想いを乗せていた。

アリアはさくらが出した“譲歩”を、確かに感じ取っていた。


「うん――いくよ、さくらちゃんっ!」


目を瞑り、頷く。

眼を開き、見据える。

蒼天の如く、広く深い空色の双眸が、さくらの姿を呑み込んでいた。


アリアが右手を掲げると、そこにハンマーが戻ってくる。

もう一つのハンマーも同化して、一つのハンマーになっていた。

それを大きく後ろに振りかぶると、前に飛ぶ。

背中に振りかぶったハンマーを両手で持つと、ハンマーは次第に大きくなっていく。


「なっ」


さくらは、その姿を感じ取って、小さく声を漏らした。

アリアの身長どころか、部屋のサイズぎりぎりまで肥大化した巨大なハンマー。

それが、振り下ろされようとしていた。


「でやぁぁぁぁぁぁあああっっっ!!!」


避けられる範囲ではない。

そのハンマーを前に、さくらは全身の力を抜いた。

抵抗は無駄だと悟った――きっと理由は、それだけではない。


――ズドンッ!


不思議と痛みを感じない、緩やかに眠りに落ちるような、感覚。

その透明の抱擁に、さくらは薄く微笑んで、ゆっくりと意識を手放した。


「っ――はぁっ、はぁっ、はぁっ」


後に立つアリアは、肩を落として息を切らしていた。

初めてのきちんとした能力の使用に、疲労感と倦怠感がアリアを包み込む。


それでも、暖かい表情で眠るさくらの姿に、アリアは頬を緩ませた。


ふらふらとさくらに近づくと、軽く能力を使ってさくらの身体を浮かせた。

長時間使用することは、疲れにより出来そうにない。だからアリアは、さくらの身体を背負う。更に足下がおぼつかなくなるが、それでも降ろそうとは思わない。


気合いを入れて歩き出す。

だが、それは思わぬ事態に妨害された。


――ド……ォォオンッッッ


大きな爆発音と共に足下が揺れる。

同時に、アリアの背後の床が、下からの爆発で抜ける。


「え――?」


その爆発の衝撃で、アリアの足下が崩れる。

アリアは独特な浮遊感を感じ取り――――暖かいものに、包まれた。


自分を包み込む、その姿に眼を瞠り、アリアは空色の目に涙を溜めて微笑んだ。















夜と朝の狭間。

空が紫の天蓋に覆われる時間に、颯真は古びた研究所の前に立っていた。


門の窓口から見える研究所。

ひび割れたアスファルトから突き出た雑草の数々は鬱蒼と茂り、くすんだ色の研究所の壁は、緑の蔦で覆われている。

鉄の門だけはなんどか開けられた形跡があり、少しだけ雑草が少ない。


颯真はためらいこと無く鍵のかけられた門を蹴り破ると、灰色のコートを翻して敷地の内側へ進んでいく。

そして、ヴィヴィアン経由で渡された地図を広げた。


ちなみに、当のヴィヴィアンは、門の外で車を止めている。

逃げ出すときの“足”である。


「――地下室への階段、か」


調べ上げられた情報。

それに基づいて制作された地図には、地下室へと続く階段が示されていた。


研究所の裏手に回り込み、壁を探る。

一カ所だけ蔦のないところを見つけると、颯真はその場所に手を当てた。

そのまま壁を撫でるように動かすと、窪みを見つけて手を止める。


「ここか」


そこに指をかけると、引っ張る。

それだけで壁の一部分が外れて、中からレバーが出てきた。

颯真がそれを引くと、小さく地響きがする。


「わかりやすいな」


颯真の背後で地面が割れて、鉄で出来た階段が顔を見せる。

深淵の闇へ続くような陰鬱な雰囲気を醸し出す、地下への入り口。

それを見て、颯真は呆れたように息を吐いた。


苛立たしげに舌打ちをして、頭を掻きながら階段を下りる。

地下一階部分に辿り着いたところで一気に面倒になり、颯真はホルスターから銃を抜いて床に照準を合わせた。


引き金を引き、撃鉄が落ちる。

大きな破裂音と共にマズルフラッシュが輝いて、床に大きな罅を入れた。

それを等間隔でもう四発打ち込むと、熱で煙の上がる薬莢を捨てて弾丸を装填した。

コートの至る所に弾丸が詰め込まれているため、無くなる心配はあまりしなくても良いだろう。


罅だらけの床を、颯真は足で強く踏む。

罅が大きくなったことを確認すると、更に力を込めて踏み抜いた。

ここまでくると、転換もしていないのに、化け物じみていた。


まだ下には降りずに、上からもう五発打ち込む。

それから降りることで、落下の力も乗せて踏み抜く。

これをもう二階分繰り返すことによって、颯真はあっさりと最下層に到着した。

……こうして横着をするから、最速でアリアに遭遇するチャンスを逃がしてしまうのだ。


地下五階は、他の階に比べて暗い。

陰気な雰囲気がなにより嫌いな颯真は、苛立たしげな様子で進む。

このスペースは謎が多く、地図には載っていないので、虱潰しに探すしかないのだ。


地道な作業もまた、颯真が嫌いとすることだ。

料理や掃除といった自分のためになることならば、好きでやっているのだからと妥協はしない。けれど、この状況は別だ。助けるのならさっさと助けて逃げたかった。

なのにこのような面倒なことまですることになり、颯真は犯人を殴らなければ気が済まなくなっていた。


そうやって五分ほど歩いていると、不自然に大きな扉を見つけた。

そのあからさまな場所を置いておく姿勢に、颯真は嫌そうに息を吐いた。


こういう自信家は、煩いのが多いのだ。


嫌々ながらも扉の前に立つ。

どうやって扉を破ろうかと、まっとうに開けることなど考えもせずに颯真は悩んでいた。


だが、それも杞憂に終わる。

颯真の前で自動的に扉が開いたのだ。

あからさまな誘いに、苛立ちを通り越して呆れを感じていた。


目立ちたがり屋で自信家。

陰鬱な老人に違いないと、颯真は当たらずとも遠からずなことを考えていた。


静寂と漆黒に覆われた部屋を進む。

すると、大きな空のカプセルが見えた。

ぼんやりと光るそのカプセルの前には、よく見ると白衣の男が立っていた。

白のスーツに白衣という時点で、センスが欠片もないことが解る。

この不気味な男を見て、そんな的外れな感想を抱く颯真も颯真だが。


「良く来たね、待っていたよ」


男――天人の浮ついた声に、颯真は答えない。

出方を見ているというよりは、経験上この手のタイプは反応しなくても勝手に続けるので放って置こうという考えだった。


「君には一言、感謝の言葉を贈りたくてね」


案の定、天人は颯真が反応をしなくても話し続ける。

天人は颯真が反応しないのは自分を警戒しているからだと思っているが、単に無視しているだけである。この二人には、妙な温度差があった。


「私の“一部”となる存在を丁重に預かっていてくれたみたいだから、そのお礼を、ね」


天人は、その場で手を掲げると指を弾いた。

それを合図にして、空間に電気が点いた。


沢山の機械と、立ち並ぶカプセル。

天人の後ろにある一際大きなカプセルだけが、仄かに光を発していた。

その他のカプセルは、全て緑色の液体が入っている。数は、視界に入るだけでも三十はくだらないだろう。


「不思議そうだね、ククッ」


天人はそう言うが、颯真は表情を崩していない。

だが、普段なら既に攻撃を仕掛けているだろうことを考えると、颯真は確かに耳を傾けていた。


「“アレ”は私が造ったのだよ。世界から集めた遺伝子を組み上げて、胎盤を用意して形を作り、その中でも選ばれた者が、私と一つになるために」

「一つ、だと?」


天人は指揮者のように手を振りかぶり、前屈みになって哄笑する。

その不快な声に、颯真は眉根を寄せた。


「そうさッ」


ダンスでも踊るように、その場でくるりと回転する。

手を広げて語る姿は、どこか滑稽だった。


「完成し覚醒された遺伝子を溶解しッ我が身に取り込むこの装置こそ、私の最高ッ傑ッ作ッ!覚醒しなければ何のシフターとなるか解らないこの“賭け”に私は勝った。勝って、最高のシフターを手に入れたッ」


興奮のしすぎで、喋りながら舌を噛んだのだろう。

口の端から血液がこぼれ落ちるが、天人は気にも留めずに続けた。

狂人として追放された彼は、どこまでいっても狂人だった。


「この世界に存在しない因子を持ち、能力を使う度に“種”として強靱になっていくッ!」


前髪を書き上げながら体勢を起こす。

背を仰け反り、甲高い声で笑い続ける。


「そう、使う度に命を削る、君とは“真逆”の超越種。……同じ存在だとでも思って、同情でもしていたのならお門違いだ。何せアレは、君のような“欠陥品”ではないのだからなァッ!!」


颯真は答えない。

右手に持たれた拳銃も、銃口を天人に向けることもなく、だらんと地面に降ろしていた。

その表情は、影になって伺うことが出来なかった。


「本来なら私が直々に“教育”を施すはずだった。だがそれも、あの女が――胎盤に使ってやった程度で図に乗って、アレを持ち去り中途半端な意志を植え付けて、余計な手間をとらせたッ!」


ばきん、という小さな音。

憤怒に顔を歪ませた天人が、歯を食いしばるあまり、自分の歯を噛み砕いた音だった。

それにより再び血が溢れて、天人の歯とスーツを、徐々にだが真紅に染めていった。


「探しだし、追い詰めて、漸く手に入るというところでッ!身を挺すなどという愚かな方法で逃がして!おまけに記憶喪失だとッ?!」


そこまで話して血液が気管に入ったのか、天人はその血を地面に撒き散らしながら咽せる。

それによって冷静さを取り戻し、天人は口元を拭って落ち着いたように笑った。


「――だが、まぁ、その女も今では私の一部。自分自身を貶すのは、建設的ではないしね。と……それなら私は、ある意味でアレの“母親”ということになるのかな?」


遺伝子を持ってきて、子供を“造る”といっても、一番確実で安全なのは、胎盤……“母胎”を用意することだ。

だから天人は女を“買って”母胎とした。

その女がシフターだったから選び、生ませた。

その後も何度か、生ませるために。


だが、彼女は産んだ子供を連れて逃げ出した。

そのせいで次は試験管の中で造ることになり、失敗を重ねて造った子供は、重核因子だが盲目になってしまった。


だから天人はシフターの破落戸を雇って追い詰めた。

なんとか抑えることには成功したが、そのせいで子供を逃がすことになってしまったのだ。


捕まえた女を、天人は“吸収”した。

それはつまり、子供――アリアの“母親”は、もう……。


「アレを我がものとする前に、見せてあげよう。私の研究の、成果をッ!」


何も答えない颯真の前で、天人は白衣を脱ぎ捨てた。


「【全因子接続・因子転換・承認・変身】」


めきめきと音を立てて天人の姿が変化していく。


赤黒い蟻の胴体に、毛むくじゃらな蜘蛛の足。

胴体から生える純白の、鳩の翼と、獅子の首。

そして、獅子の頭、その右上に瘤のように張り付いた、天人の顔。


アントシフター、スパイダーシフター、レオンシフター。

アリアの母親である……ピジョンシフター。

そして、天人が元来持っていた“役立たず”の能力……ヒューマンシフター。

五種類の転換因子を掛け合わせた、造りモノのシフターだった。


「【キメラアウト】」


なるほど名前は“キメラ|≪合成獣≫”だろう。

天人は張り付いた顔面を歪ませて、狂ったように笑い声を上げていた。


『さて、どうする?君がアレを助けたいのなら、私を倒すしかないぞ?もっとも、君のような欠陥品が、私のような超越種に勝て――』

「――黙れ」


颯真は、ありったけの殺意を込めて、天人を睨む。

天人は顔を引きつらせたが、自分が既に“特別”なのだと思い出して、余裕の笑みを浮かべた。


『は、ははっ。何を――』

「知らねぇのか?……自分の悪事をガキみたいにペラペラ自慢するようなヤツのことを」


そして颯真は、自分よりも高い位置にある天人の顔を、心でもって思い切り見下した。


「“小物”っていうんだよ」


一瞬、天人は言葉の意味が理解できずに、硬直する。

だが、所詮相手は欠陥品……“劣等種”なのだと気を取り直した。


『それは、全てにおいて君たちよりも存在が上である私への、嫉妬かい?』

「あ?テメェみたいな“虫”野郎が、人間以上?……生まれ変わって出直してこい」


確かに見た目は虫に近い。

そんなものよりもずっと醜悪な姿なのだが、颯真の中では既に、天人の評価は“虫”で固定されていた。


『君はどうやら、私を始祖とする理想郷に――』

「気持ち悪ぃ……俺に虫の繁殖を語るな」


自分は相手よりも優越な存在である。

天人は自分にそう言い聞かせて、冷静に努めようとする。


『フフ、私の高尚な目的が理解できない、と――』

「虫の言葉なんか理解できるかよ、くせぇんだよ、虫。俺の近くで呼吸すんな、虫」


小学生の悪口のような口ぶりだ。

天人は深呼吸を始めているが、その口から気管に繋がっているのか、謎だ。

冷静であろうとはしているが、その青白い顔は、憤怒の赤に染まっていた。


『私を虫呼ばわりしたことを訂正し、神と呼ぶことを誓うのなら、楽に殺してやろう』

「ハッ……訂正してやるよ――――害虫」


結局虫である。

しん、と二人の間が静まりかえる。天人は不自然な笑みを浮かべたまま動かず、颯真は拳銃を肩に担いで欠伸をしていた。


『クッ……ハッ、ハハッ、ハハハハハハハハッ』

「だりぃ」


大きく笑い、そして急に顔面から感情を消した。

颯真はなおも気にせず面倒そうな表情を浮かべていた。


『殺す』

「単純だな」


天人の身体が、前に傾く。

そして、その場からかき消えた。姿を見せないほどの高速移動である。


それを颯真は、並外れた動体視力で見切り、身体を半身にずらして突撃の軌道からずれた。

そしてそのまま、右側に来た天人の顔面を狙って引き金を引く。

撃鉄の落ちる音とマズルフラッシュと同時に、天人の向こう側から炸裂音が聞こえた。

おそらく咄嗟に避けたのだろう。

天人は蜘蛛の足の一本を使って、颯真を貫こうとそれを伸ばす。颯真はそれを銃底で叩き落とし、今度は獅子の額に銃弾を撃ち込んだ。

それすらも避けられて、颯真は小さく舌打ちをした。的は大きいのに、早すぎて擦らせることもできなかった。


このままでは、千日手。

弾数に限りがあることから、颯真の方が倒れるのは近いだろう。


――そう考えた、一瞬の隙。


そのタイミングにつけ込んで、天人は獅子の口から蜘蛛の糸を吐き出した。


「ちっ」

『捕まえたァッ』


それが左手に巻き付いて、そのまま颯真の左手を食いちぎるために引き寄せられる。

獅子の口の中には、肉食獣の牙だけではなく、蟻の顎が納められていた。


「【左腕部・簡易接続・半因子転換・承認】」

『ぐぅっ!?』


颯真の左手が、黒い“鱗”に覆われる。

刃を重ねたような、漆黒の腕。爪も鋭く伸びていて、少しだけ腕が太くなっている。

だが、それだけだ。

他のシフターに見られるような劇的な変質ではなく、鎧を纏った程度に見えた。

だがそれでも、よほど硬くなったのか、天人はその腕に牙を突き立てることが出来なかった。


『ハッ、なんだその中途半端な転換はッ!命を削るのが怖いか?!』


天人の挑発。

だが、それに乗って相手を満足させるような真似はしないのが颯真だ。嫌がらせのために、挑発を聞き流していた。


「捕まえたぞ、虫」

『ッ!……グガァッ』


避けようのない超至近距離からの弾丸。

天人は獅子の額にその弾丸を受け止めて、悲鳴と共によろけた。

だが、颯真の左手はまだ、獅子の口内の、蟻の顎を掴んでいた。


――ドンッドンッ

『……ガウッ、グルゥアッ!?』


更に二発打ち込む。

獅子の左目と蟻の胴体の心臓部分。

その二発と額の一発で、致命傷と言ってもいいだろう。

だがそれでもなお、天人は衰える様子を見せていなかった。


『コロス、キサマダケハァァァアアアッッッッ!!!!』


咆吼と共に、建物が揺らぐ。

颯真が糸を引きちぎり後ろへ飛ぶのとほぼ同時に、天人の身体が膨れあがった。

膨張し肥大化する肉体が地下五階の天井を突き破ったとき、何かの機械が壊れたのか、爆音が轟き渡る。


「ちっ……【背部・簡易接続・半因子転換・承認】」


颯真は背中から黒い蝙蝠の翼を生やすと、一気に飛び上がる。

生き埋めにされたらたまらないというのもあるが、空からアリアを探す必要もあった。

崩壊に巻き込まれないように飛び回る。

すると、それらしき銀色の髪を――頭上に見つけた。


「あそこかっ!」


地下四階、三階、二階と吹き抜けになった建物を飛び、その小さな身体を右手で抱き留めた。ついでに、左手の転換を解いて、アリアが背負っていたさくらの首根っこを掴んだ。


「おじ、さん?」

「黙ってろ、舌噛むぞ」


再会もそこそこに、颯真はそう言うと、速度を上げた。

アリアは振り落とされないように、颯真の首に手を回してしがみつく。

首根っこを捕まれたさくらは、首が締まっているのか顔が蒼白になっている。


崩れていく研究所。

瓦礫を避けて飛び回り、颯真は青空の下へ飛び出した。


「颯真ッ!」


自分を呼ぶ声に、颯真は眼下を見る。

正門の前に止まったポルシェ。

その側で、ヴィヴィアンが颯真を呼んでいた。

颯真はそこまで降り立つと、アリアを地面に降ろして、さくらをヴィヴィアンに渡した。


――ドオンッ!!


爆発音に背後を振り向くと、五階建ての建物ほど巨大化した天人が、虚ろな目で笑っていた。もう、意識は残っていないようだ。


「なんだアレ?暴走か?」

「そうみたいね。あんな巨大化する暴走、見たことがないけれど」


制御しきれないシフターは、稀に暴走することがある。

せいぜい凶暴になって暴れる程度だが、遺伝子を掛け合わせて誕生した天人のキメラシフターは、それだけでは済まなかった。


颯真は大きくため息を吐くと、巨大化した天人を呆然と見つめるアリアを一瞥した。

その瞳に、本人でも理解できない恐怖心が浮かんでいることを見て取ると、颯真はほんの少しだけ目を瞑った。


「ちょっと、颯真?」


ヴィヴィアンの怪訝そうな声を無視して、颯真は一歩進んだ。

ここまで来たら、最後までやる。アリアに暗い感情を抱いて欲しくない。

そう考える自分の気持ちを認めて、颯真は自嘲の意味で笑う。


――だがその顔は、本人が思っているよりも、ずっと穏やかなものだった。


颯真は翼をしまうと、穴の開いた灰色のコートと、懐中時計と拳銃をヴィヴィアンに預けた。


「アリア」

「おじさん?」


声をかけられて、呆然とした思考から抜け出したアリアが颯真の方を向く。

穏やかな表情の颯真を見て、アリアは嫌な予感を胸に抱いた。


「そこで大人しくしていろ」

「え?」


そう言う颯真に、アリアは首をかしげた。

解っていないような返事をしたのに、その小さな右手は、颯真のズボンを掴んでいた。

颯真はその手を振り払うのではなく、自分の手でそっと離させた。


どこかへ行こうとしている。

だから何かを言わなければならない。

それが解っているのに、言葉が見つからず、アリアは先へ行こうとする颯真に追いすがる。


止められない。

止められないことは、理解できてしまった。

だからといって、何も言わずに見送ることなんか出来なかった。


だから、せめて、この背中に――――伝えたい、“想い”を放つ。


「っ――――がんばって!…………“おとーさんっ”!!!!」


颯真の歩みが、ぴたりと止まる。

何か言い返そうかと逡巡し、結局口に出来たのは、短い一言だった。


「おう……任せとけ」


颯真はアリアたちから十メートルほど離れた位置で、足を止めた。

そして、未だに地団駄を踏むように暴れる天人を見上げた。


「【全因子接続・因子転換・承認・変身】」


颯真の身体を漆黒の鱗が覆い尽くし、瞳孔が縦に割れて金色に染まる。

背中からは巨大な蝙蝠の翼が生えて、尻尾が生え、額からは角が伸びる。

やがてトカゲのような顔つきになり、その身体は天人以上に巨大化していく。


「――――【ドラゴンアウト】」


世界に“存在しない”因子を持つシフター。

颯真の転換因子は――――“龍”だった。


『オォォォオオオオッッッ!!!』


顔も思い出せない“だれか”が、アリアに教えたおとぎ話。

お姫様を浚った悪い龍は、勇者と戦って、最後には勇者を助ける。

不器用で優しい“漆黒の邪龍”。


「おとーさん、カッコイイ」


呆然と呟くアリアの声。

龍と化した颯真は、超越した聴覚を以てその言葉を聞き取り、邪悪な表情で笑って見せた。


『ミツ、ケタ、ァァァァアアアアアッッッ!!!』


天人は颯真の姿を確認すると、雄叫びを上げた。

その声は二重三重に音がこもり、甲高い不協和音を生み出していた。


蜘蛛の足が動くと、身体がぶれるようにかき消える。

巨大化しても、目視できないほど速い。サイズが大きくなった分だけ周囲にもたらす影響は大きく、少し動いただけで大地は陥没し、衝撃波で山が削れる。


『オオォッ!』


颯真はその突進を、漆黒の鱗で覆われた右腕を突き出すことで、受け止める。

龍の腕力は、それだけで天人の動きを拘束した。


颯真の後ろには、アリアたちが居る。

――ならば、天人をここから先へは、進ませない。


左手を張り手のように突き出す。

その一撃は獅子の喉に食い込み、鋭い爪で引き裂かれて鮮血が舞った。

だが天人は痛みを感じていないのか、瘤のように張り付いた顔は薄気味悪い笑顔を浮かべたままだ。


『クダラナイ、コノセカイヲ、ワタシガ』


天人は白い翼を羽ばたかせると、浮き上がる。

翼が上下する度に発生する突風は、颯真はともかく眼下のアリア達にとってはたまらないだろう。


『ワタシガ、カエテ、ツクルノダァァァアアアア!!!』


天人は上空から糸を吐き出した。

その糸は颯真の腕に巻き付き、颯真を上空に引っ張り上げようとする。

だが、龍となった颯真の力は、なにも怪力だけではない。


『――邪魔だ』


腕に巻き付いた糸を、睨み付ける。

すると、左腕が深紅の熱を帯びて、その高熱を以て糸を焼き切った。

引っ張り上げようとしていた対象がいなくなり、天人は大きく体勢を崩す。

その隙を逃す颯真では、ない。


『オォォオオッ!!』


自分の翼を羽ばたかせ、空に舞い上がる。

そして、高熱を宿した左腕を手刀にして、天人の右翼を焼き切った。


『ガグァッ!?』


流石に痛みがあったのか、悲鳴を上げながら墜落する。

地面を陥没させて、周囲の山を崩し、擬似的な地震を起こす。

この振動で心配になるのは、一般人が駆けつけてくることだ。

だがその辺りは、村正を信頼している。優秀な友人がいて、その友人が信頼できる人物だから、颯真は心置きなく戦えるのだ。


『キサマ、ダケハァァァアアアッッ!!』


再度突進する天人を、颯真は迎撃する。

身体を回転させることで遠心力を発生させ、その勢いで尻尾を振る。

轟音と共に風を切った尻尾は、天人の、獅子の両目を斬り裂いた。

視界が狭くなった天人は、残った人間の目で、颯真を睨み付ける。


その目は、正気の無い――淀んだ“悪意”に満ちていた。


『コロス、コロス、コワス、コワス、コロスコワスコロスコワスコロスコワスッッッ!』

『テメェにはもう、“なにも”壊させねぇよ。――害虫』


自身の血で赤く染まった身体で、颯真に向かって突進する天人を、真正面から受け止める。

その獅子の顔面を掴むと、颯真はその異常な怪力を以て上空へ投げた。


巨体が宙に浮かび上がる。

颯真はそれに顔を向けると、口の中に灼熱の宿らせた。


『燃え尽きろ』


たった一言。

それだけで放たれた真紅の炎が天人を覆う。

そしてその蒼天の空を朱色に染め上げて、ほんの一瞬、空に巨大な太陽を浮かべた。


それだけで――――空には塵も、残らなかった。


人里離れた山の奥。

蒼天の下、漆黒の龍が勝利の咆吼をあげた――――。

編集、七月十九日、十一時十二分。

戦闘シーンに加筆。怪獣大決戦にしてみました。

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